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01 ここから始まる
『違法建築!?』

「たいっっっへん申し訳ございません……!!」


体をこれでもかと言うほど折り曲げて頭を下げてくる不動産会社の男性。
大学一年の春休み。借りているマンションを紹介してくれた不動産会社の担当者からの呼び出しに不動産屋へ赴けば、まさかの内容に目を見開いて固まってしまう。
唖然とした顔で男性の旋毛を見つめていると、ゆっくりと顔を上げた男性は胸ポケットからハンカチを出して吃りながは話し始めた。


「私がご紹介したマンションがまさか違法建築されているものだったなんて………!」

『違法建築って、あの、それって……』

「一度立て替えが必要になりますので、その間は別の物件に移ってもらうことになります……」

『移るって、』

「もちろん移り先はこちらでご用意させて頂きます!ただ、苗字様が通われている大学からは少し距離がある物件が多くて……」

『距離ってどれくらいの……?』


不安をそのまま口出して尋ねると、「現在用意できる一人暮らし用の物件はこの辺りになります」といくつかのチラシがテーブルの上に並べられていく。
掲載されている物件は今住んでいる部屋よりも賃貸料が高く、広いものばかりだ。「賃貸料は現在お支払い頂いていてる額と同額でお住い頂けますので!」と慌てて付け足された言葉に、不動産会社側としても何とか誠意を見せようとしてくれているのだと気づく。
今の賃貸料で広くて綺麗な部屋に住めるのは確かにありがたい。しかし、私にとって重要なのは部屋の広さよりも現在通っている大学への距離である。どんなにいい部屋であっても大学から離れていれば借りる意味はなくなる。
チラシに乗っている物件の住所を確認していく。確かに担当者さんの言う通り、ここにある物件は大学に通いやすい距離にあるとは到底言い難い。しかしこの中からどこか選ばなければ、九州から上京してきた私は住む場所がなくなってしまう。
どうしたものかと眉根を寄せながらチラシの物件を睨むように吟味していると、「あ、」と何かを思い出したような声を上げた担当者さんが勢いよく椅子から立ち上がった。


「そうだ……!確か、ルームシェア用の物件があったはずだ!!!」

『ルームシェア?ですか??』

「はいっ!元々は下宿用の一軒家だったお家なんですけが、リノベーションして改装した物件をルームシェア物件として賃貸する話が出てるんです!」

『下宿用……ということは、各自自室はあるってことですよね?』

「もちろんです!ただキッチンと風呂場は一つしかないので共用になってしまいますが、苗字様の通われる大学から近い場所だった気が…………資料お持ちしますね!」

『あ、お、お願いします、』


早足で資料を取りに行った彼に小さく息をつく。
ルームシェアかあ。あまり気乗りしないのは、この一年で一人で暮らす生活に慣れてしまったからだろうか。でもまあ物件があるだけでもマシだろう。立て替えが終わるまでの間だけだし。
戻ってきた担当者さんの手に抱えられた例の物件の資料。「内見でしたら今からでもご案内しますので!」と食い気味に推してくる担当者さんに、半ばやけ気味にお願いしますと小さく頭を下げた。





*****





『は?』


「た…………大変申し訳ございませんんんんんん!!!!」


わっ!と泣き出しそうな勢いで頭を下げた担当者さん。
そんな彼を間に挟みながら呆然と立ち尽くすのは、私と、私の目の前にいる男性五人。

引越し当日。部屋の荷物を取りに来た業者のトラックに揺られて訪れた新しい住居。荷物を運び込む業者の人達に部屋の場所を説明し、邪魔にならないようにと家の外で待っていると、「苗字様〜!!!!」と言う大きな声に呼ばれた名前。担当者さんの声だなあ、なんて思いながら振り向くと、走ってやって来たのはスーツ姿の担当者さんと、その後ろに続くように歩いてきた男性たちだった。
誰だろう?と五人の男性の姿に首を傾げ、「どなたですか?」と担当者さんに尋ねれば、ダラダラと冷や汗を流す担当者さんは恐る恐る、戦々恐々と口を動かし始めた。


「…………じ、実は……私酷い勘違いをしておりまして……」

『?勘違い?』

「…………ルームシェアの件なんですが……………他の入居様が……その……




だ、男性、でして………………」


……

…………

………………


『は!?』

「た…………大変申し訳ございませんんんんんん!!!!」


こうして、先のやり取りとなったわけである。

男性。

これから一緒に住もうとしている人達が全員男。
ひくひくと引き攣る頬を隠す気はもはやない。だって男って。自室があるとは言え、ひとつ屋根の下で暮らすのが全員男って普通にありえないでしょ。
眉間の皺を深く刻んで「どういうことですか?」と説明を求めれば、それが……と更に身を縮めた担当者さんが震えた声でなんとか答えようとする。


「私が担当している物件のうち、下宿用の物件はここともう一つありまして……。女性の方が住まわれているのはもう一つの方だったようで……」

『……じゃあ、今すぐそちらの物件に移らせてください!』

「そ、それが…………」

『……なんですか?』

「その物件、もう空きがないようでして…………」

『…………』


無言になってしまったのは仕方ない。言葉が出ないってこういう時に使うのだろう。「以前お見せした部屋でしたら案内出来ますが……」と小さな小さな声で言う担当者さんに、大きな大きなため息が漏れる。前に見た物件と言うのは、大学からかなり距離のある物ばかりだったはずだ。
つまり、私に残されている選択は、このままここに住むか、大学から離れている物件に移るかの二つということ。さすがに此処に住むのは私としても他の男の子達にしても望ましくないだろう。なら、選べるのは二つに一つ。


『…………遠くていいので、チラシで見せていただいた物件に案内してください…………』

「か、かしこまりました!!」


返事の直後すぐさま電話をかけ始めた担当者さん。そんな彼に肩を落とし、住まうはずだった下宿物件に目を向ける。駅まで徒歩5分。駅から大学の最寄り駅まで二駅。下手すれば大学まで歩いて行けてしまう距離でいい場所だったんだけどなあ。内心ボヤきながらも、とりあえず引越し業者さんに荷物の運び込みを止めて貰おうとした時、「あの、大丈夫ですか?」と声を掛けられ、え?と後ろを振り返った。


「なんか、その……凄いトラブルがあったみたいだから……」

『ああー…………あはははは…………ほんと、凄い手違いですよねえ…………』


声をかけて来たのは、この物件に入居予定の男の子だった。「なんかすみません」となぜか謝ってくる彼に、「あなたが悪いわけじゃありませんよ」と肩を竦めてみせれば、ホッと安心したように胸をなで下ろした男の子は、改めるように口を開いた。


「俺、菅原孝支。N大の……今年から二年ね」

『あ、じゃあ同じ学年だ。私は苗字名前。N大文学部の四月から二年生』


よろしく、と小さく頭を下げあっていると、「スガちゃんやるねえ」と揶揄うような声が。見ると、他の入居予定者達もゾロゾロと歩み寄って来ていて、その中の一人。背の高い黒髪の男の子が、やけにニヤニヤした顔で菅原くんの肩に手を置いた。


「こんなとこで声かけるなんて、意外と積極的だなって」

「変な言い方すんなよなー黒尾ー。普通に話しかけただけだって」

「はは、冗談だよ」


からりと笑った男の子は黒尾というらしい。なんか見覚えがある気がするけれど、彼もうちの大学だろうか。
「あなたもN大?」と尋ねれば、「そ、N大経済学部の黒尾鉄朗ね」と緩く笑んだ黒尾くん。これだけ背が高いのだ。一般科目の授業で見掛けていれば見覚えがあるのは当然だろう。そっちは?と黒尾くんの更に後ろにいる三人に目を向ける。話を振られた三人は一度目を合わせると、そのうち一度左に立っていた男の子が最初に話し出す。


「俺は岩泉一。K大教育学部の二年だ」

「俺は宮治言います。今年からN大農学部の一年になります」

「赤葦京治です。宮と同じN大文学部の一年になります」

『岩泉くん以外はN大なんだね』

「そりゃこの立地だしな」

「つってもうちの大学にもそう遠くねえよ。俺はチャリで通うつもりだし」

『そうなんだ。一応よろしくね』


一応、と付けたのは、同じ大学でないのなら、中々会う機会はないだろうと思ったから。岩泉くんもそれは分かっているようで、特に気にした様子もなく、おう、と軽く答える。


『ここで会ったのも何かの縁だし、大学で見掛けたら挨拶くらいするね。赤葦くんは学部も同じだし』

「苗字さんも文学部なんですか?」

『うん、文学部人文学科。赤葦くんは?』

「俺も人文学科です」

『え、ほんと??』


同学部同学科だと分かると親近感が湧くのは何故だろうか。「よければ連絡先交換しとく?使わなくなった教科書とかあげるよ」と冗談っぽく笑って言っていると、苗字さん、と担当者さんの声がして、全員の視線が彼へと集まる。どうやら電話が終わったようだ。
一体どこに引っ越すことになるのやと小さく息を吐いていると、随分と億劫な足取りで近付いてくる担当者さんに小首を傾げる。「あの、物件は、」と声をかけた途端にびくっと肩を跳ねさせた担当者さん。嫌な予感を感じながらも、じっと答えを待ち続けると、ガクガクと唇を震わせ、顔を真っ青にした担当者さんが、次の瞬間、地面に向かって勢いよく頭を下げたのだ。


「も、申し訳ございません!!!!!!!」

『………………え、いや、あの…………その申し訳ございませんはどの申し訳ございませんですか…………?』

「せ、先日お見せしたお部屋のうち、苗字様の通う大学1時間圏内の場所は全て埋まってしまいまして…………」

『す、べてって……この前まで結構空いてましたよね!?』

「おそらく、元々苗字様の住まわれていたマンションから一時退去する方達が一気に申し込まれたものかと……」

『そんな……』

「一応他にご案内できる物件も確認したのですが…………その…………大学まで片道、2時間以上掛かる場合もある場所のようで………………」

『…………』


再び無言である。2時間。2時間て。今まで30分圏内で通ってたのに、2時間て。
何も言わなくなった私を恐れてか、担当者さんも顔を上げる気配はない。周りにいる菅原くんたちも無言で、この場に響くのは荷物を運び込む業者の人達の声だけである。
2時間は、正直しんどい。頑張れば通える距離なのかもしれないけれど、今の私のメンタルで耐えられる自信はない。担当者さんの頭を見、次いで後ろにいる菅原くん達を振り返る。振り向いた私に少し驚いた様子を見せた五人。そんな五人に向かって、今度は私がガバッ!と頭を下げた。


『お願いします!どうか私もここに住まわせてください!!!』

「「「「「…………はあ!?!?」」」」」


張り上げられた声が辺りの空気を大きく揺らす。
違法建築がもたらした不思議な出会い。果たしてこの出会いが、私のキャンパスライフにどんな変化をもたらすのだろうか。

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