今日は朝から頭が痛かった。
頭が痛かったし、身体も怠かった。これは間違いなく風邪だ。
そんな身体の不調でも学校は変わらず開かれる。授業内容は容赦なく進むし、レポート期限は待ってくれない。
今日提出のレポートが2本、テスト範囲を発表される授業が1つ。
「今日は死んでも来い」とレポート提出の授業の1つの担当者、片倉小十郎が先週そんな事を言っていた時、死んだら来れないだろと内心笑ったのを思い出した。
だが、現に今、俺は死にかけている。
しかし行かなくてはならないのだ。
「死んでも来い」と言った小十郎の人を殺しそうな、絶対堅気じゃないと思わせる視線をついでに思い出したというのもあるが、こんな事で単位を2つと大切なテスト範囲の情報を聞き漏らす訳にはいかない。

そんなこんなで満身創痍で満員電車に揺られ、学校へと向かった。こういう時、1限から入れた元気な俺を恨みたい。
ふらふらゆらゆらと歩きながら、何とか学校に着く。
これ絶対熱あるな、と思ったが、いや、大丈夫、熱なんかないと思い直した。もし熱があるなんて思ったら、身体が余計に怠くなるのは目に見えている。
病は気からだ。だからわざと熱を計らなかったのだし、大丈夫、これは二日酔いなんだと自分に言い聞かし騙してきた。大丈夫、今日さえ乗り越えれば、明日は土曜日で休みだ。バイトもない。大丈夫だ大丈夫。
そう思いながら授業を聞き、ノートに大丈夫大丈夫と書きなぐる。元親が「おい、大丈夫かぁ?」と顔をしかめて聞いてきたが、俺はそれに大丈夫だと手を挙げて応えた。さっきから「大丈夫」しか言っていないが、まあ大丈夫だろう。
元親の横で毛利が「全然大丈夫ではないだろう、馬鹿め」と言っていたが、俺の霞み掛かった頭はそれは器用に拾わなかったらしい。

レポートを1本出し、テスト範囲もしっかり聞き、残る授業は小十郎の授業のみとなった。
朝よりも酷くなった頭痛に、比喩でも何でもなく頭を抱え、早く終われと祈っていた。
小十郎はその凶悪な面の通り、遅刻・早退は一切認めていない。それ所か、途中一歩でも教室の外に出たら即休み扱いになる鬼の先生だ。
そんな厳しさの所為で授業を取っている生徒の数も少ないので、小十郎は生徒の顔と名前が一致している。立った瞬間アウトだ。トイレも許さない。
重くなる頭と身体を抱えながら、俺は早く終われと祈るしかないのだ。
小十郎の声が上手く聞き取れない。もはやノートの字もミミズが這ったような字だが、それは後で横で真剣にノートを取っている真田に見せて貰おう。
あー、と意味の成さない言葉を頭の中で叫びながら、俺は後40分長ぇよと毒づいた。




「・・・宗殿、政宗殿」

ゆさゆさと身体を揺らされ、俺は沈んでいた意識を上昇させた。
周りを見渡せば、生徒はちらほらと帰り支度をしており、レポート片手に真田が心配そうに俺を覗き込んでいた。

「授業は終わったでござる。後はレポートを提出するだけでござるよ」

授業前に俺が心配すんなと言ったのを律儀に守っているのか、真田は顔には心配で堪らないと書いておきながら口には出さなかった。
俺は真田にサンキューと礼を言って、自分のレポートを持って席を立つ。立った瞬間ぐらりと来たが、大丈夫大丈夫と言い聞かせて、レポートを提出する為小十郎に近付いて行った。
自分の名前を言って、レポートを提出する。真田も俺の次に同じようにレポートを出していた。
真田のレポートを受け取った小十郎は、そのレポートを仕舞った後、おもむろに口を開いた。

「大丈夫なのか、伊達」

真っ直ぐ見つめられ、俺はバレてたと苦笑した。

「Ah−、大丈夫っす」

真田が心配そうに俺を見ている。大丈夫だ、レポートも出した。もう家に帰るだけだ。
今日何回も言ってきた大丈夫大丈夫をまた口にして、小十郎に対してひらひらと手を振る。
心配すんなと何時も通り面倒臭そうに言うと、小十郎はその手を掴み、そして自分が掴んだ手を驚いた表情で凝視して、深いため息を吐いた後に俺の額に手を当てた。

「本当ならお送りしたいのですが、今日は遅くなってしまいますので、その身体で待っていろというのは酷でしょう。今日は早く帰って寝て下さい、後でアパートに向かわせて頂きます。真田、途中までで構わないから政宗様を頼む」

「分かり申した!この真田源二郎幸村、しっかり役目を果たさせて頂きます!」

俺の横でそんな会話をしていたが、俺は額に宛がわれた小十郎の手がひんやりと冷たくてそっちに意識を集中していた為、ぼんやり程度しか会話の内容は掴めなかった。
てか今小十郎俺の事「政宗様」って呼んでたけど大丈夫かと、どうでもいい事が気になった。
俺と小十郎は従兄弟だ。で、俺の家が本家で、小十郎の家が分家に当たる。
こんな時代に本家・分家もないだろうが、俺の家は由緒正しいらしく、未だに本家・分家がしっかり区切られていた。
さすがに学校では教師・生徒の立場で接しているが、学校から出れば俺が「政宗様」で、小十郎が「小十郎」だ。歳は関係ないらしい。ちなみに俺の周りの友人は知っている。
初めて小十郎に会った時、怖い面した兄さんだと思って泣いたっけなぁと、関係ない事をぼんやりと考え、目の前にいる小十郎を見る。
小十郎にしては真田の微笑ましい姿に笑みを溢しただけだが、その表情を見たのがいけなかった。

小さい頃から面倒を見てくれた小十郎が、教師としてではない表情で笑っているのだ。
謂わば、風邪の時に母親を見て安心するような。
今まで自分を騙し騙しやってきた身体の辛さが全て出てしまった。

「政宗様!?」

「政宗殿っ!」

二人の声を聞きながら、俺は意識を失った。


















額から冷たい物が無くなった感覚で目を覚ましたら、見慣れない天井が視界に入った。
背中や腹にふかふかとした物を感じる。どうやら布団に寝かせられているらしい。
何処だここは、と思って頭を動かした時、朝からあった頭痛が嘘のように消えている事に気付いた。身体の怠さもないし、熱も下がっているようだ。
一回寝れば治るという不調ではなかったように思えたが、それが今は綺麗さっぱりない。
不思議に思ったが、寝たから治ったのかと思い、楽になった身体に息をついた。

「あ、政宗殿、気が付かれましたか!大丈夫でござりますか?」

いきなり意識を失われるから、某びっくりしたでござるよ、と寝ている俺の横に腰掛けていた真田が心配そうに俺を見てきた。
その手には濡れたタオルを持っていた。どうやら冷たい物はそのタオルらしい、近くにある机の上には氷の入った桶がある。
その桶と真田の高さから考えて、俺は自分が保健室のベッドに寝ている事が分かった。学校でベッドがある所なんて、保健室ぐらいだ。
今が何時から分からないが、真田がずっと傍で看病してくれていたらしい。だから礼を言おうと真田を見た俺は、礼ではない声を上げた。

「のわぁああああああ!!」

「いっ!如何された政宗殿ぉ!」

真田がいきなり叫んだ俺に、ガタリと椅子を蹴って立ち上がる。
と、同時に俺の視線の先のものも一緒に近付いてくる。

「さなっ、真田!後ろ!後ろ!」

「後ろ?」

くるりと真田が後ろを振り返ると、真田の後ろのそいつもくるりと後ろを振り返った。真田と違うのは、その表情が不思議そうなものではなく、悪戯っぽかった事だ。

「何もないでござるが・・・」

俺に向き直った真田は、心底不思議そうに首を傾げた。その後ろでそいつも微笑みながら首を傾げている。

「何もないじゃなくて、テメェの後ろにいるそいつだよ!誰だそいつは!」

俺は真田の後ろに立っているそいつを指を差した。真田は俺の指の先を捉え、目を瞬かせた。

「誰も何も、人体模型でござろう?」

「No!その前だ!いるだろひょろっこい奴が!」

真田は再び指の先を見る。先程よりもじっくりと観察して、顎に手を当ててうーんと唸った後、俺の方へ向き直おして言った。

「政宗殿はまだ熱がおありなのです。某は片倉先生に目が覚めたと伝えてくる故、ゆっくり休んでいて下され」

心配そうにそう言った真田の表情は、本当に心配しかなく、俺をからかっているようにも見えない。
それに、真田が後ろを見た時、そいつは真田の目の前で手を振っていた。
つまり、あれは。
結論を出そうとした俺は、いやいや有り得ないと内心突っ込んだ。そんな俺の心情を察したのか、真田は俺の額にタオルを乗せ直して心配するなと力強く頷いた。そして腰を上げる。
そいつにばっかり気にしていたが、真田は今何と言った?小十郎に伝えてくる?
え、て事は真田がこの場所から居なくなんの?

「まっ、待て真田ぁ!」

「大丈夫でござるよ、政宗殿は寝ていて下され」

そうにこりと笑って、パタンと扉の向こう側に消えてしまった。
身体を起こし伸ばされた手をどうする事も出来ないまま、俺は冷や汗をたらりと垂らす。錆び付いた動きで横を見れば、そいつとバッチリ目が合った。
橙色の髪を後ろに流し、よく分からない迷彩の服を着ている。顔にはこれまたよく分からないが装飾が施されており、よくよく見てみれば迷彩服の下は時代錯誤甚だしく鎧のようだった。

「・・・・・・っ誰だテメェ!てか何で俺は視えてるんだよ!」

余談だが、やけに背が高い奴だと思ったが、やはり地に足は着いていなかった。
俺が睨むように目を合わせているのに対して、そいつは楽しそうににこりと笑った。

『俺様?俺様は猿飛佐助っていうんだ〜、よろしく』

悠長に自己紹介をしてくるそいつに、俺は驚愕とか恐怖とかを忘れ額に青筋を浮かべた。真田に手を伸ばした時に反対の手で握っていたタオルから水が染み出て布団を濡らしていたが、全くもって気にならなかった。

「よろしくじゃねぇ!何で俺にしか見えてねぇんだよ!」

『そりゃあアレじゃない?アンタしか霊感ないんじゃない?』

「れいか・・・っ!」

『何さ』

いや、何さじゃねぇだろ。何普通に霊とか言ってんだよ、こいつ。
宙に浮いてて俺以外見れなくて、時代錯誤の服。これで幽霊以外だったら逆にびっくりするが、自分で幽霊だと自覚している言葉にも驚きだ。
だが、そんな事はまあどうでもいい。

「何で俺の前に居るんだよ・・・!」

そう、それだ。
俺は元々霊感なんて全くなかったし、霊も信じていなかった。
それでもまだ死んだ爺さんが漂っていたというのなら分かるが、こいつを俺は全然知らない。祖先でもないはずだ。聞かされ続けた系譜に、『猿飛佐助』なんて奴は分家でも居なかった。

『それなんだけどさ〜』

そいつは幽霊らしからぬ気楽さで、頭をポリポリ掻いた。

『気付いたら俺様此処にいてさー。今日1日頑張って離れようとしたんだけど、アンタの具合が悪くなってくばかりで離れられなくてさ、困ってるんだ』

そう困ってるんだか困ってないんだか分からない顔で笑った。
つまりこいつが離れようとした所為で俺は死にそうになったのだが、離れて欲しいからそれはまあいい。
そのこいつの頑張りと死にそうになった所為か、こいつが視れるようになったのもまあいい。

「はあ?離れられないってマジかよ!」

問題はそこだ。

『マジなんだよね、それが。俺様も困ってるの』

「霊媒師とか坊さんとかに頼めば」

『あー、たぶん無理。こうがっつり縛られちゃってるみたいだから』

「何が」

『俺様とアンタの魂が』

魂?
は?と呆然とするしかなかった。

『これが強くてさぁ。俺様が離れる時はアンタの魂も離れる時だね!』

あはっ、と笑う幽霊に、俺は軽くなった頭を抱えた。

「Jesus!」

『まあ気持ちは分かるけど、俺様も同じ気持ちなのよ。よりにもよってな何でアンタかねぇ』

非難めいた言葉に苛ついて文句を言おうと顔を上げると、幽霊は辛そうな顔をしていた。
だがそれも一瞬で、すぐに飄々としたものに変わった。

『俺様が憑くなら旦那だと思ってたらいきなり引っ張られてアンタと離れられないって、本当笑い話にもならないよ』

「旦那?」

『俺の雇い主。まあ生前の話だけどね』

肩を竦めて笑う幽霊に、俺はこいつも辛いのかと目を細めた。
だが、それとこれとは関係ねぇ!

「テメェさっさと離れろ!」

『話し聞いてた?死んでもいいならするけど。あ、でも魂縛られちゃってるから死んでも離れられないかも』

あーあ、やだなぁ。こんな約束の守り方ってないよねーと意味の分からない事を言いながら嘆く幽霊に怒りが募る。
怒鳴ろうと口を開きかけた所で、廊下から真田の馬鹿でかい声が聞こえてきた。
もうすぐ真田と小十郎が来る。無駄話なんか出来ないと判断し、俺は怒りを込めた視線で睨み付けた。

「テメェこれからどうすんだ」

『離れられないからねぇ、アンタに憑いてるしかないでしょ』

そうだとは思っていたが、実際に聞くときついものがある。というか、飄々とした幽霊の態度がすごく腹が立つ。

「はあ!?テメェふざけんな!!」

「どうなされました政宗殿ぉ!」

腹が立ったから幽霊に向かって握っていたタオルを投げ付けたが、タオルは幽霊の身体をすり抜けて床にベチャッと音を発てて落ちた。
と、丁度真田が扉を開けていて、床に投げ付けられたタオルに驚いて保健室に駆け込んだ。続けて小十郎も心配そうに入ってくる。
俺は真田を見て、しまったと思った。
二人には幽霊は俺にしか見えなく、俺一人で怒っているように見えているのだろう。
幽霊を見れば、苦笑いを浮かべている。頬が引きつりそうになったが何とか抑えた。

「・・・わり、寝惚けてた・・・・・・」

そう誤魔化せば、真田は「そうでござったか」と心配と安心をない交ぜにしたような顔で笑った後、床に落ちたタオルを拾っている。
申し訳ない気持ちになりながら幽霊をチラリと視ると、幽霊は今日一番の笑顔で笑った。

『とりあえずこれからよろしくぅ、伊達ちゃん』

語尾に星が付きそうなその言葉に俺が切れたのは言うまでもなく、壁に当たった枕に驚いた真田と小十郎に俺は本気で心配された。






非日常へようこそ!



伊達政宗、19歳。

今日から幽霊との共同生活が始まりました。























―――――――

続きませんよ?

初めてこういう話を書きましたが、すごい楽しかったです。
政宗が甘やかされてるね!



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