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02 共同生活のルール
すっかりと日が沈み、リビングの窓から柔らかな月の光が差し込んできている。もう夜だなあ、なんて考えながら窓越しに空を見上げていると「すみません、遅くなりました」と二階から赤葦くんが降りてきて、漸く入居者全員がリビングに。


「んじゃま、とりあえず座ろうぜ」


黒尾くんの声に全員がダイニングテーブルに腰掛ける。六人掛けのそれは、不動産会社の計らいで急遽ここに用意されたものだ。他にもテレビやソファと言った共用スペース用の家具は全て不動産会社側が用意してくれ、担当者さんの話によると、モデルルーム用に使用し使わなくなった物を急遽運び込んだのだとか。
つまるところ、お詫びの品ということである。
もちろん家賃も破格の値段となり、以前の賃料の三分の二ほどまで引き下げされた。他のみんなの家賃も当面数ヶ月分は下げてくれたようで、不動産会社としては中々の痛手だろう。まあ、それだけの迷惑を被ったのだけれど。

ダイニングテーブルに腰掛けた面々を改めて見回す。引越し初日からこんなトラブルに巻き込んで、正直申し訳ない。居心地の悪さに少し肩を縮めていると、「で、これからどうすんだ?」と岩泉くんが眉根を寄せた。


「どうって……そりゃあ、この面子で暫くは過ごしていかねえと」

「いやまあ…………この際それはしょうがねえよ。苗字だって被害者みてえなもんだしよ。けど、色々決めとかなきゃなんねえことはあんだろ。……女子もいるんだから」

『…………ほんと、申し訳ない…………』


昼間と同じように深く頭を下げた私に、「いや、別に責めてるわけじゃねえから!」と慌てた様子で岩泉くんが付け加える。責められているとは思ってないけれど、迷惑をかけることになるのはきちんと自覚している。「顔を上げてよ、苗字さん」と言う菅原くんの優しい声にゆっくりと顔を上げたけれど、気まずさから視線は下げたままにしていると、「……これも何かの縁なんやろ?」と宮くんが口にして、え、と思わず彼へ目を向ける。


「さっき言うてましたやん。ここで会ったのも何かの縁やって」

『言ったけど…………』

「なら、これもその縁の一つやろ」

「そうそう。気乗りしないかもしれないけどさ、暫く一緒に暮らすんだし、その間は仲良く過ごそうよ」

『宮くん、菅原くん……』


二人の優しい声に感動して泣いてしまいそうだ。
「ありがとう、」とへにゃりと笑ってお礼を言えば、二人とも満足したように笑ってくれて、漸く話の本題に進むことに。


「で、だ。スガくんの言う通り“仲良く”過ごすためにも、ある程度ルールを決める必要がある」

「ですね。キッチンはともかく、風呂場も共用みたいですし。……苗字さんが使う際は、何かルールを決めた方がいいかもしれません」

『時間決めて貰ったら、その時間に入るようにするよ』

「それじゃあ苗字が窮屈だろ。自分のタイミングで入れるようにした方がいいに決まってる」


岩泉くんの言葉に、私以外の全員が頷く。
でも、と私が口にしようとすると「何かボードみたいなものを掛けられるようにしましょうか」と赤葦くんが提案し、ボード?と宮くんが首を捻ってみせる。


「苗字さんが使う時だけ、ボードに使用中か何か書いてください。その間俺たちは洗面所にも入らないようにするので」

『え、さすがに洗面所くらいはいいよ』

「いえ、手を洗うくらいならキッチンでも出来ますし、苗字さんが風呂に入ってる間くらいなら使えなくても問題ないでしょう」


「どうでしょうか?」と他のみんなに意見を求める赤葦くん。「俺は大丈夫」「俺も」「いいんやないか」「そうするか」と菅原くん、岩泉くん、宮くん、黒尾くんの四人が同意の意思を示したため、この件については赤葦くんの案が採用されることに。いいのかなあ。なんて微妙な気持ちになりつつ、「じゃあ次は各自の部屋かな」と菅原くんの言葉に話題は次のルール決めへ。


「各自の部屋は……まあ当然ながら、自室以外勝手に入るのはなしな」

「苗字は寝る時ちゃんと鍵閉めろよ」

『…………はい…………』


岩泉くんの言う鍵というのは、各自の自室に付いてある摘みタイプの鍵のことだ。以前下宿用に使われていた際は無かったようだが、ルームシェア用に作り替える際、後から取り付けたられたという。いくらルームシェアすると言っても、一緒に住むのは他人ばかりの場合が多い。プライバシー保護のための措置だろう。
寝る時忘れないようにしなきゃな、と頭の中にメモをしつつ「食事や洗濯、掃除はどうする?」とみんなの顔を見回すと、全員が全員微妙な顔をし、あれ?と首を捻って返す。


「……とりあえず、洗濯も食事も各自でやればいいだろ」

「だな」

『……そう?それならそうしようか』

「他のことは生活してく中で一つ一つ決めてくか」

「そうですね」


黒尾くんに赤葦くんが頷いたところで、本日の話し合いはとりあえず終了の流れとなる。ぐっ、と背伸びをした宮くんが「なんや腹減ったな……」と呟くと、「せっかくだし今日くらいは全員で飯食うか」と黒尾くんが提案する。
「親睦会的な?」「そうそう」「ならなんか頼むか」「人数多いしピザとかにします?」「ええなあ」と話を進める五人。気のせいか。この人達凄く打ち解けているような。親しげに話す皆に内心首を傾げていると、「苗字さんもそれでいいかな?」と菅原くんに話を振られる。


『あ、うん。それは全然いいんだけど……』

「?どうかした?」

『……なんか皆、すごく打ち解けてない??』

「え?ああ、それは……」

「俺たち全員、高校でバレーしてたからな」

『え、』


全員が元、バレー部?
ということは、


『ご、』

「「「「「ご?」」」」」

『ごめんなさい!!!!!!!』


ゴンッ!と机に打ち付けた額。衝撃に揺れた机に、うお!?と全員が驚いた声を上げる。
全員が元バレー部の打ち解けた仲。そんなメンバーが偶然集まるわけがない。きっと皆で話を合わせ、ここに住むことに決めたに違いない。知り合い同士男同士。気兼ねなく住むはずだったルームシェア生活。そこにまさか初対面の女が入ってくるなんて、彼らは思いもしなかっただろう。
「ちょ、苗字さん!?急にどうしたの!?」と菅原くんが声を掛けてくれるけれど、申し訳なさに顔が上げられない。居た堪れなさに顔を両手で覆い隠すと、え!?と何故か席を立ったみんながわたわたと焦り始めた。


「ちょっ……泣いっ……え!?!?」

「ピザか!?ピザが嫌やったんか!?!?」

「黒尾さんがまた余計なこと言ったんじゃないんですか!」

「え!?俺??俺なんか言った??」

「と、とにかく顔上げろ!!な……くな、とは言わねえけど!!何が嫌だったのかくらい教えてくれ!!」


『へ……?』


菅原くん。宮くん。赤葦くん。黒尾くん。岩泉くんが順々に慌てた声を発する。何をそんなに焦っているのだろうと、恐る恐る顔を上げれば、「あれ……?泣いて、ない……?」と菅原くんが呟き、それを聞いた他のみんなは安心したようにホッと息を吐きだした。


「いや紛らわしいわ!!!」

「てっきり泣かせてしまったのだとばかり……」

『え!?ち、違うよ!?!?』


どうやら泣いていたと勘違いさせてしまったらしい。
「じゃあさっきのはなんだったんだよ?」「デコ赤くなってはりますよ」と言う岩泉くんと宮くんにまた申し訳なさを思い出し、しゅんと肩を落とす。


『……みんな元バレー部だって聞いて、もしかしたら元から知り合いで話を合わせてここに住もうとしてたのかなって……。もしそうならかなり申し訳ないというか、居た堪れないというか……』

「え!?ち、違うよ!?俺たち別に示し合わせたわけじゃないから!!」

『え、でも……』

「俺がここに住むことになったのは、元々住んでたアパートの管理人が変わって、賃料が値上がりしちゃったからだよ。いい場所ないかなって探してたら此処を見つけて、住むことにしたんだ」

『そ、そうなの?』


ここに来る経緯を話してくれた菅原くんに思わず聞き返す。そうそう、と笑って大きく頷いた菅原くんに小さく目を見開いていると、「俺も似たようなもんだ」と今度は岩泉くんが口を開く。


「借りてたアパートの取り壊しが決定して、仕方なく別の家探して、見つけたのがここだったつーだけだ。そもそも俺も菅原以外とは初対面だしな」

「俺は上京してきた口です。大学に近くてええ物件ないんかなあって探しとったら、偶然ここを見つけただけですわ」

「俺は去年まで実家暮らしだったけど、大学まで少し距離があったし、実家出るのも経験の一つだと思って、最初は一人暮らし出来る物件探してた。でも、なかなかいいとこなくてな。一先ず安くて大学にも近い、ここに住むことにしたっつーわけ。…ああでも、赤葦に声掛けたのは俺だけどな」

「そうですね。確かに俺は黒尾さんに誘われてここに来ることにしましたが……他の方とは何も話していませんよ。菅原さんと黒尾さんとは面識がありますが、宮は試合会場で見掛けた程度。岩泉さんとは初対面ですね」


各々ここに来ることになった理由を包み隠さず話してくれる。ここまで話してくれるということは、示し合わせて集まったと言うのは私の想像だったらしい。
「な、なんかごめん……」と本日何度目かの謝罪を口にしたところ、「謝りすぎやな」と宮くんに呆れながら笑われてしまった。


「けどまあ俺たちもかなりビビったよ。入居者の顔合わせに行ったら、まさかの知り合いばっかで」

「それも全員元バレー部だしな」

「偶然にしては」

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