独眼竜と風来坊が上田城に遊びに来た。
一国の領主とニートが何してんだって思ったが、それはまあいい。
お茶を出したのが女中でもなく俺だったけど、それもまあいい。
一番良くないのは、旦那が稽古中に来た事で、旦那が胴着を着ていたという事だ。






「佐助ぇ!」

旦那の声が屋敷に響き渡る。お客さんに何故か忍の俺が相手していた所に、旦那からの呼び出しを食らった。
てか、何で俺様がお客さんの相手をしているのか分からない。この屋敷にいる人達に、忍とは何なのか一から学んで欲しいと切実に思った。

「お、幸村がお呼びだね」

大変だねぇ、アンタも。と笑いながら風来坊が言った。

「ホントだよ、俺様もう大変」

そう肩を竦めながら、俺は腰を上げる。

「俺様ちょっと行ってくるから、何かあったら人呼んで」

じゃあね、と手をヒラヒラさせながら、俺は旦那の部屋へと向かう。
俺がなかなか来ないからか、先程から旦那の俺を呼ぶ声が五月蝿い。アンタが俺を接待にやったんだろ、と言い返したくなったが、我慢した。なんてったって主だ。

「はいはい、お待たせ〜」

軽い笑顔を浮かべながらひょっこりと旦那の部屋を覗いて、俺は目を丸くした。

「さ、佐助ぇ」

棚の中身はひっくり返され、引き出しは全て開けて中の物が引きずり出され、部屋の中はまさに混沌と化していた。
畳さえ見えなくなった部屋の中で、情けない面をした主はまだ胴着だった。

「・・・何してんのさ」

顔が引き攣りそうになるのを何とか抑えながら、俺は冷静に言う。
旦那は助けを求めるように、俺に視線を投げ掛けてきた。

「着替えが見つからんのだ・・・」

ピキリと肌が鳴った気がした。

「・・・そこの引き出しに入ってたよね?」

すい、と着物がでろんと垂れている引き出しを指差すと、旦那は「おお!」と顔を輝かせた。
床に散らかっている物を蹴飛ばし半分、俺が指差した引き出しへと近付き、引き出しの中身を漁り出す。
その様子に、また俺の何処かしらからビキリと音が鳴る。

「流石佐助、あったぞ!」

「あは、お褒め頂きありがとうございます〜」

目当ての着物を見付け、意気揚々と旦那は俺に振り返る。
俺の言葉を聞きながら、汗を吸い込んだ胴着を脱ぎ、そこで旦那ははたと止まった。

「佐助ぇ!」

上半身裸で真剣な表情をしている旦那は、傍目は滑稽でも本人は至って本気だ。
わなわなと震えながら胴着を握り締めている旦那を、俺は部屋を覗いた姿のまま眺めていた。ああ、嫌な気がする。
出来れば客の相手でもいいからこの場を去りたいなどと考えていた俺の願いは、旦那の無自覚な言葉で崩れ去った。

「汗を拭く手ぬぐいがない!」

ついでに俺の堪忍袋の緒も千切れ去った。

「アンタは子供かぁ!普通用意してから着替えるだろ!てか自分の部屋ぐらい把握しとけよ!」

困惑顔で立ち尽くしている旦那に、俺はこれでもかという程の声を張り上げ指を差した。至極真っ当な事を言ったと自分でも思う。
しかし旦那は違ったらしい。自分の周りを見回して、ガバッと俺の方を見た。

「俺が出来ぬからお前がいるのだろう!」

「うぜぇぇええ!!」

真剣な表情で言った旦那に、俺は思わず叫んだ。
何だそりゃ。どんな餓鬼大将だ、ジャイアニズム全開じゃねぇか等と考えていた俺に構わず、旦那は見付けた手拭いで汗を拭き、相変わらずジャイアニズム全開で聞いてきた。

「それよりも俺の袴を知らぬか!」

お願いだからちっとはこっちの事を考えてくれよと思うが、旦那だから無理だろう。俺のストレスは溜まり、たまに胃が痛くなるのをこの馬鹿旦那は知っているのだろうか。知らないんだろうな。
てかそれよりもってなんだ。俺の存在をそんな母親ポジションに決定してんのか。ふざけんな。
そんな苛つきをぶつけるように、俺は怒声で返す。

「部屋の引き出しに仕舞ってあるでしょ!」

「帯と羽織りは!」

「同じ引き出しの上から二番目と五番目ってアンタ俺を忍だと思ってねぇだろ!」

前から薄々気付いていたがな!とよく分からないテンションで俺は言葉を吐く。いや、薄々というよりも思いっきりだがな。この城の奴は忍が何なのか分かってんのか。
そんな事を考えて気が沈んできた所に、独眼竜と風来坊が出しておいたお菓子とお茶を漏ってやって来た。
風来坊が「すごい声が聞こえてきたけど何をやってんだい?」と聞いてきたので、俺は無言で部屋を指差す。
ひょこりと覗いた風来坊は部屋を見て「うわぁ」と驚いたような感心したような声が出した。独眼竜でさえ「Oh」と声を漏らしている。
見られた旦那は「恥ずかしいから見ないで下され!」と喚いていて、恥ずかしいなら着替えくらい一人で出来るようになれと思った。
俺がそんな無気力な気分を味わっていると、独眼竜と風来坊は勝手気儘に廊下に腰を下ろし、お茶を飲み始めた。

「ちょっと!何してんの!」

「Ah?何ってtea飲んでんだよ」

「いやそういう事じゃなくて!何で此処で飲んでんの!」

全く話の繋がらない独眼竜は諦め風来坊に聞くと、風来坊は笑いながら言った。

「幸村も佐助も遅いからさ、なら俺達が行けばいいんじゃないって思って」

「その解決策おかしくね!?」

「佐助ぇ!」

朗らかに笑っている風来坊に食って掛かった時に、部屋の中からまたしても旦那の声が聞こえる。
ちょっと今それどころじゃないんだよと思ったが、どちらかというと風来坊たちの方がどうでもいい。

「ハイハイ、今行きますよ!」

お茶を飲んでいる風来坊たちを放って置いて、俺は旦那の部屋へと入った。
やはり部屋は散乱していて足の踏み場もない。そんな中旦那の要求する物を探すのは一苦労だ。
絶対暇取ってやる。出来ないならせめて給料上げろと心の中でブツブツ文句を言う。そうしないと仮にも主である旦那の頭を叩きそうだった。
風来坊は変わらず部屋の中の様子を見て笑っている。あんな自分は関係ないと笑っていられる奴を恨めしく思った。
我慢だ我慢。頑張れ俺、と自分を励まし、散乱した服を掻き分ける。

「Hey、佐助。こっちで酌をしろ」

「自分でしてろぉ!」

「佐助ぇ!足袋が見付からん!」

「てめぇもいい加減にしろぉお!」

しかし我慢の限界なんてとっくに過ぎていて、俺から出たのは疲れた、しかし怒りが含まれた鋭い声だった。
それでも空気を読まない馬鹿どもの助けを求める声と催促の声が俺に降り注ぐ。
ああ、もういい加減にしてくれと頭を抱える。俺を忍だと認識してんのかお前ら!と怒りを通り越して泣きたくなった。
風来坊の呑気な笑い声だけが長閑に響き渡っていた。








辟易ホエール



忍って何だっけと本気で考えた、ある日の出来事。



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