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災い転じて、


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15話


 スペードのスートが持つ意味の一つ、“死”。マイナスな意味合いの大きいこの言葉で、真っ先に思い浮かべる場所と言えば、


「墓地、だな」


 扉の向こうに見えた景色に、澤村くんが呟き零した。
 教会から持ってきた血で満たされた聖杯。それをハートの模様が刻まれた台座の上へ置くと、例の通り現れたスペードの扉。驚くことはせず、けれど、少し緊張した面持ちで扉に歩み寄った澤村くんは、「……開けるぞ、」と言う声のち、少し錆び付いたドアノブをゆっくりと捻って扉を開けた。

 扉の向こうに広がっていたのは、冷たく暗い夜の墓地だった。

 確かに、“死”という言葉にはぴったりの場所ではあるが、どうしてわざわざ時間軸を夜に設定しているのだろう。墓地なんて只でさえ不気味な場所なのに、暗さも相まってか扉の向こうの墓地は気味の悪さが際立っている。
 ホー。ホー。ホー。部屋の中から聞こえる梟の声に引き攣り始めた頬。後退りしそうになる足を何とかその場に押し止めていると、「苗字?」と掛けられた夜久の声に、びくっ、と大袈裟に肩を揺らしてしまう。


『っ、え、あ、な、なに??』

「…………お前…………大丈夫か???」

『な、なにが??別に怖くなんてありませんけど???』

「嘘下手か」

「めちゃくちゃ怖がってんじゃねえか」


 黒尾と夜久の指摘に、うっ、と言葉を詰まらせる。怖いのは苦手だ。特に、夏になると放送される心霊体験談再現系ドラマのように、心臓に悪い系ホラーは見るのも聞くのも苦手である。「怖いの苦手なんですね」と首を捻った影山くん。不思議そうな物言いから察するに、きっと彼は“幽霊?見えねえもんがなんで怖いんだ??”というタイプの人間なのだろう。


『に、苦手じゃなくて、出来ればお近付きになりたくないだけというか、』

「それを世間一般じゃ苦手というんだよ」

「怖いなら怖いっても素直に認めろよな」


 苦く笑った黒尾と呆れた声を零した夜久。気まずさに、さっ、と目を逸らすと、一部始終を見守っていた澤村くんが、苗字さん、と声を掛けてきた。


「この部屋は俺たちだけで調べるから大丈夫だよ」

『っ、え、』

「確かに、見るからに不気味な場所だもんな」

「怖いなら無理して入る必要なんてありませんしね」


 澤村くん、花巻くん、赤葦くんの声に、逸らしていた瞳を三人へ向ける。スペードのカードを持っているのは、烏野の澤村くん、影山くんと青城の花巻くん、そして、梟谷の赤葦くんの四人のみ。ダイヤやハートの部屋と比べると少人数ではあるし、なにより、何か起きる可能性を考慮するなら、行かないという選択肢は私の中にない。
 「だ、大丈夫だよ、」と慌てて首を振った私に、「無理しなくていいって」と花巻くんが眉を下げた。


「誰にだって苦手なもんの一つや二つはあるわけだし。つーかそもそも、怖いもんを怖いと思うのは当然じゃん?それを避けたからって誰も苗字を責めたりしねえよ」


 「ここで待っててくれりゃあいいから」とからりと笑った花巻くんに、「そうだな」「ですね」と頷き続いた澤村くんと赤葦くん。三人の心遣いはとても有難い。三人とも怖がる私を気遣って、行かなくていいと言ってくれているのだ。
正直な話、その優しさに甘えたい気持ちがない訳じゃない。花巻くんの言う通り、怖いものが苦手だからとこの部屋に入ることを拒んでも、この場にいる彼らは私を責めたりしないだろう。でも、じゃあ、責められなければ避けていいのだろうか。責められなければ、逃げていいのだろうか。そんなのいいわけがない。
 扉の先に広がった墓地を改めて見つめる。暗く湿った空間に、大きな深呼吸を繰り返すと、再び視線を花巻くん達へと移し、震えの止まった唇をゆっくりと動かし開いた。


『……行くよ、行く。私も……私も一緒に行くから、』

「いや、でも、」

『そりゃ、正直言うとめちゃくちゃ怖いし、澤村くん達の気遣いは嬉しいよ?でも、この部屋にだけ入りたくないなんて、そんなワガママ言う自分になりたくない。だから、私の見栄のために行かせて欲しい。あ、足でまといになるかもしれないけど……でも、ここで逃げるような女になりたくないから。だから、どうか一緒に行かせて欲しい』


 正直な気持ちを吐露した私に、みんなの瞳が小さく見開かれる。促すように、じっ、と澤村くん達を見つめていると、仕方なさそうに、けれどとても優しく細められた三人の瞳。返事を口にしようとした澤村くんが口を開こうとした時、「あっ、で、でも!」と更に付け加えた私に、みんなの目がぱちりと瞬いた。


『一つだけ!一つだけお願いがありまして……!』

「お願い?」

『……こ、ここまで言い切っといて、こんなこと言うのは凄く情けないんだけど……………やっぱり怖いことには変わらないので、その………………』

「?なんだよ??」


『…………ど、どなたか、手とか掴ませていただけると……ありがたい………です………』


 尻すぼみになる声と共に徐々に下がっていく視線。カッコつけて行くと言い切ったくせに、これじゃあ色々台無しである。しかし背に腹は変えられない。心の衛生を保つためにも、お願いせざるを得ない。
 床に向けた視線が左右に動き出す。居た堪れなさに肩を縮めたとき、ぶはっ、と聞こえた噴き出すような音。見ると、正面の花巻くんが唇に押し当てた手の甲で緩む口元を隠しており、他にも、何人かは肩を震わせて笑いを押し殺そうとしている。ちょっと待って。今私、笑われるようなこと言った?惜しみのない笑顔を見せる花巻くんをジト目で見つめると、視線に気づいた花巻くんが、悪い悪い、と眉を下げた。


「さっきの今でそんなこと言うから、ギャップが凄くてつい、」

『……馬鹿にしてるでしょ、花巻くん、』

「してねえって!むしろ、」

『むしろ?』

「……かっこいいのに可愛いくて、すげえなって感心したんだよ」

『っ、か、』


 ぼっ!と火がついたみたいに赤くなった顔。直球な褒め言葉に全身の血が沸騰する。かっこいい、は、まだいい。さっきも治くんに言われた言葉だし、耐性がある。でも、可愛いって。今この場面での可愛いは、ちょっと脈絡がなさすぎるのでは。
 はくはく、と意味もなく口を開閉していると、ふっ、と口元を緩めた花巻くんが一歩こちらへ。骨張った大きな手を差し伸べてきた花巻くんは、やけに穏やかな表情で唇をそっと動かした。


「どーぞ、」

『っ、え??』

「掴む手が欲しかったんじゃねえの?」

『そ、それはそうだけど…………いいの?』

「もちろん。……手でも足でも、喜んで、」


 ほら、と促す花巻くんの声に、差し出された手を恐る恐る握る。手のひらを重ねたのと同時に小さく頼りない私の手を握り返してくれた花巻くんは、「うし、行くか、」と部屋の前で待っていた澤村くんたちの元へ。
 頷いた澤村くんが中へ入る直前、繋いだ手をそのままに後ろを振り返る。目が合って直ぐ、微妙な顔をみせた黒尾と夜久。首を捻りつつ、「行ってくるね」と二人に声を掛ければ、「おう、」「気いつけろよ」と言う二人の声を背に、最後のスート、スペードの部屋へと足を踏み入れた。
 五人全員が中へ入った途端、勢いよく閉まった背後の扉。大袈裟に音を立てた扉に、びくっ!と肩を揺らしてしまう。墓地を見渡した赤葦くんが、「雰囲気ありますね」と呟き零した直後、厳しい顔つきの澤村くんが扉を振り返った。


「……扉の文字は?」

「ちょい待ち。……暗くてよく見えねえな……」


 扉の文字を読もうとした花巻くんだったけれど、他の部屋とは打って変わった暗い空間に文字を読むこともままならない。「火持って来ましょうか?」という影山くんの声に、「頼むわ」と答えた花巻くん。頷いた影山くんが墓地を囲う松明の一つを持って来ると、扉の文字をかざす様に松明を花巻くんの傍へ。


「“我らは騎士。死者の亡霊から逃れるは、死をも畏れぬ崇高な魂”」

「……騎士、と言うのは、スペードのカードを持つ俺たちのことですね」

「死者の亡霊って、幽霊でも出てくるんすか?」

『ぜっっったいイヤ。変なフラグ立たせようとしないで影山くん!!』

「?すんません??」


 ぶんぶん首を振りながら抗議の声を上げると、不思議そうな顔で謝ってきた影山くん。あ、これ、絶対意味分かってないな。後輩の天然っぷりに苦く笑った澤村くんは、直ぐ様表情を引き締めて墓地の奥へと視線を向けた。


「一先ずは、この扉に嵌めるカードを探す必要があるな」

「ですね。こうしてここで話していても扉は開きませんし……二手に別れてカードを探しましょうか」

「だな」


 澤村くん、赤葦くん、花巻くんのやり取りに、暗い墓地をぐるりと見回す。明かりが少ないため、肉眼で奥を見ることは出来ないが、どうやらこの墓地は柵木に囲われているらしい。柵木や墓地内の木々には所々松明が飾られており、先程影山くんが持ってきたものもその一つだ。柵木の外には真っ暗な闇が広がっており、柵の外に出るのは得策ではないだろう。
 暗く重苦しい空気に思わず零したため息。暗闇から視線を墓地へ戻すの中へ戻すと、視界に映ったいくつもの墓石。墓地の主役とも言える墓石は見慣れた日本式のものではなく、平板状の形は海外映画やドラマでよく見るものだ。墓石には十字架と何やら文字が刻まれており、ずらりと並ぶ墓石の不気味さに繋いだ手に力が入る。


「……怖い?」

『……ちょっと、』

「ちょっとって感じじゃないけどな」

『………………すごく?』

「ははっ、素直か、」


 この場には酷く不釣合いな花巻くんの明るい声。墓地に響いた小さな笑い声に、ちょっとだけ肩の力が抜ける。もしかして、緊張を解そうとしてくれたのだろうか。及川くんや松川くんもそうだけど、青城の三年生は女の子の扱いにやけに手馴れている感がある。
 「花巻くん、彼女いる?」「?いねえけど?」「じゃあ及川くんと松川くんは?」「全員非リア充ですが??」
 他愛が無さ過ぎる会話を振った私に首を傾げた花巻くん。そんな私たちを他所に、「要はカードを探せばいいんすよね?」と扉を見やった影山くんは、盤面を進めるべくいち早く墓地の奥へ。


「俺向こう探すんで。カード見つけたら教えます」


 そう言ってさっさと歩いて行く影山くんに、「お、おい!影山!!」と慌てて後を追いかけた澤村くん。彼には怖いとか危ないという感情は存在しないのだろうか。暗闇を進んで行く影山くん慄いていると、「俺達も探しましょうか」「ああ、」と頷き合った赤葦くん、花巻くん共に、私もカードを探し始めることに。
スペードの1から10のカードのうち、澤村くんがAを、花巻くんが3を、赤葦くんが5を、そして影山くんが9を持っているため、私たちが探すカードは2番、4番、6番、7番、8番、10番の六枚となる。
 墓石の裏や木の付け根など、松明使って墓地の中を一つ一つチェックしていくと、「お、あった、」と早速花巻くんがスペードを4番を見つけた。


「聞いてた通り、カードは結構すんなり見つかんのな」

「みたいですね」

『あとは、台座に乗せるべき物も探さなきゃ行けないんだけど……』

「月島の話だとスペードのスートが持つ意味の中に、“剣”がありましたね。どこかに剣が隠されているんじゃ、」


「あったぞ!」


 張り上げられた声に、三人で一斉に振り向い先。丸く見開いた瞳に映ったのは、松明を持つ澤村くんと仄かな明かりに灯された地面に突き刺さる剣だった。