「おい、これなんかいいんじゃねぇか?」

買い物カゴを片手に、にんじんが数本入った袋を高く翳しながらムウは後ろを向いて声を掛けた。
声を掛けられた淡い金髪の一人は目を細め、もう一人は眉間にシワを寄せた。

「・・・にんじんは一本で足りるのではなかったか?」

目を細めたラウは、本に載っていた材料を思い出しながらムウに答えた。ラウの横では、レイが顔を顰ながら小さくため息を吐いている。
そんな二人を気にも止めず、二人よりも濃い金髪を翻し、そうだっけー、と呟きつつ持っていたにんじんをカゴに放り込んだ。

「いやー、料理なんかあんましないから分かんねぇや」

まあ、たくさんあってもいいだろ、と軽快に笑う。
その様子を眺めていたレイは、抱いていた疑問を横に立っている尊敬する人に問い掛けた。

「・・・何故買い物なのですか」

「・・・私も分からんのだよ。あの男に聞いてくれ」

本当に知らないのだろう、ラウは若干疲れ気味だった。
ムウは二人が遠い目をしている事に気付きもせず、玉ねぎやじゃが芋をポンポンとカゴに入れていく。近くにある野菜がカゴに吸い込まれていく光景に、レイは顔をますます顰めた。
ムウは鼻歌を口ずさみながら、商品を手に取っている。

「・・・何故こんな事に・・・」

思い出されるのは、あの男の言葉。いきなりカレーが食べたいと洒落た料理本を手に立ち上がった。
食べに行けばいいではないか、と至極真っ当な事を言ったラウに、ムウは自分で作って食べるのが乙なんじゃないかと意見を反した。
ゆっくりとした午後の時間、しかも読書をしていたラウとレイは、そんなムウに冷たい目線だけ送った。なら勝手に作ればいい。そう言ったのを覚えている。
そうしたら、ムウはじゃあ買い物行こう、と笑顔で言ったのだ。
そして、今に到る。

「・・・ラウと二人ならまだ良かったのに」

何故あの男と買い物など来ているのだろう、と苛立ちを覚える。
理由は分かっているのだ。
何度拒否したか覚えていないが、その度ムウは笑顔で行こうと言って来た。遂にラウが折れ、二人で行かせなくないとレイも折れたのだ。
だが、何故無理矢理にでも自分達を連れて来たかったのかが分からない。これで荷物持ちの為とかだったら殴りたい。

「お前ら突っ立ってないで手伝えよー」

一人で勝手に進んでいたムウが呆れながら二人に言う。カゴにはカレーに必要がないと明らかに分かる余分な物が溢れ返っていた。

「・・・カレーにいらない物が何故入っている」

声を低くして言うレイに、ムウはああ、これ?とあっけらかんと笑った。

「何か美味しそうに見えちまってなぁ。いいじゃん、皆で食おーぜ」

かはは、と笑うムウに、レイが声を上げた。

「そんな余分な物を買ってどうするんだ!大体何故俺達までお前と一緒に買い物をしなければならない!」

「何だよ、買い物ぐらいいいだろー?」

「お前と一緒なのが気に食わない」

「おいおい、失礼な奴だなぁ。んなカリカリすんなよ、酒どれがいい?」

「はぐらかすな!」

食ってかかるレイに、飄々と流すムウ。そんな二人の攻防に、周りの視線が集まる。
元々目立つ容姿をしている彼らだ。左頬から鼻筋にかけて線が刻まれているとはいえ人当たりの良い、親しみを覚える整った顔立ちのムウに、淡い金髪は美しく、冷たい印象はあるが中性的で静かな雰囲気のレイ。
そしてレイと同じ淡い金髪は軽くウェーブし、涼しげに立ち、顔の上半分を仮面という余計に人目を集めている物で隠しているラウ。
そんな彼らが目立たないはずがない。
ムウとレイの攻防を少し離れた所から傍観していたラウは、集まり過ぎだ視線にため息を吐いた。目立つのは得策ではない。そう考えて口を開いた。

「レイ、その辺でいいだろう」

「ラウ!・・・すみません」

はっ、と我を取り戻したレイは、しょんぼりと肩を落とす。

「いや、謝る事はない」

そう言って、ラウはレイの頭を軽く撫でる。レイは照れた様に顔を綻ばした。

「お前には素直なのになぁ」

「お前とは違うのでな」

「そりゃどういう意味だ。・・・ラウ、お前酒は?」

「任せよう」

ムウとラウが話しているのは少々気になったが、レイはラウが横にいる事が嬉しかったのか口を挟まなかった。
ムウはじゃあビールなー、と言いながらビールを何本かカゴに突っ込む。

「レイ、お前は?」

「・・・俺はいい」

「んだよ、未成年だからって遠慮すんなよ。若いうちは飲んどけって。サワーでいいよな?」

そう言ってサワーも何本かカゴに入れていく。遠慮とかではなく本当に要らないのだとレイは思ったが、口にはしなかった。どうせムウの胃袋に収まるのだ。
その後もつまみやらお菓子やら飲み物やらでカゴは重くなっていった。



「結構買ったなー」

「主にお前だがな」

スーパーからの帰り道、重い物をムウに押し付け、三人は家路へと歩く。
出掛けたのは夕方だったが、今はもう辺りが紺色に染まっている。それだけスーパーに居たのだろう。
三人が横に並び歩く。そういえば、三人で歩くのなんて初めてだ、とレイはぼんやりと思った。
レイは用がない限り殆ど家から出ないし、出ても一人かラウとだ。ラウはレイ以上に家から出ないし、『上』の人間と会う時は車を使う。たまにレイと本屋に行ったり、ムウに服を見繕ってもらうだけだ。だから、外出をよくするムウは一人が多い。
一緒に暮らしてきたが、買い物に行くのも並んで歩くのも初めてだと思うと、何とも言えない気持ちになった。
そんな時、ムウが言い出した。

「おいラウ。お前レイの荷物持てるか?」

「・・・可能か不可能かと言われたら、可能だが」

ムウの質問の意図が掴めなかったのだろう、ラウは少し戸惑った様に答えた。
その答えに、ムウは流石隊長!と声を上げた。

「じゃあレイの荷物持ってくんない?」

ラウはムウのやりたい事は分からなかったが、分かったとレイに手を差し出した。
そう言われて、慌てたのはレイだ。

「俺は大丈夫です!ラウに荷物を持たせるなんて!」

いくら重い物は全てムウの袋にあり軽いとはいえ、ラウに持たせるという行為自体が許せないのだろう。
しかしラウはレイを優しく制して荷物を受け取った。

「レイ、手ぇ貸せ」

そう言われて、訳も分からずレイは渋々と手を伸ばす。その手を、ムウは優しく握った。
ムウのやりたい事が分かったのか、ラウは小さく苦笑した。

「ほら、ラウも」

そう催促され、ラウも荷物を片手にレイの手を取る。
レイは右手はムウと、左手はラウと繋がった状態で目を瞬いた。そしてすぐに呆れた表情で息を吐いた。

「・・・幼稚だな」

「全くだ」

レイの言葉に、ラウが同意する。

「誰かに見られたらどうするつもりでしょうね」

「それこそ生き恥だな」

「大丈夫だって。この辺暗いし、見てんのはお月さんとお星様だけだよ」

「・・・ラウ、この手が無性に気持ち悪い物の様に感じるのですが」

「ああ、燃やしても構わんよ、レイ」

「お前らそんなに俺を責めて楽しいか」

二人の言葉に、ムウが冷静に突っ込む。しかし、それをラウは鼻で笑って受け流した。

「楽しい?そんな高尚な感情、お前に持つと思っているのか?」

「おこがましいにも程がありますね」

「大体お前がやりたかったのだから、荷物はお前が持つべきではないのかな?ムウ・ラ・フラガ」

「おまっ!俺に飲み物系全部押し付けといて何言ってやがる!何リットルあると思ってんだ!お前なんか菓子類しか持ってなかっただろ!」

「お前が買った物だろう。私はお前と違って頭脳派だからな、体力馬鹿とは違うのだよ」

「荷物全て持てないなんて、エンデュミオンの鷹も堕ちたものだな」

「お前らなぁ!」

そう言い合いながら、三人は歩く。
暗い夜道に、手を繋いで。
ムウの言った通り、空には星が輝いていて。あそこにいたという実感は余り湧かなかった。
今、この時の方が実感が湧く。あんなに命のやり取りをしていた時より、この穏やかな時の方が。
人の温もりが、手を伝って感じる。繋がれた暖かさを感じながら、三人は家へと帰って行く。










夕食はムウが作ったカレーだった。あまり料理をしないから自信はなかったが、味は良かった。貧乏器用って俺の事だよなー、と微妙な心境になる。
だが、何時もはあまり食べないラウとレイが残さずに食べてくれたのが嬉しかった。
そんな事を思うと自然と顔が緩む。鼻歌を歌いながら、ムウは食器を仕舞った。
食器を片付けた後に冷蔵庫を開け、ビールを一本取りリビングに戻ると、ラウだけがソファーに座って本を読んでいた。

「レイは?」

「自室だ」

「ふーん」

応えながら、ムウはラウの横に腰を掛ける。ビール缶のプルを押し、液体を喉に流し込んだ。
ラウはチラリ、と横目に見てすぐ本へと視線を戻した。そんなラウの横顔を眺める。
部屋にいる時ぐらい仮面を取ってもいいんじゃないかな、とか、綺麗な髪してんな、とか、あの蒼い眼がいいんだよな、とか、泣き顔もまた色っぽいんだよな、とか取り留めない事を考える。
流石に欝陶しかったのか、ラウは不機嫌そうに仮面の下で眉間を寄せた。

「・・・何だ」

「んー、ただ綺麗だなぁと思って」

「・・・・・・遂に壊れたか」

「いやいやいや、壊れてねぇしその可哀相な人を見る目止めてくんない?」

生温かい視線を送るラウに、ムウは内心冷や汗をかいた。

「別に俺はファザコンじゃねぇからな?お前だからいいんだって」

「誰も聞いていないのだが」

「いや、だってお前の視線が物語ってたから」

そう言って、またビールを流し込む。その様子をラウが見ている事に気付き、ムウは持って来ようか?と聞くと、ラウはいいや、と首を振った。

「お前のを貰おう」

本を置き、ラウはムウのビールを奪い口を付けた。その行動に、ムウは驚いた。
普段のラウならしない行為だ。缶を傾けていくのを、ムウは何も言えずに見るだけだった。

「・・・どうした」

何も言わないムウを怪訝に思ったのか、ラウは問い掛けた。

「お前がそういう事するの珍しいなと思って・・・」

「そうか?」

さほど気にした様子もなく、ラウはビールを机に置く。

「そうだって。あれかねぇ、気にしない程当たり前になったのかね、俺達」

「頭は大丈夫か」

照れるなー、と全く照れずに笑っていたムウに、ラウが一言切り捨てる。そんな冷たい言葉にも慣れたムウは、ラウの腕を掴んで引き寄せた。

「・・・何をする」

「分かってんだろ、こっからは大人の時間ってな」

ラウを自分の膝上に引き寄せて向かい合う。腰に腕を回して笑えば、ラウはニヒルな笑顔を浮かべた。

「君は本当に本能の赴くままに生きているな、ファントムペイン殿?」

「御褒め頂き有り難き幸せであります、クルーゼ隊長」

業とらしく頭を下げるムウに、ラウは笑みを深くする。

「では聞いてもいいかね?」

「何なりと」

ムウを見下ろしながら、ラウは隊長と呼ばれていた頃の様に聞いた。

「何故私達も買い物に連れて行った?」

その問いに、ムウはニィ、と笑った。

「家族だからな」

そう言ったムウは、満足げに笑っていて。ラウはふっ、と小さく笑った。

「私が祖父か?」

「いんや、お母さんだろ」

ラウの仮面を外す。現れた蒼い眼に、ムウは楽しそうだった。そのまま瞼や頬に軽い口づけをする。

「レイのお母さんで、俺の自慢の妻だよ」

「レイの母親というのはまだ分かるが、君にとっては父親ではないか?」

「いいの、お前は俺の大切な嫁さんなんだから」

目を合わせながら、ムウは言う。

「たまには皆で買い物したいなって思ってな。で、帰りに手を繋ぎたくなったから繋いだ」

まあ、お前らが繋いでくれるとは思ってなかったけど。
そう笑う顔は、先程よりも照れた顔だった。

「子供を挟んで繋いで歩けてさ、なんか幸せだなーって。なぁ、お母さん?」

「君にお母さんと呼ばれる筋合いはないはずだが?」

「おっと、これは失礼。大切な嫁さんだったな、ラウ」

くつくつ笑って、ムウは腰に回していた腕に力を込めた。二人の距離が近くなる。

「で、もう質問はいいかな、ラウ?」

ムウが男臭く笑う。そんなムウに、ラウは目を細めた。

「ああ、もういいよ、ムウ」

ムウの首に腕を回しながら、ラウが答える。
その言葉に、ムウは腰に回していた腕の片方でラウの柔らかな髪を梳く。そのまま頭を抱え、ゆっくりと顔を近付けて、


「貴様ラウに何をしている!!」


キスする直前で止まった。
声が飛んできた方角に顔を向ければ、リビングの入口に携帯電話を片手にレイが立っていた。思わず固まったムウに、殺気をこれでもかとぶつけてくる。

「ラウから離れろ!」

足音を響かせて近付いて来るレイに、ムウはもう冷や汗が止まらなかった。ぎこちなく腕を外しながら、ああこれは半殺し以上だな、と頭の片隅で考える。
ラウがムウの上から退くと、その瞬間置いてあった本を掴んで振り上げた。持っていた携帯をラウに押し付けて。

「ラウに触るなこの変態ぃい!!」

「いってぇええ!!ごめっ、悪かった!触るなは無理だけど、謝るから!ごめんって!だから角は止めてマジ痛い痛い痛いからぁ!!」

ガスガスと嫌な音が聞こえる。その音を聞きながら、ラウは携帯の画面を見た。電話はまだ繋がっている。

「・・・もしもし」

『やあ、クルーゼ。何時も賑やかだな』

耳に当てた携帯から、聞き慣れた声が聞こえた。

「デュランダル・・・」

「ギルバート・デュランダル!?」

ラウが小さく呟いた名前に、ムウが大袈裟に反応した。

「議長だからってラウに手を出したら許さねぇからな!」

「黙れ!ギルに何を言うんだ!貴様がラウに手を出すなぁ!!」

二人の言い合いが聞こえいたのだろう、電話の向こうで笑う気配がした。

『相変わらずの様だね』

「・・・私に用か?」

『いや、ただ君と話したかっただけだよ。仲が良さそうで何よりだ』

「聞いての通りだよ。静かに本も読めない」

ムウ達の方に視線を向ければ、レイの攻撃を何とか防いでいるムウと目が合った。何時もとなく、真剣な目をしている。

『そうか。では今度静かな場所で食事なんて如何かな?』

その真剣な目が何処か面白くて、少し嬉しかった。

「・・・そうだな、静かに本が読める場所なら行こうか」

ムウから視線を外し、何気なく電話の向こうに応える。
案の定、ムウが異を唱えた。

「ああああ!許さないからな!俺は絶対許さねぇからな!行くなら俺もついて行くからな!!」

「何で貴様の許可がいるんだ、ラウの自由だろ!しかも何でついて来るんだ!」

余計に喧しくなった言い合いに、電話の向こうが呆れた様に、だが楽しそうに笑った。

『・・・私を使わないで欲しいな』

「何の事だ」

惚ける様に言えば、デュランダルは小さく声を出して笑った。
目の前では許さないと声高に言っているムウに、本の角で叩いているレイの姿があって。

『賑やかな家族だな』

「ああ、良いだろう?」

ラウは心底楽しそうに笑った。






宿運セージ



俺達は、繋がっている。



























――――――

未成年の飲酒は法律で固く禁じられています。ダメ、ゼッタイ。

やりたい事は全て詰め込んだよ!
なんかクルーゼとかレイのキャラが違う気がする。クルーゼ話し方分からない・・・
フラガ家が大好きです。



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