家康には気になる人がいた。
高校の入学式、その人を見た瞬間脳天をぶっ叩かれるぐらいの衝撃を受けたのを覚えている。
そして高校生活一日目。同じクラスだと知って、喜びを噛み締めながら話し掛けた。

『何だ貴様、馴れ馴れしく私に話し掛けるな』

ワシは徳川家康。同じクラスだしよろしく頼む。お前の名前は?
そう聞いただけなのに、目障りだと言わんばかりの視線で吐き捨てられた。
まだ馴れないクラス。何とか友人をつくる為話し掛けようとしている雰囲気の中で吐き捨てられたこの言葉は、いやに辺りに響いた。
言った本人はもはや家康など眼中にないようで、机に肘をつき窓から外を眺めている。
周りはその一言によって、あいつには近付かない方が良いと判断したらしい。気にしないようにまた会話を始めた。
しかし、言われた家康は違う。
飛び切りの友好的な笑顔で、これまた飛び切りの友好的に話し掛けたのだ。それなのに、相手は笑顔を返す所か冷厳な視線を寄越してきた。
中学時代、絆を大事にし、多くの人と絆を結んできた家康にとって、これは有り得ない事なのだ。

『名前くらい教えてくれてもいいだろう?』

家康は外を眺めている彼の前の席に勝手に座った。彼の顔が苦々しく歪む。
ちらりと家康に向けられた視線に笑顔を返すと、チッと舌打ちの音が聞こえた。

『舌打ちとは酷いなぁ。それとも言いたくないような名前なのか?』

そう言えば、彼は殺気の篭った目で家康を睨み付けた。

『馴れ馴れしく私に話し掛けるなと言ったはずだ。斬滅されたいのか』

その目は、本気で家康を殺そうと感じる程の目だ。
家康はそんな視線を受け止め、にっこりと笑った。

『名乗られたら、自分も名乗るのが礼儀だろう?親にそう教えてもらわなかったか?』

家康の言った言葉の何かに引っ掛かったらしい。彼はもう一度盛大に舌打ちをした後、眉を吊り上げて言った。

『・・・・・・・・・石田三成だ』

不愉快でしょうがないといった表情だったが、家康は口の中で数回石田三成と名を転がして、三成の手を取った。

『では三成と呼んでいいか?よろしくな、三成!』

数秒後、私に馴れ馴れしくするなと言っているだろう貴様ぁああ!と握っていた手を捕まれ背負い投げをされるのだが、三成の名前を知れた家康は、内心喜びでいっぱいだった為、避ける事も受け身を取る事も出来ずに床に叩き付けられた。






そんな初対面から早二ヶ月。
クラスにも馴れ、いくつかの仲良しグループも誕生した。
家康は持ち前の絆の力、懐の広さや運動神経の良さ、見た目の男らしさなどでクラスの中心的人物になっていた。
対して三成は友人も作らず、一人で読書をしたり外を眺めている。
昼休みや放課後などサッカーをする時、足が速い三成を誘ってみたが、三成は興味ないと毎回一言言うだけだ。
家康は三成にもっと絆を大切にしてほしかったが、その反面、三成が応えを返すのが自分だけだという事に優越感を感じていた。
三成にとっては初対面のしつこさから、どうせ応えなくてはいけないのなら早く済ましてしまえという考えなのかもしれないが、家康にとってはそれだけでも嬉しかった。
痩身で猫背で、足は速いが普段は全く動かず座って外を見ている。勉強は出来るが、たまに常識を知らず、自分の意見は意地でも変えない。嘘や悪い事が大嫌いで、口調がきつく、友人がいない。
この二ヶ月間で三成について家康が知った事だ。
この学校では三成と一番親しいのは自分だと自負していたし、三成も自分を嫌ってはいないと思っていた。



だから、三成が言った言葉が信じられなかった。



「長曽我部、帰るぞ早くしろ」

その時、家康はたまたま隣のクラスにいた。高校で知り合い、意気投合した伊達政宗に漫画を借りる為だ。
放課後の人も疎らになった教室に、三成の落ち着いた声が響く。その声に応える謝罪の声は、家康の知っているものだった。
中学からの親友、長曽我部元親だ。
二人が知り合いだった事にも驚いたが、三成が誰かと一緒に帰るという事の方が何倍も驚きだった。
あの人を寄せ付けない三成が、わざわざ元親のクラスまで迎えに来たのだ。
家康の胸に、何かが広がった。

「悪ぃ悪ぃ、待たせちまったな」

ガサゴソと机を漁り終わった元親が、笑いながら謝罪を口にする。しかしそれは軽いものであり、家康が知っている三成ならばすぐに怒っただろう。
だが、三成は怒らなかった。

「少しは机の中を整頓しろと言っただろう。だから貴様はすぐ物を無くすのだ」

反対に、しょうがないとでもいうように笑ったのだ。
それを見た瞬間、家康の胸に広がった何かが弾けた。

「あっ、おい家康!?」

政宗の驚いた声を気にもせず、家康は廊下へと飛び出した。

「元親!」

家康が名を呼ぶと、数メートル先を歩く二人は同時に振り返った。一人は心底不思議そうに、一人は冷たい表情で。

「おお、家康どうした?」

明るい調子で元親が家康に言う。家康は二人に近づきながら、弾けた物を必死に抑えていた。

「ああ、すまん。ちょっとお前に話したい事があってな」

何時も通りにニカッと笑って元親の前に立つ。三成は無表情に家康と元親を見比べていた。
三成は気付かなかったらしいが、元親は違った。笑う家康に対して、片眉を上げた。
そしていきなり「あーーっ!」と叫んだ。

「何だ貴様!いきなり叫ぶな!」

驚いた三成が元親に怒りの文句を言う。元親は三成の文句には反応せず、三成に向き直るとパンッと両手を合わせた。

「家康見たら思い出した。明日英語小テストあるんだよ!悪ぃ、石田、辞書貸してくれ!」

頭を下げ、合わせた両手の後ろから情けない顔で元親は三成にお願いする。
何故私がと三成が再び文句を言うと、お前しかいないんだよ、頼むよ石田ぁとさらに情けない声を上げてお願いをする。
ちなみに英語は2クラスが混じったクラスとなっており、基礎と応用に分かれている。元親と家康は基礎で、三成と政宗は応用だ。
家康に借りる訳にもいかなく、人も疎らな放課後だ。帰りも急いでいる。三成に借りるのが一番手っ取り早いのだ。
そう説明すると、三成は不機嫌な表情であったが頷いた。

「私が戻って来るまでに話を終わらせろ。土産も考えとけ。拒否は認めない!」

持っていたかばんを元親に押し付け、三成は自分の教室へと引き返してくれた。
その後ろ姿を見送りながら、腕の中のかばんを抱え直す。

「土産・・・?」

家康が引っ掛かった言葉に首を傾げると、元親は「あー」と今度は力の抜けた音を漏らした。

「今から知り合いの見舞いに行くんだよ、そいつへの土産」

元親の言葉を聞いて、家康は違う意味で納得した。三成が何時も外を見ていたのは病院を見ていたのか。
一つ納得したが、まだ足りない。

「元親は三成と知り合いなのか?」

何故、あの三成とあんなに親しいのだと聞きたいのを我慢して、家康はそう聞いた。
元親は自分のかばんを肩へ、三成のかばんを手に持ち直し、空いた手で頭を掻いた。

「学校は一緒になった事はなかったが、昔知り合ってな。そっからの付き合いだ」

昔とは何時だ、何故知り合ったなど肝心な事は上手くごまかされたが、二人は家康よりも長い付き合いなのは分かった。
家康は、親友の元親が話してくれなかった事よりも、三成が元親に対してあんなに無防備に接している事が気になった。
この学校では三成と一番親しいのは自分だと自負していたし、三成も自分を嫌ってはいないと思っていた。
確かに嫌われてはいないのかもしれない。だが、好かれてもないのかもしれない。

「・・・それは、許せないな

「ん?何か言ったか?」

元親が聞き取れなかったらしく、顔を近付けながら聞き返してきた。
それに家康は何でもないと首を振った。

「しかし、三成が元親と仲が良いとは思わなかったからびっくりしたな!だが三成にも絆があってよかった!」

笑顔でそう言えば、元親も笑った。ただそれは家康のような満面の笑みではなく、苦笑いだったが。

「あいつは他人に興味がないからなぁ。俺もそこは気になるんだがよ・・・」

「大丈夫だ、三成は口は悪いが良い奴だからな。きっとそんな三成を分かってくれる人がいるはずだ」

元親のように、と言えば、元親は小さく笑った。
話が一段落した丁度その時、廊下を歩く足音が近付いてきた。

「・・・貴様、何故情けない顔をしている」

元親を見た瞬間、三成は眉を吊り上げ家康を見た。家康はその視線に肩を竦める。
元親は三成を見た瞬間表情を明るくし、三成の肩を抱いてバンバンと叩いた。

「助かったぜ石田!これで後はお前に教えてもらうだけだ!」

「なっ!何故私が貴様に教えなければならない!」

「頼む、前回の小テスト赤点だったんだ!助けると思って!」

三成の肩を抱きながらううっと泣きまねをすれば、三成はぐっと息を詰めて顔を歪めた。

「今回だけだからな、次は助けない!そしてさっさと離れろ暑苦しい!」

三成に無理矢理腕を払われたが、元親は「ありがとよ!」と笑って礼を言っていた。
三成は辞書を元親に押し付け、代わりに自分のかばんを引ったくりすたすたと歩いて行ってしまう。
傍から見ても三成が照れているのは分かる。

「じゃあまたな、家康」

元親は家康に向き直り挨拶をした後、先を歩く三成に追い付く為に走った。
二人の背中を見ている家康には、先程までの笑顔はなかった。



















「渡せねぇよなぁ、あいつにゃあ」

「何がだ」

病院への道すがら、元親はぽつりと呟いた。
三成が何の事か分からず聞く。元親は「んー?」と返事をしただけで、三成の質問には答えなかった。しかし三成はそれ以上聞かず、足を進めるだけだった。
元親は三成のこういう所が好きだ。無理に聞こうとはせず、ただ相手を受け入れる。嘘をつかれるくらいなら、何も言わない方がいい。
そんな三成に内心微笑みながら、先程の家康を思い出す。
あれは嫉妬や怒り、独占欲で濁った目だった。
三成に対するものじゃない。元親に対するものだった。
元親が三成と親しかったから。自分が手に入れたい場所に元親がいたから。

三成が関わると相変わらずだ、と元親は苦笑する。
だからこそ、あいつには渡せない。
独占欲で三成はガチガチに縛られてしまうだろう。周りを、三成を不幸にしても、家康は三成を離さないだろう。

「あー、面倒臭ぇ」

思わず漏れた本音に、三成が強く睨み付けてきた。

「貴様人に教えを乞いておきながら、面倒臭いとは何だ!」

英語の事だと思ったのだろう。三成は身体全体で怒りを露にしている。
元親は違う違うと首を振り、英語じゃない違う事だと否定した。信じてくれたのか、三成はジロリと元親を見上げながらふんと鼻を鳴らした。

「刑部への土産は決めたのだろうな、長曽我部」

その言葉に、元親は今度は素直に声を上げた。

「やっべぇ、まだ決めてねぇ!」

何せ他の事に気を取られていたのだ。恐る恐る三成を見ると、三成はプルプルと震えていた。

「悪ぃ石田・・・」

今日何度言ったか分からない謝罪を口にする。しかし顔を上げた三成は今日初めて見る表情をしていた。出来れば見たくない顔だ。

「貴様ぁああ!拒否は認めないと言ったはずだ私は貴様を赦さない!」

「悪い悪い!俺が悪かった!だからかばんで殴るなお前のかばん重いんだよ!」

「貴様のが軽すぎるのだろう!何でもかんでも学校に置いてくるな、だから貴様は頭も軽いのだ!」

「あー!言ったなてめぇ!俺は歴史と理科だけは成績優秀者なんだよ!」

「歴史と理科だけだろう!数学と英語は毎回赤点ではないか!」

「おまっ!こんな人の多い所で言うなよ恥ずかしいだろ!」

「恥ずかしいなら勉強しろ!」

重いかばんで叩かれながら、元親は病院へと走る。背中に怒気を感じながら、大谷に相談してみようかなと思った。
思った直後、三成がかばんを元親の頭に投げ付け、元親はいってぇぇええと声を上げた。








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幸せになってほしいから。今度こそ。




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