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災い転じて、


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7話


床に正座した灰羽くんを黒尾と夜久が見下ろしている。この場にいる誰よりも背が高い筈の灰羽くんが今だけは誰よりも小さく見えてしまう。「わざとじゃないんですよ……」と肩を縮めた灰羽くんに「嘘こけ!!」と夜久が拳骨を落とした。


「いっっった!!!ほ!本当ですよ夜久さん!!覗こうとかそんなつもりなくて!苗字さんが服脱いでる事忘れてたんです!!」

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど……ここまでだったとは……」


諦めように息を吐く孤爪くんに助けを求めるような視線が向けられる。その視線から逃れるように孤爪くんがサッ!と勢いよく顔を逸らすと、「ちょ、研磨さん見捨てないで!!」と声を上げた灰羽くんが今度は私に視線を移した。


「苗字さんすみません!!でも本当に、フユーノーリョクなんですよ!!!」

『………もしかして不可抗力って言おうとしてる??』

「……多分……」


確認するように孤爪くんを見ると、疲れた顔と頷きが返ってくる。灰羽くんはロシア系のハーフらしいし、日本語は苦手なのかもしれない。もしくは、とんでもなくお勉強が苦手なお馬鹿さんか。
ジッと涙目で見上げてくる灰羽くんに、うっ、と声を詰まらせる。本当なら一番文句を言いたいのは私の筈なのだけれど、自分よりも怒っている二人がいるせいか、怒りはちっとも湧いてこない。むしろ、段々と灰羽くんが可哀想に思えてくるくらいだ。
「もういいから、」と灰羽くんを庇うように黒尾と夜久の前に立つと、いやけど、と言うように眉を寄せた二人に苦く笑って首を振る。


『本当にわざとじゃなさそうだし、裸見られたわけでもないんだから、』

「……まあ、苗字がいいっつーなら……」

「おお……!!」


「ありがとうございます!苗字さん!いや、名前さん!!!」と喜びの声とともに腰の辺りに抱き着いてきた灰羽くん。うわ!と不意打ちなハグに驚いていると、「「学習しろ馬鹿!!」」と黒尾が拳骨を夜久が踵落としをお見舞していた。灰羽くんのスキンシップの高さは彼には半分海外の血が流れているからだと言うことにしておこう。


「…そろそろええか?本題に入りたんやけど……」

「ん?あー…………悪い」

「いや、手のかかる後輩がおる気持ちはよお分かるで」


チラリと宮くんたちに視線を向けた北くん。サッと視線を逸らし、わざとらしい口笛を吹く宮くんたちは、“手のかかる”事に反論する気はないらしい。頭を擦る灰羽くんを横目に、「どこまで聞いたの?」孤爪くんが黒尾に視線を向ける。「棍棒を握るまでの流れは聞いてるけど」と答えた黒尾に「無茶するよなあ」と木葉くんが苦笑いをみせる。


「1から10までのカードを見つけて、それを扉に嵌めたらドアノブが現れたんだろ?開けて俺らに助け求めりゃ良かったのに」

『……それはさっき黒尾たちにも散々言われました……』

「………でも、間違ってなかったと思う………けど……」

『え?』


独り言のように呟かれた声に孤爪くんを見つめる。集まってくる視線に居心地悪そうに視線を彷徨かせた孤爪くんは、「なんでそう思うんだ?」と先を促すように黒尾が問い掛ける。


「………ドアノブが現れたのは、カードを嵌め終えてからでしょ?なら……そのドアノブは本来、“使われるはずのない”ものだった……」

「使われるはずのないものってなんで?研磨??」

「青城と、白鳥沢の人達はカードを嵌めた瞬間に全員動けなくなった。その時動くことが出来たのは苗字さんだけ。……でも、多分苗字さんは、本来この場にいるはずのない人だから……」


尻すぼみになっていく孤爪くんの言葉に納得したように何人かが頷き始める。最初に話した通り、私がここにいるのは偶然だ。集まっている面子からして、本来であれば高校男子バレー部員たちだけが居るはずだったのだろう。つまり、孤爪くんの言う通り、私は本来この場にいるはずのない人間なのだ。
そんなイレギュラーな私と、天童くん、白布くん、松川くん、国見くんの五人だけが入ることが出来た部屋。最初あの部屋に入れる事が出来たのは、クラブのカードを持つ四人と“なんにでもなれるカード”ジョーカーを持っていた私のみ。つまり、私がいなければあの部屋にいたのは四人だけだったということ。


「なるほど……。苗字さんが居なければ、ドアノブを回すことが出来る人間は居なかったってことだから、あのドアノブは本来使われるはずのないものだってことか……」

「使わないドアノブって何のためにあんだ??」

「分かりません。ただ、扉にドアノブがあれば、捻れば開くことが出来ると思うのが人間の心理だと思います。もしかすると、あのドアノブはイレギュラーな苗字さんの為に現れたものかもしれませんね」

『私の?』


及川くん、木兎くん、赤葦くんの声に瞬きを繰り返す。
どういう意味?と言うように首を傾げると、すっと目を細めた孤爪くんがクラブの扉に目を向ける。


「……どうして俺達がここに居るのかとか、それについては全然分からないけど……でも、もし俺たちをここに連れてきた“誰か”がいるとすれば、あの部屋での事を聞く限り、そいつは俺たちをここから出す気はないんじゃない?」

「だ、出す気は、ないって…、閉じ込めようとしてるってこと、ですか……?」

「ただ閉じ込めようとしてるって言うよりは……どちらかと言うと……殺してしまおうとか、考えてそうだけど、」

「「殺す!?!?」」


ぎょっ!と目を丸くした日向くんと山口くんが悲鳴をあげる。「物騒すぎねえ…?」と頬を引き攣らせる木葉くんに、「あくまで予想だよ」と孤爪くんは冷静に答える。


「確証はない。ただ、もしあのまま松川……さん、達が、あの部屋から出れずに本の下敷きになってたら?」

「身動き取れず、死ぬまであのまんまだったろうねー」

「んな他人事みてえに……」

「他人事っていうか、終わったことだしね。今はこうして苗字ちゃんのおかげで助かったわけだし」

「そう。イレギュラーな苗字さんが居たから助かった。つまり、この場所からすれば苗字さんはすごく目障りな存在だと思うよ」


目障りって。至極当たり前のことように口にする孤爪くんに乾いた笑みが漏れる。言いたいことは分かるけど、出来ればもう少しオブラートに包んで欲しい。
「それとあのドアノブが何か関係あるん?」という宮くんの問い掛けに、孤爪くんに代わるように北くんが口を開いた。


「……もしあの時、苗字さんに選択肢があったんやとすれば……一つは、扉の文字の意味を察して、棍棒を取りに行くこと。もう一つは、部屋から出れず、他の四人と共に本の中に埋もれてしまうこと。そして最後が……扉を開けて、一人部屋から出ることや」

「それの何がアカンのですの?」

「一つ目と最後の選択は、イレギュラーな存在である苗字さんが居てこその選択肢や。ほんで苗字さんは、一つ目の選択肢を選んで五人全員で部屋から出てきた。一人で部屋から出るやなく、棍棒を探すことを選んだ彼女の選択が“正解”やったとするなら……最後の選択肢は“不正解”やった可能性もあるんちゃうか?」

「不正解……じゃあ、もしあの時、苗字さんが一人で部屋から出る事を選んだらどうなってたん?」

「…分からん。不正解かもしれんっちゅーのも、俺の予想の話や。けど、“正解”を一つとするなら……あんまりいい未来は待っとらんかったやろなあ」


ぞわりと背中に悪寒が走る。
今話しているのは全部予想や可能性の話だ。確証は何一つない。ないけれど、でも、そうなっていた“可能性”があると言うだけで額に嫌な汗が浮かんでくる。
「大丈夫か?」と夜久に顔を覗き込まれる。「う、うん、」と歯切れ悪く頷き返すと、「あの……それで結局これからどうするんすか??」と影山くんがとても不思議そうに首を捻った。


「マイペースか」

「いやまあ、これでこそ影山って感じだけどよ…」


国見くんと金田一くんの肩から力が抜ける。「お前ってどこに居ようと“影山”だよな」と言う日向くんに何当たり前のこと言ってんだ?と言うように影山くんは目を瞬かせる。本当にマイペースな子なんだなあ。と苦く笑っていると、少し強ばっていた空気が和らぎはじめる。


「…ここから出る。それが目標な事には変わらないが…」

「問題はどうやって出るのか、って話だな」

『……あ、そう言えばあの棍棒は??持ち出してたよね?』

「それならテーブルの上にありますよ!」

「何か手掛かりになるかと思って持ち出したけど…特に何もなさそうだよな」


テーブルの傍に立っていた花巻くんが棍棒を手に取る。クルクル回しながら棍棒を眺めていた花巻くんは、「あれ?」と何かに気づいたように動かしていた手を止める。「どうした?」と松川くんが声を掛けると、「これ、クラブのマークじゃね?」と花巻くんが棍棒の側面を指してみせる。
え??とみんなが揃って覗き込もうとすると、「いや!集まりすぎ集まりすぎ!!」と花巻くんが声を張り上げた。


「本当だ。クラブのマークだね」

「クラブの扉の部屋で見つかったわけだし、不自然じゃないと言えばないけど……」

『あれ?でも、他にもトランプのマークが付いてたものがあったよね?確か……』

「……台座か」


白い柱を模した台座。その柱部分にもトランプのマークが描かれている。持っていたカードと言い、あの扉と言い、この台座が無関係のものとはとても思えない。
全員が柱を見つめる中、いつの間にか棍棒を手にしていた木兎くんがクラブの台座へと近づく。「置けばいいんじゃね?!となぜか楽しそうに声を上げた木兎くんは、持っていた棍棒を台座の上へ。すると。


ガチャンッ


「「「「「は?」」」」」

「扉だ………」


クラブの扉が現れた時と同じような音がした。かと思えば、クラブの扉の隣にはいつの間にか別の扉が。え、と固まる私たちを他所に「すげえ!また出た!!」と扉に近付いた木兎くん。そんな彼の姿に、「なるほど……clubか……」と何かを思い出したように月島くんが呟いた。


「え??つ、ツッキー何か分かったの??」

「…分かったってほどじゃないけど……台座っていうのは、ものを置くためのものでしょ。その台座があんな風に分かりやすく置かれてるってことは、そのうえに何かを置けって示しているのかもしれない」

「木兎さんが棍棒を置いたら、あの扉が現れたけど……つまり、あれに置くのは棍棒ってこと?」

「クラブの台座に置くのは“棍棒”だと思う。元々、棍棒は英語で“club”って言うしね。偶然とは思えない」

「なら他の台には??何置くんだよ??」

「…確か、トランプのマークにはそれぞれ象徴する人物や意味、物があったはず。クラブは棍棒だとして…………ダイヤが“貨幣”、ハートが“聖杯”、スペードが“剣”だったような……」

「月島……博識だな……」


感心する菅原くんに「昔本で読んだんです」とサラリと答える月島くん。それを覚えていられることが何よりも凄いことである。きっと彼は勉強も得意なのだろう。「他にもいくつか意味があった気がしますが……」と言葉の先を濁らせる月島くんに、「すげえなツッキー」と黒尾も舌を巻いている。


「眼鏡くんの記憶が確かなら、マークが表す人物って言うのはクラブは“農民”じゃね?扉にも“我らは農民”ってあったくらいだし」

「そうかもね」


松川くんに頷く及川くん。なるほど、あの言葉にもマークが関係していたのか。


「つまり、扉が現れる。同じマークの奴らが入る。象徴するものってやつを見つける。台座に置く。また扉が現れる。……って感じか?」

「……今までの流れから考えるとそんな感じでしょうね」

「そんじゃあ、四つのマークを表す物って奴を全部見つけりゃ、ここから出られるのか……!?」

「出られるかどうかはさておき、何かしら進展はありそうですね」


期待を込めた木葉くんの声に赤葦くんが冷静に返す。このまま何もせずにいるよりは、この謎解きを進めていく方がずっと有意義だろう。「決まりだな」と言う岩泉くんに頷き返した皆の視線はダイヤのマークが彫られた扉へと向けられた。