「好きだ」

佐助は片眉をくいと上げた。
岩出山城にある独眼竜伊達政宗が寝起きしている一室で、武田家家臣の真田自慢の忍である猿飛佐助は、行灯の灯りが届くか届かないかの所で、布団の上で胡座をかいている政宗を確かめるように見る。
その表情は何時もの嫌味ったらしいものであり、変わった所は見受けられない。

「あーらら、何言ってんのかね、独眼竜は。頭でも打った?」

頭は狙ってないはずなんだけど。
軽い口調で言いながら、佐助は視線を政宗から少し離れた床へと流す。そこには先程投げたクナイが刺さっており、そのクナイを弾き飛ばした男は何やらおかしい事を言っている。
何なのかねぇ、この状況は。敵地で見つかっただけでも厄介なのにと、佐助はため息を吐いた。

「打ってねぇよ。ふざけてねぇでちゃんと答えろ」

佐助から視線を外す事なく言う政宗に、佐助はんー、と首の後ろを掻きながらやる気のない声を出した。

「答えろってねぇ。分かってんだろ、もう一度クナイでも投げて欲しいのかい」

首の後ろを掻いていた手は背中へと伸びている。
口調の割りに侮蔑と殺意の籠った視線を受け、政宗はハ、と笑った。

「お前が例え俺を嫌いだろうと、一国の主、しかも真田のrivalの俺と関係するんだ。お前の大好きな情報はたくさん手に入るぜ」

「残念。俺様大嫌いな相手に足を開くほど自分を捨ててないんでね」

まあ、旦那が言うなら幾らでも開くけど。カラカラと笑いながら佐助は言う。
何処まで本気か分からないが、佐助ならば幸村に死ねと言われても喜んで死ぬのだろうと政宗は思った。

「大体忍嫌いのあんたが何を酔狂な事言ってんだ」

「俺だって知らねぇよ、そうなっちまったんだからしょうがねぇだろ」

心底嫌そうな顔をして吐き捨てるように言う政宗に、佐助は一瞬目を丸くして呆れるように首を振った。

「あーやだやだ。独眼竜ともあろう者が恋する町娘みたいな事を言うなんて、鳥肌もんだよ」

律儀にも自分の身体を抱き締めて腕を擦る。そんな佐助の姿を軽蔑するように政宗は顔を酷く歪ませた。

「うるせぇな、俺だって草相手に不本意だ」

「何その言い草。勝手に好きになられた上に貶されるって酷いったらありゃしない」

泣き真似さえしだす佐助に苛立ちが募る。政宗は枕元にある刀に伸びようとする腕を何とか抑え、小さく舌打ちをした。
その音を合図に佐助はピタリと泣き真似を止め、何時もの冷めきった目をして政宗を見据える。

「まあ、あんたと関係する事なんて、俺様が一国の主になるぐらい有り得ないから。早々に諦めたら?」

口角は上がっているのに何の感情もないような底冷えする佐助の笑顔を、政宗は鼻で笑った。

「それこそ有り得ねぇな。俺ぁ欲しいもんは何がなんでも手に入れなきゃ気がすまねぇタイプだ」

「しつこい男は嫌われるぜ?」

「粘り勝ちってのもあるだろ?」

挑発するように笑う。相手の感情を読み取ろうと、互いの目を見据える。政宗の目は真っ直ぐしており、佐助の目はほの暗い中で妙に輝いていた。
会話の内容は惚れた腫れたなのに、一発触発の雰囲気が漂い空気が張りつめる。そんな雰囲気を散らしたのは佐助だった。

「全く。面倒臭い相手に好かれたもんだ」

息を吐いて、面倒臭そうに佐助は呟く。下怠気な所作で背中から手を戻し肩を竦めた。

「取り敢えず俺様は遠慮しとくんで。まあ、頑張るだけ頑張ってみて」

「待ってろ、すぐ落としてやる」

「あは、楽しみにしてるよ」

笑っているくせに、その目はやはり剣呑としている。
今この忍はその飄々とした姿の中に、どれくらいの憎悪や殺意を自分に向けているのだろう。その隠している仮面を取り除き、佐助の全てを暴きたい。そんな感情が政宗の身体を駆け抜ける。
政宗の熱と冷たさの混ざった感情を察したのか、佐助は静かに政宗を見返した。

「俺様自分の身も守らないもいけないみたいだから、今度はしくじらないようにしなきゃ」

それは次は殺すという意味だ。
政宗は愉しそうに表情を歪ませる。佐助も目を細めて応えた。表面だけは綺麗な笑みが一瞬だけ交錯する。

「じゃあな、独眼竜」

そして佐助は黒い羽を残して消えた。
舞っている羽を眺めながら、政宗はクッ、と喉を鳴らした。
佐助は最後の一瞬に、今まで内に隠していた殺意を露にして政宗を射抜いた。それは紛れもない拒絶だ。
さあ、どうやって落としてやろうか。そう考えると勝手に口許が緩む。
身体全体で拒絶した忍は、どうしたら落ちるのか。あの仮面を如何に外してやろうか。手に入れたら何をしてやろうか。考えるだけで堪らなく愉快だった。

「See you again,my prey」

床に落ちた黒い羽を見下ろす。
政宗は笑みを噛み殺しきれず、歪な笑い声が静寂していた部屋に響き渡った。






追迫デッドレース



喰うか喰われるか。それが問題だ。


























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追われる佐助くんが好きです。



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