(じわり、と黒に白が滲む。)
あんまりにも大勢の蟲がめいめいに泣き声を上げて喚き散らすものだから折角の丸い白金とそれから漏れ出す薄ぼんやりとした虹色が台無しに思えて仕方がない、確かに微弱な彼等とて恋の会瀬は『浪漫溢ルル月ノ夜』とやらが定番なのやもしれぬがそれにしても吁!各々に想いの丈を叫ぶあの煩わしさときたら!夏の蟲も相応に腹立たしい存在であったが故に鼓膜が緩んでしまったのではないかと思えるくらいには疲弊しているがそれでも身分相応に生きているだけマトモなのかもしれない。
(どろり、と空に雲が融ける。)
顔を押し付ければひやりとした白い壁が心地良くてこれでひう、と一つ風だけが吹いてくれるならば言うこともないのになァとぼやいてみる。蟲は泣き止まない。じりじりじりと音を立てて不安定な明滅を繰り返す室内灯にたかる輩はひどく痩せていて海の味だけの不味そうなモノに見えた、そういえば最近は美味しいものを食べていないような気がするとどうでも良い思考を廻らせる。

「あ、」
濁った水蒸気のカタマリが無音で空を埋め尽くす、白金と虹色の消えた視界の隅には一人のニンゲンが映っていてその声に無意識に脳が揺れる。
(にんげん、人間、ニンゲン、)
三度反芻してから再度それを眺める、(若いオンナ。)無言でジ、とただこちらを見つめる姿に吐き気を催して押し寄せる目眩に忌々しいと小さく唸った。
ニンゲンが嫌いだ。
盛った猫を見て奴等が笑うなら自分はその浅はかさを嘲笑う、他の不幸を糧にのうのうとした暮らしを幸せと呼ぶのを嘲笑う、あるべき倫理を外れた癖に我が物顔で蔓延るニンゲンを愛してやる必要なぞどこにもありやしない、ない、そう、ない。
(アァ知っているとも、カイラクと称した戯言で奴等が毎晩どれだけの命を殺しているのかを。純粋な生命活動を下劣と笑う資格など疾うにないことを。確かにお前等は知恵を食したが、その手で容易く握り潰せる虫けら程の誇りすら持ち合わせていないのだ。ああなんとも滑稽滑稽、可哀想ですらないバケモノめ!)

ぶつり、と。
弾けた電灯が死んで目の前が黒になると同時に覆いの去った白金と虹色が再び漏れ出して仄暗いセカイはゆるゆると動き出した。一度は途切れた視界を繋ぎ止めようとして飛び込んだ光景にぞわりと骨の髄まで泡立つ、アアア忌々しいニンゲンだのに!だのに何故だか弧を描き微動だにしないその双眼と蠢く口元から目を逸らせなく、て、(その暗闇に揺れる音と光に理解の出来ない感情を抱えたアタマがぐらぐらと喚き散らしてそう言えばいつの間にか蟲は泣き止んでいた。どうして禁断の果実を口にしたのが奴等なのだろう、言葉を紡ぐことの出来るのが、どうして、)


「月が綺麗ですね、」

どこからかそんな声の聞こえたような気がする。泣けるものなら泣きたかった。



11秋/部誌掲載



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