しくじった。惚れちゃった。

そんな文芸作品の一文が頭に浮ぶ。
それが、俺が抱いた第一印象だった。



仄日ストラングル



その日は特別な日でも何でもなく、ごく普通な、ありふれた日常だった。
学校が終わって図書室に行って時間を潰して、日も沈みかけてきたからそろそろ帰ろうかな、と思って図書室を後にする。
さて、今日の夕飯は何にしようかな、と男子高校生にあるまじき事を考えながら昇降口を出る。

そこで、音が聞こえた。

何かの部活の音かと思ったが、怒鳴るような声が聞こえ、重なるように複数の声が聞こえてくる。

何?喧嘩?
そんな事を考えながら、俺はうきうきと音がする方へと足を向けた。
いくら放課後でもう部活をやっている生徒も数少ないといえど、ここは学校でまだ先生だっているのに。そんな場所にも拘わらず派手な音を立てて喧嘩するなんてどんな馬鹿かな、と思い、人気のない学校にしては殺伐とした場所を目指す。
はっきり言って、野次馬だ。
しかし、そんな馬鹿の顔を拝んで見たかった。
俺の知ってる奴なら楽しいのになー、と自分勝手な事を考え、音量が増してくる場所に期待を高める。
怒声と短い悲鳴、そして何かを殴る音が聞こえてくる。
俺はそんな音を聞きながら、どれどれと角から覗くように音源を見た。

そして、その光景に目を、いや、心を奪われた。



「それが俺と政宗の運命の出会いだったんだよ!」

「うん、佐助、その話は聞いたよ」

「慶ちゃん、俺は聞いて欲しいんだよ。そういう時は黙って聞くのが男ってもんだろ」

「いや、何百回って聞かされると流石にキツイよ・・・」

力無く卵焼きを口に運ぶ慶ちゃんに、俺は文句を言って慶ちゃんのお弁当から唐揚げを奪って口に入れた。
慶ちゃんは「あー!俺の楽しみぃ!」と悲鳴を上げていたが、俺は気にせずに唐揚げを飲み込み、話を戻した。

「で、俺が覗いたら政宗が喧嘩してたの。6、7人いたかねぇ?多分上級生だな。一対多勢なんだけど、政宗負けてなくて、むしろ圧倒しててさー。その事も衝撃だったけど、政宗の戦い方がすごく綺麗で、しかも笑ってやんの。俺様魅入っちゃったね」

随分前になるあの時の事を思い出しながら、俺は熱に浮かされたようにうっとりと言う。
本当にあの時の政宗は格好良かったな。かかってくる相手を殴り、蹴り、投げ飛ばして、相手の拳をかわす。不敵に笑った顔が男らしさを際立たせていた。
ずっと見ていたいとさえ思った。上級生らしき人達には悪いが。それくらい、あの光景は俺の心を掴んだのだ。

「で、惚れちゃったと」

横に座っていた親ちゃんが笑みを浮かべて言う。

「しかも、そのしくじって始まった恋は今じゃ両側通行だもんなぁ。いやー、人生分かんないもんだ」

あの女好きで不良みたいな政宗が男と付き合うとは思わなかった。
親ちゃんがそうぼやけば、慶ちゃんも賛同するように頷いた。

「てか俺は政宗が付き合おうって言った時よりも、佐助から好きになったって聞かされた時の方が驚いたなぁ。男ってのもあるけど、佐助って幸村以外興味なかったじゃん」

お弁当を食べ終わったらしく、慶ちゃんはお弁当箱を包んでいる。
俺も残ったウインナーを箸へ突き刺し、そうだったねぇと遠い記憶を思い出すように頷いた。

「俺様旦那さえいればいいと思ってたからねぇ。恋や好きなんて訳分かんないとまで思ってたし。だからあの時『しくじった』って思ったのかも。実際しくじって大正解だったんだけどな」

政宗を好きになってから、あんなにどうでもよかった世界は綺麗だし、料理も以前にまして上手くなったって旦那に褒められたし、いい事ばかりだ。
箸に刺さったウインナーを振りかざしながら、俺の頬は綻んだ。
慶ちゃんと親ちゃんも、肩を竦めながらも小さく笑う。

「そりゃ良かった」

「じゃあ、しくじって始まった恋は順風満帆なんだな」

「え?」

「え?違うの?」

そう笑顔で言われた言葉に、俺は目を丸くした。
言った慶ちゃんも隣に座っている親ちゃんも、きょとんと俺を見ている。
その視線を受けて、俺はあはは、と笑った。

「違う訳ないだろー?順風満帆だよ!今日だって伊達ちゃん家に泊りだぜ」

もう楽しみぃ!
慶ちゃんの背中をバシバシ叩きながら、俺は突っ掛かっている気持ちを散らした。






順風満帆。
日の出の勢い。
確かにそうだ。
今日だって泊まりだし、今まで小さな喧嘩はあったけど、仲良くやって来た。
俺は政宗が好きだし、政宗も好きだって言ってくれてる。
これが順風満帆以外、何があるのだろう。

「ばっ、おまっ、なんつー格好してんだ!」

ただ、一つを除いては。



政宗は顔を赤くして飲んでいたお茶を盛大に噴き出していた。
なんつー格好とまで言われた俺の格好は風呂上がり、しかも暖かい部屋の中と言う事もあり上半身裸だ。
しかし俺は女でもないし政宗も違う。恥ずかしがる事もないし、風呂上がりだとしたら普通の部類に入る格好のはずだ。

「へ?何って普通じゃない?」

そう考えて首を傾げれば、政宗は若干怒ったように叫んだ。

「普通じゃねぇよ!なっ何で裸なんだよっ!」

「・・・・・・」

まあ、確かに上半身裸だが。え、上半身裸も素っ裸並に扱われちゃうの?


たった一つの問題。
政宗は、今時珍しい程純情だった。


「あー、ごめん、熱くてさ。政宗も早く入りなよ」

もぞもぞと服を被りながら、俺は政宗の横に座った。と同時に政宗が立ち上がる。

「っ入ってくる!・・・これも着てろ、風邪引くだろ」

着ていた上着を頭に掛けられ、政宗は浴室へと向かった。
俺の繋ごうとした手はそのままソファーに埋まり、上着から覗く浴室は扉が閉まる所だった。

「ちょ、えっ?」

早く入りなよとは言った。確かに言ったさ。だけど何でこのタイミング?俺が座った途端に立たなくてもよくね?
ソファーに埋まった自分の手を眺めて、俺はえー、と小さく呟いた。
誰だよ、政宗を女好きで手が早い色男なんて噂立てたの。真逆の純情ピュアボーイじゃないか。今時中学生にもいないよ、あんな純情くんは。
そう内心泣きながら、俺は全く知らない噂を立てた奴を憎んだ。

付き合ってから早半年以上。喧嘩もしたし、泊まりも多い。
なのに、まだキスもしていない。
いや、キス所か手さえ繋いでいないのだ。

枯れてるのかと本気で考えたが、政宗を見ているとどうやら違うらしい。
しかし自分には何も、まさに文字通り手を出さない。
自分に色気がないのかと思いいろいろ試したが、政宗は照れるだけで手は出さなかった。

「・・・男子高校生がこんななんて間違ってる」

深いため息を吐いて、俺は天井を見上げた。頭に掛かった上着がズレる。
政宗のアパートだから周りに人がいる訳ではないから、他人の目を気にしてではないだろう。

これは最終手段しかないか。そう考えて、俺は気合いを入れた。



夜も更け、寝ようという事になった。勿論布団は別々だ。
普段はベッドだが、俺が泊まる時は政宗も布団にし横に並んで寝る。一緒の布団の方が手間や恋人という事を考えたら妥当じゃないかとは思ったが、言えなかった。
だけど、今日は。
今日こそは。
布団に入ろうとしていた政宗の腕を取る。

「政宗・・・・・・一緒に寝よう」

「は?」

言った!俺様言ったよ!顔から火が出そうなんですけど!キスもしてないのに一緒に寝ようなんて、もう羞恥心で死にそうなんですけど!
でも、はっきり言わないと絶対政宗には伝わらないから。まあ、政宗純情ヘタレボーイだから、しないかもって高をくくってるんだけどさ。
当の純情ヘタレボーイである政宗は、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして、すぐに真っ赤に染め上げた。

「な、なな何言って・・・」

「俺は政宗が好きだ。触れたいし触れてほしい。そう考えるのは間違ってる?」

どもる政宗の言葉を遮り、俺は内心に燻っていた思いの丈を述べる。政宗の目を見て、伝わるように。俺の気持ちを知ってもらえるように。
心臓はバクバク煩いし、口はカラカラに渇いている。
見つめ合う事数秒。
政宗は頭をガシガシ掻き、そっぽを向いて小さく息を吐いた。

「分かった。来いよ、佐助」

「政宗・・・」

それが照れた時にする動作だと知っているから、俺の胸は暖かくなる。
政宗が布団に入り、俺も続いて政宗の布団に入る。枕を置いた時、心臓が今まで生きてきた中で一番跳ねた。

「暖かい」

「・・・っ、ああ」

政宗が跳ねた振動が俺にも伝わる。横から声が聞こえる。
初めて政宗の体温をこんなに近く感じる。
そう思うと恥ずかしくて居ても立ってもいられないけど。
それでも、初めて触れた体温が嬉しかった。
そう顔を熱くしていると、俺は政宗に抱きしめられた。力強く、身動きが出来ない程に。けど、優しさが伝わる抱きしめられ方だった。

「え?政宗?」

「苦しくないか?」

え、まさか。

「う、うん。大丈夫」

「そうか」

嫌な予感がする。若干引き攣った笑顔で返せば、政宗は安心したように笑った。

「寝苦しいかもしれないが、悪ぃな」

やっぱりぃぃいいい!!
高をくくるとか以前に、全く伝わってなかった。
こいつ文字通り受け取りやがった。本当に一緒に寝るだけだと思いやがった。据え膳食わぬは男の恥って言うだろうがぁ!
俺がどんだけ恥を忍んで言ったと思うんだ、俺の勇気返せ!
せめて、せめてキスぐらいはしようぜ?今甘い雰囲気出てただろぉ!?
そう政宗の胸の中で罵詈雑言を吐く。頭突きでもしてやろうかと頭を上げる。だけど。

「Good night、佐助」

そう言った政宗の笑顔は、本当に幸せそうで。

「・・・おやすみ、政宗」

俺は何も言えずに、その胸に顔を埋めた。






END



いい加減気付いて!

















――――――――

22222打を踏んで下さった花様に捧げます、政佐です。

ギャグとの事でしたが、ギャグよりも甘々寄りになってしまいました。佐助くんが乙女過ぎる。
何時もは政宗が佐助くんラブ!なので、今回は佐助くんが政宗大好きになってもらいました。私は楽しかったです。
ちなみに、出会いは初夏ぐらいで、今は冬です。分かりにくくてすみません・・・。

遅くなってしまいましたが、喜んで頂けると幸いです。

22222打、素敵なリクエスト、本当にありがとうございました!



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