幼い頃初めて会ったあれを見た時、綺麗だと思った。
夕陽のような髪の色も、少し痩せている身体も冷たい目も、全てが合っていてとても綺麗に感じた。
だから思ったままに綺麗だと伝えたが、あれは俺の言葉に短く笑っただけだった。
夕陽のような髪の色も、少し痩せている身体も冷たい目も、全てが合っていてとても綺麗だと思ったが、ただその笑顔だけは綺麗だと思えなかった。
今考えると、あの笑顔は侮蔑とか自嘲とかの笑みだったのだろう。しかし幼い自分にはそこに含まれている意味など分かるはずがなく、ただただ不愉快になった。
どうしてそんな顔をするのだ、褒めたのだからもっと喜べばいいだろう。そう責めた気がする。
忍とはなんなのか、どのようなものを望まれるのか知らなかった。幼すぎて無知だったのだ、俺は。
だが、理不尽に攻められたあれは怒りもせず、かといって俺を馬鹿にもせず、感情を出さずに機械的に言った。

俺は道具ですから。

意味が分からなかった。分からなかったが、瞬間あれの頬を叩いていた。
どうして、どうしてそのような事を言う。どうして道具などと思う。そなたは人ではないか。某と同じではないか。
感情が高ぶりすぎて、俺は涙を流しながら叫んだ。
あれは叩かれた体勢のまま、俺を見て驚いた表情で固まっていた。
俺が泣いていたのに驚いたのかもしれない。もしかしたら、俺の言葉に驚いたのかもしれない。
俺は忍がどのように扱われているのか、あれが今までどのように扱われていたのかは知らない。だが自分を道具と言ったのだ、きっと酷い扱いだったのだろう。
だったら、俺が道具から人へと戻してやる。そう思った。
某が幸せにしてやるから、そんな事を二度と口にするな。
だから、そう啖呵を切った。幼稚な約束だ。しかしそれ故本気だった。
あれは零れそうな程目を見開き、くしゃりと顔を歪めた。
それは泣きそうな笑顔だった。
馬鹿だね、と小さく言ったあれは、酷く人間らしくて綺麗だった。
その表情を見て嬉しかったのか、俺はまた大きな声で泣いた。



それから俺の周りの世話役になったあれにたくさん話し掛け、稽古に付き合わせ、団子をせがんだ。
最初は嫌々ながらも仕事の為にとやっていた。だが、一年が経ち二年が経ち、あれの雰囲気が柔らかくなってきた。
話し掛ければ軽い返事だが毎回きっちりと返してくれ、稽古にも長時間付き合ってくれるようになった。団子をせがめば、しょうがないと言いながらも作ってくれた。
何より、笑うようになってくれた。
あの侮蔑や自嘲の笑みではなく、本当の笑顔を見せてくれるようになった。
それがとても嬉しくて、俺は幸せだった。
そんな日々がどれ程過ぎただろう。俺は戦に出るようになり、あれも俺を横にいた。
俺の背中はあれが守ってくれ、俺はあれを守れるように力を付けた。俺達は互いが互いを必要としているようになった。



そんな時、あれが人を好いた。
初めて会った時のあれからは信じられない事だったが、人を好きになるという事、大切に思える気持ちを持てた事は俺にとっても喜ばしかった。
好いた相手は誰がか知らなかったが、あれが幸せなら良かった。
だが、あれを見ていく内に、あれの好いた相手が分かってきた。
そして、それが脅威になった。



「佐助を返して頂きたい」

だから、俺は奪い返さなくてはいけない。
そうしなければ、きっと佐助を盗られてしまうだろう。

「Ha!seriousな顔して何かと思えばそんな事かよ」

竜は口端を歪めて笑う。
普段は好敵手としてうち震える笑みが、今日は癪に障るとしか思えなかった。

「政宗殿にそんな事かも知れませぬが、某にとっては一大事なのでございまする」

例え佐助が本気でこの竜を好きでも、例え佐助を傷付けるとしても、俺は俺の佐助を奪い返さなくてはいけない。
込み上げてくる感情を抑え竜を見ると、竜は愉快そうに笑っていた。
握る拳に力が入る。

「んな怖ぇ顔すんなよ」

対して竜は軽い動作で肩を竦めた。

「返すも何も、俺がお前に返したとしてもあいつがお前の所に戻るかは分からねぇぜ」

もしかしたら空っぽのまま戻って来るかも知れねぇなぁ。
そう竜はくつくつ笑う。俺の腸は煮えくり返る。
竜に言われるまでもない。そんな事。

「百も承知」

圧し殺した声で言えば、竜はピタリと笑いを止めた。

「へぇ」

口だけ歪めながら、おかしそうに俺と視線を交える。

「分かった上で言ってんのか。そりゃまた」

竜の言葉はそこで途切れた。
そりゃまた愚かだなとでも言いたいのか。
それこそ百も承知だ。人となれと接しておいて、実際には佐助の気持ちを無下にしている。愚かとしか言いようがない。
だが、それでも。
愚かで卑怯で最低な行為だと知っていても。

「いいぜ?奪えるもんなら奪ってみろよ」

この竜だけは、駄目だ。

「元々俺があいつを縛ってる訳でもねぇしな。俺の名を語って嘘を吐くなりあいつを監禁するなり、好きにしたらいい」

目だけを鋭くしながら、竜は言う。
俺はその言葉を聞きながら、腸が煮えくり返ると同時に、この竜は駄目だと考えた。
きっと佐助はこの竜が好きでも幸せにはなれない。敵や身分などの立場を除いたとしても、それは無理だろう。
そんなのは嫌だ。佐助は、佐助には幸せになってもらいたいのだ。
だから、奪い返す。
この竜を殺してでも。

「佐助の心を、返して頂きたい」

竜は笑った。

「やってみろよ、loser」







沖虚ディナイアル



あれは、俺のだ。



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