横で三成が眠っている。
凶王というまがまがしいあだ名からは想像出来ない程、その寝顔は安らかだった。
周りに転がっている缶を隅に寄せ、俺は机に突っ伏して寝ている三成の身体を揺さ振った。

「おい、三成。寝るなら布団に行け」

ゆさゆさと揺らすと、三成はんんだのうーだの呻き声を上げた。欝陶しそうに手を払いのけるだけで、起きる気配はない。
俺は小さくため息を吐くと、三成の脇に手を差し込んだ。ぐい、と身体を引き上げて肩に担いだ。
自分とは違い華奢な身体は簡単に抱えられた。よくもまあこんな細い身体であんな喧嘩が出来るものだ。
普段は人を近付けないのに、一度気を許したら無条件で信頼し無防備になる。こんなに安らかな寝顔を晒す。
出会った当初の噛み付かんばかりの警戒心を思い出して苦笑した。まさか共に酒を飲む間柄になるとは思わなかったな。

敷いてあった自分の布団に三成を寝かせ、俺は一息ついた。
俺の家には布団は一つしかない。三成には悪いが、そこは我慢してもらおう。
俺はソファーででも寝るかな、と一人呟いて三成が寝ている布団の横に腰を降ろした。
酒には強いはずの三成が酔うなんて何かあったのだろうか。今日飲んだ量なら、家が近い三成は歩いて帰っているのに。

「ん・・・」

三成の寝顔を見ながら考えていると、三成は寝息を零す。そんな動作さえ、微笑ましく思えた。
寝やすいように上着を脱がせ、Tシャツ姿にさせる。下はジーパンだったが脱がせる訳にはいかず、ベルトもしていないからそのまま上から掛け布団を掛けた。
もぞもぞと動き、寝やすい位置を見付けたのか、三成の規則正しい寝息が聞こえてくる。

「三成、起きているのか」

布団の中で丸まって寝ている三成に、俺は声を掛ける。三成からの反応はない。

「寝ててくれよ、頼むから」

反応がないのを分かっていながら、俺はまた三成に言う。寝ているからこそ、俺は言うのだ。

「好きだ」

寝ている相手にしか言えない言葉だから。

「好きで好きでどうしようもない程、お前が好きなんだ、三成」

眠る三成に触る事さえ出来ない。
友人としてでしか触ってはいけない。
俺は、三成の友人だから。
友人として接してくれている三成を裏切る訳にはいけない。

「好きなんだ」

だが、膨れ上がった想いはふとした時に弾けそうになる。三成を傷付けそうになる。
だから、眠る三成に想いを零す。弾けないように吐露する。
三成に気付かれないように。
友人として振る舞えるように。

「すまん」

自分でも、何についての謝罪か分からなかった。
好きになってしまった事か、裏切りへの良心の呵責か。またはこんな想いの伝え方しか出来ない事か。
分からないが、またすまん、と謝罪が口に出た。

愛なんて分からないが、俺はきっと三成を愛してるのだ。
もっと綺麗だと思っていた物は、蓋を開けてみればいくつもの醜い感情があった。
同時に大切な感情も。

だから俺は好きになった事に後悔はしていない。
ただ、三成を傷付ける事だけはしたくなかった。
友人だと思っていた男に告白なんてされたら、優しい三成は悩み苦しんでしまう。
自分の中にいる醜い自分が、そんな三成の優しさに付け込んでしまう。
何より、三成の傍に居られなく事が怖い。

「三成」

だから言わない。
友人で構わない。

「悪い、愛してるんだ」

苦笑いしながら、俺は愛の告白をする。
伝わらない、一方通行な告白。押し付けるだけの、自己満足しかない告白を。

朝になれば、また友人同士だ。
笑って、馬鹿が出来る。そう考えれば、顔が綻んだ。

「お前の友人で幸せだな、わしは」

その言葉と共に、俺は三成の友人に戻る。
眠る三成の頭を軽く撫で、布団を整える。顔に掛かっていた長い前髪を掻き分け、腰を上げた。空き缶の転がった部屋を思い描き、片付けが大変だなと一人ごちる。
相も変わらず規則正しい寝息が聞こえる。それに俺は本当に無防備だと考え、その無防備さに嬉しさを感じて笑った。

「お休み」

そう言って、パタンと扉を閉める。
明日はまた友人だ。






























家康は気付かない。扉を閉めた時、三成の目が開いていた事を。
家康は気付かない。三成が酔ってなどいない事を。
家康は気付かない。謝られながらの告白に、三成が眉根を潜めた事を。

暗闇の中、三成は息を吐く。隣の部屋からは片付ける音が聞こえる。
先程聞いた言葉が耳から離れない。三成はちっと小さく舌打ちをして、その声を無理矢理打ち消した。
そして隣から聞こえる音を遮断するように、掛け布団を頭から被った。
音はまだ木霊している。



家康が気付かないように、三成も気付かない。自分の顔が赤くなっている事に。

気付かない二人は、器用に擦れ違う。






渇藍マリン



そして朝には友人に戻る。




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