膝の上の、心地よい重量感のある何かが微かに動く気配で不動の意識はゆっくりと浮上した。覚醒したばかりの目には点けたままの寮の部屋の照明は眩しく、思わず1度開けた瞼を閉じて、それからまたゆっくりと開いた。どうやらベッドに腰掛けて、座ったまま少し眠っていたようだ。少し離れた机には対戦相手のデータ情報やフィールドの図画なんかが乱雑に置かれている。それから不動はふと、自分の右の手のひらが、膝の上の何かの上に乗っていることに気づいた。不動はゆるゆると視線を落とし、それ が何なのかに気がつくと驚き一瞬体を硬直させ、それから脱力しながら小さく「うそだろォ」と呟いた。
ここまで仲良くなったつもりはないぜ鬼道くん。なんて心の中で呟きながらも不動は膝の上で穏やかな寝息を立てるそのドレッド頭を振り落とすことも出来ず、かと言って何故か優しく添えた右手をどうすることも出来ずに力なくため息をついた。鬼道は幸いにも膝の向こう側に顔を向けて心地よさげに眠っている。ハードな練習でいつもクタクタに疲れている若い体には、デスクワークはある意味酷であるようだった。動けば起こしてしまうだろうが、このままじっとしていてやるのも癪だ。不動は頭に添えてやっていた右手をそっとずらし、両手を後ろに回しベッドについて背中を伸ばす。丸めたままだった背筋をぐうっと伸ばすと少し突っ張ったような痛みと開放感が体を抜けていった。眩しい天井に目を細め、なんでこんなことになっちまったんだと思い返すけれどあまり記憶がない。確かに鬼道と2人でゲーム戦略について語り合っていた。そこまでは覚えているがそれがどうしてこんな膝枕になったのか。まさか、よりによってこの俺達が膝枕なんて、他のチームメイトに見られたらひっくり返られてしまいそうだ。
未だぼんやりする頭で思案していると、ふと鬼道が大きく身じろぎした。すると、力なく曲げられていた鬼道の腕が突然ガツッと不動の膝頭を掴み、それから突然覚醒したのか鬼道は勢いよく上体を起こした。もし下を向いていたら顎にダイレクトドレッドアタックを食らっていたななんて思いつつも不動は無表情を装い寝起きのはずの鬼道をみた。鬼道は不動を振り返り、口を小さく開けてまるで信じられないものでも見るようにこちらを凝視していた。透けて見えるゴーグルの奥の目も丸く開かれている。吹き出しそうになるのを堪えて馬鹿正直に「おはよう」と一声かけると、鬼道はまるで絶望したように顔を片手で覆って「有り得ないだろう」とポツリ呟いた。
「……俺もそう思う」
この時まで不動は鬼道に対してとりわけ何か意識などしてはいなかった。しかし自分が不動に甘えるような形で眠っていたことに羞恥を感じてか、みるみる顔を赤くする鬼道を見てつられるようにして自分の顔が熱くなるのを感じた。破りようのない沈黙がチリチリと緊迫状態で部屋に満ちる。こんなに恥ずかしい空間があってたまるか!と叫び出したい気持ちを抑えて黙り込む。理由も知りたくない羞恥に全身を擽られているような気がして不動は背後で手持ち無沙汰に拳を結んだり開いたりした。さっきまでは鬼道の間抜けな顔に笑ってしまいそうだったのに、この状況はどうしたものだろうか。
恥じらっていても仕方ないと決心したのか、鬼道は手でパタパタと顔を仰いだ後、きゅっと眉根を寄せてもう1度まっすぐ不動を見た。不動は今日の鬼道はなんだか年相応だと思った。
「なんて顔をしてるんだ…。というか、起こしてくれて構わなかったのに…」
「鬼道くんのほうがすごい顔してるぜ」
「む…」
指摘されると自覚があるのか鬼道は気まずそうに手の甲で頬を摩った。それからフワッとベッドから跳ね降りる。
「と、とにかく邪魔したな。今日はもう帰る」
「おー」
くるりとドアの方を向いて振り返りもせずに鬼道はそう言った。やはりその声に動揺が滲み出ているのが可笑しくて不動は口角を上げながらも気のない返事を装った。それから足早にドアに向かい部屋を出ていこうとする背中に不動は一言、
「またいつでもしてやるからな」
と、今度こそ面白がる様を隠しもせずにかけてやった。思わずと言ったようにパッと振り返った鬼道に対して、不動はポンポンと自分を太股を叩いた。鬼道の眉間には凄まじいシワが刻まれている。その顰めた顔にまた楽しそうに笑いながら今度はひらひら手を振ると鬼道は比較的強く(しかし寮中に響かないように配慮しつつ)不動の部屋のドアを閉めた。
ドアの向こうの足音が遠くなると不動はふうっと息を吐いてベッドに転がった。不動は、机の上に置きっぱなしの鬼道のペンケースと頭にこびりついたあの子供みたいに驚いた表情に思わず笑ってから、自分の頬熱さを思い出してベッドの上で顔を覆った。






幼い温度

















可愛いだけの頃


2016/08/12
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