「滝、大丈夫か」

腕を押さえる滝に、俺は声を掛けた。押さえられている右腕には白い包帯が巻かれ、その存在を主張しているかのようだ。
床に直接座っていた滝は俺を見上げ、白い包帯へと視線を戻した。

「ああ、こんくらいへーきへーき」

ニッと笑いながらブンブンと力強く腕を回す滝は、痛そうな素振りがない。
俺はそうか、良かったとその様子に安心し笑みを溢した。

「俺の事よりもお前は大丈夫なのかよ」

「ああ、俺も大丈夫だ」

腕を回すのを止めて俺を見上げて聞いてくる滝に、俺も心配はいらないと頷きながら返す。
滝はあから様に安心したように息を吐いた。

「そうか・・・」

よかったと言いながらぽりぽりと頭を掻く。その様子が暖かかった。
しかしだんだんと嬉しそうに緩んでいた表情は、考え込むような表情へと変わり、手は右腕へと伸びていく。

「滝、本当に大丈夫か?」

「へ?」

思わず声を掛ければ、滝はポカンとした表情で俺を見上げた。
目を瞬かせている姿は何時も通りの滝で、自分が思った事が間違っているように思えた。

「何というか、お前無理してないか?」

あの一瞬、そう思ったのだ。
俺が大丈夫だと言った後、自分の怪我を触ったあの時に。

「お前が強いのは知っているが、俺達とは違うんだ」

だから、もっと自分を大切にしろ。
そう言おうとした。滝は自分を顧みないで突っ込むから。怪我の治りが俺達よりも遅いから。
そう言おうとしたのだが、続きの言葉は滝の激昂した声に押さえられた。

「違うって何がだよっ!」

辺りに滝の声が響く。
滝が俺の胸ぐらを掴む。
怒りか悲しみかよく分からない表情をした滝が、怒っているという事だけは分かった。

「滝!どうしたんだ!?」

いきなり滝が叫び俺の胸ぐらを掴んだからか、近くにいた一文字が俺達の間に入った。
一文字のお陰で俺の胸ぐらから滝の手は離れたが、滝は瞳を鋭くして俺を睨んでいる。
握られた手が、震えていた。

「仮面ライダーじゃない事か!?確かに俺には強靭なパワーも俊敏な五感もないが、それだけじゃねぇか!俺だって戦えるし、お前らと何も違わねぇだろ!」

怒声の中に、悲しさが混じっていたと思うのは俺だけではなかった。

「確かに俺はお前らに助けられてばっかりで、何も出来ちゃいねぇ。バダンを壊滅させる所か、被害を食い止める事さえ出来てない。けどせめて、せめて目の前にいる人だけでも助けたいんだ」

滝は何かに耐えるように苦しそうな表情だった。
滝がどんだけ必死に戦っているか、俺はよく知っている。ショッカーと戦っていた時から見てきたんだ。
生身の人間として、どんなに怪我や危険な目に合ったとしても、滝は俺達と一緒に戦ってきた。

「滝、それは違う。俺はお前に何度も助けられたぞ。今此処にいられるのはお前のお陰だ」

だから、滝が何も出来ていないなんてのはあり得ない。
例え滝自身が知らなくても、俺は、俺達はよく知っている。
俺の横で首を振った一文字の声は、とても優しくて柔かった。俺も一文字の後に続けて言う。

「そうだ、俺も滝には何度も助けられた」

お前には助けられてばっかりだ。苦笑しながらそう言えば、滝は耐えかねたように、くしゃりと顔を歪ませた。

「・・・そんなのこっちの台詞じゃねぇかよ」

俯いて弱々しく言う。滝のこんな姿は長い間付き合っていた中で初めて見た。
滝は何時も人の事ばかりを気にして、何より俺達の傍にいて分かり合ってくれた。
だからこそ、滝は自分と俺達の違いを見せ付けられたのかもしれない。
滝自身、改造人間になりたいとは思っていないだろう。しかし、自分が助けられないのが歯痒いのだ。
そして、滝は何より俺達が改造人間という事に心を痛めている。仮面ライダーだから、改造人間だから、という言葉を心底嫌っている。
だから、自分が俺達と同じくらい戦えるなら、仮面ライダーだという事で俺達が差別されないよう、傷付かないように、俺達と共に戦い、人間も仮面ライダーも同じだという事を証明したいのかもしれない。

「滝、お前だって仮面ライダーの一人だぜ」

そうだ、滝だって仮面ライダーだ。改造されてなかろうが、魂は一緒だ。
滝が弱い訳ではない。足手纏いな訳がない。俺達は仲間で、掛け替えのない戦友で、仮面ライダーだ。
それは百も承知だ。
それでも。

「でもな、滝。それでもお前が無茶して怪我したら、俺らは悲しいんだ」

な、本郷と一文字に笑い掛けられ、俺は反射的にああ、と頷いた。
小さな事で、大切なものを失うかもしれない。それは、この身体になってからよく見てきた事だ。
あと一歩で救えなかった人達。ちょっとした事で悪の組織に利用されてしまった人達。
ほんの小さな事で、大切なものが失われるのだと知った。
特に滝はショッカーやバダンに目を付けられている。危険過ぎる生活を送っているのだ。
命が狙われ、滝自身も危険を承知でバダンと戦っている。
怪我だけでも、肝を冷やす時もある。

「だから、無理して戦う事だけは止めてくれ。滝に何かあったら、俺らが泣いちゃうぞ」

最後はふざけたように軽い口調で、一文字は片目を瞑りながら言った。
軽い口調だったが、それは何処までも本心だ。
もし滝に何かあったら、俺達はどうなるのだろうか。どうするのだろうか。
泣くだけじゃ足りない。想像も出来なかった。
俺と一文字よりも若い連中も、最近知り合ったとしても変わらないだろう。特に、一番新しく仮面ライダーになった彼は。
滝も一文字の言葉が本気だと分かったのだろう、細めた瞳からポロリと涙が流れた。

「・・・馬鹿野郎・・・・・・」

俯いて小さく言った滝の声は震えていた。
普段自分と同じくらいにある頭が下に下がっている。俺は滝の頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

「ああ、馬鹿だな。でも、お前も馬鹿だ」

強引に何時も滝がやるように掻き混ぜると滝の身体ごとグラグラと揺れたが、俺は気にせずに掻き混ぜ続ける。
一文字はその様子に少し驚いていたが、すぐに楽しそうに笑った。

「ははっ、全く本郷の言う通りだ。俺達は揃って馬鹿だよ」

そう言って、一文字も無理矢理滝の頭を掻き混ぜる。仮面ライダー二人にやられている滝は痛みさえ感じているかもしれないのに、それでも何も言わずにただ黙って下を向いていた。
時折滝の肩が跳ねる。俺と一文字は顔を見合わせて、笑った。

「滝、ありがとう」

「ありがとな」

俺達は、お前に救われたんだ。
頭を掻き混ぜるのを止めて、俺達は滝を抱き締めた。大の大人が、しかもいい身体をしている男が抱き締め合っているのは変だが、そんな事は全く気にならなかった。
一文字があやすように滝の背中を叩いている。俺も安心させるように頭を撫でると、滝はずずっ、と鼻を啜って顔を上げた。

「・・・・・・おう」

その顔は目を真っ赤で、少し鼻水を垂らしていて。
一文字が思わず吹き出していた。

「ぶははっ、汚ねぇ顔!」

「うっせぇ!」

先程まで軽かった叩く手が、思いきりバシバシと叩いている。その手を払い除けて、滝はゴシゴシと顔を拭った。
その姿に一文字がまた笑い、滝は一文字に食らい付いている。
俺はそんな二人を見て、幸せな気持ちになって笑った。










傷付きながら戦う君の涙を止めてあげる。



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