「ちょっと伊達ちゃん五月蝿いから黙ってくんない?」
「Why!?名前呼んだだけだろ!」
「その後名前呼べって五月蝿かったじゃん。ホント中二なんだから」
「恋人に名前呼んでくれって言っただけで!?」
今日も今日とて、バカップルは絶好調だ。
しょうもない事でまた言い合っていて、疲れないのかこっちが心配になる。
そう言えば、きっと前田あたりは「流石アニキ!」と笑い、さやかは「心配性過ぎる」と呆れるだろう。
自分でも心配性なのは分かっているが、やはり気になるものは気になってしまうのだ。
ギャーキャー喚きながら言い合っているバカップルは、言葉こそ酷いが楽しそうに見えるので、本人達にとってはあれがコミュニケーションになっているのだろう。何とも疲れるコミュニケーションだ。
少しげんなりしながら自分の横を見ると、石田が本を開いて読んでいた。
「・・・石田、五月蝿くねぇか?」
こんなバカップルが騒いでいる所で本を集中して読めるのだろうかと思い声を掛けたら、石田は俺の方も見ないで「問題ない」と言った。
俺はそれにふぅん、と唇を尖らせた。絶対自分なら本なんて読めやしない。石田の集中力に感心した。
石田からまたバカップルへと視線を戻す。毎度毎度、よくもまあしょうもない事で喧嘩する奴らだと呆れてしまう。
これで別れないのだから、本当にこのカップルは傍迷惑だ。まあ、本人達が幸せならいいのだが。
まだ政宗は佐助に名前を呼んでもらう事を諦めていないようで、必死に食い下がっている。前も名前呼んでくれって言って、結構辛辣な事言われたって嘆いていたのに、今回も同じ事を頼んでいるあたり、諦めが悪いのか、よっぽど呼ばれたいのか、学習能力がないのか考えてしまう。
佐助も照れてんだか分からねぇが、呼んでやりゃあいいのによ、と思いつつ、互いの事しか見えていないバカップルを半目で眺める。
「恋人に名前で呼ばれんのは、他の奴に呼ばれんのとすげぇ違ぇんだぞ!分かってんのか、てめぇ!」
口は悪いがもはや惚気としか聞こえない喧嘩をしている際、政宗が言った言葉が引っ掛かった。
そうなのか?と思ったが、そうだよなぁ、とすぐに納得した。
好きな奴に名前呼ばれたら、そりゃあ嬉しいだろ。
佐助がどのように切り返したかは聞いていなかったが、俺は気にもならずに、横に座っている石田を見た。
「三成」
俺としちゃあ、軽い気持ちだった。
たまには下の名前で呼んでみたいと思ったから、呼んでみただけだ。
しかし、呼ばれた石田は違ったらしい。
開いていた本が手から滑り落ち、目は丸く見開き、ついでに口も少し開いていた。横からだからしっかりとは確認出来ないが、何時も青白い肌は若干赤く染まっているようにも見える。
「・・・・・・へ?」
そんな石田の反応に、俺もつられて目を丸くする。まさかそんな反応が返って来るとは思わなかった。
「き、きき貴様!いきなり何を・・・!」
動揺しているのか、石田は吃りながら俺を睨み付けてきた。
真正面からみた石田の顔はやはり赤くて、俺も顔が熱くなるのを感じる。
「え、いや、たまには名前で呼んでみようかなと」
何でか知らないが、俺も言葉に詰まった。しかも両手を上げて降参ポーズにしていた。
石田は俺の言葉にチッと舌打ちをして、落ちた本を拾い読んでいた箇所を探してまた読み始める。
その顔は先程よりも不機嫌になっていて、俺は怒らせたのかと焦った。
「いきなりで悪かった!だから怒んなよ、な?」
照れると誤魔化すように怒る恋人に、俺は頭を下げながら窺うように言えば、石田はチラリと俺を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
ああ、こりゃあ暫く駄目かな、と肩を落とす。バカップルの惚気混じりの喧嘩が数分前よりも苛つく。今なら政宗の気持ちが分かる気がすると苦笑して頭を掻いていると、石田が本に視線を落としたまま口を開いた。
「・・・別に怒ってはいない、いきなりで驚いただけだ」
ポツリと言った石田の言葉に、俺は安堵の息を吐く。
よく見ると、本のページはちっとも進んでいなかった。
「・・・・・・貴様は」
「ん?」
石田は何かを言いたそうだが、言いにくい事なのか言い淀む。こいつは何時もそうだ。周りを気にしないようで人一倍気にして、自分の事を後回しにして、自分の意見をあまり表に出さない。
そんな石田を知っているから、俺はありったり優しく聞こえるように促す。
石田が本を持つ手に力を入れたのが分かった。
「貴様は、下の名前の方がいいのか?」
聞いてきた事は、言い淀む程のものではない。しかし、石田にとっては勇気のいる事だった。
俺はじっと本を見詰めている石田に肩を竦め、綺麗な銀髪をぐじゃぐじゃにかき混ぜた。
「なっ!貴様ぁ、何をする!」
セットしていたであろう髪をぐじゃぐじゃにさせ、しかも思いきりかき混ぜた為頭も一緒に揺らされ、石田は驚いた顔をすぐに鋭く変えた。
俺はその鋭い視線を受け止めながら、弛む口元を抑える事なく弛ませる。
「お前は可愛いなぁ」
「かっ、可愛・・・っ!」
ボンッと石田がまた赤くなる。その反応にまた可愛いと言えば、石田は頭にあった俺の手を払い落とした。
「馬鹿にしているのか!」
身体全体で威嚇するように怒っている石田に「悪ぃ悪ぃ」と謝り、「馬鹿にはしてねぇよ」と言う。
「ただ、お前が気にしてくれて嬉しかったんだ」
そう笑うと、石田は眉間に皺を寄せた。
「そりゃあ下の名前も嬉しいさ。だが、俺ぁ、下の名前でも上の名前でも、好きな奴に呼ばれんならどっちでも構わねぇな。気持ちは変わらんねぇだろ?」
下の名前で呼ばれれば、特別みたいで嬉しい。けど上の名前でもそれは変わらない。
俺にとって、石田が名前を呼んでくれる事が特別なんだ。石田が気持ちを込めて呼んでくれんのが一番嬉しいなんてのは当たり前だろ。
笑って、俺はそう伝えた。
石田は眉間に寄せていた皺を徐々に離し、いたたまれなさそうに目を泳がせ、終いには俺から顔を背けてしまった。
狼狽える石田なんて滅多に見れない為ちょっと勿体無い気がしたが、こんな石田も可愛いと思ってしまう自分は末期だな、と小さな笑みを溢す。そんな自分が気に入ってると思えるから重症だ。
石田は俺の言葉に照れているのか、こっちを向いちゃくれない。尖らした唇で吐き捨てるように言っただけだ。
「・・・貴様は馬鹿だ」
「お前に関しちゃあ馬鹿だって自覚はあるさ」
普段よりも鋭さがないその罵声に、俺は笑いながら頷いた。
誰よりも馬鹿な自覚はある。自分に無頓着で誰よりも純粋で脆い、真っ直ぐ過ぎて周りと隔てられてしまう石田に惚れちまった事も、そんな石田が何をしても可愛く感じられる事も、石田を守って自分だけの物にしたいという独占欲も。馬鹿みたいに惚れてなきゃ生まれない感情だ。
俺は石田に関しては周りが見れなくなる程の馬鹿だぜ。
そう言った俺は、きっと嬉しいとか楽しいとかの表情をしていはずだ。
石田は俺の顔は見なかったが、俺の言葉をしっかりと分解してから飲み込んで、小さく笑った。
「・・・そうか。ならば私も馬鹿だな」
その笑みが暖かいものだったのが嬉しくて、俺も笑った。
「長曽我部」
石田がようやく俺と向き合う。
その瞳は睨んでいるのでも不安そうに揺れているのでもなく、真っ直ぐに俺を見詰めていた。
ああ、こいつのこの瞳は好きだな、と思いつつ、笑って先を促す。
石田は真っ直ぐに見詰めたまま、口を開いた。
「たまになら・・・いい・・・、・・・・・・元親」
段々恥ずかしくなってきたのか、声も小さく、視線も逸れていく。
だが、俺の名前を呼んだ時、散々さ迷った視線はまた俺の視線とカチリと合い、その瞳は綺麗だった。
初めて呼ばれた、下の名前。
ただ下の名前になっただけなのに妙に胸に響くのは、石田が気持ちを込めているからだろう。
あの照れ屋な石田が呼んでくれたのだ。嬉しくないはずはない。
ニヤける顔をどうする事も出来ないまま、すぐさま本の世界へと帰ってしまった石田の肩に腕を回す。
今日一番の赤い顔をしている石田に、俺は心から幸せになる。
「おう、ありがとよ、三成」
俺らも人の事は言えねぇなぁ。
そんな事を思いながら、俺は石田の頭を自分の肩に引き寄せた。
寧静スカーレット
負けず劣らず、俺達も馬鹿なんだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・伊達ちゃーん、気持ちが一緒ならいいんじゃなーい?そんなこだわんなくても」
「あの石田でさえたまにならいいっつってんだぜ。お前もたまには言えよ」
「言ったら何か負けな気がする」
「何に!?」
「伊達に」
「何だそりゃあ!お前もあんくらいのcuteに言ってみろよ!」
「・・・・・・・・・ふーん?」
「Ah?」
「だったらみっちゃんにいけばいいじゃん?俺様より可愛いし。東西アニキで取り合いなよ、三つ巴とかしちゃいなよ、youやっちゃいなよ」
「Shit!何でそうなんだよ!しかも何キャラだ!」
「俺様可愛くないからさー」
「俺にとっちゃあお前が一番cuteだ!もう少し素直になれ馬鹿野郎が!」
「はあ!?馬鹿とか酷くない!?」
「馬鹿だろ!Jealousyとかしてんじゃねぇよ!」
「だって伊達ちゃんが可愛いとか言うからっ!」
「いっつも言ってんだろ、お前しか見えてねぇって!忘れてんじゃねぇ馬鹿!」
「じゃあ何で名前呼べって言ってくんだよ!」
「一度くらい恋人から呼ばれてみてぇだろ!一度も呼ばれた事ないんだぜ!?どうせお前は引くに引けなくなって呼べねぇんだろうがな!」
「残念でしたー、一度呼んだ事ありますー」
「Really!?何時だ!?」
「伊達ちゃんが寝てる時ー」
「Outだ聞けねぇだろ!よっし、一度あんなら今も大丈夫だ、please call my name!」
「No thanks」
「BullShit!」
「・・・・・・長曽我部」
「あ?」
「五月蝿い」
「・・・しょうがねぇだろ」
―――――――
私の伊達はよっぽど名前を呼んで欲しいのに、呼んでもらえないらしい。