珍しくクルルのイヤフォンから音楽が聞こえてきた。シャカシャカと小さな音が空気を揺らす。
クルルは何時もと変わらず椅子に座ってパソコンに向かっている。表情も変わらない。ただイヤフォンから音楽が流れている事が違うだけだ。
覚えている中で、クルルが音楽を聴いているのを見たのは初めてだ。
普段音楽について口にしないし、人が言っても興味を示さなかったのに。
ふと、興味を持った。

「何聴いてるの?」

だから片方のイヤフォンを奪って聞いてみた。
聴くのを邪魔されたのにクルルは気にした様子もなく、やはり変わらない調子でキーボードを打っていた。

「音」

どうでもよさそうに答える。
音楽ではなく音と言った所がクルルらしいと思って笑った。

「何で?何時も聴いてないじゃん」

「俺だって聴く時は聴くんすよ」

「あり、まじで?知らなかったでありますなぁ」

結構長い間傍にいて、もう全て、それこそ身体の隅々から嗜好まで全部知っていると思っていたのに。自信喪失しちゃいそう、と冗談半分で思った。
クルルは相変わらず聴いてるだか聴いてないだか判らないままパソコンに向かっている。
こんな彼が音楽を好きだとは考え難かった。

「好きなの?音楽」

「いんや」

帰ってきたのは、予想通りの答え。

「じゃあ何で聴いてんのさー」

「あー、・・・不思議じゃね?」

聞いてみれば、疑問形で返された。
生憎音楽を不思議だと思った事がない為、クルルの質問の方が不思議だった。
怪訝そうな顔をしていたのだろう、クルルが言葉を足すように紡いだ。

「元は声出して弦を弾いて物を叩いたり吹いたりしてるだけだろ?それが音律に乗って重なり合って協和音になって音楽が出来る。そんな奇跡的な事が此処にあるんだぜ?」

トントンとイヤフォンを指で叩く。
確かに歌い手の声と、ピアノや弦楽器、それにドラムや吹奏が加わって音楽は出来ている。
一つが崩れれば不協和音になってしまう。
ありふれて当たり前になっている事を、クルルは奇跡だと言った。

「しかも歌詞がメロディーに合って人の共感を呼ぶ。その音楽に感情移入させて泣かせる事さえ出来る。たった5分くらいでだ。泣かせるのだって簡単じゃねぇのに」

そう言って、クルルはくつくつ笑う。何だかその顔は楽しそうだった。
クルルみたいな考えで音楽を聴いている人はあまりいないだろうけど、クルルの言い分は興味深かった。そう言われれば不思議だ。
小説やテレビにはない表現。音律に乗っているからか、短く要約されているからか、まっすぐに届くメッセージ。
うん、確かに不思議だなぁと思っているとクルルはそれに、と続けた。

「それに、数在る言葉の中から、音律の中から、テンポの中から、楽器の中から、調律の中から、編集の中から組み合わせてたった一曲創るんだぜ?そんな宇宙みたいな中から選んで、創って。他には存在しないんだ」

そう思うと不思議としか言えねぇよな。
笑うクルルは楽しそうで嬉しそうだった。きっと科学者が発明するのと似ている部分があるのだろう。
音楽が好きじゃないクルルは、音楽のその奇跡的な部分が好きなのだろう。そう考えれば、クルルは音楽は何でも好きなんだと解った。

「じゃあさ、クルル。一緒に宇宙に行きません?」

まだイヤフォンは奪ったままだ。それを片手に持ちながら言う。
クルルはその提案にニヤリと笑った。

「いいけど片耳かい?」

「こうすればいいじゃん」

そう言ってクルルを椅子から無理矢理下ろし隣に座らせる。床が少し冷たかったけど、クルルは文句を言わずに座ってくれた。
そのままクルルと身体をくっつける。肩がぶつかり合って狭かったが、クルルが近くにいるというだけでそんな事はどうでもよくなった。

「こうすれば耳と耳が近いし我輩たち一つにカウントされるんじゃね?」

「いや、されねぇだろ」

なんてふざけて言ってみたら、クルルに冷静に突っ込まれた。それでも離れないクルルに嬉しくなる。
イヤフォンを耳に着ける。スピーカーから聞こえてくる音を聴く。

「・・・クルルってこんなの聴くんだ」

思わず呟いた言葉に、クルルが肩を揺らした。

「今すぐそのイヤフォン耳ごと取ってやりましょうか〜?隊長」

「いやいやノーサンキュー!」

その力いっぱいのお断りに、クルルは小さく舌打ちしたが何も言わなかった。
しかしクルルはこんな音楽を聴くのか。音楽を聴くというイメージが皆無だったから余計に意外に感じた。だが、合っていると言えば合っているのだ。
クルルを見れば、静かに目を閉じていた。クルルでも目を閉じるのかと驚いたが、もしかしたらその方が一つ一つ聞き分けれて、奇跡のような音が分かるのかもしれないと思った。

耳にはクルルと同じ曲が流れてくる。こんな曲を聴くんだ、とまた思った。
肩に感じる恋人の新しい一面を知れて、妙に胸が暖かくなる。丁度優しい曲だったからかもしれない、無性にクルルが愛しく思えた。

これがクルルの言った不思議かな、と思って恋人と同じように目を閉じた。






音律コスモス



そこに宇宙が広がっている。



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