「好きです」

彼は何時も踏み込まない。軽く流し、曖昧な返事をし、のらりくらりとかわしていく。
しかし、そんな彼には関係なく、日常は彼を巻き込んでいく。
神である涼宮さんに好かれた彼は、彼女を中心にして起こった現象の全てに巻き込まれ、翻弄し、傷ついていく。
それでも彼は、文句を言わずに彼女の傍にいる。
傷つき疲れても、彼は何時も彼女を許し、傍にいる。

そんな彼を傍で見ていた僕は、何時しか彼の負担を軽くしたいと思うようになっていた。
きっと彼は守られる事を良しとしない。守られるほど、彼は弱くない事も知っている。
けれど、少しでも彼が傷つかないように、彼が笑顔でいられるように。
最初はそんな気持ちだった。ただ単純に、彼を助けたかった。

だけど、その内自分が支えて、彼を癒してあげたいと思うようになった。
軽く流し、曖昧な返事で核心を隠す彼の本心を知り、彼の気持ちを楽にしてあげたくなった。

そんな気持ちが自分の中にあると知った時、愕然とした。
神が愛している彼を、自分も好きになっていた。好きになってはいけない彼を、好きになってしまったのだ。
その事実に愕然し、自分を責めた。こんな気持ちを持っていけないと自分を叱責し、この気持ちを消そうとした。
しかし、消そうとすればする程、反対に気持ちは抑えられなくなった。
淡泊だと思っていた自分が、こんなにも一人に執着するなんて信じられないくらい、彼が好きになっていて。
抑えていた気持ちが、溢れ出した。



「好きなんです」

目の前には、固まる彼。
その表情は、かつて見た光景とは少し違っていた。



気持ちが溢れたのは、もう随分前だ。
二人しかいない部室で、気付いたら想いが口から零れていた。
その言葉を聞いた彼は、目を見開き固まった。オセロを持っている腕を上げたまま、僕の顔をまるで間違え探しでも見つけようとするみたいに凝視していた。
そんな彼からの視線を受け止めつつ、僕は自分を責め、悔やんだ。もちろん顔には出さなかったが、自分の発言が信じられず、苦渋を感じた。

だが、反面満足だった。
持ってはいけないと、言ってはいけないのだと押し殺してきた想いが表立てた事が嬉しかった。
そして、悔やんでも、もう言ってしまった事なのだと思ってしまった。
押し殺してきた反動なのか、一度溢れたら止まらなかった。
箍が、外れた。

「好きです、貴方が」

再び口にした言葉。今度は言えた事に自ら喜んだ。
しかし、彼は僕の告白に何時ものように、踏み込まず笑ってごまかした。

「馬鹿言うな、俺に言ってどうすんだよ。そう言うのは女に言ってやれ。お前は顔は良いんだから、どんな女もイチコロだろ」

そう言いながら席を立ち、自分のカバンを掴み彼はドアへと歩いて行く。

「今日はゆっくり休めよ。疲れてんだよ、きっと。じゃあな、古泉」

背中を向けたまま、ひらひらと手を振り、彼はそのままドアの向こうに消えて行った。
残された僕は、告白を信じてもらえなかった事に絶望し、悲しみや自嘲など様々な気持ちを抱えた。

それが、最初の告白だった。



二回目は、彼はまたかという顔をし、ちゃんと頭動いてるか?俺に言うなよと突き放された。



そして、これは何回目だろう。

告白を受け入れられなかったからではなく、信じてもらえなかった事が悲しかった。
せめて自分の気持ちが本物だと、彼に知って欲しかった。
だから何度も愛を囁いたし、アプローチをした。
しかし彼は変わらなかった。

「・・・古泉、だから言ってるだろ。俺に言うな、女に言え。いい加減しつこいぞ、お前」

はぁ、とあからさまに彼はため息を吐く。その返事もその態度も、以前告白した時と大して変わっていない事が淋しかった。

「僕は貴方が好きなんです。女性ではなく、貴方が」

真っ直ぐ彼を見ながら、僕は声を搾り出す。
そう言った僕に、彼は苛立ちと呆れと面倒臭いという表情を向けた。

「・・・なぁ、古泉。お前、俺をからかうのもいい加減にしろよ」

「っ!からかってなど」

「だったら!」

ガン!という音が響く。彼は机の上に拳を乗せていた。
顔は伏してある為、表情は見えない。ただ力の入った肩が震えていた。

「だったら何で好きだなんて言ってくるんだよ!」

もううんざりだと言外に込めて、彼は声を張り上げた。その言葉に、怒りが込み上げる。気付けば僕も声を張り上げていた。

「貴方が好きだからに決まってるでしょう!?」

何度も何度も、好きだと言っていたのに、彼は全く信じていなかった。告白は、彼に届いていなかったのだ。
自分の気持ちを悪ふざけだと思われていた事と、彼が頑なに信じてくれない事に腹が立った。
声を張り上げた僕に対し、彼は顔を上げ、ハッ、と軽く笑った。

「好きだから?本気で言ってんのか?ハルヒが一番大切なお前が俺を好き?馬鹿言うな!何の魂胆か知らないが、もう俺を巻き込むな!」

「魂胆なんかありません!何故信じてくれないのですか!」

「信じろって、何を信じればいいんだよ!お前の告白をか?信じられる訳ないだろ!何回も何回も好きだって言えば信じると思ってんのか!?」

「なっ!」

信じられないと断言され、僕は思わず絶句した。
僕が彼に想いを告げれば告げるほど、彼は僕を信じなくなる。全くの堂々巡りだ。

「違うなら何でだよ!好きだ好きだって何回も言って俺にどうしろって言うんだ!本気じゃないから何回も言えるんだろ!?」

「本気じゃないなら神に逆らうようなこんな真似はしません!」

神である涼宮さんが好きな彼を、自分も好きになっただけでも許されない事なのに、その上告白までするなんて。本気じゃなかったら、するはずがないのに。
この気持ちは本物なのに。
彼には、届いていない。

「またハルヒじゃねぇか!何が神に逆らうだよ、ハルヒを盾に逃げてるだけじゃねぇかお前は」

「誰が逃げて・・・!」

「逃げてんだよ、お前は!何回も好きだっつって、一方的に完結して。お前はエゴを押し付けてるだけなんだよ!」

「なっ!僕は本気で貴方に気持ちを伝えていたのに、貴方はそんな風に思っていたのですか!?」

「アレが本気?俺には本気に見えなかった。胡散臭い笑顔で何回も言う事がお前にとっての本気なのか?信じられると思うのか!?」

目を細め、顔を顰ながら彼は言う。

「俺は男だし、お前はハルヒの事しか考えない。その上何時もと変わらない顔でサラっと言ってきやがって!からかうか目論みがあるとしか考えられないだろ!」

部室に怒声が響く。
彼も僕も、頭に血が上っている。二つの声が張り合う。

「涼宮さんは関係ありません、僕は本気で貴方が好きだと言っているでしょう!?」

自分の上げた声が、彼がまた振り上げた拳の音で打ち消された。

「本気なんて思える訳ないだろ!毎回毎回胡散臭い笑顔で真剣味が足りねぇんだよ!俺がどんな気持ちで聞いてると思ってんだ!コイツは本気じゃねぇって言い聞かせて、何事もないように振る舞って。もうお前に振り回されるのはうんざりなんだよ!」

「・・・・・・え?」

一瞬にして、頭が冷えた。
彼は何を言った?
自分は何を聞いた?
呆けた僕が気に食わなかったのだろう、彼はそんな僕に食ってかかる。

「何が『え?』だ!馬鹿にしてんのか!?あぁ!?」

顔は怒ったままだ。きっと、彼は自分が何を言ったのか分かっていない。
これは、自惚れていいのだろうか。
自惚れてしまう。

「・・・好きです」

「・・・・・・・・・あ?」

ぽつりと呟いた僕に、彼は怪訝な顔をした。

「ずっと好きでした。貴方の笑顔が好きで、貴方の傍にいたいのです。・・・付き合って下さい」

気にせず、僕は彼に告白する。有りったけの気持ちを込めて。
癖になった笑い顔を引っ込めて、真っ直ぐ彼の目を見て。
何度目かの、告白。

「・・・お前、阿呆だろ」

彼は目を丸くして固まった後、はぁ、と諦めた様に息を吐きながら口を開いた。
僕は目を細める。

「貴方の為なら阿呆にもなりますよ」

「・・・この気障男」

そう言った彼の顔は少し赤くて。
顔が自然と綻ぶ。癖の笑顔ではなく、自分でも知らない顔で。


僕達は、踏み込めた。






迂回グロス



貴方となら、この世の果てまで。



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