いきなり身体が揺れた。堪らず飛び起きると、目の前に驚いたデュオの顔があった。

「・・・お前っ!いきなり起きるなよ、びっくりしただろ!」

俺を数回瞬きして見た後、怒るように言ってくる。
起こしてきたのに起きるなというのは理不尽でしかない。俺はお前が揺らすからだと反論しかけたが面倒臭くなって止めた。

「用は何だ」

代わりに用件を聞いた。
何時も起きている時間でもない筈だし、寝ている俺を起こすなんてしないデュオが揺らしてまで起こしたのだ。何か用があるのだろう。
そう聞けば、怒っていたデュオは思い出したように「そうだよ!」と言った。

「ヒイロすげぇんだよ!ほら、さっさと布団から出ろって」

興奮して言うデュオの言葉には、何がすごいのか何の為に俺を布団から出させたいのか全く含まれていなかったが、早く早くと俺の腕を引っ張ってくるデュオに急かされ俺は布団から出された。
肌寒い空気が纏わり付く。スリッパを履いても床の冷たさが伝わってくる。
しかしそんな俺の寒さも知らず、自分だけしっかり上着を着て靴下を履いているデュオは楽しそうに俺の腕を引っ張っていく。

「今日寒いだろー、俺起きちゃって。で、暖かい飲み物でも飲もうと思ってリビングに行ったら、もうすげぇの。こりゃヒイロ起こさなきゃって思ってさ」

デュオが俺を起こした経緯を説明していく。
寒いと分かっているなら俺の格好を何とかさせて欲しかったが、ぐいぐい引っ張られるから言えなかった。

リビングに足を踏み入れたが何時もと変わらず、すごい事なんか何もない。
デュオを見れば、ニッと笑って俺の手を引いてベランダに繋がっている窓へと近付く。そしてやはり楽しそうに「御開張ー」と言って、カーテンと共に窓を開いた。

「すごくねぇか?」

一気に入って来た冷気を感じながら、俺は開け放たれた窓の外を見た。そして横で笑っているデュオを見る。デュオは期待に満ちた目で笑っていた。

「雪か」

「そう、雪」

窓の外には銀世界が広がっていた。
デュオはベランダに出て、綺麗な雪を踏み荒らすようにサクサクと歩く。

「お前に見せたくてさ。踏みたくてしょーがなかったのに我慢したんだぜ?」

あー楽しー。
そう笑ってデュオはベランダを歩き回る。
踏みたかったのなら踏めばよかったじゃないかと思ったが、俺に見せたかったと言った言葉に言うのを止めた。

サク、とスリッパで雪を踏む。素足に触れて冷たかったが、気にせず歩き、雪の積もったベランダの手摺りに手を置いた。
指が雪に埋もれるその感覚は面白かったが、雪を払い本来の手摺りに手を置き周りの見渡す。

もう雪は止んでしまっていたが、屋根や道路、電信柱にまで雪が白く積もっていた。
まだ日が出ておらず、しかし夜中よりは柔らかくなった夜が空に広がっている。
そんな時間帯だからか、外には誰もいなく、唯一踏み荒らされているのはこのベランダだけだった。

「綺麗だよな」

踏み荒らす事に飽きたのか、デュオは俺の横で同じように雪を落とした手摺りに体重を掛け、周りを見渡していた。
電灯の光が雪を照らし、影を付ける。何時もは色とりどりな景色が白に埋まっているのは、何処か幻想的だった。

「静かだしさ」

「こんな時間だからな」

「ハハッ、まぁな」

リビングに入った時に見た時計は、まだ短針が真下にも行っておらず4と5の間を指していた。
そんな時間にも関わらず起こされた事を含めて言ってみれば、デュオは全く気にせずに笑っていた。

「なんかさぁ」

手摺りに置いた腕に顎を乗せて、デュオは呟く。

「作り物みたいだな」

「・・・そうか?」

何時もの景色が雪に覆われて何時もではなくなってはいるが、作り物とまでは思わなかった。
だから聞き返してみれば、デュオは何処か遠くを見ているかのようにぼんやりと白い世界を眺めていた目を俺に向けて、悪戯っぽく笑った。

「何かそう思ったんだよ」

そう笑い、腕を伸ばす。

「後さー」

「何だ」

腕を伸ばし、掌を開いたり握ったりする。それは何かを掴むような、ただ意味のない動作だった。

「二人だけみたいだよな」

伸ばした腕に頭を置き、デュオは俺の方を向きながら言った。
その顔は柔らかく温かなもので、俺はその顔を見ながらそうだな、と頷いていた。
するとデュオが驚いた顔をした。

「・・・何だ、その顔は」

信じられない物を見たかのように目を見開き、口を開けて俺を見ているデュオに、俺は思わず顔をしかめる。
デュオは2、3回目を瞬かせた後口を一度閉じて開いた。

「いや、俺てっきり馬鹿にされるか無視されるかと思ってたから」

肯定されるとは思わなかった。
苦笑した表情の中に、何処か嬉しさを滲ませるという器用な事をしてデュオが言う。
そんなデュオを一瞥して、俺はそうかとだけ返した。

「あーあ、ホントに二人きりなら俺だけになるのになー」

なんつってなー、と軽い調子で手摺りに体重を掛けながらデュオが笑った。その笑顔は何時もの天真爛漫なものではなく、何処か自嘲を帯びていた。
あー、俺って馬鹿だなー、という呟きが微かに聞こえる。
デュオが何故そんな顔をしてそんな事を言うのかよく分からなかった。

「二人きりでなくても、俺はお前だけだが」

当たり前の事だろう。じゃなければ一緒になんて暮らさないし、訓練された俺ならば触れられる前に起きる。
俺に対してどんな印象を抱いていたか分からないが、そんな事にも気付かずに一人で勝手な事を考えていたデュオは、手を置いていた手摺りに勢いよく頭をぶつけた。

「馬鹿になるぞ」

「・・・もう馬鹿だからいーんだよ」

「そうか」

「そーだよ」

手摺りに頭を置いて、あーだのうーだの呻く。よく分からない行動にやはりこいつは馬鹿だなと再確認し、俺はベランダから見下ろせる道路を眺めた。
まだ汚されていないそれは、ベランダに積もったものよりも遥かに多い。ベランダでさえあんなに喜んでいたデュオがあそこに行ったらどうなるのだろうか。そんな事を考えた。

「デュオ」

「あー、うん。何だ」

「外に行くぞ」

「へ?何で?」

寒さからか赤くなった頬を摩りながら返事をしたデュオに言えば、デュオは目を丸くして呆けていた顔をした。俺はそんなデュオを気にせず、部屋へと踵を返す。

「早くしろ」

有無を言わさぬ声で言えば、後ろでため息が一つ聞こえた後はいはいと返事が返ってきた。

「外って此処も外なんだけどなー」

そんな事を言いながらデュオも部屋に入った。俺は窓を閉め鍵を掛ける。
玄関に向かって歩いていると、狭い廊下の後ろからデュオがぱたぱたと足音を立てて近付いてきた。

「しっかし、お前が外行こうなんざ珍しいじゃねぇか。外に何か面白いもんでもあったのか?」

「いや、面白い物は特にないが」

不思議そうに聞いてくるデュオに俺は振り返りもせずに答える。

「今は誰もいないのだろう?満喫したらどうだ」

コートに手を伸ばしながらそう言えば、デュオが足を止めた。何時もは煩いぐらい言葉が返って来るのにそれもない。
どうしたのかと振り返ると、俺がデュオを確認する前に横を摺り抜けドアが開かれていた。
冷たい空気が雪崩込んでくる。

「早くしろよヒイロ!先に行くぜ?」

白い世界を背に、デュオが振り返った。一緒に長い髪が舞う。
赤い顔に満面の笑みを浮かべたデュオは、そのまま白い世界に消えていく。
俺はため息を吐いて、コートを手に取った。







響振ダスク



死神に雪を投げ付けられるまで、後43秒。



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