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災い転じて、


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2話


『……どこ……ここ……??』


ポカンと呆けた顔で室内を見回す。
高い天井まで吹き抜けた広い室内。上から吊り下がる豪華なシャンデリア。革張りのソファに、アンティーク調の大きな机と同じデザインの椅子達。

おかしい。
私はさっきまでバレー部の部室にいた筈なのに。
いやおかしいのは“場所”だけじゃない。

はた、と目を瞬かせながら、同じように立ち尽くす知らない顔ぶれを見回していく。恐らく全員学生だ。そう思うのは、黒尾たちが着ている赤いジャージとよく似たジャージを全員が全員身につけているから。「翔陽、」と孤爪くんが誰かの名前を呼ぶと、「け、研磨!?なんで研磨が??」と橙色の髪色をした男の子が少し上擦った声を張り上げる。
室内にいるのざっと見て2、30人の男の子たち。音駒の四人以外は全く見覚えがない。瞬きを繰り返して彼らを見つめていると、「あれ??音駒ってマネ居たの??」と白地に黒と金のラインが入ったジャージを着た銀髪の男の子が不思議そうに首を捻る。え、マネって私のこと??ブンブン首を振って違います!とアピールしてみせると、見兼ねた黒尾がぐるりと周囲を見回してからゆっくりと口を開いた。


「……とりあえず、自己紹介でもしません?」


張り付けた笑みが普段よりも強ばって見えたのは、たぶん気の所為ではないだろう。





           *****





「宮城県立烏野高校の澤村大地、三年です」
「同じく烏野の菅原孝支、俺も三年」
「日向翔陽!です!!一年生です!」
「影山飛雄。一年っす」
「……月島です。一年です」
「えっと、山口忠です。一年生です」

「同じく宮城の青葉城西高校三年の及川徹ね、よろしく」
「岩泉一。三年だ」
「花巻貴大。三年でーす」
「松川一静。同じく三年です」
「き、金田一勇太郎ですっ。一年です」
「……国見英です。一年です」

「宮城県、白鳥沢学園の牛島若利、三年だ」
「同じ白鳥沢三年の天童覚でーす。どうもー」
「白布賢二郎です。二年です」
「五色工ですっ!白鳥沢学園一年ですっ!」

「木兎光太郎!三年だ!!初めましての奴もよろしく!!」
「東京都梟谷学園バレー部二年の赤葦京治です」
「同じく梟谷三年の木葉秋紀でーす」

「兵庫県の稲荷崎高校三年の北信介や。よろしゅう」
「稲荷崎二年の宮侑や」
「同じく宮治っす」


居心地の悪いアンティーク調の部屋の中にぐるりと作られた大きな円。総勢27名で作った円ともなると、随分と窮屈な円である。それが体格のいい男子高校生ばかりとなれば尚更。「最後に音駒だな」と烏野の澤村くんに声をかけられ、両サイドに座る黒尾と夜久から気遣うような視線を向けられる。その視線に応えるように小さく小さく頷き返すと、承知したとばかりに先ずは黒尾が口を開いた。


「黒尾鉄朗。東京にある音駒高校の三年だ」

「俺は夜久衛輔。音駒の三年な」

「………孤爪………二年……です……」

「灰羽リエーフですっ!一年です!!」

「んで、最後が………」


黒尾の声にその場にいる全員の視線が集まってくる。じーっと向けられる視線の多さに、うっと顔を歪めていると、「ほら、苗字、」と促すように夜久に背中を叩かれる。眉を下げたままおそるおそる開いた口。いつもより重たく感じる唇から漏れたのは、存外に随分と頼りない声だった。


『…ね、音駒高校三年の苗字名前です……』

「…三年……ということは、新マネージャーではないですよね?」


はい。違います。
すかさず質問を飛ばしてきた梟谷の赤葦くんに頷いて返す。「マネやないなら、女バレの人?」と今度は稲荷崎の宮……恐らく侑くんから尋ねられ、「いえ、バレーは体育の授業くらいでしかした事ないです……」と肩を縮めて答えると、宮くんの瞳に明らかな不信感が宿った。


「なんやそれ、あんた一人部外者やないかい」

「侑、やめいや」

「けど北さん!こんだけバレー部が集まっとる中ただ一人ちゃうて、どう考えてもおかしいやないですの!」


ビシッ!と躊躇なく指をさして来る宮くん。「人を指さすな」と北くんが宮くんの手を叩き落としてくれたけれど、全くもって宮くんの言う通りである。この場いるのは全員、高校バレーに勤しむ男子バレー部員ばかり。

私を除いて。

黒尾や夜久の話では、彼らは烏野や梟谷とは馴染みがあるけれど、青城や白鳥沢、稲荷崎とはほとんど無縁らしい。しかし、どの学校も各県ではバレーで有名な強豪校らしく青城の及川くんたちは全国出場経験はないものの、月刊バリボーと言う雑誌で取り上げられていた事もあり、聞き覚えはあるようだ。そうなってくると、やはりこの場で“部外者”と呼べるのは私一人だけだろう。
宮くんから注がれる視線が痛い。他の人たちも、怪しむ、とまでは行かないけれど、見知らぬ人間に注視しているようで、注がれる視線が痛い。とても痛い。


『(……なんでこんなことに……)』


自分でも思う。この場に私がいることはどう考えてもおかしいと。そもそもだ。本来であれば私は、今頃家に帰り着いていた。帰って、温かいお風呂に浸かって、母が作ってくれた美味しいご飯を食べて、それから、寝心地のいい自分のベッドで気持ちよく眠りにつく筈だった。
それが、偶然頼まれたお使いのせいで、わけも分からずこんなところに来ることになったのだ。
「なんや知ってることあんなら話せや」と鋭く細めた瞳で睨み付けてくる宮くん。知ってることなんてあるはずない。そんなことあるなら私が知りたいくらいである。黙り込んだ私に、苛立ったように宮くんが立ち上がる。歩み寄ってくる彼に肩を強ばらせた時、黒尾と夜久が庇うように前へ。


「宮、お前がこいつを怪しむ気持ちも分かるが……こいつは関係ねえよ」

「はあ?関係ないってなんやねん」

「恐らくだが……苗字がここに居んのは、俺らと一緒に部室に居たからだ」

「……あ、そういや俺らも部室に残ってた面子だな」


黒尾の言葉に梟谷の木葉くんが思い出した!とばかりに声を上げる。「俺達もだな」「そうだね」と続くように澤村くんと及川くんが呟くと、どうやら宮くんにも心当たりがあるらしく、詰め寄ろうとしていた足がピタリと止まる。


「……確かに、俺らも北さんに説教されて部室に残っとったな」

「それはそうやけど……じゃあ、なんでバレー部でもない奴が部室におったん?アンタらどっちかの彼女とかかい?」

『かのっ……い、いやいや。違います違います。彼女とかじゃないです』


ブンブン大袈裟に首を振って否定すれば、前に立つ二人からなんとも言えない視線が送られてくる。「ほな、なんでおったん?」と心底不思議そうに首を捻る宮くん(こちらは恐らく治さんの方)に「ノートを届けに行ってたんです……」とため息混じりに答えると、ノート?とその場にいた全員が揃って首を傾げた。


『委員会の仕事で残ってたら、黒尾と夜久と……あと、海くんが大会期間中に免除されてた課題を返すように先生に頼まれて……』

「なるほど。それで偶然部室にいたところを、彼らと一緒にここに来ちゃったと」


その通りである。
及川くんの声に頷いて返すと、疑うような視線が一転して気の毒なものを見るようなものへと変わっていく。
そう、偶然。偶然だ。私がバレー部の部室にいたのは本当の本当に偶然だ。確かに、この場にいるのは全国屈指の強豪場バレー部の男子高校生ばかりで、バレーボールと無縁に等しい私が怪しく見えてしまうのは分かる。おまけに、此処にいるのは、何らかの理由で部室に残っていた限られたメンバー。そんな中に私は“偶然”入り込んでしまったのだ。
「苗字、」と何か言いたげに夜久が名前を呼ぶ。俯き気味だった顔を上げて夜久を見ると、心底申し訳なさそうに眉を下げた夜久が「…………悪い、」と頭を下げてきた。え、と驚いている間に、夜久に並ぶように現れた黒尾までガバッ!と頭を下げるものだから、ギョッと目を丸くさせ、慌てて二人に手を伸ばす。


『は、ちょ、な、何して、』

「……お前がここにいんのは、おそらく俺らのせいだ」

『え……』

「俺たちのノートなんか届けに来なきゃ、お前は“この場”に居る事はなかったと思う」


「だから、ごめん」と顔を上げることなく続ける黒尾。きっと黒尾の言うように、ノートを届けに行かなければ私は家に帰れていたのだろう。

でも、だからって、私がここに居ることが、黒尾たちのせいになるだろうか?

確かに、恨み言の一つや二つ言いたい気持ちはある。面倒事に巻き込んで!もう!!と高いアイスの一つや二つは奢ってもらいたいくらいだ。でも、怒るにしてもその程度。だって多分、黒尾たちだって、どうして自分がこの場にいるのか分かっていないだろうし、こんな訳の分からない場所、来たくて来ているはずも無い。
頭をあげない先輩たちをハラハラとした様子で灰羽くんが見守っている。他の人たちも私たちの様子を見守っては居るけれど、口出しする気はないらしい。
なんと伝えるのが正解だ。“気にしないで” “黒尾と夜久のせいじゃないよ”そう優しく慰めるべきなのだろうか。でも、


『……黒尾、夜久。顔、あげて、』


応えるように持ち上がった二人の後頭部。二人にしては随分と覇気のない様子に、珍しいなと妙な感心をしながらも、「後ろ向いて」と二人に向かって指示を出す。え??と不思議そうにする二人に、いいから!と背を向けるように促すと、困惑したまま二人が揃って後ろを向いた。
と同時に、大きく振りかぶった両手のひら。赤いジャージに背負うNEKOMAの文字に狙いを定めると、振りかぶった両手を両手を逞しい背中に向かって思いっきり振り下ろした。



         バチイイイイン!!



「「いっ…………てえええええええ!!!!」」

『っ〜〜〜〜〜!!!』


黒尾と夜久。二人分の叫びが高い天井に響いていく。
ちょっと待って。これ、私も痛いやつだった……!
ジンジン痛む手のひらに目尻に浮かんだ涙。「だ、大丈夫??」と烏野の菅原くんが声をかけてくれると、「ちょ、スガくん!心配するのこっちこっち!!」と背中に手を伸ばしながら黒尾が声を上げた。


『っ、こ、これでチャラね!!』

「っ、は…………?」

『だから、巻き込まれた分の制裁は、これでおしまい!』


赤くなった手のひらをブラブラと揺らしながらそう口にすれば、痛みを忘れたように黒尾と夜久が目を丸くする。
“気にしないで”と優しくするのは簡単だ。簡単で、でも、とても酷なことだとも思う。だって優しくされてしまったら、巻き込んだと思っている二人の中には“罪悪感”だけが残ってしまう。だから、言葉の代わりに少し強めの張り手をあげることにした。その方が私もスッキリするし、二人だってこれに懲りたら、もうあんな浮かない顔は見せないだろう。
「あ、帰ったらアイスも奢ってね。高いやつ」と付け足して笑いかけると、見開いていた瞳を柔らかく細めた二人が、「おう、」「アイスくらいいくらでも」と笑い応えてくれた、その直後。


『…………あれ?』

「?どうした?」


カサッ、とスカートのポケットで音を立てた何か。
なんだろ。何か入れていたっけ?
不思議に思ってポケットの中を確認すると、中に入っていたのは、


『……これって………』


“JOKER”


ポケットの中から現れたのは、一枚のトランプカードだった。