ずるりと俺の中から星が抜けていく。その感覚に粟立ちながら、俺は反応しないように意識を散らした。
全部抜けて中から星のが溢れ、星は「えろっ」と呟いていた。俺はそんなアホ天体の頭を思い切り叩く。今はあのマスクをしていなかったから、赤い髪の毛に直撃した。
ゴム着けろって言っただろ、と文句を言えば、アホ天体は全く謝罪の気持ちがない声で「悪い悪い」と謝り、ベッドから立ち上がる。近くに落ちていたトランクスに足を入れながら、「だって生の方が気持ちいいしさ」と宣いやがった。身体がこんなに怠くなかったら、殴り掛かっていた所だ。

星はトランクスを穿き、窓を開けた。澱んだ空気の中に新鮮な空気が入って来て、俺は深く息を吸う。熱かった体温が、少し冷えた気がした。

「水要るか?」

「ああ、悪いな」

星が冷蔵庫を開けながら、俺に聞いてくる。それに俺は顔だけ向けて答えた。立ち上がるのさえ億劫だった。
トランクスだけとはいえ、衣服を身につけた星とは違い、俺はまだ所謂産まれたままの姿だ。毛布も最中に熱くなって床に蹴り出したままで、身体を隠す物なんてなく、裸を晒している。
そんな俺に水を渡しに来た星は、俺の姿を見て唇を突き出した。

「うわ、お前ドロドロじゃん、えっろー」

「誰の所為だと思ってんだ」

「お・れ」

「本当にウザいよな、お前」

身体の所々に俺と星が出したものが飛び散っていて、星が付けた噛み跡やキスマークも散らばっている。
そんな悲惨で怠い身体に鞭を打ち、俺は身体を起こしてニヤニヤ笑っている主犯からペットボトルを奪った。キャップを捻り口を付ける。水分が身体に染み渡る。
星は「可愛くねー奴」と文句を言っていたが、落ちていた毛布を拾い渡しくれた。渡してくれたと言うよりは、投げ付けられたと言えたが。
投げ付けられた毛布を身体に軽く掛け、俺はベッドヘッドに背を預けて座り直した。もう一度水を飲む。

「しっかし、ニノには出来ねぇよなぁ」

そう言いながら、星は俺が座っているベッドに背を向けて腰掛けた。

「・・・ああ、そうだな。見せられないよ」

こんな自分は。
あの綺麗な彼女には見せられないし、きっと俺には出来ない。
こんな煩悩塗れで、欲望に負けている俺は、綺麗な彼女にそういった感情をまだ向けられない。
星もそうなんだろう。
そういった感情で彼女に触れたら、彼女が汚れてしまう気がする。
汚してはいけないのだ、彼女は。
星もそう思っているから、こんな関係になったのかもしれない。

「これは、ニノさんへの裏切りになるのかな」

「はあ?」

振り向いた星は、心底怪訝そうな顔をしていた。

「だって俺はニノさんと付き合ってて、お前はニノさんが好きで、なのに俺とお前がセックスしてるんだぜ」

俺達の中では、ニノさんが一番なんだから、互いが一番になるはずがない。それなのに身体を重ねて快楽を貪って、一番好きな人を欺いている。
裏切り行為だ、これは立派な。
そう思えた。

「あー、お前はどうか分かんねぇけどよ、俺はニノへの気持ちを裏切ったとは思ってねぇぜ」

しかし星は違うらしい。言葉を探しながら言った星は、裏切りではないと否定した。

「だってよ、ニノへの気持ちとお前への気持ちは違うからな」

何でもないように、当たり前だろと言うように、星ははっきりと言い放つ。
その言葉に、先程まで行っていた行為の最中を思い出し、注意深く確認する。俺の記憶が正しければ、

「・・・お前、ヤってる時、俺に好きだって言わなかったか」

「おうよ、言ったぜ?」

「なら二股か?いや、お前が二股なんかする訳ないから、俺のはただの肉欲か?処理の為の」

「肉欲って何か生々しいな。まあニノにはないわな、肉欲は」

「・・・そうか」

まあ、あったらあったで許せないが。何とも微妙な心境だな。
肉欲の好きってのは何だろうな、身体か?そう考えるのが妥当か。
心はニノさんで、溜まった時には相性が良い俺の身体が好きだと。確かに身体だけ好きなら裏切りじゃないな。
そんな事を考えていると、星は掌を俺に見せて俺の思考を止めた。

「おっと勘違いするなよ。お前が好きだってのは本気だぜ」

俺の思考を止めた天体は、真っ直ぐな目で言ってきた。それに今度は俺が眉を寄せて怪訝そうな顔をする。

「はあ?だってお前今」

「確かにニノは好きだ。ニノの彼氏になりてぇとも思うさ。だがニノとセックスしたいとは思えねぇんだよ、男としてどうかと思うがな。だがお前とはしてぇ。気持ちのベクトルが違ぇんだよ。言うなればあれだ、ニノへの気持ちは真心で、お前への気持ちは下心?」

至極真っ当な顔で自分勝手な理屈を並び立てる星に、俺は空いた口が塞がらなかった。
これは、つまり、あれだ。
二股男の言い訳じゃないか。
俺もある意味二股男だから言えたもんじゃないが、あれだけ俺の身体を好き勝手しときながらこうもはっきりと言われると、逆に清々しいものがある。
しかも浮気相手である俺の目の前で、だ。
それはまあいいが。
とりあえず、言う事は一つだ。

「下心って最悪じゃないか」

知ってるか。下心を辞書で引くと『心に隠している企み事』って出るんだぞ。男として最低だな。
そう言ってやると、星は少し考え込んで顔を上げた。

「でも考えてみろよ、恋は下に心があるだろ」

「真ん中に心があるのは愛だぞ」

「あ、ほんとだ。マジかよ、お前すげえなぁ」

しょうもない事を言った星に呆れながらも直ぐさま言い返せば、星は素直に驚いていた。

「でもよ、愛より恋の方が盛り上がるだろ。さっきのセックスも熱かったしよ。恋の方が楽しいぞ、絶対」

「開き直るなよ、アホ天体」

どっちにしろ最低な奴じゃないか。
ジト目で睨んでやると、星はガシガシと赤い髪を掻いた。

「あー、頭の良い奴は面倒臭ぇなぁ」

そう言って俺の前に顔をヌッと突き出す。

「はっ?んんっ」

いきなりの事で目を丸くしていると、頭の後ろを掴まれキスをされた。
舌を絡め取られ、上顎を舐められる。その容赦のないキスに頭が重くなる。漸く離された時は生理的な涙が出ていた。

「俺はお前とセックスしたいくらいには好きだ、これで充分だろ」

掴んでいた手は移動し、ぽんぽんと頭を叩かれる。
俺は掌で口元を拭いながら、目を細くしている星を睨んだ。

「・・・なんだ、それは」

「愛の告白だよ」

「アホだろ、お前」

しれっと言う星にため息を吐く。何だかとても疲れた。アホと付き合うのは疲れるな。胸がすっきりしてるのは無視だ、無視。
だけど、まあ。たまにはアホに付き合うのも良いかもしれない。
そんな事を思った時に、目の前から「あ、」と声が聞こえて来た。

「今のちゅーで勃っちゃった」

あは、と軽く笑う星に、俺の口角は引き攣る。
前言撤回。燃え尽きればいいのに、このクソ天体が。
俺が星に呪いをかけている間に、星は俺の身体に掛かっていた毛布を剥がし、ベッドの下へと落としている。

「もう一回ヤろうぜ」

覆いかぶさり、星が俺に顔を近付けて口端を上げた。そして首筋に顔を埋める。
俺はまた一つため息を吐いて、持っていたペットボトルを床に投げ捨てた。
身体から力が抜けていくのが分かった。






星とワルツを



愛しているの、下心込みで。

















―――――――

真心
・偽りや飾りのない真実の心。誠意。

下心
・心の奥深く思っている事。本心。
・心に隠している企み事。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -