何かが足りない。そう感じながら生きてきた。
何かが足りない、でもその何かが分からない。親もちゃんといるし友達と呼べる奴もいる。恋人はつい最近別れてしまったが、いた時にもその感覚はあった。
何かが足りない、何が足りない?そんな感覚と困惑に付きまとわれて、俺はいつの間にか23歳になっていた。






「お先失礼しまーす、お疲れさまー」

そんな声を掛け、俺は店を出た。高校を卒業してから働き始めているので、もう5年だ。料理が得意という理由だけで安易に飲食店に就職したが、俺に合っていたのか楽しくやっている。職場の人間関係もいいし、好きな日本食が学べるのは嬉しい。
そういえば、俺は何で日本食が好きなんだろう。ふとそんな事を考えた。元々食に関して関心がなく、イタリアンでも中華でも何でも食べてきたのに、作るとなったら日本食が一番身が入った。
日本食が一番作りたいという理由は見当たらないが、妙にしっくりくる気がするのだ。人に作ってあげたい、美味しく作りたいという気持ちが他の料理よりも強くなる。そういう時にもあの何かが足りない感覚になる。
俺はこの感覚に左右されてるなと夜道を歩きながら考えて苦笑した。そういえばこの街に住もうと思ったのもあの感覚だった。
何かが足りない感覚は強弱があるらしい。土地や物などに反応して感覚が強くなる事がある。この間なんか馬に反応した。意味が分からない。
とりあえず感覚の強弱がある事が分かった俺は、強く反応する方に近づく事にした。もしかしたら、何かが分かるかもしれない。そんな甘い期待を抱いたのだ。
だが今のところ何もない。反応する基準も分からない。大体この感覚自体が不明瞭だから、理由なんか何もないかもしれない。ただ漠然とした不安とかからくるだけかもしれない。

「あーあ、馬鹿だねぇ」

俺も。そう呟いて肩を竦める。今日の夕飯は何を食べようか。
家に豚肉が残っていたはずだ。野菜も少しある。まだ夏は始まっていないが、しょうが焼きでも作ろうと決めた。さっぱりとした物が食べたい気分だった。
そうと決まれば日本酒でも買って帰ろう。心の中でそう決めて、俺は自宅に向けていた足を近所の酒屋に向けた。髭面のじいさんがやっている酒屋だが、じいさんが酒豪のせいか種類も多く安く売っている店だ。豪快なじいさんだからたまにコミュニケーションとして叩かれるが、おまけもしてくれるしいい店だと気に入っている。

「・・・・・・あ?」

オススメでも聞いて買おうかな、と考えていると、あの感覚が起こった。何時も歩いている道だが、感覚が起こるのは初めてだ。癖で周りをキョロキョロと見回す。
何時も通りの道だ。減ったものも増えたものもない。じゃあ何で感覚が起こったのか。何かが移動してきたのだ。
そう結論づけた俺は、より感覚の強い方へと足を向ける。酒屋とは反対方向だ。こっちには確か小さな公園があった事を思い出した。
これで猫とかだったら笑えるな、と小さく吹き出す。23にもなって何をやっているんだか。

「ん、」

感覚はどんどん強くなる。頭に何かが鳴り響く。こんなのは初めてだ。

「な、んだよ、これ」

遂には頭痛までし出す。これ以上進むなと身体が警報を鳴らしているようだ。
妙に息苦しい。足が、身体が重い。何なんだよ、これは。まるで自分の身体の重さを自覚したみたいだ。以前なら、身体は軽く飛ぶように木の上を走れたのに。

「・・・・・・っは?」

今、俺は何を考えた?俺の身体は生まれてからこの身体だ。木の上を走れるなんて、そんな事が出来るはずがないじゃないか。

「・・・疲れてんの、かな」

頭は痛いし身体は重いし、変な事を考えるし。早く帰って寝た方がいいと思ってるはずなのに、足は感覚の強い方へと進む。身体と頭が噛み合っていない。
早く。早く行かないとと警報と共にその言葉が鳴り響く。早く行かないと、旦那は何処かに行ってしまうかもしれない。やっと巡り合えたのに。早く行かないと。

「・・・旦那?」

誰だそれは。そう考えた瞬間、目の前に人が立っていた。
紅く燃えるように衣装を身に纏って、風に鉢巻きをたなびかせて槍を持つ、若い男の背中。きっと俺からは見えない瞳は、真っ直ぐ前を射抜いているのだろう。
ああ、旦那だ。その姿を見て、俺は思った。
目の前の男を見ながら、俺は目を瞬かせる。すると男の紅い衣装はグレーのパーカーに変わり、鉢巻きと槍は何処かへと消えた。先程の風貌とは打って変わって一般的な服装だ。
それでも、彼は旦那だ。そう思った途端、今まであんなに喧しく鳴り響いていた頭痛が消えた。カチリと歯車が合った音がした。
そうだ、俺に欠けていたのは旦那だ。俺は旦那の為に生きて、旦那の為に死んだのだから。
コツリと足音を立てて、俺は旦那に近づく。その音で気付いた旦那は、俺を見て軽い会釈をした。合った瞳は、やはり真っ直ぐ射抜くようだった。
きっと旦那は俺を覚えていない。それに俺は感謝をする。だって、旦那は優しいから。以前の俺に対して責任を感じてしまうから。
俺は旦那なら何でもいい。例え記憶が無くても、俺を覚えていなくても。
ずっと探していたんだ。記憶を無くしても、何も覚えていなくても、身体が覚えていた。
死んだ歳に再会とかロマンティックすぎる気もしないが、やっと会えたのだ。出来すぎていても文句はないさ。
さあ、始めからやり直そう。大丈夫、旦那は旦那で、俺は俺だ。

「こんばんは、お兄さん」

やっと見つけた。






紫蘭サイクル



こんにちは、俺の全て。



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