「一文字、お前無理してねぇか」

平和な昼下がり。迷子になっていた男の子を無事親の所に返して、笑いながら去っていく二人に手を振って見送っていた一文字に、滝はポロリと言った。
ただ何となくそう思っただけで、一文字が無理をしていた様子は何処にもなかった。だけど、滝は何となくだがそう思ったのだ。
ポロリと溢れた言葉に驚いたのは一文字だけではなかったが、一文字は滝以上に目を丸くして振り向いた。

「はあ?どうしてそう思うんだ?」

有り得ないというように、一文字は大袈裟に驚いてみせる。滝も首を傾げながら応えた。

「いや、何となくそう思っただけで・・・特には・・・」

思い当たる節はない。そう伝えれば、一文字は可笑しそうに吹き出した。

「あははっ、全く変な奴だなお前は。たかが迷子の子を返しただけだぜ?」

そう言う一文字に、滝はそうだよなぁと頷いた。
迷子の子を返しただけだ。バダンと戦ってる訳でも、人を傷付けた訳でもない。
大体一文字は何時も剽軽で明るくて、たまに熱くなるがそれをちゃんとセーブしている奴だ。戦ってる時は無理をしまくってはいるが、今は違う。
何故自分はあんな事を言ったのだろうか。
うーん、と子どもと一文字のやり取りを思い出す。そこで、あ、と声が溢れた。

「お前、無理に笑ってただろ」

泣いてる子どもも泣き止ませようと、心配させまいと一文字は馬鹿な顔をしたりしていた。その後だ。
子どもを怖がらせないようにと、一文字は始終笑っていた。
多分一文字は子どもの為に笑っていたし、本心からの笑顔もあっただろう。
それでも、滝には無理をしているような気がした。

思い返せば、再会してから一文字のあの笑顔を見たのは多かったように思える。
何時も剽軽で明るく振る舞う一文字は、自分の相棒と後輩の面倒をよく見て、支えている。
しかし一文字自身は弱音を吐かないし、泣き言も辛いの一言も言わない。それ所かそういった素振りを全く見せない。
一文字の普段の様子から、一文字は強いのだと思っていた。しかし、一文字だって人間だ。そんな強くなれるはずがない。

「お前、無理してるだろ」

無理をしているのだ、一文字は。きっと。
自分が周りの不安を和らげて、大丈夫だと示さないといけないと思っているのではないだろうか。
それは一文字の優しさだ。
でも、一文字自身は誰に不安を和らげてもらっただろうか。
相棒も後輩も、滝だって、一文字の不安を和らげさせたと思う。でも、それはほんの少しだと滝は思った。

「無理して笑わなくてもいいんだせ?」

一文字は溜め込むタイプだ。それは見てきて分かった。
分かってはいたが、一文字なら大丈夫だと思ってもいた。
大丈夫な訳がないのに。

「・・・何でお前は何時も鈍いのに、たまに鋭いんだよ。野生の勘か?」

ジトリと何処か恨みがましく一文字は滝に視線を送った。最後にはニヤリと口端を上げていたが。

「うるせぇ!野生の勘とは失礼だな!」

滝は一文字の言い様に、怒ったように声を荒らげた。その様子に、一文字は楽しそうに笑いこける。
滝はまだブツブツと唇を尖らせて文句を言っていたが、笑いこけている一文字を見て肩を竦めた。

「一文字、弱音くらい吐いたっていいんだぜ?」

そう言うと、一文字はキョトンと目を丸め、あー、と頭を掻いた。

「そう、だなぁ。そうなんだけどなぁ」

珍しく一文字が歯切れ悪く言う。そんな一文字を見ていて、思い出したのは昔聞いたおやっさんの言葉だ。
バダンと戦う前。一文字が南米に行く前。ショッカーと戦っていた時だ。
『隼人にはたった一度の失敗も許されない。それが一文字隼人の使命だ!』
そうおやっさんは言った。仮面ライダーとしての使命や命の大切さを言っていたのだろう。しかし、そこに一文字の命は含まれていたのだろうか。
死んだら、と異を唱えたのは自分だ。『死んだらもとも子もない!誰がショッカーと戦うんだ!』と。おやっさんはそれに『俺がいる!』と答えた。

「だーー!親友で戦友の俺が聞いてやるってんだ!言ってみろ!」

もしかしたら、一文字はそんな重い責任感を背負っているのではないだろうか。
自分の失敗が人の命に関わる。それは確かにそうだ。でも、その責任全てが一文字に、仮面ライダーにある訳ではないんだよ。

「ぷっ、あははっ!何だその態度!」

あれこれ考えるのが面倒臭くなり吼えれば、一文字はいきなりの大声に驚いた後に吹き出した。
何処かツボに入ったらしい、ヒーヒー笑っている一文字を不貞腐れながら見ていたら、一文字は涙を拭う振りをして口を開いた。

「あー、不安にもなるんだ、こんな身体じゃあな。でもこの身体だからこそみんなを守れてんだからな、ある意味儲けもんか?」

そうニカリと笑う一文字は、とても弱々しく見えた。
無理して笑ってる。儲けもんなんて思える訳ないだろ、そんな身体にさせられたのに。

「無理すんなって言っただろ」

「・・・何でお前が泣いてんだよ」

「お前が泣かないからだろ」

ポロポロと止まらない涙を悔し紛れに一文字の所為にしたら、一文字はくしゃりと苦笑した。

「・・・そうか、ありがとな」

その表情が、親と逸れて泣いていた男の子と被った。

「俺さ、たまに思うんだよ、俺は人間なのかって。こんな身体で、子どもの手なんか握り潰しそうで。そりゃあ人を守れるのは嬉しい。けど、この力の所為で嫌われるのはキツいんだ。何だかなぁ、キツいなぁ」

キツいなぁと再度言う一文字は、やはり口は笑みを型どっていた。
そんな一文字を、滝は考える前に抱き締めていた。

「お前は人間だよ、一文字。俺が保証する」

ボタボタ涙を流しながら、一文字の頭を自分の肩に押し付ける。強張っていた身体からだんだん力が抜けていき、一文字はコツンと滝の肩に頭を乗っけた。

「おうよ、ありがとな、滝」

泣きそうな、嬉しそうな声が聞こえる。今だけは一文字は無理に笑っていなければいいと思った。
体温もない、機械の身体だ。人ならざる力もある。
それでも、一文字は一文字だ。
滝は安心させるようにぽんぽんと一文字の頭を軽く叩いた。地面に向けられて垂れている一文字の両腕が妙に気になった。

「あー、たまに愚痴るとスッキリするな」

時間にしたらほんの数秒だろう。滝から離れた一文字は普段通りの笑顔で軽く言う。
外だったと今更思い出して、滝は照れたように一文字から身体を離した。此処が人通りの少ない場所でよかった。

「そうだろ、溜め込んでばかりじゃ身体に悪いしな」

俺が毎回聞いてやらぁ、と照れを隠しながら言えば、一文字は何様だよ、お前とまた笑った。その楽しそうな笑顔に滝も釣られて笑う。
何時か、あの垂れていた両腕を背中に回させてやると心に決めながら。






  願いが



届きますように。お前は一人じゃない。



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