「さぁタッツミー、準備はいいかい?」
王子は楽しみで仕方がないという表情で目を細めた。
対して王様はのんびりと口を開く。
「まさか本当に決めるとはなぁ・・・」
思い出されるのは昨夜言われた賭け。
『明日の試合、僕が決めたら言う事を一つ聞いてくれるかい?』
『もし決められなかったら、タッツミーが僕に一つ命令してもいいよ』
そう持ち掛けられた賭けに、達海は面白そうだと乗った。
監督としてはどうかと思うような事だが、明日はジーノにマークが付く可能性が高く、また普段あまり出さないやる気を出させようという思惑もあったにはあった。
だが、やはり面白そうだと思ったのが一番の要因だ。
『ハットトリックしたら俺がサービスしてやるよ』
そんな事まで上乗せし、王子と王様の賭けは成立した。
そして見事王子が王様を敗り、今に到る。
「お前、普段から今日ぐらいやる気出せば代表になれんじゃねーの?」
自室として使っている狭いクラブの部屋の大部分を占めるベッドに座っている達海が、ドアに寄り掛かっているジーノに視線を向ければ、ジーノは肩をすくませた。
「無理するのは柄じゃないからね」
「あー・・・なるほど」
王子たる返答に今度は達海が肩をすくませる。
この王子様の考えはさっぱり読めず、考える事が面倒臭くなった達海はさっさと終わらせようとジャケットに手を掛けた。
ジャケットを脱ぎネクタイを抜く。ワイシャツのボタンを一つ外した所で、思ってもみなかった言葉がジーノから発せられた。
「あれ?何で脱いでいるんだい、タッツミー」
達海としては当たり前の行動だったが、ジーノにとっては違ったらしい。
「・・・何でって、お前セックスしたいんじゃねぇの?」
脱ぎかけのままで聞いてみると、ジーノは眉を下げた。
「そう言われると、僕がタッツミーの身体目当てみたいに聞こえるんだけど」
「大体合ってるだろ。何だかんだと言ってお前毎回がっつくし」
「それも愛するが故なんだけどね」
「ふぅん」
ジーノの言葉に達海はどうでもよさそうに相槌を打ち、横に置いたジャケットを眺めた。
「じゃあ何すんの」
セックスだと完全に思っていた為、違うと言われてしまえば何を言われるか全く分からない。それに加えて相手はあの王子だ。
達海が聞けば、ジーノは「そうだね、」と言った。
「部屋があまりにも汚いから掃除してもらうとか」
「しても一日で元に戻るぜ?」
「目の前で自慰してもらうとか」
「やだ」
「スーツ着てみてもらうとか」
「試合で?勝負服じゃないと締まんないなぁ」
ジーノの出す提案を次々と却下する。そんな達海にジーノは腹が立つ事もなく、むしろ楽しそうに眺めていた。
眺められている達海は面倒臭さそうにジーノに視線を向けた。
「お前さぁ、決まってんなら早くしてくんない?」
俺、寝ちゃうよ?
達海がそう唇を尖らして言うと、ジーノは楽しそうに歪められた顔を破顔させた。
「全く、タッツミーには敵わないね」
そう言えば、達海はニヒー、と笑みを作った。
その笑みにジーノも微笑み返し、腕を広げた。
「抱き締めてくれるかい?」
で、そのまま一緒に寝ようか。
そう言ったジーノに、達海は目を瞬かせた。その顔にはそんな事?と書かれている。
「だって何時も僕からでタッツミーからはないだろう?」
ジーノは相変わらず微笑んでいる。
思っていなかった命令に、達海はため息を一つ吐いて腰を上げた。そのままドアに近付き、ジーノを抱き締めるというより抱き着いた。
肩に顎を置き背中に手を回すと、ジーノの手も達海の背中に回され抱き締められる。
「うん、やっぱり最高だね」
「ジーノお前オヤジみたい」
「愛するが故だよ、タッツミー」
ふふ、と笑うジーノに達海は眉を寄せる。
そんな達海にもう一度微笑みかけ、ジーノは抱き着いている温もりを抱き上げる。
そして床に散らばっているDVDや資料を踏まないように気をつけながら数歩歩き、ベッドに乗り上げた。達海の靴を脱がし、自分の物も脱ぐ。
「さ、寝ようか。明日も練習あるからね」
身体を横に倒し、ずっと抱き着いたままの達海と共に布団を被る。
包み込むように抱きしめ、瞼や額にキスをし優しく髪を梳くと、達海が「ん、」と身じろいた。
首筋に顔を埋めると、足をジーノの足に絡み付け達海が身体をくっつけてくる。
そんな達海の首筋に唇を付け、くっついてきた背中をあやすように叩くと、達海に肩を押され今度は身体を離された。
「どうしたのタッツミー」
ふて腐れた顔にかかっている前髪をかき上げれば、達海はますます唇を突き出す。
「・・・お前確信犯だろ」
「ふふ、何の事かな」
そう言って額にキスをするジーノに小さく舌打ちをして、達海は身体を起こし、優雅に笑っているジーノに覆いかぶさった。
「明日も早いんじゃないの?」
見上げれば、達海がジーノに腰を押し付けた。
「こんなんじゃ寝れねぇよ」
「やらしくなったねぇ」
「お前の所為でな」
「それは光栄」
にっこり笑えば、達海もニヤリと笑う。
先程ジーノがしたように額にキスをして、達海は被っていた布団を隅へと押しやり、ジーノの上に跨がった。
「まぁハットトリック決めたサービスっつー事で」
そう言ってジーノの胸に手を這わせる。されるがままになっていた達海を眺めていたジーノは、その言葉に流れるような自然な動作で視線を逸らした。
「・・・あれは相手側のミスで入ったような物だよ?」
3点目は相手が零したボールをたまたま近くにいたジーノが押し込んだだけの、運が良かった美味しいゴールだった。ジーノからすれば少し納得のいかないゴールだ。
綺麗だとも華麗だとも言い難いゴールを思い出し、ジーノは苦々しい表情を浮かべる。
達海は胸を触っていた手をジーノの頬に滑らし、軽い音を発ててキスをした。
「それでも決めたのはお前だろ」
そう目を細めて笑う達海に、ジーノは少し驚いた後苦笑した。
「・・・参ったね、ちょっとときめいちゃったじゃない」
「おう、ときめけときめけ。俺は格好良いんだからな」
「これ以上好きにさせるつもりかい?」
「あれ、まだ上があんの?」
「ふふ、上限だと思ってもそれを上回せるからね、タッツミーは」
「ニヒッ」
悪戯に笑う達海の腰に腕を回す。達海も見下ろしていたジーノの顔に手を滑らした。
二人の距離が近くなる。近付いた笑っている顔にジーノも目を細めた。
「さて。じゃあ今夜は寝させないぜ?」
「それは僕の台詞だよ、タッツミー」
男前に言った達海に苦笑いしながら、ジーノは達海の頭を引き寄せた。
グラスホッパー
敵わない恋人。
(あ、くわえるのと乗るのどっちがいい?) (んー、どっちもかな)(やっぱお前帰れ)