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災い転じて、


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22話


 ガチャン。鍵が解けた音がする。
 ジャックの部屋で日向くんが見つけた一本の鍵。“Q”の文字が描かれたそれは、予想通りクイーンの部屋の鍵だったらしい。菅原くんの手で遮りなく回されたクイーンの部屋のドアノブ。「開けるぞ、」と確認する声を投げたのち、菅原くんは慎重な手つきで扉を開けた。


「………部屋、だな」

「………部屋、だね」


 菅原くんの呟きに、オウム返しで応えた及川くん。
 扉の向こうに現れたのは、確かに“部屋”だった。天蓋付きのベッドや見るからに高級そうなソファとテーブル。白いドレッサーの上には煌びやかなアクセサリーが並べられており、なるほど確かに“女王の部屋”らしいと感心してしまう。
 今までとは打って代わったとても“部屋”らしい“部屋”に、「普通過ぎて逆に怖いですね」と言ちた五色くん。確かに、と内心同意しながら部屋に足を踏み入れると、広い室内をぐるりと見回すことに。天井から吊り下げられた豪勢なシャンデリアや壁に飾られた美しい絵画。豪華な家具や装飾品に目を奪われるなか、絢爛な室内で異色に目立っているのは、


「これって……ドレス、だよね?」


 ベッドの上を覗き込んだ菅原くんに、うん、と小さく頷き返す。
 ベッドや鏡台、シャンデリアや絵画と言った家具やインテリアで溢れるなか、洋服はこのベッドの上に広げられた真紅のドレス一着のみ。ベッドの裾には同じ色のハイヒールまで置かれていて、鮮やかな赤色が目を引くったらない。
 「流石に怪し過ぎるでしょ」とげんなりした顔の月島くんが漏らした直後、「良い勘してるね、ツッキー」と扉の前に立つ黒尾が愉しげに口にする。月島くんから注がれる冷めた視線を受け流した黒尾は、扉に彫られた文字を音にしてみせた。


「“美しき女王は真紅のドレスに身を包む。王の寵愛を求めるなら、鏡の前で頭(こうべ)を垂れよ”」


 読み上げられた文字に視線が再びドレスへ移る。
 真紅のドレスは間違いなくこのドレスだ。そして、鏡と言うのはドレッサーの隣にある立派な姿見のことだろう。ジャックの部屋と同じく、言葉自体の意味はとても分かりやすい。要は、クイーンのカードを持つ誰かが、ドレスを着て鏡前に立てば、キングの部屋に進むための鍵が手に入るのだろう。もちろん、鍵を手に入れるためには、危険な“何か”がある可能性は非常に高い。ジャックの部屋でも治くんは槍の雨に打たれそうになった訳だし、用心は必要だ。



 けれど、それより先に解決すべき問題が一つ。



「「無理ですっ!!!」」



 ブンブン首を横に振る山口くんと金田一くん。後退る二人の姿に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 扉に彫られた文字の“美しき女王”。これは、クイーンのカードを持つ人物のことを表している。そしてそのクイーンのカードを持っているのが、



「「ほんとに無理です!!」」



 青ざめた顔で拒否の姿勢を示す山口くんと金田一くんの二人である。
 嫌がる二人の気持ちも分からなくない。こんな大勢の前で女装を晒すなんて、屈辱以外の何者でもないだろう。それに、山口くんも金田一くんもとても背が高い。部活で鍛えている分華奢ということもないし、女装が似合う背格好とは決して言い難い。
「着るなら俺じゃなくて山口だろ!」「お、俺も無理だってっ、」「俺の方が無理だわ!そもそも入るわけねえだろ!」「俺だって入らないよ!!」
 押し付け合う後輩達を気の毒そうに見つめる三年生たち。「オレ、12番じゃなくて良かった、」という日向くんの呟きに、残りの一年生達は深く深く頷いてみせた。


「けどまあ実際、金田一が着るっつーのは無理があるよな」

「見た目どうこうじゃなくて、そもそもサイズがなあ」

「まだ山口の方が着れる可能性はあると思うけど……」


 花巻くん、松川くん、澤村くんのやり取りに、「で、ですよね!」と分かりやすく声を弾ませた金田一くん。対して山口くんはと言うと、青くなった顔を更に真っ青なものへと変えて、「つつつつつつつっきー……!!」と月島くんに助けを求めている。
 腕に縋り付く山口くんの姿を呆れ眼で捉えた月島くんは、「そんなに嫌なら代わって貰えばいいでしょ」とため息混じりに告げる。


「か、代わって貰うって、」

「12番のカード持ってんのは山口と金田一だけじゃねえの??」

「……確かに、クイーンのカードは二人しか持ってないけど……もう一人いるでしょ。何にでもなれるカードを持った人が」

「何にでも、」

「なれるカードって、」


 はた、と瞬いた瞳が一斉に此方を向く。次々に集まって来る視線の先にいるのは、間違いなく私だ。


「……なるほど。確かに、ジョーカーを持つ苗字さんなら、“クイーン”の代わりになれるかもしれないな、」

「ドレスが入らんなんてこともないやろうし、」

「何より見栄えもバッチリ」

「俺らの目の保養にもなる」


 納得、とばかりに頷く赤葦くんと北くんはいいとして、二人に続けた及川くんと木葉くんには若干の悪ふざけを感じる。
 トランプの中で唯一。スートも数字も持たないカード、ジョーカー。だからこそ、ジョーカーのカードを持つ私は、スートに囚われることなく先の四部屋へ入ることが出来たのだ。これは盲点である。
 サムズアップする及川くん達をジト目で見ながら、ちらりと盗み見た真紅のドレス。まあ、山口くんに比べたら、私の方が抵抗なく着れるのは間違いないだろう。「よければ代わろうか?」と小首を傾げて提案したものの、うっ、と言葉を詰まらせた山口くんはそれはそれは申し訳なさそうに眉を下げた。


「……で、でも……ジャックの部屋みたいなことが起きるかもしれないのに、それは……」

『それについては今更じゃない?自分で散々危ない橋渡ること選んでるし、ここで何かあったとしても、というか、そもそも何か起きるって分かってて代わるのに、山口くんを恨んだりしないよ』

「け、けど………」


 床に落とした視線を中々持ち上げようとしない山口くん。良い子だなあと思う。あんなに嫌がっていたのだから、お願いしますと一言言って代わってしまえばいいのに。眉尻を下げた穏やかな顔で山口くんを見つめる。一歩、また一歩と山口くんとの距離を詰めると、覗き込むように首を傾け、俯く視界に押し入った。


『山口くんも、背が高いよね』

「っ、へ??」

『金田一くんよりは低いって言っても、私からすれば十分大きいよ。だから、やっぱりあのドレスを着るのは無理があるんじゃない?』


 「無理矢理着たら破けるかもだし」と笑って付け加えれば、俯いていた顔が僅かに持ち上げられる。きゅっ、と唇を引き結ぶ山口くんと漸く目を合わせると、ね、と言い聞かせるように優しく唇を動かした。


『だからね、山口くん。やっぱり……私が代わってもいいかな?』

「………ほ、本当に、いいんですか……?」

『もちろん。むしろ良いとこ取りしちゃって、私の方こそ申し訳ないくらいだよ』


 笑いながら見せた大きな頷きに、山口くんの顔が柔らかく綻ぶ。「お願いします、」と深々と頭を下げた山口くんに続いて、「俺からもお願いしますっ……!」と金田一くんにまで頭を下げられる。任せてともう一度頷くと、早速着替えを行うため全員を部屋から追い出したのだった。





           * * *





「「「「おお………」」」」


 鮮やかな真紅のドレスに身を包んだ身体。ベッドの上に畳み置いた制服が酷く恋しい。長い裾を踏まないよう気をつけながら皆を部屋へと呼び戻すと、入った瞬間目を見開く彼らにむず痒さが感じてしまう。
 おおってなにさ、おおって。似合ってないなら似合ってないと言われた方が気が楽なのだけれど。露出した二の腕やデコルテ部分が何とも心許ない。Aラインドレスの長いボールガウンに隠された足は、ドレスと同じ色のハイヒールを履いているため、いつもより高くなった目線さえ居心地悪く感じてしまう。
 代わると言い出したのは私だけど。ちょっと、いや、滅茶苦茶とってもかなり恥ずかしいんですが。居た堪れなさに目線を泳がせていると、慣れないハイヒールに一瞬フラついた身体。よろけた足で体勢を整えようとした時、ふわりと肩を支えてくれた誰かの手。見開いた目に映ったのは、すぐ傍にある北くんの姿。


「大丈夫か?」

『え、あ、は、はい。あ、……ありがとう、北くん、』

「ええて。さっきの高う靴履いとるんやろ?よお似合うとけど、歩き辛いのが難点やな」


 支える手を離しながら、さらりと口にされた“似合う”という単語。多分北くんは、お世辞やおべっかで人を褒めるタイプじゃない。本当に思ったからこそ、こう言ってくれてるのだろう。
 ほんのり熱くなった頬を隠すように俯かせる。「あ、ありがとう、」と繰り返したお礼に、「?さっき言われたで?」と北くんは不思議そうに首を捻った。


「ドレス着た女子とか初めて見たわ……」

「似合ってるよ苗字さん、」

『あ……ありがとう、澤村くん』

「けどこれ、後ろ長過ぎちゃう?」

「気いつけんと俺らまで踏んでまいそうやなあ」

「踏んじゃったらごめんね、苗字ちゃん」


 長い後ろ裾を物珍しそうに眺める侑くんと治くん。そして、あっけらかんとした様子で先に謝って来た天童くん。いやそれ、先に謝られても。「お願いだから踏まないで、」と天童くんに念押しすると、「ジョーダンだって〜」と愉しそうに笑った天童くんは、くるりとその場で一回転してみせた。本当に冗談なのだろうか。
 怪しむ気持ちを持ちつつも、本来の目的を果たすべく鏡の方を振り返る。すると、振り向きざまに黒尾と夜久の姿を目に止め、丁度良かったと二人に手招きをすることに。


『黒尾、夜久、』

「っ、」

「え、あ、な、なんだよ??」

『……手、貸して、』

「は???」

『ドレスとハイヒールで上手く動けないの!……だから、歩くのに、その……手を、貸していただきたいんですが、』


 手招きしていた両手を二人に向かって差し伸ばす。
 さっき北くんが言った通り。実はこの格好、一歩踏み出すだけでもかなりの労を要する。生まれてこの方、ドレスやハイヒールなんて、まともに着たことも履いたこともない私には、鏡の前に移動するだけでも一苦労なのだ。
 「お願い、」と照れ臭さの拭い切れていない声で黒尾と夜久を呼ぶ。すると、ふはっ、と噴き出すように笑った二人は、「へいへい、」「仰せのままに、」と伸ばした手を優しく握り返してくれた。
 大きく頼もしい手を借りて、鏡の前まで移動する。宝石に縁取られた美しい姿見と正面から向き合うと、掴まっていた手を離し、鏡の中の自分と目を合わせた。しかし。


「………あれ?」

「何も………」

「起こらない……?」


 首を傾げた灰羽くん、日向くん、五色くんの声に、あれ、と私まで首を傾けてしまう。もしやこの役目は、“ジョーカー”で代替で出来るものではないのだろうか。だとしたら、ただドレスを着て着飾っただけの、とんだ晒し者になってしまうのだけれど。ひくり、と頬を引き攣らせた顔で鏡の中の自分を見つめていると、「あの、」と小さく上げられた声に、視線が一斉にそちらへ。


「………もしかして、鏡に苗字さん以外が映っているのがダメなのでは?」

『え……?』

「王の寵愛を受けられるのは、美しき女王一人だけ。なら、鏡に映るべきなのも、苗字さんだけなのでは?」


 淡々とした白布くんの言葉に、なるほど、と誰かが小さく呟き返す。確かに今鏡には、私だけでなく黒尾や夜久、それに、後ろに立つ皆の姿も映し出されている。王の寵愛を求めているのは美しき女王ただ一人。であれば、白布くんの言うように、鏡に映っていいのは、女王役を担ったその人だけなのかもしれない。
 「試しに離れてみるか」「だな」と頷き合った黒尾と夜久が虚像の外へと歩み出る。後ろに立っていた皆と移動し、今度こそ、と鏡を振り返った。その時、





         ガ コ ン ッ !!





『っ、へ、』


 歯車の音が耳を掠めて瞬間、足裏に感じた浮遊感。立つべき床を失った足は、唇から零れた間抜けた声ごと足元の空洞に呑み込まれて行く。



「「っ、苗字!!!!!」」



 張り上げた声と同時にこっちへ駆け戻ろうとした黒尾と夜久。下がり落ちる視線の先で捉えた二人の姿に思わず手を伸ばす。暗闇の中に吸い込まれ行く身体。スローモーションのように落ちて行く視界。映る景色から光が消え、伸ばした右手から力が抜けた。



 その、瞬間。



「苗字!!!!!」



 暗闇の中に響いた大きく力強い声。思考を覆う恐怖さえ吹き飛ばにたその声に、落ちた視線が頭上を向く。空ぶった筈の右手を握り掴んだ逞しい手。照明の光を背負いながら身を乗り出すその人は、情けなく震えた手を強く強く握ってくれる。


『っ、い…………いわいずみ、くん、』

「そっちの手も出せ!苗字!!」


 「絶対下向くんじゃねえぞ!!」と続けられた声に、宙ぶらりんになった足の指をぎゅっと丸めると、両足から落ちたヒールが穴の底へと落ちてしまう。いつまでも聞こえて来ない衝突音に吹き飛んでいた恐怖が再び顔を覗かせる。震える左手を叱咤して上へ上へと差し伸ばすと、更に身体を乗り出した岩泉くんに、他の皆が彼の身体を支え始めた。
 骨ばった大きな手に掴まれた左手。両手から伝わる熱に、ほう、と小さな息を零す。「引き上げるぞ!!」という黒尾の声を皮切りに、岩泉くんの身体が引き戻されると、その先にいる私も自然と上へ引き上げられて行く。
 徐々に近付いて来た皆の気配。もう少し、もう少し、と上だけを見続けていた視界の端に、キラリと光る何かが。


『っ!あっ、ちょ、ちょっと待って!!』

「っあ!?!?」


 突然のストップに、岩泉くんが怪訝な顔を上げる。「待ってる場合か!!」と穴の脇から顔を出した黒尾。私だって一刻も早く上に戻りたいのだけれど、見えてしまった以上見て見ぬふりをする訳にはいかない。


『鍵!!!鍵があるの!!!』

「は……?」

「鍵って、キングの部屋のか!?」

『た、たぶんっ!』


 曖昧な答えになってしまったのは、どうか許して欲しい。上昇して行く視界の端で捉えた一本の鍵。細いチェーンが付けられたそれは、穴の側壁にぶら下がっている。“キングの寵愛を受けたくば、鏡の前で頭を垂れろ”と言うのは、鍵は“下”にあるという意味だったのか。
 片手を伸ばせば何とか届きそうな側面の壁。右手を解いて鍵に手を伸ばそうとした時、咎めるように繋がれた手に力を込められた。


『っ、岩泉くんっ、右手をっ、』

「だめだ!!鍵は後で俺らが取る!!お前はいったん上へあがれ!!」


 引き上げようとする力が更に強くなる。
 後で取るって。それって結局同じことじゃん。私か、皆か。誰がしたって危険なことには変わらない。なのにまだ、まだ私のこと庇おうとしてくれている。嬉しいような。呆れるような。きっとこれは、彼の性分なのだろう。誰かが危険な目に合うくらいなら、自分がそこへ飛び込む方がマシだと、そういう性分の人なのだろう。
 繋がれた両手に力を込める。大きく頼もしい手をこれでもかと言うほど強く強く握り締めると、込めた力に気づいた岩泉くんの目が、小さく見開かれた気がした。
 

『結局同じことでしょ……!』

「っ、あっ!?」

『私と岩泉くん、どっちがしたって危険なことには変わらない!だったら、今一番出来る可能性がある人がするべき!!』


 声を張り上げた瞬間、振り払うように右手の繋がりを解こうとする。ばっ、と慌てて握り直そうとする岩泉くんに瞳を、そうっ、と細めてみせた。


『……岩泉くん、大丈夫だから。右手を離しても左手がある。こっちの手だけで、十分繋がってられる。だって………絶対、絶対離したりしないでしょ?私も、岩泉くんも、皆も、離したりなんて絶対しないでしょ?』


 「だから、大丈夫、」と冷や汗混じりの笑顔を見せれば、黒橡色の瞳が大きく大きく見開かれ、繋がれていた右手が優しく解き放された。


「取れたら教えろ!!直ぐ引っ張る!!!」

『うんっ………!!』


 返事と同時に鍵に向かって伸ばした右手。揺れる身体を繋ぎ止める岩泉くんの手に力がこもる。焦りと緊張から手のひらに滲んだ汗を煩わしく思っていると、指先に触れた金属の感触に更に腕を差し伸ばした。
 もう少し。あともう少し。あと三センチ。あと一センチ。あと五ミリ。あと、


『っ、取れた……!岩泉くん!鍵、取れ、』


 取れたよ。そう言い切る前に、物凄い勢いで上へと引き戻された身体。暗闇から連れ戻された視界に、照明の光が射し込んで来る。眩しさに目を細めていると、左右の二の腕を掴んで来た二本の手。そのまま一気に引き上げられて、気づいた時には足裏が床に着地していた。


『あ…………ありがとう、岩泉く、「礼なんて要らねえよ、」

「苗字のおかげで鍵も取れちまったし。……たく、苗字の前じゃ、カッコつける暇もねえな」


 悔しそうでいて嬉しそうな、何とも複雑な表情でくしゃりと笑った岩泉くん。崩された相好がむず痒くて、逸らした視線を両脇に立つ二人へ向けることに。「く、黒尾と夜久もありがとね、」と岩泉くんと共に引っ張り上げてくれた二人にも感謝の言葉を口にすると、二の腕を掴んだままの手に、ぎゅっ、と力が込められた。


「悪かった、」

『っ、え??』

「俺らが不用意に移動なんてしたから、身構える間もなく落ちちまったんだよな……」

「ごめんな、苗字、」


 消沈する二人に内心で零した小さな溜息。あの場で何が起きるかなんて誰に分からなかった。それなのに、どうして二人が自分を責める必要があるのだろうか。
 「お、俺もすみませんでした……!」「俺らのせいであんな目に、」と二人に続けて謝って来た山口くんと金田一くん。謝罪なんてこれっぽっちも欲しくないのに。山口くん達に応えることもせず、俯く友人達へ目線を送る。掴まれた二の腕を優しく振りほどくと、自由になった両手で二人の背中をぽんっ、と叩いた。


『そんな顔するなら、また思いっきり叩くよ???』

「「っ、」」

『あの場で、何が起きるかなんて誰にも分からなかったでしょ?それを勝手に自分のせいだと思い込んで、落ち込むのはやめて、』


 「もちろん、山口くんと金田一くんもね」と付け加えながら振り返ると、目を丸くした二人の背中を、澤村くん達三年生が慰めるように叩いて行く。後輩二人の表情が緩んだことを確認し、再び同級生達へと戻した視線。分かった?と首を傾けて念押しする私に、強ばっていた唇が、ふっ、と小さな笑みを浮かべた。


「……わあったよ」

「適わねえな、ほんと」


 肩を竦めて笑う二人に、ほっ、と安堵の息を漏らす。和らいだ空気のなか、「それで??」と手元を覗き込んで来た天童くん。意図を察し、握り締めていた右手をゆっくりと解き開くと、現れた鍵に描かれていたのは、キングを表す“K”の文字だった。