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災い転じて、


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22.5話


※side赤葦



「松川くん、ああいう子がタイプなんだねえ」



 脈絡もへったくれもない一言に、その場にいた全員の動きが一瞬止まった。

 クイーンの部屋で手に入れた鍵を使って入室したキングの部屋。着替えるために残った苗字さんと、何かあった時のことを考え、部屋の前で彼女を待っていや黒尾さんと夜久さん。それ以外の全員で入室した室内には、広々とした謁見上が広がっていた。部屋の奥には小上がりになった壇があり、壇上には所謂玉座が置かれている。玉座の両脇には、王を守るように立つ兵士の石像があって、それ以外特に目立つものがない室内は、調べるのにそう時間は掛からなかった。
 なにかアクションを起こすのは全員が揃ってからにするべきだろうと、黒尾さん達が戻るまでは手持ち無沙汰の状態に。ただ突っ立って待っているのもな、と玉座や石像周辺を数人で繰り返し調べていると、唐突かつ明け透けに落とされたのが冒頭の一言である。
 一体何を持ってその質問に達したのだろう。発言者である天童さんは飄々とした様子で小首を傾げており、質問を受けた松川さんは、「また急だな」と苦笑いで応えてみせた。


「だってほら、苗字ちゃんたち来るまで暇だし」

「人の恋路を暇潰しの話題に使わないで欲しいんだけど、」

「えー。けどさあ、あんな堂々とデートに誘ったくらいだし、隠す気ないなら別にいいかなーって」


 「で、どうなの??」と右に傾けていた首を今度を左に捻った天童さん。地下へ移動する前の彼らのやり取りは、天童さんの耳にも届いていたらしい。
 各校主将が地下室を調べていた際、不意に聞こえてきた“デート”という単語。あまりに場違いな単語に、聞き間違えを疑ったのは多分俺だけではないだろう。「まっつんそんなことしてたの??」と目を丸くする及川さんに、「まあね」と頷いた松川さん。すんなり肯定した所を見るに、本当に隠す気はないらしい。


「ちなみに俺はね、もう少しか弱い子が好みかな〜。苗字ちゃんは良い子だけど、“強い子”だからいじめがいには欠けるっていうか。ああでも、そういう子の泣き顔を見るのは嫌いじゃないけど」

「好みっつーか……もはや性癖じゃねえか」

「詰まるところは同じじゃない??」


 至極愉しそうな天童さんに、呆れた顔を見せる岩泉さん。これが木兎さんや木葉さんの発言であるなら、苦言の一つや二つ零していた所だが、他校の、それも殆ど関わりのない先輩相手ではそうも行かない。黒尾さんや夜久さんが不在の今、この会話を止められそうなのは、澤村さんや北さん、菅原さん辺りだろうか。
 助け舟を求めるように動かした視線。頼りの三人は扉の前で話をしており、その周りを日向や灰羽と共に走り回る木兎さんに、内心で大きなため息を零す。


「タイプと性癖が同じかどうかは兎も角、まあ“タイプ”に当てはまる部分もあるから、惹かれてることには違いねえな」

「へえー。じゃあ松川くんは、苗字ちゃんみたいな“強い子”がタイプなのね。度胸があるっていうか、意志が強そうっていうか」

「それもあながち間違いじゃねえけど、」

「けど??」





「一番惹かれたのは、“足”かな」





「いや性癖じゃねえか」


 思わずと言った様子でツッコミを入れた木葉さんに、「違うって」と笑って否定する松川さん。苗字さんの“足”に惹かれたのという言葉を額面通りに受け取るなら、木葉さんのツッコミは極めて正しいものだと思う。けれど、どうやらそうではないらしい。「じゃあなんで足??」と首を傾げたまま質問を繰り返した天童さんに、穏やかに微笑んだ松川さんは瞳を扉の方へと移した。


「……見た目云々じゃなくてさ、単純に、誰かの為に走り出せる苗字の足が、かっこいいなって思ったのよ」


 扉を見つめる松川さんの瞳が柔らかく細まる。
 その気持ちは分からなくもないかもしれない。黒尾さんや夜久さんは兎も角として、俺たちと苗字さんは出会ったばかりの他人だ。助ける義理も助けられる義理もない。けれど彼女は、そんな俺たちの為に自ら危険と向き合う道を選んでくれている。そこにはきっと、罪悪感や良心の呵責もあるのだろう。スペードの部屋に入る前、“行きたくなんてワガママを言う自分になりたくない”と言った苗字さんの言葉も本音だと思う。
 でも、それだけなんかじゃない。苗字さんが自ら危険を選ぶのは、それだけが理由じゃないはずだ。彼女にとって俺たちは他人で、助ける義理も助けられる義理だってない。それでも彼女が、俺たちを助けようとしてくれるのは、苗字名前さんという人が、一歩踏み出す勇気を持っているからだと思う。危険を省みず、誰かのために走れる足を、心を、持っているからだと思う。


「そんなかっこいい子がさ、自分を選んでくれたらスゲエ嬉しいじゃん?それに、天童の言う通り、確かに苗字は“強い人”だと思う。こんな状況でも、泣き言言わずに頑張れる“強いヤツ”だと思う。けど、そう思うからこそ、そんな苗字の泣き言を聞きたいと思う俺もいるわけよ。苗字にとって、弱音や泣き言を吐き出せるような相手に、そんな自分になりたいと思う俺もいるわけよ」


 優しく穏やかな声で吐かれた真摯な想い。吊り橋効果じゃなさそうですよ、苗字さん。なんてこの場には居ない当事者の顔を思い浮かべていると、ふーん、ととても曖昧な声で返された返事。納得したのかしていないのか。頭の後ろで手を組んだ天童さんは随分と愉しげに目を細めたかと思うと、「前途多難な恋路っぽいね」と軽い口調で口にする。


「まあね。先ずはここから出て、“吊り橋効果”を否定するとこから始めなきゃだし、」

「それもあるけど、それ以上に大変なのは番犬くん達を掻い潜ることじゃない?」


 「この場合は“番猫”かな?」と続けた天童さんに、確かにそれは大変そうだと苦笑いを零す。
 傍から見た限りでは、黒尾さんも夜久さんも苗字さんを特別気に掛けているように思える。もちろんそれは、彼女を巻き込んでしまったという罪悪感もあってのことなのだろうけれど、そこに特別な感情が含まれていたとしても不思議じゃない。だとすればこの場合、“番猫”というよりは、“恋敵”という表現の方がしっくり来る気がする。
 「ぶっちゃけどうよ?アイツら気いあんの??」と言う木葉さんの問い掛けに、「どうでしょうね」と曖昧に答える。孤爪なら何か知っているかもな、と目立つプリン頭を探せば、部屋の隅で座り込んでいる孤爪を灰羽と日向が立たせようとしている様子が目に映った。


「それに、ライバルが番猫くん達だけとも限らないでしょ。松川くんみたいに今この場で落ちちゃう人だって他にいるかもよ?」


 「若利くんはどう?苗字ちゃんどう思う?」と今度はチームメイトに話題を振った天童さん。唐突や振りにも関わらず動揺した様子を一切見せない牛島さんは、少し考えるような素振りののち、薄い唇をゆっくりと動かし始めた。


「良く出来た女性だと思う」

「それはつまり、若利くん的タイプにも当てはまるってこと??」

「……いや、苗字のことをそういう目では見ていない。……ただ、」

「ただ??」


「この先も、友人として付き合って行きたいと思う程には、いい印象を持っている」


 どこか柔らかさ伴った低く芯のある声。ネットを挟んで対峙している時には、決して見ることのない穏やかな表情を見せ牛島さん。「若利くんまで絆されちゃったのね」と天童さんが肩を竦めたところで、ふと気づいた此方に向かって来る気配。振り向いた先には、黒尾さんや夜久さんと共に歩み寄って来る苗字さんの姿が。
 苗字さん、と読んだ名前にその場にいた全員が彼女を振り返る。「お待たせしました、」と小さく頭を下げた苗字さんが輪に加わったことで、意識を再び件の玉座へと向け直したのだった。