ジュドーとカミーユが喧嘩した。
いや、実際にはカミーユが一方的に怒っていた。

「待ってよカミーユさん!」

ジュドーが早足で立ち去るカミーユに追い縋るが、カミーユは振り向きもせず歩き続けている。
先程からジュドーが呼び掛けても、カミーユは全て無視をしている。ジュドーは再びカミーユの名を呼びながら首を傾げた。
今日はカミーユには迷惑を掛けていないはずだ。怒られる事もしでかしてないし、MSの部品をちょろまかして売る事も最近は控えている。
何かしたっけかー、と首を傾げつつ、ジュドーはカミーユに付いていく。

「ねぇ、俺何かした?」 

そう問い掛けてもカミーユは答えない。
一方的に怒られているジュドーも、カミーユが理由も言わないで無視し続ける事に怒りが沸いてきた。

「言ってくんなきゃ分かんないよ!カミーユさん!」

「うるさい!もうどっか行けよ!」

肩を掴まれ無理矢理振り向かされたカミーユは、苛つきを隠しもせずにジュドーに怒鳴る。簡単に振り向かされてしまった事にも苛つきが増す。

「・・・・・・っ!もういいよっ!」

理由も分からず怒鳴られたジュドーは一瞬傷付いた表情を浮かべ、怒鳴り返して踵を返した。






そんな怒鳴り合いから3日。カミーユとジュドーの間には険悪な雰囲気が漂っていた。
エースパイロット同士。ミーティングや訓練、出撃なとで嫌でも顔を合わせる。その時の空気は張り詰めて、他のパイロットはどうも息苦しい。
ムードメーカーだったジュドーがむっすりと黙っているので、息苦しさにも拍車が掛かる。
今の所出撃命令はないが、出撃する際、こうも険悪な雰囲気だとチームワークなんて皆無だろうし、もし戦闘中に言い合いにでもなったらカミーユが後ろからジュドーを軽く射ちかねない。
これでは堪ったもんじゃないとエマやイーノが何とかしようとするが、二人して意固地になっているのか逆効果になるばかりだ。
今日も息苦しいミーティングの後、顔も合わせずに出ていったカミーユとジュドーに、英雄二人は肩を竦めた。



「どうしたんだい?カミーユ」

休憩所で一人近寄るなオーラを放出しているカミーユに、英雄として名を馳せたアムロは声を掛けた。
先程プルが頭を抱えながらこの場所を離れていったのを目撃したが、なるほどこのオーラにやられたのか、と鋭い目線を送られながら納得する。彼女なら、例え廊下を通っただけでもダメージを受けてしまうだろう。
アムロは放出されるオーラが倍になったのを感じながら、ニコニコとカミーユの前のソファーに座った。

「別に。何もないですよ」

「そんなに苛ついて、何もないはずはないだろう」

もう一人の英雄であるシャアもアムロの隣に座る。カミーユのオーラに怒気が含まれた。
そんなカミーユの態度をさらりと受け流して、シャアはアムロとカミーユの前にコーヒーを置き、自分は優雅にコーヒーに口を付けた。

「喧嘩でもしたのかい?」

「別に」

コーヒーをちらりと見て、カミーユはまたそっぽを向く。その様子にアムロとシャアは苦笑した。
普段子ども扱いするなと怒るくせに、これでは全くの子どもだ。カツが来てからは少し成長したと思ったが、まだまだ子どもの部分が多いらしい。

「別にではないだろう。お前達が喧嘩しているから、パイロット達は息苦しくて堪らないんだ」

「何で皆が息苦しいんですか。関係ないじゃないですか」

「ミーティング中にあんだけ険悪な雰囲気を出されてみろ。気まずくて仕方がない」

実際、ミーティングの指揮を執っていたブライトもチラチラと二人を見ては小さな溜め息を洩らしていた。
そう指摘されて、唇を尖らせていたカミーユが言葉を詰まらせる。

「カミーユ、何で喧嘩しているか理由くらい教えてくれないか?そうしたらどちらが悪いか判るし、解決策も考えられる」

シャアの言葉に拗ねるカミーユに、アムロが優しく話し掛ける。
カミーユは言いたくないなのか目線を逸らせ、口許を引き伸ばした。

「カミーユ?」

アムロが再び促すように言う。しかしその声は先程のように優しいだけではなく威圧感があった。
流石のカミーユも周りに迷惑をかけている事を知り、アムロの有無を言わさない威圧感に黙秘を貫けなくなったのか、モゴモゴと口を動かした。

「ジュドーの奴が、その、」

しかし余程言いにくい事なのか、カミーユはなかなか本題を言わない。
モゴモゴと意味のない言葉を言っているカミーユに優しく笑いながら、二人はカミーユの言葉を待つ。
ようやく言う気になったのか、カミーユは上目遣いに二人を見た。

「ジュドーの奴、ハマーンと模擬戦したりプルと遊んだりルーとお茶したり、女の子と楽しそうにしてて・・・」

恥ずかしいのか、カミーユはすぐに俯く。アムロとシャアは、そんな耳まで赤くしたカミーユに笑みが零れた。
つまりは嫉妬だったのだ。
カミーユはあまり素直だとは言えない。特にジュドーに対しては不器用だ。好意をジュドーのように開けっ広げに出す事が出来なく、また年下のジュドーに甘えられないのだろう。

「カミーユはジュドーが女の子と仲良くするのが嫌だったのか」

そうアムロが問えば、カミーユは若干の時間を置いて頷いた。
その様子に、ますます二人は微笑ましくなってくる。
俺も歳をとったな、とアムロが感慨深く思っていると、横にいるシャアも同じ顔付きをしていて少し吹き出した。

「なら、ジュドーに言ってみればいい」

「・・・は?何を?」

「今の君の心情をだよ、カミーユ」

アムロの言った言葉が本当に分からなかったのか、カミーユは目をぱちくりさせながら首を傾げた。
そしてシャアが説明をすれば、今度は顔をしかめる。

「言える訳ないじゃないですか!」

「どうしてだい?」

有り得ないと首を振るカミーユに、アムロが問い掛ける。カミーユは顔をしかめながら、少し寂しそうだった。

「・・・・・・だって、面倒臭いと思われる」

思いがけない言葉に、アムロとシャアが顔を見合わせる。
カミーユはシャアが持ってきてくれたコーヒーを手に取り、暖を取るように身を縮めた。

「・・・重いって思われるし、嫌われる」

久しぶりに、こんな弱々しいカミーユを見た気がする。
カミーユは繊細だ。人の感情に人一倍敏感で、怖がりだ。それはニュータイプの所為ではなく、育ってきた環境の所為だろう。
カミーユはジュドーが好きだ。だから、嫌われたくない。重いと思われたくないし、面倒臭いと言われたくない。それは当たり前の感情だ。
何時もより小さく見えるカミーユに、アムロはふふ、と笑った。カミーユの肩がびくりと震える。伺うように自分を見てきたカミーユに、アムロは笑みが濃くなるのを感じる。

「カミーユ、それで苛々していたら何時までも解決出来ない。一度はっきり言うんだ」

「え・・・」

芯のある声で言うアムロに、カミーユは戸惑ったように視線をさ迷わせる。助けを求めるようにシャアを見れば、シャアも同じ顔で笑っていた。

「そうしなさい」

「でも・・・・・・」

二人に勧められても、カミーユはなかなか頷かない。
そんなカミーユに、アムロは諭すように言う。

「カミーユは一度思いの丈を全部吐き出した方がいい。それでジュドーが受け止めてくれなかったら、思いきり修正してやれ。俺達も手伝うさ」

にっこりと悪戯っぽく笑うアムロに、カミーユの身体から力が抜けていく。
しかし、そんな事をして嫌われるのではと恐怖が付きまとう。
だって、その日は自分との約束事もなかったし、ジュドーの行動に自分が制限を掛けられるはずがないのだから。
そう訴えれば、アムロが「お前達は付き合っているんだろ?」と言った。

「なら一度言うくらいは大丈夫だよ。ジュドーだって言われなきゃ分からないし、もしかしたら嬉しがるかもしれない」

「は?何で嬉しがるんですか」

意味が分からないとカミーユが怪訝な表情を浮かべている。アムロはクスクス笑いながら、もしかしたらねと再度言った。

「取り敢えず、一度話し合った方がいい」

シャアにも言われ、アムロはよく分からない事で笑っていて、カミーユは面白くなくて唇をつき出す。
持っていたコーヒーを一気に飲み込んで、空の紙コップをテーブルに音を立てて置いた。

「楽しんでませんか?二人とも」

不機嫌を身体全体で表して、ジトリと睨んでくるカミーユに、シャアが「まさか」と笑いながら否定する。

「早く解決させたいと思っているさ」

底の見えない笑顔でアムロにそう言われ、カミーユはますます面白くない。

「分かりましたよ!言えばいいんでしょ、言えば!」

先程までの弱々しいカミーユは何処に行ったのか、カミーユは声を荒らげながら腰を上げた。
英雄二人は「頑張れ」と楽しそうに声を掛け、カミーユの背中を見送った。



カミーユはジュドーの部屋の前で困っていた。
殆どあの英雄二人に焚き付けられた形でここに来たが、やはり怖い。しかし、何時までも喧嘩している訳にはいかない。
意を決したように、カミーユはドアをノックした。はい、とドアの向こうからジュドーの声がする。カミーユは何も言わずにドアを開けた。

「カミーユさん?」

思いがけない相手だったのか、ジュドーは驚いた顔をしている。だが、それもすぐに冷たい表情に変わった。

「何の用?」

カミーユは俯いたまま、身体を強張らせる。後ろでドアが閉じたのを感じた。

「・・・ジュドー、俺、言いたい事があって」

カミーユが言葉を詰まらせている事が珍しくて、ジュドーは怒りよりも疑問が強くなった。
言いたい事とは十中八九、喧嘩の事だろう。ジュドーの前では何時もしっかりしていたカミーユが、こんなに頼りなさげになるほどの事なのだろうか。

「俺、ジュドーが女の子と仲良くしてたのが嫌だったんだ。でも、ジュドーの自由だから俺が何か言える訳でもないし、普通女の子の方がいいに決まってるし」

カミーユがぽつりぽつりと話す。ジュドーはそれを黙って聞いていた。

「俺、身体は柔らかくないし言葉はきついし可愛くないだろ?そんな事思ってたら自分が嫌になって苛々してきて、お前に当たっちゃったんだ」

ごめん、と小さく呟いたカミーユは、ぎゅっと目を瞑る。ジュドーの反応が怖かった。
呆れられたかな、やっぱり俺なんかより女の子の方がいいって思ってるのかな、と不安だけが胸を占める。
俺の事、嫌いになったかな、と一番恐れていた事を思った時、身体が包まれるのを感じた。

「カミーユさん、可愛い!」

「・・・・・・は?」

衝撃で背中がドアにぶつかる。
ジュドーの言った意味が分からず、カミーユはポカンとしたまま言葉を洩らした。
身体はがっしりとジュドーに抱き締められている。自分の横から聞こえてきた声は、何処か嬉しそうだった。

「焼きもち妬いてくれたんだ?」

その言葉に、カミーユは顔が熱くなるのを感じた。何も言えずジュドーの肩に隠すように顔を埋めれば、ジュドーはカミーユの身体を自分に近付けた。

「何か嬉しいよ、カミーユさんそういうの何も言ってくれなかったから」

「・・・・・・こんなのが嬉しいのか?」

「うん。だって焼きもち妬いてくれるほど、カミーユさん俺の事好きだって分かったから」

柔らかい声で、ジュドーは言う。
カミーユはアムロの言葉を思い出して、あの人はすごいと思った。
顔所か身体全体が熱くなってきた。ジュドーの体温も感じて、余計に熱い。何だか気持ちが軽くなったのを感じて、カミーユはジュドーの肩に頭を擦り付けた。
ジュドーはそんなカミーユに笑って、カミーユと身体を少し離す。

「でもね、カミーユさん」

カミーユと向き合いながら、ジュドーは口を開いた。その表情は真っ直ぐで、カミーユは目が離せなくなる。ああ、この目は好きだな、とカミーユは思った。

「カミーユさんより女の子の方がいいなんて思わないでよ。俺はカミーユさんが大好きなんだよ?」

カミーユの頬を、ジュドーの手が包む。

「例えカミーユさんが柔らかくなくても俺はカミーユの身体がいいし、言葉がきつくても気持ちは優しいし、カミーユさんは全部が可愛いんだから。俺はカミーユさんがカミーユさんだから好きなのよ」

真っ直ぐに言うジュドーに、カミーユは炎が出そうな程顔を真っ赤にした。気恥ずかしいのか視線を逸らそうとしても、ジュドーの目から離れられない。

「それにね、俺ルーにすんごいカミーユさんの可愛い所言いまくっちゃったんだから!ルーがノロケはもういいって言うくらい、カミーユさんは可愛いの!」

ニッと笑うジュドーに、カミーユがピシリと固まる。それをジュドーは、カミーユが恥ずかし過ぎて固まったのだと受け止めた。

「・・・な・・・・・・こと・・・・・・よ」

カミーユが俯いたまま、小さい声で何かを言う。ん?と幸せそうな笑顔でジュドーがカミーユを覗き込む。
覗き込んだ瞬間、ジュドーの顔に衝撃が走った。

「何そんな恥ずかしい事してんだ!そんな奴修正してやる!」

「いってぇぇぇええええ!!」

ジュドーの顎にカミーユの放った綺麗なアッパーが入り、ジュドーは顎を押さえて蹲った。
まさか殴られるとは思っていなかったジュドーは、もう涙目だ。ズキスキと顎が異様に痛い。

「ちょ、何すんのカミーユさん!」

顎を押さえながらカミーユを見上げてみれば、カミーユは今日一番の顔の赤さだった。余程恥ずかしかったのか、カミーユも涙目だ。
その表情がとても綺麗で、ジュドーは思わず見惚れた。
本当に、恥ずかしがりやで意地っ張りで可愛い恋人だ。

「カミーユさん大好き!」

目の前の素直じゃない恋人がとても愛おしく感じて、ジュドーはまたカミーユに飛び付いた。






「さて、もう大丈夫かな」

ジュドーの部屋の前で、廊下の壁に背をつけていたアムロが身体を起こしながら口を開いた。
部屋の中からはカミーユの大声やジュドーの盛大なノロケが聞こえてくる。

「そうだな」

シャアも頷いて、その背を壁から離す。温くなったコーヒーを飲んで、その顔をしかめた。
アムロがその様子を見て短く笑う。
シャアも肩を竦めて、「しかし」と切り出した。

「もしジュドーが、カミーユが怒っている理由が理解出来なかったり煩わしく思ったら、どうするつもりだったのだ?」

「もちろん。思いきり修正して当分の間カミーユに近付けさせないさ」

「君は本当にカミーユに甘いな」

「それは貴方もだろう?カミーユには冷たくされているようだが」

「それは言わないでくれ」

苦笑いしながら、シャアは向かい合っていたアムロを見る。アムロはとても楽しそうだった。

「まあジュドーの事だからな。怒ったり面倒臭いと思う前に嬉しいと思う筈だ。それにカミーユが好きな相手なんだから、大丈夫だと思ったよ」

あれだけカミーユが大好きと言うのを憚らず、行動にも表しているジュドーだ。こんな事でカミーユを嫌いになる筈がないだろう?
そう笑いながら言えば、シャアも確かになと笑った。
いつの間にかジュドーの部屋が静かになっている。
その事にも笑みを溢して、シャアは此処から離れるべく壁のバーを握った。

「これが若さかな、アムロ」

「爺臭くなったな、シャア」

英雄二人は静かになったドアを一度振り返り、静かに笑って身体を浮かせるために床を蹴った。






あなたにできる事



幸せって、たぶんこんな感じ。






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