※モブ女性目線で、付き合ってる大人W司令塔。
※モブが2人くらい出てます





職場にストレスなんてない。朝晩の満員電車はつらいけれど人間関係も良好、業務内容も私の身の丈にあってて今の私は何の悩みも持たない平凡な都内のOLだった。ただ趣味もなく特技もなく、この若さを繰り返す日々に消費する現状を除けば。
店内は暖かく、肩の湿ったジャケットを脱いで膝にかけカウンター席に座る。カバンについた雨の雫をハンカチで拭き取っているとマスターが「今日はひとりなの」と尋ねてきた。いつも大好きな先輩が連れてきてくれるお洒落なバー。家で安酒飲むより何倍も高いけど、こんな雨の日に失恋の祝杯を上げるならここはぴったりだ。薄暗さと甘い匂いにもう少しだけ酔っ払ってしまっているような気分になる。カウンターの上に腕を組んで、今日はひとりなんですと返す。すると、隣でひとりグラスを傾けていた若い男がふいにこっちを向いた。
「おねーさんひとりなの」
薄暗い店内でもわかる、女の子みたいに白い肌。アイラインを引いているようなツンとつり上がった目尻と、細い眉の綺麗な男だった。茶色のセミロングヘアがふわふわしている細身の男。なんとなくどこかで見たことのあるような気がした。頷いてあなたは?と聞くと「俺は待ち合わせだよ」と返して彼は1口酒を煽った。待ち合わせなのに、ひとりで随分もう酔ってない? 笑いかけると男は苦そうな顔して手をひらひら降った。
「別に俺は酒強くねーんだよ」
「久々の逢瀬に緊張してるらしいよ」
「…おい」
つい、と言ったふうに口を挟んだマスターを、男はまるで威嚇するように睨みつけたけれどそんなに怖くない。思わず笑ってしまった。なんだか少し可愛い。彼、いまから恋人に会うんだ、どのくらい久しぶりなの?
「んー、どうかな…1年くらい経つかな、」
彼は頬杖をついてグラスのふちを指先でくるりとなぞった。私はマスターが差し出したワインベースの綺麗な赤いカクテルを受け取る。1年も離れ離れだったなんて、絶対寂しいだろうなぁ。私がそう呟くと、彼はなにか言おうと口を開きかけて、何も言わずに口を閉じた。それから彼はピクルスを指でつまんで口に入れた。先ほど彼から1杯奢ってもらったというマスターと乾杯をして、私はいつからその子と付き合っているのかと尋ねた。彼はなぜだか楽しそうに笑った。
「いつからだと思う?」
私はマスターと顔を見合わせてからわからないよと言外に肩をすくめてみせた。彼はまるで幼い少女のように口元で自分のグラスを両手で持ってまた笑った。
「驚くぜ。中学三年生、からだよ」
彼はおかしそうにくすくす笑った。私はただ驚いてちょっと声を上げ、口元を手で覆った。
「おねーさんいい反応するねぇ」
それから彼は、「でも高校ンとき1回別れてるから、今は6年くらいかな」と付け足した。
中学生の頃なんて、何してただろう。なんにも覚えてないよ。そもそも何年前だろう。
彼に歳を聞くと24だと答えた。ちょうど出会いも10年前だったのだという。そんなに長く続く秘訣があるなら聞いてみたい。どんな出会いだったのかと聞くと、彼は微笑んだままで「最悪だったと思うぜ」と答えた。
彼は「喋りすぎだな。聞かれたら怒られちまう」と楽しそうに笑った。その顔が本当に幸せそうだからつられて私もいい気分になる。
彼はふと自分のスマートフォンの画面に目をやると、その場でぐっと背を伸ばした。
「ここ、よく来るのか?」
私は少し首をかしげてから、そんなには来ないかなと言った。言った後にちらっとマスターを見ると穏やかに微笑まれてすこし恥ずかしくなる。
「俺、ちょこちょこ来てるんだよ、だからさ、また会えるかもな」
彼がそう言って、いつの間にか氷だけになっていたグラスを手のひらの中で揺らしていると私の背後でドアが静かに開く音がした。心地よく暖かい店内に秋の雨で冷えた空気がするりと流れこむ。さっきまで話していた男が私の背後の、たった今入ってきた人物にひらひらと手を振った。
「随分とひとりで飲んでいたようだな、不動」
耳に心地よい静かな低い声が私の横を通り抜けた。
入ってきた人物は、落ち着いたスーツに身を包んだ、おそらくずっと隣で飲んでいた男と同じくらいの歳の頃の男だった。少し日に焼けた肌に、切れ長の赤い目。ドレッドヘアのハーフアップなんて髪型、正直、リアルに見るのは初めてだ。入ってきた男性は彼の隣に立つと、マスターに軽く会釈をしてから私の方を見た。何故かわからないけれど、なんとなく見つめられて緊張する。不動と呼ばれた彼はその場に立ち上がり、スーツの男の肩に腕を回した。
「かっこいいだろ、俺のカレシ」
きっと、頭の悪そうな顔をしてしまったと思う。それから、酔っぱらいの冗談かなと思ってみたけれど、否定もせずに回された腕を優しく解いてやるスーツの男性を見て、素直に、お似合いだなと思った。上機嫌に笑う不動さんの頭を軽く小突いてから、










ここで飽きた。




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