甘め


ダメになる、その一言がチャンスウの頭の中でふわふわと浮かんでいる。
若さと勢いに身を任せた燃え上がるような情事のあと、部屋にはサイドライトの優しい照明だけが満ちていた。眠る身支度をしながらチャンスウはちらりと横目で気だるげにベッドに腰掛けたままぼんやりと中空を見つめる恋人の姿を見た。重力に従って肩からベッドへと滑り落ちる絹糸のようなブロンドの表面を、暖かいオレンジの光がチカチカと反射している。キラキラと潤んだ赤い瞳を髪と同じの金色が眠たげにゆっくりと覆い隠す。大理石の彫刻のように滑らかで白く美しい体の線も、妖艶を通り越してまさにギリシャ神話の芸術のようだ。ベッドから投げ出された真っ白な足が時折ゆらゆらと揺れている。その幼さと有り余る美しさとのアンバランスに眩暈がする。恋人の姿があまりにも甘美そのもので頭がおかしくなりそうだ。そこまで思ってからチャンスウは少し笑った。なにが幼さだ。ひとつしか違わないのに。
不意にアフロディはゆっくりとチャンスウの方を振り返り、少しだけ首をかしげゆっくりと瞬きしながら「どうして笑ってるの」と小さな声で問うた。まっすぐにこちらを見つめてくるキラキラ輝く宝石のような瞳に胸が苦しくなる。チャンスウはアフロディの隣に移動してそっと腰を下ろした。不思議そうにこちらを見ているアフロディに笑いかけてやりながら「なんでもないですよ」と返す。アフロディはふぅん、と呟くとそっとチャンスウの肩に寄りかかった。しっとりとした肌と肌が触れ合って落ち着かないような気持ちになる。小さな動揺を腹の底に押し殺し腕を回して子供にやるように頭を撫でてやると、アフロディは俯いていた顔を上げてこちらを上目遣いに見てきた。それから、少し眉根を下げて嬉しそうにふわりと笑った。
「綺麗な髪だ」
指先で髪を撫で付けながらそれだけを伝えるとアフロディは笑いながらありがとうと言った。
「んー…、でもね、そのうち髪、切ろうかな、なんて考えてるんだ」
恥じらう少女のようにひと房の髪を両手で弄りながらアフロディはポツリと言った。チャンスウは少し驚いて手を止め、頭の中で短髪のアフロディの姿を想像してみた。
そうしているとアフロディは可笑しそうに「こわい顔」と肩を揺らして笑った。
「ねぇ、チャンスウは髪の短い僕はいやかい?」
思わず表情を失ったチャンスウを、ショックを受けていると思ったらしい。笑ってはいるが、こちらを見上げてそう問う彼はどこか不安げに思えた。まるで女神を模した自身だけを愛しているのかと疑うように。そんなことは自分の思い違いかもしれないがチャンスウはゆっくりと首を振った。少なくとも、そんな様なことは微塵も思わなかった。
「誤解しないでくださいね。惚れ直してしまうなと思っていただけですから」
寄せていた肩を離して上体を起こしたアフロディにするりと素直な気持ちを告げると、パチパチと瞬きをした後彼はみるみる顔を赤くした。チャンスウはアフロディのこういう反応が好きだった。花が春の風を浴びてゆっくりと綻ぶように赤く色づく幼く白い頬。おそらく熱くなってるだろう頬に慌てて自分の手の甲を押し当てながら照れたように笑っている。自分のたったの一言でこんなにも表情を変える彼が愛おしい。
「参ったな。チャンスウずるいよ。そんなこと普段言ってくれないじゃないか」
「言わないようにしてるんですよ」
「ふふ、ほんとうに酷い。…もっと僕を甘やかしてよ」
子猫のように身をすり寄せるアフロディの髪をもう1度撫でてやりながらチャンスウはあんまり甘やかさない方がいいなと内心で思っていた。甘やかせば甘やかすほど恋人は愛らしく綺麗になっていく。見つめているだけでもまるで甘美な毒だ。いつかおかしくなってしまう。もしかしたらもう手遅れなのかもしれないが。








惚れるが負け






イチャイチャしてるだけ。

2016/10/07
戻る



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -