ピピピピ、と無機質な電子音が響き渡る。その発信源に掌を乗せ、ボタンを押せば音は消えた。

「・・・ん」

布団の中で身体を動かす。やけに重いと思ったら、俺の腹に政宗の腕が乗っていた。
囲うように回されているその腕に小さくため息を吐き、その腕から出る。
二人が同じベッドで寝るのはこの部屋に来てからの日課だ。する日もしない日も、喧嘩でもしない限りはこのベッドで寝る。俺の部屋にも自分のベッドがあるし男二人で気持ち悪いと思うが、何となく拒否もしないで流されている。
流石に男二人でくっついて寝ると暑い。ベッドから出た俺は、汗で気持ち悪い服を脱いで新しいTシャツに着替えた。ついでにズボンも変える。
顔を洗い歯を磨いたら、気分がすっきりした。時間を確認するためにテレビを点けてキッチンへと向かう。

「んー・・・」

冷蔵庫の中身を確認して、朝食のレシピを考える。ご飯は昨日の残りでいいか。あとは目玉焼きとベーコンでも焼こう。

「うっし」

気合いを入れてキッチンに立つ。これも日課だ。もう慣れた。
適当にサラダを作り、目玉焼きとベーコンを焼く。テレビからは占いを読み上げる女子アナウンサーの声が聞こえた。
そこから暫く黙々と作業を行い、食事の仕度が終わり一息つく。部屋を見回してみると、やけに洒落ているとつくづく思った。
俺が今暮らしているこの部屋は、政宗に有無を言わさずに連れて来られた場所だ。いきなり前に住んでいた部屋に現れた政宗は俺をこの部屋に連れてきて、ここに住むぞと言ってきた。あの時程、政宗に家を教えていた事を悔やんだ時はない。
驚いている俺にお前の荷物は明日届くからとこれまた勝手に引っ越し業者に頼んだ旨を伝え、家賃は要らないから家事をしろと言ってきた。俺は回り回って呆れてしまい、どこの王様だと言った覚えがある。
それから本当に翌日に俺の荷物は届き、以前住んでいた部屋は解約され、この部屋に住んでいる。住めば都とよくいうが、俺もこのやけに洒落ている部屋にも大分慣れた。
この部屋の主は相変わらず寝ている。俺がこんなに朝から頑張っているのに、なんて奴だ。たが悲しいかな、それにも慣れてしまった。
テレビを見れば、政宗を起こさなくてはいけない時間になっていた。俺はため息を吐き、寝室へと向かう。
寝室のベッドの横に立てば、まだ夢の中なのか政宗は静かに息をしていた。

「おーい、起きろー」

未だに布団を握りしめている政宗の肩を揺らす。普段射抜くように鋭い目は閉じられていて、幼く感じる。この顔を女が見たら堪らないんだろうな、と思いながら、俺は強めに肩を揺らした。

「起きないと遅刻するよー」

そう言うと布団から腕が生え、布団の中へと引き摺り込まれる。いきなりの事で驚いていると、政宗は俺の腰に腕を回して暖を求めるように擦り寄ってきた。

「おい、何してんの」

遅刻だって言ってるでしょ、と俺の胸に頭を押し付けてくる政宗に言えば、んー、と気の抜けた返事がきた。

「このまま、朝の一発・・・」

「殴ってほしいって?」

ほら、と頭を思いきり叩く。いってー!と叫んだ政宗から離れ、俺は頭を抱えて蹲っている政宗を見下ろした。

「早くしないと本当に遅刻するよ。起きたんならさっさとして」

容赦なくそう言えば、政宗はあー、と唸りながら漸く身体を起こした。

「もっと愛の籠った起こし方は出来ねぇのか」

「愛があるから起こしてあげてるんでしょ、ほらさっさと顔洗って」

しっしっ、と政宗を洗面所へと追いやる。鬼嫁という単語が聞こえたが無視しといた。その鬼嫁を無理矢理連れてきたのは政宗だ。
政宗が洗面所へ行ったのを確認して、俺は朝食を盛り付ける。コーヒーを淹れて机に並べたところで政宗が帰ってきた。

「Ahー、頭痛ぇ」

「アンタが馬鹿な事言うからでしょ」

「本気だったぜ?」

「だから馬鹿なんだよ」

いいから食べるよ、と言えば、政宗はおうと応えて俺の向かいに座った。
二人合わせていただきます、と言う。これも無理矢理連れて来られてからの日課だ。
うめぇ、と目玉焼きを頬張る政宗を見て、何だか満更でもなくて、小さく笑った。
政宗は好き嫌いが多く、食べ物にもうるさい。それでも俺の作ったものに関しては旨いと言い残さず食べてくれるのだから、愛されてるのだろう。

「ごそっさん」

「お粗末様」

今日も綺麗に食べられた皿を見て嬉しくなる。しかしそれを表には微塵も出さずに、俺は片付けへと向かった。
政宗は身支度をしているらしい。いつもギリギリに起きるくせに仕上がった姿は完璧で、元が良いというのはズルいと思う。
皿を洗い荷物の確認し、俺も軽く髪などを整える。政宗と違ってスーツを着なくても良い職場だから楽だ。
用意が出来たらしい政宗はテレビを見ていた。現れた俺に遅ぇよと言い、テレビを消した。

「ならアンタが朝ごはん作ってよ」

「嫌だね、俺は家賃払ってんだ」

「俺も家賃半分払うから」

「No thank you」

「腹立つ」

そんな会話をしながら一緒に玄関に向かう。

「今日は早番だから、早く帰るよ」

「Ahー、俺ぁ何時も通りだ」

「ん、分かった」

帰りの時間の報告をしながら靴を履く。男二人が並んで靴を履いても大丈夫だから、この玄関はやはり広いんだなと思った。
家賃を半分払うと言ったが、いったいここの家賃はいくらぐらいなのか気になる。もしかしたら、俺の月給よりも高いかもしれない。
政宗は外資系の仕事をしていると言っていたが、それ以外はよく知らない。会社名もどの位の立場なのかも知らないが、着ているものや周りにあるものから考えて結構良い立場なのだろう。
けど、それを知ろうとも思わないから俺は聞かない。政宗も俺の職場を知らない。でも、政宗なら勝手に調べて知っていそうだな。
そんな事を考えてドアノブに手をかければ、後ろから政宗の声が聞こえた。

「おい、猿」

「猿って言うなって言ってるだろ」

振り向けば、どこか拗ねているように怒っている政宗がいた。

「忘れてんじゃねぇよ」

「・・・わざと忘れた振りしたのに」

そう言えば、政宗はチッ、と舌打ちをする。その姿に俺は今日何度目かのため息を吐き、政宗に触れるだけのキスをした。

「アンタは本当に面倒臭いね」

「Ah?それはお前だろ。それに何だ今のため息は」

「今日もアンタは格好良いなと思って」

「ねぇだろ、全然」

不貞腐れたように俺の言葉に続けて言う政宗に、俺は全然は違うと思った。少しは格好良いと思ったよ。言いはしないけど。
きっと女なら、この朝の政宗だけでやられてしまうのだろう。以前街を歩いていて、女が政宗を見て男の色気があると言っていたのを思い出した。普段余裕があって気障で頼れる姿の政宗が、こんな子どもらしいなんてギャップと普段あまり変わらない表情がコロコロ変わるのだ。女には堪らないはずだ。

「・・・カレー、食いたい」

「え?」

そんな事をつらつらと考えていたから、俺は政宗の言葉に上手く反応出来なかった。

「だから、今日、カレー食いてぇ」

政宗は小さな子どもが素直になりきれないでいるような表情をして、再び言う。
政宗からリクエストされる事は滅多にないので驚き、その表情に俺は思わず笑ってしまった。
俺が笑ったのが気に障ったのか、政宗は唇を尖らす。その姿に女達が言っている男の色気なんてものは微塵もなくて、そんな姿を知っているのが自分だというのがくすぐったかった。

「了解。とびっきり旨いの作ってあげるよ」

今日は時間があるしね、と言うと、政宗は本当に嬉しそうに笑った。

「楽しみにしてるぜ」

それだけでやる気が出るのだから、俺も安いもんだ。
さて、今日も頑張りますかとドアノブにかけていた手に力を入れる。すると後ろにいた政宗が俺の腰を抱いて、耳元でその代わり、と囁いた。

「昨日出来なかった分、夜は覚悟しとけよ」

そんな事を言った政宗は、さっきまでの子どもの様な表情ではなく意地の悪い男の表情をしていた。全く、甘やかすとすぐに調子に乗る男だ。

「調子乗んな」

腰に回されていた腕を外し、ドアノブを引く。政宗は後ろで楽しそうにくつくつと笑っていた。きっと俺の顔が赤いからだ。
さっさと仕事が終わらないかと思ってしまうくらい、政宗に毒されているのだ。絶対言わないけど。
ついでに政宗の好きなプリンでも作ろうと材料を確認して、俺はドアを開けた。

家事は俺がして、その他は政宗がする事。
食事は一緒に摂る事。
行ってきますとただいまのキスはする事。
遅くなる時や予定が変わった時は必ず連絡する事。
一緒のベッドで寝る事。
これが俺と政宗のこの部屋に住んでからの日課だ。
男同士で不純で結婚も出来なくて何も生まれない関係だけど、男女間のそれと同じだと思う。大体男女の結婚も別れる事はあるのだ、今の俺達の関係も対して変わらないだろう。
俺はこの日課は紙切れ一枚よりは強いと思っているし、政宗もそうだろう。
たまにこれで良いのかと思うし、よく何でここに居るのか考えるけど。
俺は、幸せです。






拝啓イエスタディ



掛け替えのない日々は、どのくらい積み重なりましたか?




























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日常を書こうとしたら淡々とし過ぎてしまった・・・。
互いの名前も呼ばなくて好きかどうか分かりにくいけど、何だかんだで想い合ってる関係性が好きです。



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