スパイもので、ハッカー×殺し屋。





パン、と小気味良い音が辺りに響く。その後すぐに薬莢が地面に落ちる音が聞こえた。
胸を撃ち抜かれた男は崩れるように倒れた。それを眺めながら、スーツに付いた血をどうしようかと考える。薬莢とか火薬の臭いもしてるはずだ。どうしようと考えて、身体を反転させる。
またパンと爆ぜる音がして男が倒れる。頭に穴の空いたそいつの所為で、また少しの血がスーツに付き、顔をしかめる。
数人の男が地面に臥せている場所で、着替えた方がいいかなぁと考える。あの人は血もこういった臭いも嫌いだった。
でも仕事だし仕方ないか。そう考えるのを投げ捨てて、持っていた銃をホルダーに戻し、その横のホルダーからナイフを取り出す。近付いて来た男の胸を突き刺し、ついでに頸動脈を思いきり切ってやった。その返り血の所為で余計に汚れたスーツは少し重くなった気がした。
重そうな扉を開けて入ると、この組織のボスらしき男が座っていた。男は俺を見るなり何か喚いて銃を取り出して俺に突き付ける。突き付けられた銃口を見ながら、あの人が開けておいてくれたのかなぁと思う。あんな重そうな扉に鍵が掛かってないはずないし、一般的な鍵のはずもない。厳重なシステムを使った鍵のはずだ。そんなのを俺が解けるはずもないし、この基地に入ってから人しか撃ってないからまぐれでシステムを解除したはずもない。
ほんと、仕事の速い事で。そう思って俺は口元を綻ばせた。こういう仕事は嫌いだと言っていたくせに、俺の手伝いはきっちりするんだ。そういう所が大好き。
まだ何かを喚いているボスらしき男の胸を撃って静かにさせる。あ、ナイフでやろうと思ってたのに、銃で撃っちゃった。まあいいんだけど。
胸から血を流している男を見下ろして、ナイフと銃をしまい携帯を出す。持たされた無線もあるけど、携帯の方が距離が近い気がするから、俺は毎回仕事終わりは携帯で連絡をする。
携帯を弄りあの人の番号を出す。通話ボタンを押して耳に当てれば、すぐに電話は繋がった。

「終わったよ」

軽い口調で言えば、向こうからため息が聞こえる。それは何時も通りで、何故だか笑えた。

「今から帰りますからー、じゃあ」

一方的に言って通話を切る。あの人のため息しか聞いてないが、それでも楽しい。
血と火薬の臭いを纏わりつけて、俺はパシャリと足元に広がっていた血を踏んだ。



俺は所謂スパイだ。国の為にテロリストを殺す。
俺の属している組織には工作員や潜入専門、武器の開発、事後処理、爆弾処理など様々な事をしている奴がいる。俺は実行する奴。つまりテロリストを殺す役。
で、この人はハッキング専門。身体を動かすのも好きなくせに引きこもって、性格的に絶対苦手だと思うのにパソコンを駆使して、ペンタゴンにハッキングして機密情報を盗めるくらい凄腕らしい。
でも今目の前にいるのはただのヘタレだ。

「また無茶したな」

冷たい声色で言う旦那は、パソコンに向かって何かの作業をしている。どうしてそんな冷たいのか分からないが、旦那が俺の事を心配してんのは伝わった。

「いいだろー?怪我してねぇんだから」

電話口と同じように軽い口調で返しながら、旦那のパソコンを取り上げようか考える。でも旦那パソコン取り上げるとすっごく恐くなるしなぁ。
旦那の背中しか見えないが、旦那は今きっと苦々しい顔をしているのだろう。自然に笑みが浮かんだ。

「大将も褒めてくれたし、ミッションもクリア。万々歳だろ」

「そういう問題じゃない」

「じゃあどういう問題なんだい?」

パソコンしか見ていない旦那の背中に笑いかける。答えは知っているが、わざと聞いてやった。
旦那のキーボードを打つ音が止まる。ニヤニヤと旦那の背中を見ていれば、目の前にいきなり黒い物体が現れた。

「撃たないの?」

「撃たん」

妙に様になって銃を握っている旦那に聞けば、旦那はあっさりと否定した。

「こんなのを人に向けるのは嫌な気分だな」

そのくせまだ銃口を俺に向けている。顔をしかめている旦那に、俺はニヤニヤと笑って近付く。

「俺様は旦那になら向けられても構わないよ?」

仕事用ではない素の口調で言ってやる。そして自分に向けられた銃に口を付けた。

「んっ・・・」

そのまま銃芯を舐め、銃口に舌を入れる。自分の口から漏れた息は、何処となく湿っているように感じた。
銃が揺れる。旦那を見れば綺麗な二重の目を丸くして俺を見ていた。銃を舐めながら、俺は口角を上げた。
銃を口に加え、旦那と目を合わす。旦那の目に動揺が走ったのが分かり、にっこりと笑って銃から口を離した。自分の口と銃が糸を引いているのが見え、余計に愉快になる。

「殺すチャンスだったのになぁ」

銃を愛撫しながら殺された殺し屋ってのも阿呆らしくて良かったのに、とケラケラ笑えば、旦那は銃を下ろしてため息を吐いた。

「撃つ気はないって言ったはずだ」

椅子の背凭れに体重を掛けながら、旦那は濡れた銃を机の上に投げ捨てた。小さなそれはくるくる回転しながら机の隅にぶつかって止まる。

「心配なのだ、佐助が」

「心配なら縛り付ければいいじゃん」

「縛り付けてもすぐ逃げるだろう」

「当たり前」

旦那が追い掛けてくれるって知ってるからね。ケラケラと笑って言えば、聞こえたのはまたため息。

「いっそ、殺して俺の物にしたいぐらいだ」

そう言った旦那は、柔らかい雰囲気の中に狂気を孕んだ目をしているから好きだ。

「だから何時も仕事手伝ってくれるの?」

「ああ。俺の知らない所で、俺じゃない奴に佐助が殺されたら許せないからな」

「ふふっ」

何時もはヘタレで初で潔癖な旦那が、こんなにも自分の事を執着してくれている。その事にとても良い気分になる。

「それと佐助が汚れるのも嫌だな」

「俺様、元々汚れてるよ?」

旦那が言いたい事は分かるが、わざとはぐらかす。まあ人を殺しまくった自分が血で汚れてるのは事実だし、身体も犯されて汚れてるから俺は汚れまみれだ。
でも、旦那が言いたいのはそんな事ではない。

「佐助、来い」

椅子に座っている旦那に手招きされ、俺は素直に旦那に近付く。
きっと旦那には血と火薬の臭いがキツいほど届いているはずだ。スーツに付いた血が乾いてパサパサ音が鳴る。
旦那の目の前に立ったら手を引かれ、旦那の膝の上に座るように抱き締められた。

「お前の臭いがしない」

ボソリと旦那が言う。拗ねたようなその声色に、思わず笑みが零れた。

「そりゃねぇ」

「お前の肌に血が付いてるのも気に食わん」

さっきまで銃を向けていたくせに、今は子どもみたいだ。全く、ほんとに可愛いよこの人は。
旦那は俺が血で汚れるのを嫌うし、血や火薬の臭いを纏わり付かせるのも嫌う。一度どうしてかと聞いてみれば、違う人間の血や臭いが俺に付いている事が気に食わないと言っていた。
だから俺が血も臭いも付けないで帰ってくればとても嬉しそうに笑うし、俺が今日みたいに血や臭いを付けて帰ればこうやって不貞腐れる。銃を出されたのは初めてだが、こんな旦那の嫉妬を悪くないと思っている自分がいるのも確かだ。
今日なんてわざと返り血を浴びて帰ってきたしね。嫉妬してくれるのが嬉しくて、わざわざナイフまで使ったんだよ。そんな事言わないし、気付かせる気もないけど。

「こんな仕事だし、仕方ないじゃん。血が付いてても臭いが違っても俺は旦那のだよ?」

胸に押し付けられた頭を撫でれば、もぞもぞと旦那が頭を動かした。

「それでも気に食わん」

「なら殺して」

そう言えば、旦那が身体を離した。真っ直ぐ見詰めてくる旦那に、俺も真っ直ぐ見つめ返す。

「死ぬつもりもないけど、何時死ぬか分からないじゃん。裏切りなんて日常茶飯事で、テロリストも強くなってるし。旦那に殺されるなら幸せだよ?」

そう笑った俺はきっと幸せそうな顔をしていたはずだ。
対して旦那は自分が傷付けられたかのように、辛そうに顔を歪めている。ほんと、優しい人だ。
こんな組織に入ってて、国の為にクラッキングして犯罪に手を染めて。そして人を殺してる俺を愛して。
ほんと、優しくて愛おしい。
だから、そんな顔しないで。

「ふはっ、冗談だよ」

辛そうに顔を歪めている旦那に、俺は破顔した。
あながち冗談でもなかったけど、旦那が本当に悲しそうな表情をしていたから、笑って誤魔化す。そうすれば何時もなら怒るか笑うかするのに、旦那はまだ表情を曇らせている。

「旦那?」

俺を見詰める俺に呼び掛ければ、旦那は歪めていた表情のまま俺に笑った。その顔が、泣きそうに見えた。

「佐助は俺が殺す。もし他の奴に殺そうとしても俺が何が何でも殺す。もし俺が裏切ったら、佐助だけは殺していく。佐助を永遠に俺のものにしていく。佐助が嫌がっても俺はそうする」

ぎゅう、と抱き締められいてる腕に力が入る。ハッカーのくせに力のある旦那に思いきり抱き締められて、痛いのに嬉しさしか感じなかった。
泣きそうな顔で、でも本気で旦那は言う。

「だが、簡単には殺さないし殺させん。佐助は俺のなんだから、傍にいてくれないと困る・・・」

呪文のように耳に吹き込まれていた言葉が、最後には弱々しく萎んでいった。その旦那らしさに、俺は思わず吹き出してしまった。

「ははっ!結局ヘタレじゃん!」

「な、何だとっ」

「いやいや、旦那らしいですよ」

途中まで格好良かったのになぁ、と胸の中で言う。旦那は分かっているんだろうか、自分の言葉の効果を。俺が何処に行こうと、旦那の言葉が俺を縛り付けている事を。
俺はきっと、旦那がいないと死ねないだろう。
そう思って、まだ弱々しく文句を言っている旦那の頬を手で包み、旦那の額と自分の額をくっ付けた。

「傍にいるよ。俺様も旦那がいないと駄目だもん」

きちんと目を見て言う。普段はぐらかしてこういった直接的な事を言わないから顔が熱いが、そんな事よりも旦那に俺の気持ちを知って欲しかった。
旦那は珍しい俺の行動に目を瞬かせていたが、すぐに嬉しそうにくしゃりと笑った。
ふふふっ、と気持ちの悪い笑い声を上げている旦那に、俺は触れるだけのキスをした。それは、先程の銃とは比べ物にならないほど熱かった。
ちゅ、ちゅ、とわざとらしく音を立てて、触れるだけのキスを繰り返す。その間に俺は旦那の首に腕を回した。
その内に背中に回っていたはずの旦那の手が俺の服の下に差し込まれていた。

「此処ですんの?」

「ん、駄目か?」

その手から逃れるように身体を捻れば、旦那が上目で聞いてきた。そんな犬みたいな目で見ないでよ。
大きな犬の項垂れている耳が見えた気がして、俺はため息を吐く。この犬は待てが出来ないのを思い出した。

「早く佐助を綺麗にしたいしな。それに実はさっきので勃ってしまったのだ・・・」

ぐっ、と旦那が腰を俺の尻に押し付けてくる。確かに僅かに反応していて、俺は笑った。

「ははっ!旦那童貞みたい!」

「む・・・俺は童貞ではない!」

「そうだね、俺様が貰ったからね」

「は、破廉恥っ!」

「もっと破廉恥な事をしようとしてるのに、よく言うよ」

そう言って、旦那と一緒に笑った。
旦那の膝の上に座っているから、旦那が笑うとその振動が伝わる。俺の肌を触る手は熱くて、尻に押し付けてられたのはもっと熱くて。
胸がくっついているから、旦那の普段より速い鼓動まで伝わってくる。そして俺のも旦那に伝わっている。

「で、良いか?」

「ん、いいよ。旦那の事だから部屋ロックしてるんでしょ?それに俺様も旦那が欲しいし」

ああ、生きてるっていいなぁ、と思った。
こうやって旦那と抱き合えて、体温を感じられて、愛し合えて。こんな仕事してる俺が言うのも図々しいけど、幸せだと思った。
首筋に顔を埋める旦那に、良しの合図をすると、すぐに力一杯抱き締められて、くるりと椅子が回り、旦那のパソコンが置いてある机の上に押し倒された。

「佐助、すっ、好きだ」

「ははっ、俺も愛してるよ」

許しを得た大きな犬は、俺に不器用な愛を叫んでとても嬉しそうに笑った。その頭を撫でながら、俺も愛を紡ぐ。
額にキスをされ、首筋を舐められ、服を脱がされていく。ふと横を見れば、先程旦那が投げ捨てた銃が目に入った。

「俺様、旦那の為なら死ねるよ」

ぽつりとそう呟けば、旦那は男前に笑った。

「俺が殺させない、どんな事をしても」

その答えを聞いて、俺はとても安心して、旦那の頭を掴み深いキスをした。





諜報ラビリンス



俺たちにとって、愛が正義で生きる意味。





















―――――――――

スパイものを観ていたら書きたくなった、ハッカーと殺し屋。

幸村がパソコン得意でハッキングとかしてたらとてもウハウハする。という趣味丸出しですみません。楽しかった!
幸村と佐助くんのキャラが崩壊してる気がしてるけど気にしない!

殺伐してるようでラブラブしている二人が好きです。佐助くんも幸村も何だかんだで依存してるといい。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -