それは、暑い日の出来事。



応報ヒート




「ぬぅぁああああ!!政宗殿ぉぉおおおお!!」

「Ha!来いよ、真田幸村ぁ!!」

武田家の道場で、幸村と政宗が竹刀で打ち合っている。騒がしい程声を上げ、防具も着けず竹刀一本で打ち合っている二人は、端から見ても暑苦しかった。
そんな二人を、佐助と慶次は道場の縁側に座りながら眺める。じわりと蒸す空気と射し込む日差しに加え、道場から溢れてくる熱気に、思わず二人はうちわを探した程だ。
座っているだけでも暑いのに、あそこで戦っている二人はどれだけ暑苦しいのか。佐助はそんな事を考えたが、すぐに止めた。余計暑くなった気がしたからだ。
横で慶次が手に持っていた雑誌をうちわの代わりにしながら、からからと笑っている。
毎度の事ながら、よくもまあやるものだ。以前元就が「あいつらと夏は一緒にいたくない」と言っていたのを思い出して、今まさに実感した。幸村は大切だが、こうも熱血だと夏は勘弁して欲しい。
聞こえてくる雄叫びを耳にしながら、佐助は道場から床に広げていた雑誌に視線を落とした。こんな暑い日には涼しい場所に行きたいものだ。

「慶ちゃんはどんな所がいい?」

雑誌に目を通しつつ、佐助は楽しそうに笑っている慶次に話し掛けた。慶次が道場から雑誌へと視線を変える。

「んー?はしゃげてロマンチックな所もいいけど、静かで涼しい所も捨て難いなぁ」

雑誌を見下ろしながら慶次は佐助の問い掛けに答え、自分もうちわ代わりに使っていた雑誌を開いた。

「俺、今すごく涼しい場所に行きたい・・・」

雑誌をめくりながら、佐助が遠い目をして呟く。その気持ちが分かる慶次は、また楽しそうに笑った。
そうだねぇと返して、慶次も雑誌をパラパラめくる。この時期だからか、山や海などの写真が多い。そんな写真を軽く見ていたら、道場の方からすごい音が聞こえて来た。その少し後に政宗が満足そうに笑い、幸村が悔しそうに顔を顰ながら出て来る。
ああ、今日は政宗の勝ちか、と慶次は思った。相変わらず分かりやすい二人に微笑ましさと、政宗が負けなくてよかったという安堵感を抱く。幸村には悪いが、元親がいない今、政宗が負けたら八つ当たられるのは自分しかいない。

「旦那お疲れ様〜」

近付いて来た幸村に佐助は雑誌から顔を上げ、ぱたぱたとうちわで風を送る。幸村はそれにうむ、と応え、竹刀を横に置き佐助に向かい合うように座った。体を捩るように上半身だけを道場に向けていた佐助は、縁側から足を上げ、全身を幸村と向かい合わせて胡座をかいた。

「Hey、佐助。俺に惚れ直しただろ」

政宗もそんな事を言いながら、幸村の隣に腰を下ろす。佐助はそれに「元々惚れてないから〜」と軽く流したが、政宗の言葉に反応したのは慶次だった。

「ちょっと政宗、俺の佐助に止めてよねー」

慶次が佐助の肩を抱き寄せながら、政宗に手を突っ張る。政宗はそれを、Ha、と一蹴した。

「『俺の佐助』だぁ?何時までそう言ってられるか見物だな」

「何時までも、だよ。だって俺達ラブラブですから。悪いね、政宗」

「Look in now!」

慶次と政宗が言い合いをしている間、佐助は肩を抱かれたまま幸村にお茶を煎れたり、話し掛けたりしている。
幸村は佐助の肩に回された手をチラチラと気にしていたが、結局それについては何も言わず、代わりに広げていた雑誌に視線を向け口を開いた。

「・・・何処か行くのか?」

出来れば違っていてほしいという思いから口にした言葉だったが、佐助はそんな幸村の気持ちに気付かず、笑顔でうん、と肯定した。

「そろそろ夏だしね、どっか行こうかって話になって。ね、慶ちゃん」

そう言って、佐助は慶次に向かって笑いかけた。慶次も、なー、と手を外しながら笑って応える。
幸村はそんな佐助達に固まった。何処かに出掛けるという事は、二人きりで行くという事だろう。佐助が今見ているページは一泊二日と書かれている。つまりお泊り。破廉恥と考える前に、幸村は身を乗り出した。

「佐助!俺も此処に行きたい!」

二人きりで行かせたくない、自分も佐助と出掛けたい。そんな事を胸に幸村は雑誌を指差した。
佐助は急にそんな事を言い出した幸村に少し驚いた後、そうだねぇ、と笑った。幸村は思わず心の中でガッツポーズをした程だ。

「たまには長野以外もいいかもねぇ。じゃあ今度行こうか、宮城。大将も誘ってさ」

心の中で拳を握りしめ喜んでいた幸村は、佐助のその言葉で打ちひしがれた。
まさに天国から地獄だ。
慶次との泊まりを阻止出来ず、佐助との旅行は二人きりではなかった。二つもの攻撃を同時に喰らった幸村は、意気消沈しまくっていた。
代わりに立ち上がったのは政宗だ。

「Ha!まだまだだなぁ、真田」

そんな事を言いながら、不敵な笑みを浮かべて佐助の手を取る。

「宮城っていやぁ、specialな場所を知ってるぜ?俺と行かねぇか、もちろん二人で」

「いや、伊達ちゃんはいいや」

真正面から見据え、とっておきの決め顔と声で言った政宗に、佐助は一言でバッサリと切った。

「何で俺にはそんな冷てぇんだよ!」

「だって伊達ちゃん面倒臭そうだし」

「あ、それ分かる。何か政宗って自分の連れて行きたい場所にだけ行きそう」

「あと、なんかずっと気障ったらしい事言ってそうだしねー」

「お前ら俺をそんな風に思ってたのかよ!」

慶次も加わったあまりにも酷い想像に、政宗は佐助の手を離し若干掠れた声で叫んだ。離された手を摩りながら、佐助は心底不思議そうな顔をした。

「え?何時ものあんたを見る限りではそうとしか思えないよね。ねぇ、旦那?」

「・・・ん?・・・ああ、そうでござるな」

むしろどういう自分像を抱いているのだと言いたげな顔で、佐助は幸村に同意を求める。打ちひしがれていた幸村は、佐助に話し掛けられ、飛ばしていた意識を元に戻した。
幸村の肯定に、慶次は笑い政宗は青筋を増やした。

「政宗すごい言われようだねぇ」

そうからから笑う慶次に、政宗が遂にキレた。

「何関係ないって顔で笑ってやがんだよ!一番腹立つのはお前なんだよ何でお前なんだよぉ!!」

「好き合ってるからじゃないかい?」

「よっし!その喧嘩買った顔貸しやがれぇ!!」

立ち上がり力いっぱいに慶次を指差して政宗が叫ぶ。そんな政宗を、慶次は飄々とした態度であっさりかわした。

「すぐに暴力に走るのはモテないぜ?なぁ、佐助」

そうおどけたように佐助の方を向いて慶次が笑う。佐助も「力だけじゃねー」とか何とか言って政宗をからかうのが普段の光景だが、今日は何故か違った。

「俺様強い人が好きかなー」

にっこりと笑いながら、そう言ったのだ。

「・・・へ?」

それに思わず慶次は呆けた面を晒した。
佐助は笑顔を絶やさず言葉を続ける。

「いやさ、確かに慶ちゃんは優しいし面白いしいい男だよ。でもやっぱり頼りたくなる時ってあるっしょ?俺の恋人はこんなに強くて頼れて格好良いんだって思いたいよ・・・っ」

「佐助・・・っ!」

最後の方は慶次の目を見ながら想いを吐き出すかのように佐助が言う。政宗の口角はピクピクと引き攣る。
慶次は佐助の想いというか含む所を察したらしく、ガシッと佐助の手を握った。

「分かったよ佐助!俺政宗に勝つよ!」

「慶ちゃん・・・っ!」

そのまま見つめ合う二人の周りだけキラキラと輝いている様子に、政宗が盛大に舌打ちをし、流石に幸村も顔を歪ませている。
そんな外野二人の苦々しい反応など微塵も気にした風ではなく、慶次達は未だに互いを見つめ合ったままだ。

「見ててよ、佐助」

漸く佐助の手をやんわりと離し、慶次は勢いよく立ち上がる。佐助は手が離れた時に乙女のように顔を曇らせ、不安げに慶次の背中を見つめた。

「慶ちゃん・・・」

「何も言うな佐助!」

弱々しく慶次の名を呼ぶ佐助を制止するその姿は、まるで戦地へと赴く武将とそれを見送る姫のようだった。
長政と市なら似合うかもしれないが、今やっているのは慶次と佐助だ。見ている方は堪ったものではない。しかも見せられているのはあの政宗と幸村なのだ。

「独眼竜!勝負しようぜ!」

案の定、慶次が宣言するかのようにはっきりとした声で言った瞬間、慶次の目の前で鬼の形相で立っていた政宗から、ブチリと何かが切れる音が聞こえた。

「てめぇらイラつくんだよぉ!!見る陰ねぇ程徹底的に負かしてやらぁ!!」

今まで存在を傷付けられ、無視されたまま惚気に塗れた熱苦しい二人の世界を見せ付けられたのだ。これ以上ない位苛立った政宗が近くに置いてあった竹刀を慶次に突き付けて怒鳴る。それに幸村も続いた。

「政宗殿!某も助太刀致しまするぅああ!!」

横に置いていた竹刀を掴み、立ち上がりながら叫ぶ。再び道場の中へと消えて行った政宗達に、佐助は笑顔で手を振って送り出した。
またもや道場から暑苦しい空気と怒りを露にした声が聞こえて来る。竜の逆麟と鬼の撹乱というのはこういう事なのかもしれないな、と佐助は今恋人を襲っているであろう二人の声を聞きつつ、ぼんやりと考える。
何時の間にか竹刀を手にした慶次が「愛の力を嘗めるなよ!」と叫びながら政宗と打ち合っていた。

「ほんと、暑いねぇ」

そう言って本日二度目の暑苦しさを打ち払うように、佐助はうちわを扇いで雑誌をめくった。






END



暑い日には熱い事を。



















――――――――

13100打を踏んで下さった緑茶様に捧げます、慶佐です。


ほのぼのか甘々というリクエストでしたが、・・・どうなんでしょう・・・?ギャグになってしまった感が否めません。
慶次と佐助は周りを苛立たせるカップルだと思います。あと鬼の撹乱はわざとです。

ちなみに格好良い政宗を目指しましたが撃沈しました!



13100打と素敵なリクエスト、ありがとうございました!





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