「・・・・・・あつい」

イースト・トーキョー・ユナイテッド、つまりETUの監督である達海猛は呟いた。
呟くと共にドン、と置かれたビール缶の音は思いの外部屋に響き、勢い良く置かれた缶口からはビールが零れる。
いきなりの事だった為か、達海の近くで飲んでいた世良、堺は何事かと振り向き、赤崎はチラリと視線を送る。
少し離れた所でポジションの話をしていた村越と椿、そして村越の隣で飲んでいた黒田、杉江も達海に注目した。
注目を浴びた達海はそんな視線に気付きもせず、妙に真面目腐った顔をして前を睨んでいた。

「あつい」

再び達海は言う。
何故熱いと聞かれれば、酒を飲んでいるからだ。
加えて普段は会議室として使われている狭い部屋に、バラバラに散らばっているとはいえ、大の大人、しかも鍛え上げている男が何人もいるのだから熱くもなるだろう。換気用に開けている窓は効果がない程だ。

ちょっとした練習試合。それに勝利し、明日は久しぶりのオフという事も手伝って、会議室を勝手に借りてコンビニで買ってきたアルコールで祝杯を挙げた。
いや、祝杯を名目に、ただ騒ぎたかったのかもしれない。
とにかく、その祝杯は馬鹿な事をやったり今日の反省点を言い合ったりしていたのだ。変な熱気も篭るだろう。
その熱気の所為か、ただ単に酒を飲んでほてったのか、達海はうっすら赤くした顔のまま何時も着ている深緑色のジャケットに手を掛けた。

「んー?・・・あれ、脱げない・・・」

手を掛けたはいいが、酒の所為で手が覚束ないのか上手く脱げず、肩や肘にジャケットが引っ掛かっている。
目の前で始まった監督の行動に、世良は何を言っていいか分からず、取り敢えず「大丈夫っすか?」と声を掛けた。
声を掛けたのが悪かった。

「ん、無理、脱がせて?」

「えーーーーー!!」

その監督は両腕を広げて、ニヒッと笑ったのだ。
思わず世良と清川は叫んだ。
だって監督が、あの監督から脱がせてって!しかも酒の所為か顔赤いし目とかちょっと潤んでるし!とテンパりまくっている世良と、いきなり脱ぎだしたかと思えば今度は脱がせてと言い出した状況について行けなかった清川があれこれ頭を回転させていると、当の達海はもぞもぞと身体を動かし、時間をかけてジャケットを脱いでいた。

「脱げたー。・・・はー、涼しい」

ジャケットを後ろに置き、首元に空気が入るように上を向く。
惜し気もなく晒された喉や首筋を見て、赤崎はあのネクタイ息苦しそうだな、と思い、達海のネクタイを軽く引っ張った。

「監督。息苦しそうなんで、ネクタイも取ったらどうっすか」

「そうだな、赤崎あったまいー!」

そう言って、達海の手が今度はネクタイに掛かった。
が、掛かったはいいが、なかなかネクタイは抜かれない。
それに業を煮やした赤崎は、達海の手を払った。

「遅いっす」

しゅるりと抜かれるネクタイ。第二ボタンまで開かれていたシャツは、諌める物がなくなった為、先程よりも広く開いていた。そのシャツの隙間から鎖骨が覗く。
思わずその細い鎖骨を凝視してしまっている黒田に、杉江は小さくため息を吐いた。

「クロ、見過ぎだ」

「なっ!違ぇよ!何で俺があんな奴見なくちゃなんねぇんだよ!」

顔を赤くし興奮したように言う黒田の否定の言葉を耳にしながら、杉江はしょうがないか、と我が監督を眺める。
酒に酔っているのか頬をうっすら染め、目も潤んでいる。呂律も回っておらず、危なっかしい雰囲気がバシバシするのに、笑顔だけは何時も以上に華やかに見えた。
人を引き付ける魅力を持った人だとは思っていたが、今はその魅力に妙な色気まで加わっているのだ。
周りがあれに当てられないでくれと杉江が願っているとは全くもって知らない達海は、妙な色気を撒き散らしながら、フラフラと千鳥足を動かし椿の横にドカリと座った。

「つーばきくーん、飲んでるー?」

「うぇっ!?あ、はい、飲んでます!」

へら、と笑いかけつつ肩を力強く叩かれた椿は、持っていた缶を庇うようにしながら、達海の質問に答えた。

「えー、何本?」

「・・・今2本目っす」

少し自信なさそうに答える椿に、達海は「ふーん?」と零して椿の手に持っている缶のラベルを見た。
そこにはチューハイと書かれている。椿の前に置かれていた、椿が飲み干したであろう缶にも同じ文字が書かれていた。
チューハイも酒であるが、飲みやすくアルコール度も低い。達海はそれが不満だったらしく、唇を尖らせた。

「少ねぇなぁ。よっし俺が酌してやる!」

「いっ!?いや、あの、監督!悪いっす!」

意気揚々と言った達海に、椿は目を見開いた。まるで試合中東京Vのエースである持田に笑い顔で見詰められていたのを知ってしまった時の心境だ。
逃げたいのに、逃げられない。
だが持田との違いは、恐怖からではなく、恐れ多いのと達海から漂ってくる妙な空気だ。
監督に近付いたら何かヤバイと本能で察した椿は、ブンブンと思い切り腕を振り遠慮する。
しかし、椿だ。

「俺直々だぜ?」

「・・・・・・頂きます・・・」

下から覗き込み、ニヤ、と意地の悪い顔で笑えば、椿は息を飲んだ後肩を落とした。
達海は何時もの独特な笑い声を上げながら「いい子だなー」と椿の頭を撫でる。
成すがままになっている椿は、先程の達海の笑顔やら不安やらで鼓動が激しくなっていく。
一人ぐるぐると思い巡らしていると、椿の肩に達海の手が置かれた。

「よいしょっと」

軽い掛け声と共に、肩に置かれた手に力が入る。
それに椿は慌てた声を上げた。

「ちょ、ちょっと監督!?」

「なにー?」

「な、んで俺・・・の、・・・ひ、膝の上、にいんすか・・・?」

慌てている椿とは対称的に、達海は楽しそうに笑っていた。

「芸妓さん、とりゃ」

よく分からない事を言い、椿の膝の上に向かい合うように座っていた達海は、近くにあった日本酒の一升瓶を椿の口へと突っ込んだ。
情況について行けず固まっていた椿は、無抵抗に大量の液体を喉を通す。
目の前の人を見れば、その人は楽しそうに、意地の悪そうに笑っていた。
ああ、今日の監督は何かドキドキする。そう思って椿は床に倒れた。

「ギャハハハ!椿弱ぇなぁ!」

倒れた椿の足の上で達海が豪快に笑っている。
その様子を見ていた世良と石神は心中で椿に合掌し、杉江と赤崎と境はため息を吐いた。ちなみに夏木と黒田と丹波は「情けねぇぞ」やら「いいなー」やら「ギャハハハ」やら騒いだり笑ったりしていた。
目の前で倒れた椿に、清川がオロオロする。

「どうしましょうコシさん!」

「放っておけ」

取り敢えず近くにいたミスター・ETUに聞いてみれば、素っ気なく返された。

「ハハッ、村越冷てーの。あ、ドリー!一緒に酒飲もうぜー!」

村越に笑いかけた達海は、部屋の隅で静かに飲んでいた緑川を見つけ嬉しそうに手を挙げて駆け寄った。

「達海さん、あんた大丈夫なのか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。心配してくれてんの?やっさしー!惚れちゃいそう!」

緑川が駆け寄ってきた達海に聞けば、達海は満面の笑みでタックルをかますように緑川の腕へと抱き着いた。
普通なら驚くが、流石は緑川。ゴールキーパーだからか最年長だからか、悠然と受け止め酒を床に置いた。

「そりゃどうもありがとうございます。ほら、酒ばっか飲んでねぇで食ってください」

そのままツマミを口元に持って行けば、大きな口を開けて達海はそれを食べる。達海はもぐもぐと口を動かすと、目を見開いた。

「・・・っうま!もう一個」

「はいはい」

「もうドリ大好きー!」

強請るように言えば、緑川はもう一つ手に取って達海の口元へと運ぶ。達海はギャハーッと緑川へと抱き着いた。
二人の様子を見ていた堺は、それが親子のやり取りに見えてしまった。
33歳に甘える35歳って。そしてドリさんも何そんな普通に受け止めてんすか。
そんな突っ込みが頭を過ぎるが口には出来なかった。
その堺の代わりに口にしたのはジーノだ。

「ちょっとタッツミー。そっちばっかりじゃなくて、こっちにも来なよ」

皆が床に座り込んで飲んでいる中、一人だけパイプ椅子に座り足を組んでいたジーノが達海を手招きする。
達海は唇を突き出して笑い、緑川から腕を離してジーノの元へと向かった。

「悪い悪い。何、寂しかった?」

手を挙げて言えば、その手を掴まれ引き寄せられた。

「タッツミーがフラフラしてるから妬けちゃったよ。王子である僕の前でそんな姿見せるなんて、覚悟は出来てるかい?」

優雅に笑いながら、達海を自分の膝の上に乗せて腰を抱く。ギシ、とパイプ椅子が悲鳴を上げた。
達海はそんなジーノの首に腕を巻いて目を細めた。

「あら、王子がしっかり私を捕まえておいてくれないからよ?留まらせたいならしっかり捕まえてくれなきゃ」

「それは悪かったね、姫。じゃあこれからは逃げ出さないように鍵を掛けなきゃ」

ドラマに出て来る女性のような口調と誘うような笑みで言えば、ジーノは優しい笑顔で腰に回った腕に力を込め距離を近くする。
達海はふふ、と小さく笑って自分から距離を近付けた。

「王子がそんなに独占欲が強いとは思わなかったわ」

「いくら僕が王子でも、好きな人をみすみす他の男の所にやるほど心は広くないからね」

腰に回っていた手を達海の頬へと滑らす。そのまま笑っている達海へと顔を近付けて、

「達海いるか?」

キスする直前に部屋の扉が開いた。

「後藤さん!?」

「あ、ごとー」

世良が叫び、達海があっけらかんと名前を呼ぶ。扉を開いたゼネラルマネージャーである後藤は、部屋の中を見回して旧友へ呆れたように聞いた。

「お前何やってんだ」

「お酒飲んでたー」

そう軽く言った達海は、後藤に向けて手を広げた。それに、後藤は大きなため息を吐いて、ジーノに跨がっている達海へと近付き中腰になった。

「ん」

跨がったままの姿勢で後藤の首へと抱き着き肩に顔を埋めた。後藤がまたため息を吐く。

「こいつ、連れて帰るがいいか?」

「あ、はい」

抱き着かれたまま後藤は、今自分を凝視しているであろう選手達へと顔を向けた。
先程からの言動で酔っ払ってるとは分かっているが、普段から変人と言われている監督がこうも普段以上に変だと固まってしまう。
何とか杉江が答えれば、後藤は首に抱き着いている達海を抱えた。
達海が嬉しそうにんヒッ、と笑う。
あまりの展開に、緑川と村越と石神以外がますます固まる。そんな中、くすくすという声が聞こえてきた。

「ふふ、残念」

もう少しだったのに。
そう言えば、後藤はジーノを一瞥して踵を返した。後藤に抱えられたままじゃあねー、と手を振り、達海は部屋から出て行った。
ガチャン、と、扉の閉まる音が響く。固まるなり見なかった事にしたりして静まり返った部屋の中に、ジーノの笑い声だけが楽しそうだった。









「全く。急に時間指定してきて会議室に来いって言われたから何だと思えば」

「いいじゃん、今日勝ったんだしさー。しゅくはーいってねー!ヒヒッ」

達海が住み着いている部屋へと戻る為クラブの廊下を歩いていた後藤は嗜めるように言った。
きっと今頃選手達が騒いでいるだろう。これからの事を考えると胃がキリキリと痛む。
そんな後藤とは打って変わって、正面から抱き着いている達海は足をバタバタと動かして声を弾ませた。
全くもって歩きにくい。思い切り動いてくる達海に「暴れるなら下ろすぞ」と言うと、ピタリと足が止まった。現金な奴だとますます疲れが溜まる。
後藤は大人しく抱き抱えられている達海に、ため息混じりに問い掛けた。

「お前あんまり酔ってないだろ」

「ありゃ、バレてた?」

「お前が酔っ払ったらすぐ寝るからな」

「ハハー!」

心底愉快そうに達海が笑う。
もう夜という事もあり、クラブ内は静かだ。一人分の足音が建物に木霊す。
こんな姿他の奴らには見せられねぇなぁ、と後藤は考えた。チームの監督がゼネラルマネージャーに抱えられている姿なんて信用がた落ちだ。いや、信用は無いように見えて有るからいいとして、有里ちゃんなんかに見られたら説教が三時間は行われるだろう。
こんな短い時間内にもう何回吐いたか分からないため息を吐いて、後藤は柔らかい声で言った。

「あまりからかうなよ」

「んー?あいつら面白いからさー。皆酒入ってるから、俺が何やっても乗ってくれるしー」

ジーノなんて本当すぐ乗ってくれて楽しい。
カラカラと笑う達海は酔っ払いとまではいかなくとも、気分が高揚している事が分かった。
天然というか小悪魔というか。
こんな奴に振り回された選手達が少し気の毒に思えてきた。まぁ、緑川は軽く流していたし村越は関わらないようにしていたからそれ以外の奴らだが。

部屋に入った時の光景を思い出す。椿が倒れていたのも、十中八九今自分に抱き着いている奴の所為だろう。
椿はともかく、ジーノだ。何処まで本気か分からないが、出て行く時に向けられた目は試合中にたまに見せる目だった。ため息しか出ない。若干胃の痛みが強くなった気さえする。
あの飄々とした王子を振り回すなんて流石王様か、と考えた所で、王様が首に埋めていた頭を勢い良く上げ、後藤と顔を向かい合わせた。

「・・・どうした、急に」

「もしかしてあれ?嫉妬?でも大丈夫、俺のとんでもないものは後藤に盗まれちまったから」

「・・・は?」

何を言っているんだと顔を顰る後藤に、達海は自信満々に口端を上げた。

「後藤はとんでもないものを盗んでいきました。俺の心です!」

「はぁー」

「何そのため息!人が愛の告白してんのにー」

唇を尖らせて、達海が拗ねたように言う。そのまま後藤の首に回していた腕に力を込めて、身体をくっつけて首筋に顔を埋めた。

「ごとー、お前あったかいな」

「お前はあついな」

「ニヒー」

そんな独特な笑い声を耳に感じながら、後藤は恋人を抱え直した。






酔っ払いマリーシア



お前が一番暖かい。

























―――――――

タッツミーが可愛いです。格好良くて可愛くて堪りません。
タッツミーは無自覚に色気撒き散らして、周りはノーマルだけど振り回されればいい。
王子だけはからかい半分本気半分でお願いします!

モチタツもジノタツも捨て難いけど、今回は苦労人と無自覚(?)小悪魔のゴトタツで。


取り敢えず、杉江と持田の格好良さは半端ないと言う事です!(全く話に関係ないね!)



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