※第6部時の仗露





日か登ったと思ったらすぐ星が降る。
そんな空を見上げながら、東方仗助はゆっくりと足を進める。
この世界規模、正しく地球全体に起こっている異常現象は世界を混乱の渦に陥れ、対策もままならないまま時間だけが過ぎている。
決して慣れることは出来ないがどうすることも出来ず、一日の長さは短くなり今では以前の半日ぐらいの長さになっていた。きっとこれからもっと間隔が狭くなるのだろう。
生き物だけが以前の感覚をそのままに、時間が過ぎ物質は劣化し食物は腐る。まるで生き物だけが時間に置いていかれているようだ。
このままでは本当に生きてはいけなくなってしまう。いきなりそんな変化の中に落とされた人々は困惑し恐怖し戦慄した。
そんな中、仗助はゆっくり目的地まで歩く。ゆっくりと、まるで空を確認し地面を感じるように。
そして目的地である家の小さな門を開け、玄関に立ちチャイムを鳴らす。少し待ってみても開かない扉に小さく笑い、もう一度チャイムを鳴らした。こんな時でも変わらないことが何故だか嬉しかった。
四回目のチャイムを鳴らした時に、漸く扉が開いた。それも乱暴にだ。

「しつこいぞッ、東方仗助!」

現れた露伴は、変なギザギザのバンダナも一見奇抜と感じる服装もペン先型のピアスも、出会った時とまるで変わっていない。唯一変わったとしたら、二十歳だったのが三十歳を越え、すこし顔つきが変わったことだ。

「露伴が居留守使うからっすよー」

対して仗助はトレードマークの髪型は変わらないが、毎日着ていた制服を脱ぎラフな服装をして、背も伸び大人らしい顔つきになっていた。
露伴と出会った時が十五歳、今は二十七歳だ。成長期の男が変わるには、十分すぎる時間だろう。

「お邪魔してもいいっすか?」

それでもへらりとした笑顔はあの頃と変わっておらず、露伴はチッと舌打ちをして無言で仗助を家へと招き入れた。
仗助もそんな露伴の態度に何も言わず、お邪魔しまーすと間の抜けた声で家へと上がる。
馴れた足取りでリビングへと向かい、ソファーに腰かけると、露伴は少し遅れて入ってきた。

「菓子は危なくなってたから捨てた。我慢しろ」

そう言って、仗助の前のテーブルにカップを置き紅茶を注いだ。

「露伴先生よぉ、俺もう二十七なんだけど」

その様子を見ながら、仗助は唇を尖らせて言う。そんな仗助に露伴はハッ、と笑った。

「そうだったな。以前は菓子を出すと全て食べきって、尚且つ家にある物全て食おうとしていたくせに」

「まあそうだったっすけど・・・」

昔のことじゃないっすか、と拗ねたように言う仗助に目を細め、露伴は仗助の向かいのソファーに腰を落とす。
そんな些細なことを共有出来るほど、仗助と露伴は共に時間を過ごしたと言えるだろう。出会いは最悪で、それからの関係も最悪だった。会えば喧嘩して、チンチロリンでは露伴は仗助に家を半焼させられた。この街を脅かしていた殺人鬼を探している時でさえも、協力関係は良いものだとは言えない。
それでも十二年、何だかんだで付き合いは続いている。相変わらず喧嘩はするし気は合わないことが多いが、取り留めのない話をしたりこうやって紅茶を淹れてもらえる関係になった。仗助はそれが自分達らしいと思っているし、露伴もきっとそうだろう。

「で、何の用だ」

ぶっきらぼうにそう言う露伴は、自分の紅茶に口を付けて顔をしかめた。紅茶が冷めていたのだろう。さっき淹れたばったりだというのに、仗助の紅茶も口を付ける時にはもう冷めていた。

「あー・・・忙しかったっすか?」

こう見えても露伴は超売れっ子の漫画家だ。邪魔したのなら申し訳ない。

「いや、丁度今週分は描き終わったところさ。さっきファックスで出版社に送り付けてやった」

そんな仗助の杞憂も要らぬ心配で、露伴はさらりと答える。こんな時でも仕事に誇りを持って取り組み完成させるのは、きっと岸辺露伴だけだろう。まるで世界の異常なんかを気にもしない露伴に、仗助は顔を綻ばせる。

「ファックスって、あんた鬼っすね」

「取りに来られない方が悪いんだよ。ぼくは描いて送った。後は出版社の仕事だ」

ふん、と鼻を鳴らす露伴は、本当に出会った時と変わっていない。
ファックスで送ったということは、原稿は紙だ。紙は風化する。せめてデータで送ったのならまだ残るのに、そうしなかった露伴は、もう自分の仕事ではないと我関せずだ。出版社の人は大変だろう。もっともこんな時に漫画雑誌なんて発行するのかという、根本的な問題もあるが。

「特に用事がないのなら、さっさと帰ったらどうだ」

そんなどうでもいいことをつらつらと考えていたら、露伴が容赦なく切り出した。

「えっ!まだ来たばっかりっすよ!?」

「用はないんだろう?」

慌てて言い返すがそう家主に言われてしまえば強くは言えず、確かに用と言える用はない。先程淹れてもらった紅茶もなくなってしまっている。
露伴からの容赦ない視線に耐えながら、仗助は苦し紛れに一つ提案をしてみた。

「チ・・・チンチロリンでもします?」

「ふざけてんのか」

「すいません」

露伴の視線の鋭さが三倍は増した。温度は絶対零度に近かった。そんな視線に貫かれ、仗助はすぐに心が折れた。
そういえば、露伴はチンチロリンで家が半焼させられたのをまだ許していなかった。あれは半分は露伴自身の所為だとしても、チンチロリンを持ちかけたのは仗助だ。その事を忘れていた。
がっくりと頭を垂れ謝る仗助を見ながら、露伴はこれ見よがしにため息を吐いて、冷めきった紅茶を飲み干した。

「何か言いたい事があるんだろう?さっさと言えよ」

カチャン、とカップとソーサーが触れ合う音が鳴る。
仗助は垂れていた頭を起こし、露伴の置いたカップと露伴を見比べながら、首を掻いた。

「んーと、さ、別に言いたい事があるって訳でもないけど、なんか露伴に会いたくなったんすよ」

どこか照れたように、拗ねたように言う仗助を、露伴は懐かしく感じた。この表情を見たのはいつだったろうか。
そんなことを思いながら、露伴は少し呆れたように肩を竦める。

「こんな時ぐらい家族といればいいだろう。お袋さんはどうした」

「いや、たぶんお袋に怒られますよ、何で家に居るんだって」

きっとさっさと行ってこいと足蹴にされ、家から追い出されるだろう。
そう言えば、露伴は相変わらず素敵な母親だな、と口角を上げた。仗助もありがとうございますと軽く返す。

「康一も由花子ん所だしよ、億泰も会いてえ奴がいるらしいし。俺も露伴に会いてえなぁと思ったし」

だから来たと言う仗助の言葉を聞きながら、康一くんはまたプッツン由花子と一緒にいるのかと露伴は気に入らない気持ちになった。そういえば、最近彼も久しく遊びに来てくれていない。
もやもやとした気持ちを抱えた露伴が苦々しい表情で考えていると、仗助は立ち上がり窓へと近付いた。
そして窓へと手を伸ばし、空を見上げる。

「多分さ、これスタンドの仕業だろ?承太郎さん達なら大丈夫だと思うんだけどよ」

空は刻々と色を変えている。
仗助はそんな空を見ながら話す。それは不安や恐れを含まない、まるで取り留めのない話をするように。今日の空は変わっているなとでも言うように。
そんな仗助を見ながら、露伴も確かにあの仗助の年上の甥なら大丈夫だと思えるな、と考えた。

「だけどさ」

それでも、気持ちが逸った。どうしようもなく、顔が見たくなった。声を聴き、存在を確かめたくなった。

「なんか、無償に露伴に会いたくなったんだ」

そう言って振り返った仗助は、先程と同じ笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、露伴の頭にある情景が思い出された。
ああ、そうだ。この表情を見たのはもう随分と前だ。露伴がまだ二十歳で、仗助が十五歳の時。話も滅多にせず、喧嘩ばかりしていたあの時だ。
あの時、仗助は照れたような拗ねたような顔をして、怒ったように露伴に言ったのだ。あんたが好きなんだと。あの頃の仗助に合った、幼稚で真っ直ぐ過ぎる告白を。
自分はそんな事まで覚えているのか。そう思うと露伴思わず口元が緩んだ。全く、絆されてしまったものだ。
仗助は窓から外を見ている。その横に露伴も立つ。あの告白の前なら、この位置なんて有り得なかったのにと心の中で苦笑した。
窓の外では太陽が異様な速さで通り過ぎ、月が現れ星が降っていた。仗助がこの家に来た時よりも時間の経過は速くなっている。
星は流れるように空を駆け、消えていく。
ふと、仗助の顔を見ようとしたら、仗助と目があった。

「露伴と一緒に居てえなぁって」

そう笑う仗助は、いつものように幸せそうで優しかった。
窓の外では世界の終わりが見えるというのに、この家の中だけがいつもの空間のようで、いつものように二人の時間は過ぎていく。
そうして、露伴も思う。

「ああ、そうだな」

幸せだなあ、と。
世界が終わろうと、宇宙が終わろうと、二人で居れば幸せなんだと。

「ぼくも君と居られてよかったよ」

そう言って、露伴も笑う。今、仗助と居られて幸せだと思った。
仗助はそんな露伴に目を丸くして、へらりと笑う。
そして、二人はどちらからともなくキスをした。
窓の外では、世界が終わっていた。







ミーティア



星が降る世界で、貴方と。























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6部くらいなら露伴ちゃんも素直になれるはず!


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