僕は彼が好きだった。
だけどそんな事面と向かってなんか言える訳ないし、言ったら彼が困ることも分かってる。だからきっと僕はこの気持ちを伝えないだろう。
見ているだけで幸せだった。彼が笑っていたり不貞腐れていたり、こんな表現は知られたら無事じゃ済まされないと思うけど、そんな彼は可愛かった。
だから無邪気に笑いかけてきたり、くっついて来られたりした時は僕はもう気が気じゃなかった。それでも僕は必死に気持ちを隠した。

だって、彼が望んでいるのは気が置けない『友人』だから。
人に頼ることが苦手な彼が、その相手に僕を選んでくれたのが嬉しかった。その信頼を裏切ってはいけないと思った。
だから、僕は『友人』を選んだ。少しでも彼の支えになれるように。

その『友人』の位置は心地よくて、辛かった。向けられる笑顔が、嬉しくて切なかった。
言ってはいけない想いだと自分に言い聞かせて、誤魔化して、持っている暗殺者としてのスキルを使って彼の『友人』を上手く演じた。
幸か不幸かあまり会わない為、多分上手く出来ていたと思う。彼は何時もと変わらなく悪戯に精を出していたし、僕もちゃんと笑えていた。
だがその反面、会わない時はもどかしかった。会いたいという気持ちと、何時も通りにしなくてはいけないという気持ち。好きだと伝えたい気持ちと、伝えてはいけない気持ち。そんな気持ちを如何する事も出来ず、もどかしい気持ちが募っていく。

でも自分は『友人』を選んだんだから。
だから、『友人』らしく。

そう思っていた僕は、今目の前で不敵に笑っている彼の言葉が信じられなかった。



「・・・・・・え?」

パチパチと瞬きをし、彼の顔を確かめる。やはり彼は不敵な笑みを浮かべたまま、僕の目の前にいた。

「聞こえなかったのかい?」

口元に手を当て、独特な笑い声で肩を揺らしている彼に対して、僕の頭は完全に固まったままだ。だって、あんな、

「アンタが好きなんだけど」

信じられない言葉が聞こえてくるなんて。
固まる事しか出来ないだろう、長い間好きだった相手の口からそんな言葉が出て来たら。夢としか思えない、いや、夢に決まってる。あんなプライドが高くて捻くれてて、絶対好きなんて言葉を言わなそうな彼だもの。言う訳ない。これは都合のいい夢だ。

「夢じゃねぇよ」

ちょっとした現実逃避をしていたら、彼は益々楽しそうに笑っていた。あぁ、抓ったら痛い。夢じゃないんだ。

「ゆめじゃ、ない・・・」

信じられないという気持ちで零した僕に、彼は呆れたように肩を竦めた。

「信じられないって顔してるなぁ」

それはその通りであって、全くもって信じられない僕は、固まったままぎこちなく頷いた。
だって、信じたいけど信じられない。そんな奇跡みたいな事があるなんて。何時もの悪戯じゃないかとか、からかってるだけなんじゃないかとか、マイナスな考えしか浮かばない。
そうぐるぐる考えている僕に、彼は目を細めながら緩く笑った。

「俺、結構アプローチしてたんだぜぇ?」

アンタ鈍感だから、俺がくっついても何しても反応しないよう頑張ってたみたいだけど。
そう言った彼はあっけらかんとしていた。
その言葉に、何とか動き始めた僕の頭はまた急停止した。

「・・・そ、それって・・・、つまり、」

「うん?何だい?」

わざとらしく、彼が小首を傾げる。それが可愛いなんて、ちょっと考えて。
僕の顔はこれ以上ない程熱くなった。

「あ、え、あの、え?・・・い、何時から・・・?な、何で」

頭から湯気が出そうな程、顔が熱い。目の前で楽しげに笑う彼と目が合い、余計訳が分からなくなった。
だって、バレてないはずじゃないか。上手く行ってたし、彼がくっついてきたりしたのは『友人』に甘えたかったからだ。そう思っていたのに。

「あー・・・、取り込み中悪いんだが、俺への答えは?」

自問自答を繰り返し、過去の言動を振り返っていた僕に、彼は何故だか少し怒っているように見えた。

「へっ?あ、ごめん・・・」

思わず素で返した僕に、彼は一瞬目を開く。
あ、今僕ごめんって言っちゃった・・・。何気なくそう思ったら、熱かった顔が今度は血の気が引いた。

「ちがっ、違うの!ごめんってのは勝手に口から出て、だからと言って本音とかじゃなくて僕の答えがごめんじゃなくて、だからその僕の答えはまだ答えてないって言うか」

そこまで言って、目の前から吹き出す音が聞こえた。

「へ・・・?」

「クッークックック〜!もう無理もう我慢出来ねぇ!アンタもう最高」

ヒーヒー言いながら笑う彼の様子を、僕は見ているしか出来なかった。
先程怒っているように見えたのは笑いを堪えていたらしい。涙目になってまで笑い続けている彼に、僕はやはり悪戯だったのだろうかと憂鬱な気分になった。

「何でそこまで不器用で鈍感かねぇ」

顔を上げれば本当に僕の目の前に彼がいて。驚いているうちに、彼は椅子に座っている僕を跨ぐように座った。

「ちょ、クルルく」

「さっきも言った通り、アンタの答えなんか分かり切ってるってーの。モロバレだよ、アンタ」

あれで隠せてると思うなんて、暗殺者として失格じゃないかぁ?そう彼はくつくつ笑った。

「で、俺はアンタが欲しいんだけど」

「なっ!」

いきなりの事で言葉を失った。そんな誘うような視線を送られても困る。さっきから展開が早過ぎてついて行けない。
えっと、彼は僕が好きで、僕の気持ちは筒抜けで、そして彼が誘うような視線を送りつけてくる。それが現状だ。

「俺の事好きなんだろ?」

目の前の彼は楽しそうに目を細める。

「・・・好き、です」

シンプルに考えよう。彼はきっと本当に僕の事を好いていてくれてる。そう思えた。
なら自分だって素直になればいいんだ。ただ、気持ちを伝えればいい。

「好きだよ、クルルくん」

笑ってそう言えば、彼は満足そうに笑ってくれた。

「やっとだな」

彼の腕が僕の首に絡まる。より近くなった距離で、彼は悪戯っ子のような無邪気な笑みで顔を近付けてきた。

「今からアンタを貰うけどいいかい?」

「え!?此処で!?」

こんなラボのパイプ椅子でかと思い、恥じるとか止めるとかの前に驚いてしまった。彼はきょとんとしている。物凄く恥ずかしい気持ちが上がってくると同時に、彼が再び吹き出した。

「さ、流石に移動するぜ?・・・っ瞬間移動、させてやるよ・・・っ」

所々息苦しそうに詰まりながら彼は言う。背中を摩りつつ、ごめんと謝った。何だが今日はずっと彼のペースだ。だけど、それが嬉しいと思えるからいいだろう。
暫くそうしていると落ち着いたのか、彼は息を吐きながら僕の目を見た。

「アンタ、本当に勘弁してくれよ」

「いや、ごめん」

「まあ、そういう所も好きだぜぇ?」

ニヤリと彼が笑う。ドクンと僕の心臓が鳴った。

「アンタをくれるかい?」

「僕でよければ」

そう言って彼の身体を引き寄せる。好きだよ、と口にした瞬間に、彼が機械のボタンを押した。






きっと、いや絶対に、僕はこの日を忘れないと思う。
繋がれた時が嬉しかった。彼の全てが愛おしかった。
しかしあの夢のような時間の後、一人になった自分に襲い掛かってきたのは、もどかしさと切なさだった。
片想いの時よりも多く、彼の事が頭に過ぎる。先程別れたのにすぐに会いたいと思い、今日あった全ての事を思い返した。
前よりも彼の存在が自分の中で大きくなっている。溢れ出した想いが歯止めが効かない。
今すぐ会いたい。あの体温を、声を、彼自身を感じたい。そんな気持ちが走る。
両想いになった方が辛いとは思っていなく、苦笑するしかなかった。
それでも両想いという事が嬉しくて。想いを伝えられたという事が夢みたいで。
両想いの切なさと幸せを感じて、彼の事で悩める事が嬉しくて、僕は今も彼を想う。






39番目のラブソング



片想いより、両想いになった方が寂しさも切なさも感じるけど。

嬉しさも幸せも感じます。



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