我が儘なのかなぁと思う。
「ねぇ、まだー?」
「あー、もうちょい」
チカちゃんはパソコンの画面から視線を外さずに答えて、俺は唇を尖らせた。
「・・・さっきもそう言ったじゃん」
ポツリとそう呟く。
チカちゃんが忙しいのは知っている。何と言ってもこの会社の期待の星だ。俺も同期として鼻が高い。
でも仕事とプライベートは別だ。
チカちゃんはよく仕事が出来るから、いろんな企画を頼まれる。俺は営業だから残業はそこまでないが、企画部のチカちゃんはよく残業している。チカちゃんは大変そうだし、俺はチカちゃんと一緒にいられる時間が減るから嫌だ。
それにチカちゃんは面倒見もいいし性格もいい。背も高いし顔もいいから女性社員の憧れの的だ。チカちゃんの話をしている女性社員を見ない日はないくらいに。
俺がチカちゃんが同期だと知って、入社時はどうだったんですかぁ?とかよく聞かれる。そして笑うのだ、長曽我部さんって本当に素敵ですよね、と。
「素敵なんだって、チカちゃんは」
カタカタとキーボードを打っていたチカちゃんの手が、俺の声で止まった。画面から視線を外して俺を見たチカちゃんの顔は怪訝そうに歪められていた。
「何だ?いきなり」
「んー、今日話した娘達が言ってた」
そう言えば、チカちゃんははあ、と小さくため息をついて画面へと視線を戻す。あーあ、せっかく向かい合えてたのに。
「それ聞いてお前はどう思ったんだ?」
「あんたはチカちゃんの何を知っているんだよって」
そう言えば、チカちゃんはははっ、と楽しそうに笑った。
「嫉妬してくれたのか、お前」
「だってチカちゃん、最近残業ばっかりで全然構ってくれないじゃん」
正に今もチカちゃんは残業中だ。ほとんど電気が落とされた部屋で、チカちゃんの打つキーボードの音が響く。俺は勝手にチカちゃんの横の席を借りて、残業が終わるのを待っている。
「お前なぁ、俺が残業してんのはお前が休みに遊ぼうって毎回言ってくるからだろ」
「遊ぼうじゃなくて、デートしようだよ。当たり前でしょ、チカちゃんの休みは俺のなんだから」
「どこのガキ大将だ」
そう文句を言いながらも、チカちゃんはちゃんと休みにデートをしてくれる。と言ってもお互いに疲れてるから家でまったりするのがいつもだが。
チカちゃんは俺よりも疲れているはずだ。仕事量もそうだし、もともと人の面倒を見たり気を使ったりしすぎるし俺の我輩も聞いてくれている。
そう考えてふと思った。チカちゃんは気を使うし懐も大きい。もしかしたら、俺の我が儘を聞いてくれるのは嫌と言えないだけなんじゃないだろうか。
「何でチカちゃんは俺の我が儘を聞いてくれるの?」
そう思ったら怖くなった。
いくら恋人だからって嫌だと思うことはあるし疲れていたらゆっくり休みたいだろう。なのにチカちゃんはそういったことを俺に言ったことはない。
もしかしたら、自分の気持ちを押し殺して俺の我が儘に付き合っているのではないのだろうか。
そう考えてしまい、俺は顔を伏せた。今まで部屋に響いていたキーボードを叩く音が途切れる。
いきなりチカちゃんの顔を見るのが怖くなった。
もしそうだったらどうしよう。ウザいと思われていたら、俺はどうしたらいいのだろう。
「お前、今日は本当にどうしたんだよ」
チカちゃんの声に不安で胸が跳ねる。俺は顔を上げることができない。
そんな俺の頭に、チカちゃんは手を置いた。
「お前の我が儘を聞くのが俺の役目だろ?」
そう言って俺の頭を撫でる。その仕草はとても優しくて、甘いものだった。
ちらりと上目遣いでチカちゃんを見ると、チカちゃんは柔らかく笑っていた。その表情に、先程と違う意味で胸が跳ねた。
「もう少しで終わるから、おとなしく待ってろよ」
そう言って、チカちゃんが俺の額にキスをする。その瞬間、胸が最大限に跳ねてキュンと音が鳴った。
ここが会社だとか誰かいたらどうするのだとか、そんなものは全て飛んでしまった。ああ、もう!
俺は熱の集まった顔を隠すために余計に顔を伏せ、チカちゃんは嬉しそうに笑った。
淡彩ホッピング
だから君が好きなんだ!