救いがないです。






「ねぇ、クルル。死にたいなあ」

まるでお腹が空いたと言うように、緑は呟いた。
黄色の手にはケーブルが握られている。緑は先程までそのケーブルが握られていた自分の手を眺めた。
もう少しだったのに、と緑は思う。もう少しで死ねたのに。黄色があんなに必死で奪うとは思わなかった。
成し遂げられなかった事を思い返しながら、緑は黄色に言う。死にたいなあ、と掌を見せて笑う。黄色は笑う緑を見て顔をしかめた。

「何してんだよ、あんた」

黄色は苦々しく顔をしかめて、自分に掌を向けている緑に言う。握っている手に力が入る。ケーブルなんか外すべきじゃなかったのに、と普段はしない後悔が胸に広がった。
そうだ。緑が居ると分かっていたのに、外すべきじゃなかった。外したケーブルを見たら、何をするかなんて明白だったはずだ。

その事に黄色が気付いたのはケーブルを外して床に置いた数秒後で、慌てて緑を見たらケーブルを首に巻いて引っ張っていた。
黄色は叫び、無理やりケーブルから手を引き離す。自分の心臓が止まるような錯覚までした。
しかし、実際に生命活動を止めようとしていた緑は、取られたケーブルを眺めて残念だなあと、そう呟いただけだった。

「何してんだよ、あんた」

もう一度、黄色は言う。
注意していたはずだった。自分が近くに居る時は、緑の言動と周囲にある物は気を付けなくてはいけなかったのに。ケーブルなんて、最適な物ではないか。

「何って首を絞めてたー」

おどけたように言う緑は、普段通りだった。
目が虚ろでもなければ、危なさを感じる笑顔も浮かべていない。普段通りの、隊長としての緑だ。
黄色は、緑の精神状態が正常なのも知っている。首を絞めてたあの時でさえ、正常なのだ。
緑は全く異常のない心身で、自らの死をのぞんでいた。

何でそんな事をするのだと、以前黄色は聞いた事がある。
緑が黄色の前で初めて自殺衝動を起こした、少し後だ。
その時、緑は言った。

『何となく?』

そう、首を傾げながら。
その答えを聞いた黄色は、悪寒が背中に走った。
緑は理由なんかなく、現実に絶望も幻滅もしていなく、死後の世界や輪廻のサイクルに期待している訳でもなく、『死』を崇高なものだという勘違いや歪んだ憧れを抱いている訳でもなく、ただ死にたいのだ。
理由を挙げるとすれば、死にたいから。だから死のうとした。直線で結ばれる理由と行動だった。
戦場の前線に行くのも、無茶な侵略を行うのも、死にたいからかもしれない。

だからこそ、黄色は注意した。
そんな訳の分からない理由で緑を失いたくなかった。
幸いな事に、緑の自殺衝動は発作的なもので、常時ではない。だから、黄色は緑を注意深く観察し、発作が出そうな時は傍に居るようにした。
しかし、きっと自殺願望は常時あるはずだ。たまたまちょうどいい物があった、今日はいい天気だ。そんな些細な事で発作になる場合もある。
今日みたいに。

「もう、止めてくれないっすか」

黄色はケーブルを握ったままだ。

「無理、かなあ」

緑は黄色に掌を見せたまま、困ったように笑った。
黄色は緑が見せてくる掌を眺める。その手は求めているのだ、早くと。早く、そのケーブルを返せ、と。
黄色はケーブルを握りしめながら、いいも知れぬ虚無感を覚えた。

「・・・俺には解らねぇよ」

緑の気持ちも、救い方も、自分がどうしたらいいのかも。
こうやってケーブルを奪って、何とか必死に止める事しか出来ない。根本的な問題は何も解決する事が出来なく、非力さを実感する事しかない。

「解らないでありますかー。まあ俺自身も分かってないかもだけど」

カラカラと緑は笑う。
緑はいくら黄色が必死に止めても、残念だなあと呟くだけで、黄色を非難する事も感謝する事もなかった。
必死になっているのは黄色だけで、当事者の緑はあっけらかんとしているのだ。それがまた、黄色に無力感と虚無感を与える。そして辛さも。

「あ、じゃあさ、クルル手ぇ貸してー」

代わりに、という感じの普段通りの軽いノリで緑が言った。
黄色は訝しんだ。手には凶器と成りうる物が握られている。
緑に手を貸す事もケーブルを離す事も出来ずにいると、緑は向けていた手を伸ばして黄色の腕を掴まえた。腕を引かれて、黄色はぐい、と前に、つまり緑の方に身体が前のめる。
それに驚いている間に、緑はケーブルを黄色の手から取り返していた。

「おい、隊長っ」

黄色は慌ててケーブルを奪おうとするが、それは黄色に阻まれた。

「んー、もういらないや」

だからポーイ。
そう軽く笑って、緑はケーブルを遠くに投げ棄てた。黄色は意味が分からず、奪おうとした手もそのままだ。
その手を握り、緑は自分の手と繋いだ。相変わらず冷たいねぇ、と暖かく笑う。そして流れるように、するりと黄色の手を自分の首に巻き付けた。

「このままクルルが力を込めてくれたら、俺は死ねるのに」

上から自分の手を重ねる。微かに首を圧迫する力に自然と口角が上がった。
ぎゅ、と黄色の手を握る。その感触で今の状況を掴めたのか、緑の首に巻かれていた手を離した。
触れていた体温が消えた首筋は妙に寒く感じられ、緑は首を隠すようにすぼめる。残念だなあ、と口を尖らせて言った。

「何を・・・」

黄色は呆然とし、手を中途半端に上げていた。
そんな黄色に、緑は言う。

「知ってる?いい子はみんな天国にいけるんだって」

そう言って、緑はメロディーだけを口ずさむ。ふとした時に歌うように、軽く普通だった。

黄色は堪らず、緑を抱き締めた。
存在を確かめるように強く、しかし肩に押し付けた頭は弱々しかった。

「ちょ、何クルル、デレ期!?」

珍しー、我輩すごく嬉しいんですけど!
笑いながら黄色の背中に手を回し、緑も抱き締め返す。触れ合う場所から伝わる体温は暖かかく、緑が生きているのだと感じられた。
この存在を手放したくない。

「・・・俺は、あんたに死んで欲しくない」

生きてくれよ、俺の為にも。
あんたがいなくなったら、俺は無理だ。
弱々しく紡がれる言葉は、とても悲壮感に満ちていた。天邪鬼が必死で紡いだ本心。
緑は抱き締められながら笑う。

「クルルは優しいね」

愛おしい者に対する優しい瞳で、優しい声で緑は笑った。
しかし、抱き締めている黄色にその表情は見えず、黄色の顔は歪んだ。抱き締める腕の力が、より強くなる。
強くなった力に、緑は痛みさえ感じた。その痛みが愛おしくて、恋しかった。

このまま絞め殺されれば、幸せだなあ。

そう思って、緑も抱き締める腕に力を込めた。
頭の中で曲が回る。
冷たくなった首が、やけに鮮明に感じられた。






never give me your



或る甘美な夢。




















―――――――

何という中二感!

病んでるケロロが書きたかったんです。結果、誰だこいつらになった。
これは注意書しなくてはいけないと思いましたよ、流石に。


副題は死にたがりと依存者。
題名は好きな曲の一部から。



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