ゴポリと音を立てて気泡が上へと昇る。
それをぼんやりと眺めていると、また開いた口から二酸化炭素が出ていった。
上へ上へと昇る歪な円形のそれとは反対に、自分の身体が下へ下へと堕ちていく。まるで水の中を沈んでいく感覚。
なんでこんな事をやっているんだっけ。
ああ、そうか。夢が見たいんだ。
そう思って目を閉じる。また一つ身体が深く沈んだ気がした。



夢は良い。
頭を動かさなくても良いし、考えずに済む。嫌な事は何もないし、楽しい世界が広がっている。
何より、先輩が優しい。

「クルル?」

ほら、目を開けた先には俺を心配そうに見ている先輩がいる。

「どうかしたのか?」

「何でもないっすよ」

俺は銃の手入れをしている先輩に、何時も通りの笑顔で返す。珍しく先輩が俺のラボにいる事が、何だかとても気恥ずかしい。
先輩はそうかとだけ呟いて銃の手入れに戻った。鈍感というか、分かっていないというか。そこはもう少し心配するべきだろう。

「まあ、赤達磨だから仕方ねぇか」

「貴様!どういう意味だ!」

ぼそりと呟いたため息混じりの言葉は先輩に聞こえていたらしい。銃を放り出し、先輩が俺へと詰め寄ってきた。

「あー?鈍感野郎だと思ってなぁ」

「俺の何処が鈍感なんだ!」

「はあ?じゃあ逆に聞くけど自分は鈍感じゃねぇと?」

「ぐっ・・・!それは、少し、鈍いが・・・」

「少しねぇ」

目の前の先輩に含みのある言い方をすれば、先輩はバツの悪そうで何処か拗ねたように顔を歪めた。
こういう所が可愛いと思う。こんな筋肉達磨に可笑しな表現だが、ギャップというか普段見ない表情を見せてくれるのは嬉しい。まあ、絶対言ってやらないけど。

「じゃあ先輩。今俺がしてほしい事、分かるかい?」

目の前に立っている先輩を椅子に座ったまま覗き込むように見上げて笑った。
妖艶に、挑発的に、誘うように。
鈍感な先輩にも分かるように。

「・・・・・・っ」

先輩が息を飲むのが分かる。それがとても愉快な気持ちにさせる。
俺は口端を上げて、さらに笑みを濃くする。
さあ、これでも分からないとは言わせない。
そんな俺の思惑が伝わったのか、先輩はいきなり俺を抱き締めた。

「おしいが違うぜ、先輩?」

抱き締められながら、俺はクツクツと喉を鳴らす。先輩は俺を抱き締めながら、深いため息を吐いた。

「・・・あまりからかうな」

「先輩が分かってくれないからだろ?」

肩を揺らして笑えば、先輩はまた深いため息を吐いた。そして座っていた背もたれに俺の身体を押し付ける。
離れた先輩の身体は俺に覆い被さっていて、その目は男のそれだった。

「誘ったのはお前だ」

「この俺が誘ったんだぜ?」

先輩の目に射抜かれて、ゾクリと肌が粟立つ。

「だから満足させてくれるかい?」

その言葉が終わるか終わらないかのところで、俺の口は先輩によって塞がれた。
また感じられる体温に胸が跳ねる。
それと同時に、頭の片隅で自嘲する自分もいる。
先輩の背中に腕を回しながら、ゴポリと何処からかまた音が聞こえる。
溺れていると自覚する。ああ、俺は馬鹿だなぁ。
そう思いながらもこの体温が離しがたい。この優しさを、愛しさを、幸せをずっと感じていたい。
ああ、本当に馬鹿だ。
それでも、これが夢だと知っていても、この先輩をもっと一緒にいたい。
ゴポリとまた音が鳴ったのを聞きながら、俺は身体から力を抜いた。また身体が一つ深く沈んだ気がした。














迷いない足取りでケロロはラボの中を歩く。目的の場所には、思った通りクルルがいた。

「・・・また寝てるでありますか」

ベッドの中で真っ白なシーツに包まって眠っているクルルは、とても安らかな表情をしていた。その表情を見ながら、ケロロはベッドの縁に座る。ギシリというベッドが軋んだ音がやけに辺りに響いた。

「寝てるだけじゃ、何も変わんないでありますよ」

寝ているクルルを眺めながら、ケロロは小さな声で呟く。
そして呟いてから思う。そんなのはクルル自身が一番知っているんだと。
ギロロが好きで、でもギロロは夏美が好きで、どうしようも出来なくて。想いを伝える事も、諦める事さえ出来なくて。だから、クルルは夢に逃げたのに。
きっと、今見ている夢の中のクルルは幸せなのだろう。ギロロに愛されて、ギロロを愛せて、本当の笑顔で笑っているのだろう。
叶わない恋に溺れて、一瞬でも幻だとしても、夢から覚めたくなくて。ギロロの愛が欲しくて。

「何であんな鈍感野郎が好きなんでありますかねぇ」

あんな鈍感で人の気持ちを全く察する事が出来なくて、不器用で無意識にクルルを傷付ける奴を、何でクルルは好きになったのだろう。
ケロロにとって大事な幼馴染で部下だけど、その事だけは許せなかった。
クルルが傷付いていく姿は、見てる此方が辛くなる。壊れそうなくらいに華奢な身体で見栄を張って、無理して笑う。きっと心はケロロが考えるよりももっと辛いはずだ。
それでも、クルルはギロロが好きなのだ。

「馬鹿でありますなぁ」

クルルは規則正しく寝息を立てている。クルルの見ている夢では、ギロロにどんな風に触れられているのだろうか。
叶わない夢を見続けて、余計に焦がれて、でもどうする事も出来なくてまた傷付いて。そんな悪循環に自ら嵌まっていくなんて。

「俺にしとけばいいのに」

俺に縋ってくれれば、ギロロの事を忘れさせるくらい愛してあげるのに。
例えクルルが俺を好きでなくても、心の隙間を埋めるために俺を求めたとしても、俺は全部受け入れて俺だけを見させてあげるのに。
でも、そうはならない事は分かっている。
クルルはきっとギロロを諦められないし、叶わない夢を見続ける。
本当に、馬鹿だ。

「こんなにクルルの事を愛してるのになぁ・・・」

クルルの寝顔はやはり安らかで、幸せそうだった。
何で俺はこんな鈍感野郎を好きになったのだろう。
先程クルルに対して思った事を、今度は自分に思って笑った。
叶わない恋に溺れているのは自分もだ。

「愛してるんだよ、クルル」

幸せそうな寝顔をしているクルルの頭を撫で、泣きそうな笑顔で愛を紡いだケロロの言葉は誰にも聞かれる事もなく空中に拡散した。







心的テロリズム



君からの愛が欲しいだけなのに。



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