「やあ、いらっしゃい」

家主である岸谷新羅は、穏やかな笑みを浮かべてドアを開いた。
客であり訪れ主である折原臨也もそれににっこりと笑みを返す。

「運び屋さんは居るかい?」

旧友への挨拶もなしにその旧友の恋人について口にする臨也に、新羅もにっこりと笑ってドアを掴む手に力を込めた。

「居ないよ、じゃあね」

そのままドアを勢い良く手前に引く。しかし後数ミリで閉まるという所で、その数ミリの隙間に向かって臨也は言葉を投げかけた。

「最近交機が躍起になって追い掛け回してるから、手伝いたくなっちゃうよねぇ」

「居るっ!居るよ!もうめちゃくちゃ可愛く朝からずっと僕と一緒にセルティは居ます!」

数ミリだった隙間が一気に開かれる。ドアの前に立っていた臨也は、ポケットに両手を突っ込んだまま口端を上げて笑っていた。

「ダメだよ、新羅。嘘ついたら泥棒になっちゃうからね」

「・・・君に言われたくないな」

「うん?それじゃあまるで俺が嘘つきみたいな言い方だね。俺は嘘をついた事なんてないよ?こんなに正直に生きているのは俺ぐらいだ」

「正直に人を騙しているんだろ?」

ため息交じりに言えば、臨也がますます愉しそうに笑う。それにまた一つため息を吐いて、新羅は臨也を中へと導いた。
あーあ、幸せが逃げてっちゃうよ。そんな事を考えながら。

「しかし君から来るなんて珍しいねぇ。言っておくけどセルティは僕の恋人だからね、いくら臨也でも手を出したら許さないから。もっともセルティが君にほだされるとは思わないけど!」

後半はただの惚気になっているが臨也はそこを綺麗にスルーし、「ちょっと仕事を頼みたくてね」と用件を伝えた。
もし「首なし女に興味はないよ」と返した所で、新羅は「失礼な!」と怒り出し、その「首なし女」がいかに素晴らしく素敵で愛おしいかを延々と語られるのは目に見えている。そんな無駄な時間と体力を使うくらいならスルーした方が賢い。てか聞きたくないよね、面倒臭いし。
そんな事を考えつつも顔には噫も出さずに、臨也は招かれた家へと上がった。

「ついでに聞きたい事もあるからね」

新羅に続きながらリビングへと続く廊下を歩く。前を歩く新羅は興味があるのかないのか「ふーん」とだけ返してきた。
きっと彼にとって興味があるのは首なしライダーだけなんだろうなぁ、と臨也は目を細めた。

「あ、臨也言い難いんだけどさ」

首なしライダーについて思案していた臨也に、新羅が思い出したとばかりに声を上げる。それに臨也が僅かに顔をしかめた。

「何?もしかしてあの生きる都市伝説である首なしライダーが逃げたとか?」

絶対に居ると調べた上で訪ねて来たのだ、居ないはずがない。ならば逃げたか。
しかし新羅はそんな臨也の推測を笑って否定した。

「まさか!セルティがそんな事する訳ないじゃないか!」

僕のセルティは可愛くて格好良いからね。そう自慢してくる新羅を軽く流しじゃあ何だと聞けば、新羅はリビングと廊下を隔てる扉の前で止まった。

「怒らないでくれよ?僕とセルティの愛の巣を壊されたくないからね」

そう言って、新羅は苦笑しながら扉を開く。


「実は静雄も居るんだ」


開かれたリビングに居たのは、黒い影を纏った身体だけの女とその隣に座っている天敵だった。

血がざわりと騒ぐのが分かる。新羅を見れば「頼むよ」と苦笑したままの顔で言われた。
俺に頼むと言われても、キレて壊すのはあっちだ。それなら俺の所為じゃないなとこじつけて、臨也は天敵が座っているソファーへと近付いた。

「やあ、シズちゃん。珍しいね、こんな所で」

口元に笑みを浮かべて言えば、天敵である静雄が驚いた顔で臨也を見た。
横に居たセルティも驚いたように身体を強張らせる。頭がないから実際は違う感情からかもしれない。しかしセルティは臨也を見るとすぐに新羅へと視線を変えた。
そんな視線を受けた新羅は、先程から浮かべている苦笑いで「頑張ったんだけどね」と両手を上げて言った。

そんな二人のやり取りを全く意に返さず、臨也は目を丸くして自分を眺めてくる静雄に微笑み掛ける。
するとその顔はすぐに鋭いものへと変わった。

「帰れ」

「帰れって此処は新羅の家だよ。つまり家主である新羅に招かれたんだから、シズちゃんにどうこう言われる筋合いはないって事。解る?」

「さっき君、その家主の前でこんな所って言ったよね」

背後から聞こえてくる突っ込みを再度スルーして、臨也は今だ自分を睨んでくる静雄を見下ろすように眺める。そしておや、と思った。
目が赤い。潤んでいるようにさえ見える。そういえば、声も掠れていたような。
酒でも飲んだのかな、と臨也は推測した。意外にも、この男は酒に弱かったはずだ。

「悪いな、セルティ。帰るわ」

臨也が考えに耽っていると、静雄はソファーから腰を上げた。セルティはいきなりだったからか、オロオロとしだし静雄と新羅を交互に見ている。そこでまた臨也は違和感を覚えた。

自分と天敵を見比べるなら分かる。しかし今見ているのは新羅だ。
セルティは助けを求めるような女じゃない。普段なら静雄が帰ると言ってもしょうがないと分かって帰すはずだ。現に以前、同じような場面の時はそうしていた。

これは何かあるのか、または酒が入っているから心配なだけか。
臨也はにやりと笑って、部屋を出て行こうとした静雄の腕を取った。

「酷いなぁ、シズちゃん。俺が来たのがそんなに嫌?」

覗き込むように静雄を見上げる。それに静雄は顔をのけ反らし、数歩後退った。
チッと舌打ちの音が聞こえてくたが、臨也は意地の悪い笑顔を引っ込め綺麗に笑って言った。

「俺はシズちゃんと話したいのに」

そう言えば、静雄は苦々しく顔を歪める。

「俺は手前と話す事なんかねぇよ」

「俺はあるんだけど」

「俺はねぇっつってんだろ。離せ」

「嫌」

「っ手前!」

静雄の顔に青筋が浮かび上がり、近くにあった棚へと手が伸ばされる。しかし掴んだのはセルティの腕だった。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!一旦落ち着こうか、静雄。ね?」

『そうだぞ、あまり感情を高ぶらせるな。とりあえず座って』

新羅が二人の間に立ち、セルティが静雄を臨也から引き離す。
家が壊れる心配からか、はたまた他の理由からか、息の合った二人は静雄に落ち着けと声を掛ける。
それによって落ち着いたのか、静雄はボスンとセルティの横に座った。それに新羅が安堵の表情を浮かべた。

「あ、そうだ。プリンあるけど食べるかい?」

「・・・食う」

静雄を落ち着かせる為か、新羅が思い出したかのように言えば、静雄は唇を尖らせながら小さな声で答えた。
新羅はそれに笑顔で応え、今度は臨也に視線を投げかける。

「じゃあ用意してくるね。臨也もコーヒーでいいよね」

「ブラックね」

「はいはい。じゃ、そこ座ってて」

ソファーを指差し、新羅はそのままパタパタと音を立てて台所へと消えて行った。
臨也はその音を聞きながら指差されたソファーへと座り、足を組む。
そして目の前に座っている静雄に笑いかけた。

「ホント甘党だね、シズちゃんは」

「・・・悪いかよ」

「いいや?人の嗜好まで口出しするほど俺は野暮じゃないよ」

『・・・口を出しているもんじゃないか』
二人の様子を眺めていたセルティは内心でそう突っ込んだ。
チラリと横に座っている静雄を見る。静雄は顔を顰て、臨也を見ないようにしていた。
臨也はそんな静雄の態度に気付きながらも、絡むように言葉を投げかける。

「しかし今は集金中だと踏んだんだけどなぁ。全くシズちゃんは何時も俺の予想をあっさりと覆しちゃうから嫌だよ。仕事はいいのかな?」

「・・・・・・」

「シカト?ホントシズちゃんは可愛くないね。セルティの言う事は聞くのに、俺とは話すのさえ嫌なの?そんなに俺が嫌いなのかい?」

「・・・・・・」

「ふふっ、今更聞かなくても良かったね。今だって俺を殺したいんだろ?まあ、それは俺もなんだけどさあ。今大人しいのはセルティとプリンのお陰?気持ち悪いね、こんなシズちゃんは」

静雄の纏う雰囲気が変わる。耐えるように握っていた拳は、力が入り過ぎて白くなっていた。
それに臨也はそれを視界の端に捉え、にやりと笑う。
さあ、来るか。
そう身構えれば、静雄は臨也の予想だにしなかった行動を起こした。

「・・・・・・え?」

臨也は呆けたように目の前の静雄を凝視する。
静雄は肩を震わせ、耐えるように拳を握り俯いていた。
セルティが慌ててそんな静雄を抱きしめる。
静雄は恥ずかしがるでも嫌がるでもなく、むしろ自分から抱き着くようにセルティの背中に腕を回した。余程力を込めているのか、その背中からは嫌な音が聞こえてくる。
それでも痛がる様子もなく静雄の頭や背中を摩っているのは、デュラハンだからだろう。
普通の人間なら背骨と肋骨がイっているな。臨也は目の前の光景を眺めながらそんな事を考えた。

「あー、臨也泣かしちゃったのー?」

やっぱり、さっき見たのは間違えじゃなかったらしい。
静雄は瞳に涙を溜めていた。

プリンとコーヒーを両手に持ってリビングに帰ってきた新羅は、臨也を軽く責めるように言った。コーヒーを臨也の前に置き、プリンを持って静雄へと近付く。

「静雄、大丈夫?臨也に虐められたの?ほら、プリンあるから泣き止んでよ」

頭を撫でながらプリンを静雄へと近付けるが、静雄はセルティの肩に顔を埋めたまま嫌だというように首を振った。
セルティがそんな静雄を強く抱きしめ、新羅へ目配せする。もっとも目も頭もないのだが。
しかし新羅には伝わったらしく、もう一度静雄の頭を撫でて臨也の方に近付いてきた。プリンは机に置かれていた。

「臨也さ、いくら静雄が丈夫でも、同じように精神までは強くなれないんだよ」

新羅が臨也の隣に腰掛ける。内容に合わず、その声には嗜めも怒りも含まれていなかった。

「・・・新羅」

臨也は静雄を見詰めながら、横に話し掛ける。

「何?」

「シズちゃんに何したの」

新羅とは反対に、その声は冷たかった。表情もない。ただまっすぐ静雄を見詰めていた。
そんな臨也に新羅は肩を竦めた。

「別に僕が泣かせた訳じゃないよ。ただちょっと素直にさせようとしただけさ、随分溜め込んでたみたいだからね」

「何で」

「それは何を与えたかって事かな、それとも何でしたのかって事かな。与えたのは薬だよ、ちょっとした自白剤みたいなものさ。まあ静雄用に僕が作ったんだけどね」

大変だったんだよー、とあまり大変だったと感じさせずに言った新羅は、のんびりとした所作で自分用に淹れてあったコーヒーを啜った。

「で与えた理由だけど、セルティが心配したからね、静雄が辛そうだって。何で辛そうなのかは分かるよね?」

責める訳でも咎める訳でもなく、臨也に向けられたその問い掛けはただの確認だった。
臨也は新羅の言葉を聞きながら、その目はずっとセルティに抱きしめられている静雄に留まっている。
新羅も臨也の目線を追って、最愛の女性と旧友に目を向ける。

「僕も静雄が滅多に見せない弱い姿を見れたのは嬉しいし、セルティと仲睦まじく慰め合っているのは可愛いし微笑ましいし、ホント眼福なんだけどさ」

コトリと、テーブルにカップを置く。


「セルティの胸に抱かれているのは許せないんだよね」


そう言った新羅の声は、底冷えするほど冷たかった。

「何とかしてくれないかな?」

大体は君の所為なんだから。
にっこり笑うその顔は、先程よりも有無を言わせない迫力がある。
しかし臨也はそんな新羅の言葉に答えもせず、セルティに抱き着いている静雄にずかずかと近付いて行った。

セルティが近付いてくる臨也に気付き、母が子を守るように静雄をより強く抱きしめる。
「セ、セルティ!何て可愛いんだ君は!」と後ろで新羅が叫んでいるが、それを無視してセルティの背に回されていた静雄の腕を取った。

「シズちゃん」

腕を引くが、静雄は嫌だと首を振り、ますますセルティに強く抱き着く。セルティはどうしたものかと困っているようで、今度は静雄と臨也を見比べていた。

「シズちゃん」

「もっ・・・やだ・・・ぁっ」

「何が嫌なの?俺?それとも泣いている自分自身?」

「うるさ・・・っ、・・・ぅえ・・・」

「まぁ泣いてるシズちゃんなんて珍しいから、俺にとっては楽しいんだけどね」

静雄の顔が苦痛に歪む。ふるふると震える睫毛からは溢れるように涙が零れている。
そんな静雄を見下ろしながら、臨也はその顔に手を添えた。

「泣くなら俺に縋り付け」

腕を引くと同時に顔を無理矢理自分の方に向け、嗚咽が零れるその口を塞いだ。






反転ドラッグ



君の全ては俺のだろう。

















(うぁああセルティーーっ!!)(・・・・・・っ!)(臨也、君さぁ)(・・・待って、俺が泣きそうだから)



――――――

ただ静雄さんに泣いて欲しかった為だけに書きました。
誰だコイツになっているのはしょうがない。私は満足です!

あとセルティが可愛いという事も伝えたかった。静雄さんとセルティは二人でほのぼのしてると良い。



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