最近夢見が悪い。
いや、良いのだろうか。とにかく最近の夢は変だった。
だって、あの陰険陰湿陰の字オンパレードのあいつが出て来るのだ。毎日、毎回、性懲りもなく。これを変と感じなかったら、あたしの頭が変になってしまったのだろう。
取り敢えず、その夢だ。
場面や状況は日によって違うが、必ずあいつが出て来るのは決まっている。話をしていたりあたしが怒っていたりする、所謂日常的な風景の中に、小さな違和感。そんな夢。
何でこんな夢を見るようになったかは認めたくないけど分かっている。
ああ、分かっているわよ。ちゃんと自覚してるわ。だけどそれでも変でしょ、見てる事実も、その理由も。

あたしは、あいつが好きらしい。






気が付いたのは小雪ちゃんと有名ジャンクフード店に行った時。ボケガエルの侵略行為と、それを笑って見てるあいつに対する愚痴を聞いてもらった時。

「んー・・・、ねぇ夏美さん。ケロロさんの方は分かるんですが、何でクルルさんもなんですか?今回クルルさんは笑って見てただけなんですよねぇ?」

細長いポテトを口に運びながら、小雪ちゃんは器用に首を傾げた。あたしはその指摘に疑問さえ抱かず、持っていた紙コップを勢いよくテーブルに置いた。

「違うのよ!あいつら二人揃うってだけで腹が立つの!もういっつもいっつもくっついて、見てるこっちが嫌になるわ!」

早口でまくし立て、肩を怒り上げているあたしとは対照的に、あたしの言葉を聞いた小雪ちゃんはほのぼのと顔を綻ばした。

「仲良いですからねぇ、あのお二人は。それが駄目なんですか?」

「何か見てると無性に腹が立つのよ!」

そう言ってハンバーガーへと被りつく。目の前で小雪ちゃんが何ででしょうねぇと不思議そうに呟いていた。

その後は学校の話題に移り、ドロロの事、献立の話など他愛もない話をして小雪ちゃんと別れた。


その帰り道、何であいつらが二人でいると腹が立つのか、急に自分でも不思議に思った。
関係ないじゃないか、あたしには。ボケガエル達が一緒にいようが何しようが。
そりゃあ侵略しようと考えていたら許せないけど、今回は違った。むしろあいつは笑っていただけで、ギロロがボケガエルと一緒になってやっていたのに。
何であいつに腹が立つのだろうか。
思い付くのはあいつの笑い顔。何でこんなにあいつの笑顔が頭に残っているのだろうか。
その笑顔はボケガエルがあいつに笑い掛けていた時の物だ。あいつはあの嫌らしい笑顔じゃなくて、本当に楽しそうに笑っていた。その光景が嫌だった。
あんなに綺麗に笑うあいつは初めてだったから。
その顔にさせたのはボケガエルだったから。

そう考えて、はたと思考回路を中断した。
今、あたしは何て考えた?
それじゃあまるで、ボケガエルに嫉妬しているみたいじゃないか。

「ありえない・・・」

思わず頭を振って、その考えを蹴散らす。しかし一度気付いてしまった思いは簡単には消えてくれず、あたしは力無く呟いて帰路に戻った。

そして、その日あたしはあいつが好きだって自覚した。




最初の内はよかった。自覚しても否定していたから態度にも出なかったし、意識もしなかった。だけど段々とあいつがあたしの意識に入って来るようになった。
カレーを見れば真っ先にあいつを思い浮かべたし、黄色やオレンジの小物を手にする事が多くなった。睦実先輩と話せば頭にちらつくのはあいつの事。ゆっくりと、しかし確実にあいつはあたしの中に入り込んできた。



そんな時、あいつが珍しくあたしに話し掛けてきた事があった。あいつから話し掛けるという事は滅多になかったのに加え、その表情に驚いたのを覚えている。

「なぁ、お前は睦実が好きなんだろ?好きってのは何なんだろうなぁ」

その顔は以前見た綺麗な笑顔とよく似ていた。似ていたけど違っていた。
あの時は本当に楽しそうだったけど、その時は少し寂しい笑顔だった。
違うのよ、あたしが好きなのはあんたなの。その笑顔を見た瞬間、あたしはそう言いそうだった。そして言ってはいけないのだと。
あいつはボケガエルの事を言っているのだ。何時も一緒にいて馬鹿やって、あんな顔で笑え合えるのに。
好きという気持ちさえ解らなくなってしまう程、あいつはボケガエルを想っているんだと知った。

そして自分の気持ちも。

否定してきた事に意味もなく、あたしはあいつが好きだった。
好きだと認め、失恋だと理解した。
告白も何もなく、受け入れてすぐの失恋は少し悲しくて、同時に嬉しかった。
あいつも好きという気持ちを知っているんだと分かったから。
あいつを変えさせるのは、何時もボケガエルだったから。
結局あたしは当たり障りのない答えを返した。だってそれはあいつ本人が気付かなきゃいけない事だ。
あいつが見付けなきゃいけない答えだから。



その日の夜からだ、あの奇妙な夢を見るようになったのは。
何時も通りの光景、何時も通りじゃないあいつ。
あの綺麗な笑顔をあたしに向けているあいつ。
夢は人の奥底にある思いを見せる物だと聞いた事がある。つまりあたしはあの笑顔が見たいのだろう。
失恋して、でも嬉しくて。それでもやっぱり引っ掛かっているのも事実だ。
夢で見るあいつの笑顔は楽しそうで幸せそうで、本当に綺麗だった。普段顔に貼付けているあの嫌みったらしい笑顔が見る影ないほどだ。
起きた時、その笑顔を思い浮かべて胸が暖かくなって虚しくなった。
こんなすっきりしない気持ちは苦手だ。複雑な気持ちを抱えたまま、あたしは日々を過ごしていた。


今日もそう。
休日という事でもやもやする胸を抱えながら、リビングで一人ゆっくりとしていた。暖かな日差しが窓から差し込む。テレビでは見慣れない番組が流れている。
そのテレビの音が次第に遠くなり、気付いたら目の前にあいつがいた。
その顔に普段通りの嫌らしい笑顔を浮かべて。

「・・・何してるの?」

だからこれは夢なのか現実なのか良く判らなかった。
あいつは笑みを深くする。

「最近様子が変だったからなぁ、揺すれるネタでもあるかと思って来てみた」

そう言ってくつくつ笑うあいつは、間違いなく何時もの腹の立つあいつだった。

「誰の所為だと思ってんのよ」

案の定腹が立って、あたしは半ば八つ当たるように目の前の存在を睨みつけた。あいつはそんな視線をもろともせず、わざとらしく肩を竦めた。

「まるで俺が悪いみたいな言い方だなぁ」

「あんたが悪いのよ、毎回毎回人の夢に出て来てあんな顔して!」

これこそ八つ当たりだ。けど仕方がないじゃない、あたしだって出て来て欲しくて見てるんじゃないもの。
そんなあたしの気持ちを知りもしないあいつは、感心したように声を漏らした。

「わざわざ夢にまで出てあんたを追い詰めるたぁ、流石俺様ってか?」

皮肉交じりに言うあいつはやっぱり楽しそうだった。
ああ、これは夢なんかじゃないわ。だってこんなにも腹が立ってしょうがないもの。
けど現実にしては実感を掴みきれない中、あたしは目の前で肩を揺らすあいつをジロリと睨みつけた。

「で?何で俺が出て来るんだい?」

愉快で仕方がないといった表情であいつは聞いてくる。
本当、いい性格してると思うわ。何でこんなのを好きになったのか自分でも解らない。今だって気の間違いだと思ってしまう程だ。

「あんたの所為よ」

「俺の所為かい?」

「そうよ、あんたの所為」

だって、あんたがあんな顔するから。
好きって何かと悩んでいたあんたが、あんな寂しそうな顔するから。ボケガエルにあんな綺麗な顔を向けるから。
余計に好きになっちゃったじゃない。
気になるに決まってるじゃない。いくら割り切ってても、そんな簡単じゃないのよ、好きになったら。
でもそんな事をあいつに言えないから。てか恥ずかしいし、絶対あいつを喜ばすだけだって分かってる。
だから。だけど。
やっぱり悔しいから。

「ねぇ、好きって何か解ったの?」

ちょっとした仕返しに聞いてみた。
あいつはいきなりの切り替えしに驚いた表情を浮かべている。その滅多に見れない顔に、あたしは少し気分が晴れた。

「・・・あー?何だそりゃ」

あいつは口元に手を当て、顔を歪めている。

「俺が好き?ありえねぇなぁ」

まるで笑顔で隠すようにあいつが笑う。
それが気に入らなくて、あたしは眉間を寄せた。

「あっそう。そうよね、あんたはそういう奴だったわ」

そうよ。捻くれてて素直じゃなくて、どうしようもない馬鹿なのよ、こいつは。
本当、見てるこっちが腹立つわ。

「あたしね、何となく解る気がするの」

こんな奴を好きになったあたしにも腹が立つ。あいつに意地を張るのさえ馬鹿らしく感じた。これが夢でも現実でも関係ない。いい加減、もうはっきりしたかった。

「好きって楽しいでしょ。相手の笑顔一つで嬉しくなれるんだから。相手と一緒にいれば楽しくて幸せよね。・・・でも好きって辛いのよ。幸せの倍ぐらい、辛いの」

自分がどんな顔で言っているのか分からないけど、あいつは怪訝そうにあたしを見てきた。
あたしだって柄じゃないのは分かってるわよ。

「・・・珍しいなぁ、あんたがそんな話するなんざ。睦実と何かあったかい?」

あいつは目を細め、口許は上げているのに眉を寄せているという、微妙な表情で言ってきた。
当たり前だけど、あいつが口にするのは睦実先輩だ。あたしが目の前の奴を好きだと自覚した、あの質問の時のように。
あの時は言わなかったし、言えなかった事。

「違うのよ、あたしが好きなのはあんたなの」

そう、あたしは言った。
瞬間あいつは目を丸くし、次に吹き出した。

「クッークックック〜!あんた趣味悪いなぁ!」

まさか笑い出すとは思わなかった為、今度はこっちが驚いた。
でも冗談だと思われなかった事に安堵し、からかわれなかった事が嬉しかった。こいつの事だから、もっと意地の悪い返しか、もしくはずっと弱みとして握られるかと思っていたのに。

「本当趣味悪いと思うわ、自分でも。さっきも自分を疑ったしね」

案外こう返された方が楽だった。失恋なんか最初から分かってたし、ただ自分がすっきりしたいだけの告白だから。
開き直って言えば、あいつはますます楽しそうに笑った。

「ありえねぇだろ、俺に惚れるなんざ。何だあれか?夢に俺が出るってそういう意味かぁ?あんた意外と乙女だねぇ!」

「煩い!」

渾身の力を込めて言えば、涙目であいつが見てきた。泣くほど笑うあいつを殴りたい。あたしだって意外だったわよ。

「あんたがあんな幸せそうに笑うからよ。あんな幸せそうに笑っといて、好きって何とか言い出して。気になるに決まってるじゃない」

息を落ち着かせながら言えば、あいつは笑っていたのをピタリと止めた。表情は笑っているが、何を考えているか分からない。

「ねぇ、好きって何?」

それは以前、あいつが問い掛けてきた質問。
あいつはそれに、静かに答えた。

「・・・何だろうなぁ」

いい加減な答えのような、きっと本心からの答え。
好きなんて、実際よく分からないものだから。

「じゃあ、あんたは幸せ?」

そう聞けば、あいつは笑った。

「幸せってのは何だい?」

その答えに、あたしは苦笑した。まるであたしの質問への意向返しだ。
それに、答えは気に食わないけど、その笑顔がボケガエルに向けられていたものによく似ていたから。捻くれたあいつらしい答えだ。

「あんたはそういう奴よね」

あいつは幸せらしい。その事が告白出来た事より嬉しいなんて、笑うしかない。

「ねぇ、クルル」

「んあ〜?」

気怠げに返事を返してくるあいつに、あたしは何処か挑むように言った。

「今夜、会えるかしら」

もう胸の支えも少なくなったけど。
きっと、今夜で最後だから。

「さぁねぇ」

あいつは何時も嫌らしい笑みで笑った。






「あ、起きたでありますか、夏美殿」

先程まであいつがいた位置に座っているボケガエルが、ガンプラをテーブルの上に広げたまま言ってきた。

「・・・・・・ゆめ?」

キョロキョロと思わず辺りを見回してしまう。あいつがボケガエルになって、何もなかったテーブルにガンプラが広げてある事以外、変わっていない。寝ぼけてるんでありますかー?と、ボケガエルが聞いていた。

「全く。クルルが夏美殿に用があるって言ってラボから追い出したのに。クルル来ないじゃん!」

ぶつくさ言いながら、手元は器用に部品を組み立てていた。
あたしはその様子を眺めながら、ボケガエルの言葉に引っ掛かった。

「あたしに用?」

「そうでありますよぉ!我輩追い出しといて、夏美殿此処にいるじゃん!」

酷くね?と喚くボケガエルを無視して考えた。
考えて、ああと零した。

「もう戻って大丈夫だと思うわよ」

「ゲロ?何で?用事は?」

不思議そうにボケガエルが聞いてくる。手元にはもうすぐ完成するガンプラがあった。そのガンプラはあたしが知っている白を基調とした人型ではなく、羽のような物が見えた。

「用ならきっともう済んだと思うわ」

余計不思議そうに首を傾げるボケガエルに、あたしは軽く言った。
ボケガエルは良く分からない様子のまま、そうなんでありますか、と頷いていた。

「何だか良く分からないけど・・・じゃあこれ作ったら確かめに行くであります!」

そう言って嬉々としてガンプラ製作に励むボケガエルを見る。先程まで拗ねたように作業を行っていたのに、今では本当に楽しそうだ。
ああ、好きなんだと実感する。こう自分の想いを態度に、言葉に出来るボケガエルはすごいと思う。あたしもあいつも、そういうのが出来なかったから。
こんな奴だから、あいつは好きになったんだろう。嫌らしい笑みで笑ったあいつを思い出しながら、あたしは組み立てられる部品を眺めた。

「あんた、本当にあいつが好きよね」

「あったりまえでありましょー!」

何気なく呟いたら、ボケガエルがすぐさま肯定してきた。
その顔は幸せそうで。胸に支えていた微かな物がなくなった。
素直にボケガエルなら、あいつは大丈夫だと思えた。

「ねぇ、今夜だけいい?」

「何がでありますかー?」

あまりあたしの話を聞いてないボケガエルは、嬉しそうに顔を綻ばして返事をしてくる。
あたしはそれに何をとは返さないで、もう一度いいかしらと問い掛けた。

「何だか分からないけど、夏美殿がいいと思ったらいいんじゃないでありますかー」

そう言ったボケガエルにそうよねと返す。
今夜がきっとあいつが出て来る最後だから。
あの笑顔があたしに向けられるのは、もうなくなってしまうから。
多少罪悪感があるけど、あの笑顔を独り占めするんだと思うと、今日ぐらいは許されるはずだ。
夢で会えたら、今日だけは何時もの日常の中にある小さな違和感を楽しもう。
もし出来たら、今のボケガエルの様子を伝えて、あいつを笑わしてやろう。
今のあたしなら、心の底からあいつの幸せを願えるから。
この二人なら大丈夫だから。

胸がすっきりしているのを感じながら、あたしは点けっぱなしになっていたテレビへと視線を変えた。






徒夢モノクローム



だから、また今夜。



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