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災い転じて、


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11話


“我らは僧侶。運命の糸を切りたくば、我が聖杯に愛を示せ”


「また“愛”か……」


扉の文字を読んだ宮くんが分かりやすく顔を顰める。
ハートの扉を潜ったのは、黒尾、孤爪くん、灰羽くん、月島くん、山口くん、木兎くん、木葉くん、宮侑くん、宮治くん、そして私の計十人。ダイヤの時と同様の人数の為、カードを探す分には苦労しなさそうだ。

改めて室内を見回す。先ず目に入るのは、正面の壁に飾られた金色の十字架。十字架の両サイドには美しいステンドグラスの窓があり、外から射し込んでいる淡い光が中々綺麗だ。床には扉から祭壇に向かって真っ赤なバージンロードが伸びていて、祭壇の上には白いクロスが掛けられている。クロスには陽の光を受けて輝く黄金の杯と白い皿が置かれており、その脇には未開封のワインボトルと籠に入ったパンがある。


「……聖杯って、アレのことか?」

「………たぶん……」


祭壇に向かって歩いていく木葉くんの後を追う。これ見よがしに置かれた金色の杯。これが聖杯だとするなら、あまりに露骨な置き方である。クラブの部屋やダイヤの部屋の時とは大違いだ。「へえ!これがセーハイかー!!」と感心した声を上げた木兎くんが杯に手を伸ばす。しかし。


「ん?……んぐっ……!ぬおおおっ……!な、んだこれっ…!!動かねえっ…………!!!」

「はあ?」


右手に握った杯を持ち上げようとした木兎くん。けれど、杯はビクともせず、祭壇の上に乗ったままだ。「なんの冗談だよ」とため息を零す木葉くんに、「やってみろって!!」と木兎くんがビシッ!と聖杯を指してみせる。疑いながら木葉くんも杯に手を掛けてみたけれど、やはり杯は持ち上がる気配はない。


「こ、の、…………!!んだよっ、これ……!!どんな強力な接着剤使ってんだ………!!」

「…………何か条件があるのかな」

「あ?条件??」

「……ダイヤの部屋ではカードを揃えた後に突然あの金貨が現れたんでしょ?……なら、この聖杯を動かすにも何かしらイベントみたいなものを終えなきゃ無理なのかも」

「いべんと?」

「ゲーム用語的なものでしょ。意味としては条件と同じじゃない?」


孤爪くんの言葉に山口くんが首を傾げ、月島くんが言葉を付け足す。何かしらのイベントと言うのは、やはりカードを揃えなければ起きないのかもしれない。
木兎くんと木葉くんに続いて、聖杯を持ち上がようとしていた宮くんが諦めて手を離す。なんやそれ、と面倒そうに零した宮くんは、「ほな、さっさとカード探そうや」と唇を咎らせた。


「その前に、あの扉の文字の意味も少し考えませんか?」

「“我らは僧侶。運命の糸を切りたくば、我が聖杯に愛を示せ”ってやつか?考えて分かるもんとは思えんのやけど、」

「つーかさ、セーハイってそもそもなんなの??黒尾知ってる??」

「いや、詳しくは知らねえけど………研磨やツッキーは?」


黒尾の視線が二人に向かう。知らない、と首を振ってみせた孤爪くんに対し、面倒そうに顔を顰めた月島くんは、仕方なさそうに口を開いた。


「……諸説ありますが、キリストが最後の晩餐の時に、自分の弟子たちにワインとパンを振舞った際、“これは私の血である”と言ってワインを注いだ杯の事を聖杯とする説もあるみたいですよ」

『月島くんって本当に博識………』

「ツッキーのその知識どっからくんの?W〇kipediaなの?」

「昔聖書を読んだ時に調べてみただけですよ。聖書は世界一読まれている本なので、読んだ人間が居ても別に珍しくないでしょう」

『………読書、好きなんだね……』


遠い目になってしまうのは許して欲しい。
月島くんの凄いところは、本を読むのが好きな事ではなく、読んだ本の内容や得た知識をこうして覚えてられる所だろう。受験生としてはこれほど羨ましい脳みそはない。
「じゃあワインを注げばいいんじゃね?」と灰羽君がワインボトルに手を伸ばすと、どうやらコチラも持ち上がらないらしく、「研磨さん!このボトル重すぎますよ!?」と何故か孤爪くんに文句を言っていた。


「じゃあ、運命の糸っつーのは?」

「………普通に考えりゃ、“赤い糸”の事じゃねえの?」

「赤い糸??赤い糸が運命の糸なの?なんで??」

「………お前って本当に知らねえ事多いのな……」


パチパチと瞬きを繰り返す木兎くんに黒尾と木葉くんが同時にため息を零す。「運命の赤い糸って聞いたことない?」と二人に代わって答えると、いっそ清々しいほど「ない!!」とはっきり答えた木兎くんに「誰か赤葦呼んでこい」と黒尾が面倒そうに顔を振った。


『えーっと……伝説、みたいな話になるんだけど……左手の小指には目には見えない赤い糸が結ばれていて、その糸を辿った先にいる相手が、運命の人だっていう話があるの』

「へえー!!」

「まあ俗信に過ぎないと思いますけど、“運命の糸”と聞いて思い浮かぶのは、その話ですよね」

「目には見えない“運命”なんてもんあってたまるかい」

『……月島くんも宮くんもリアリストなんだね……』

「ほんなら苗字さんは、目には見えない運命の糸があると思うん?」

『それは………』


自分の左手に視線を落とす。何の変哲もない見慣れた手だ。この手の小指に糸があるなんて確かにちょっと信じ難い。
「あってもなくてもどっちでもいいんじゃない?」と何気なく答えると、「中途半端な答えやなあ」と宮(侑)くんが不満そうに眉を寄せた。


「なくてもいいって事は……結婚願望ねえの?」

『いやいや。そういう意味の“どっちでもいい”じゃなくて』


意外そうに目を見開いた木葉くんに慌てて首を振ると、「じゃあどういう意味なん?」と宮(治)くんが首を傾げてきた。


『…たとえば、今私に好きな人がいて、その人と運命の赤い糸で結ばれていたとしたら凄く嬉しいし、ロマンチックだなって思うよ。でも、もし他の人と結ばれてたら?』

「…え……っと…そっちの人が運命の相手になるんじゃ……?」

『でも、自分の好きな人は他にいるんだよ??いくら赤い糸で結ばれてるからって、そう簡単に他の人を好きになれるかな?』


宮くん達の瞳が僅かに見開く。
運命ってすごくロマンチックな言葉だ。でもそれと同時に、すごく身勝手な言葉でもあると思う。だって“運命”って言葉が付いてしまったら、まるでそれ以外の選択肢がなくなってしまうみたいじゃないか。
心って凄く複雑だ。喜んだり悲しんだり、怒ったり悩んだり。そんな複雑な心が“運命”って言葉一つで動かされるわけが無い。運命がないとは言わない。でも、運命があったとしても、結局最後は自分の心次第だ。
そっと胸の辺りを押さえる。心がどこにあるのかなんて知らないけれど、多分多くの人が心はここにあるんじゃないかと思っているはずだ。


『運命の相手がいようといまいと、好きになる人を決めるのは自分自身でしょ?だから、別にどっちでもいいんじゃないかって言ったの。結局は自分次第なんだから』

「……まあ、それはそうやな」


納得してくれたのか、やけにアッサリ頷いてくれる宮(治)くん「あくまで私の考えだけどね」とへらりとした顔で付け足すと、「……そういう考え方は悪ないな」と今度は宮(侑)くんが頬を掻いた。


「……運命の赤い糸はあるのかどうかは兎も角、あの扉の文字についてはもう少し情報が必要だと思う」

「そんじゃあ、やっぱ先にカードか?」

「……そうだね」

「うしっ!さっさと探しちまうか!」


孤爪くんと黒尾の会話を聞いた直後、教会に並ぶ会衆席を調べ始めた木兎くん。次いで「俺も!!」駆け出した灰羽くんが木兎くんに倣うように席を覗いていく。「俺も探すか」と木葉くんが木兎くんの元へ向かい、仕方なさそうにため息を吐いた孤爪くんと月島くんも方々に散っていく。そんな月島くんを山口くんが追いかけ、祭壇傍に残っているのは私と黒尾、そして宮兄弟の四人だけに。

あれ。そう言えば、何枚のカードを探しているんだっけ。

黒尾がエース。孤爪くんが5。灰羽くんが11のカードを持っているのは知っている。けれど、他のみんなは何のカードを持っているのだろうか。


『ねえ、宮くん、』

「「おん?」」

『……あ、ごめん、えっと………その、二人の持ってるカードの番号を聞きたかったんだけど、』

「……ああ、そういや聞いてなかったな。確か及川の話だと、背番号と重なってんだっけ?」

『みたいだね』


「何番?」と小首を傾げれば、「7番やな」「俺は11っすわ」と簡潔な答えが返ってくる。「他の皆の背番号知ってる?」と黒尾を振り返ると、思い出すように天井を仰いだ黒尾が少し自信なさげに口を開いた。


「……木兎が4番でツッキーが11番なのは確かだが………山口くんは12番だったか?あと、木葉は…………7番だっけか?」

『ということは、探さなきゃいけないのは2番、3番、6番、8番、9番、10番の六枚だね』

「人数の割に探すカードが多ない??」

『カードが被ってる人がいるからね。宮くんと月島くんと灰羽くんは11番。宮くんと木葉くんは7番でしょ?』

「ああ、それで、」


小さく頷いた宮くん達を確認したところで、「アイツらにも伝えとくか」と黒尾が木兎くん達の元へと向かう。私も月島くんと山口くんに話しておこうと足を踏み出そうとすると、「ちょお待って下さい」と宮(治)くんに腕を掴まれた。


『?宮くん??どうかした??』

「……それ」

『それ???』

「その呼び方、どうにかなりませんか?」


呼び方。呼び方って、“宮くん”って呼び方のこと?
「何か変?」と瞬きを繰り返せば、不満を露に眉を寄せた宮(治)くんが、右手の人差し指を使って侑くんを指し示した。


「俺もこいつも“宮くん”やと、どっち呼んどるか分かりにくいんです」

『あー……』


確かにそれはその通りだ。
「人を指さすな!!」と向けられた指を叩き落とす宮(侑)くん。叩かれた本人はと言うと、特にダメージはなかったのかしれっとした顔で「呼び分けしてもらってええです?」と首を捻ってくる。


『呼び分けって………』

「普通に“治”でええですから」

「俺も堅苦しいんは苦手やし、“侑”でええですわ」

『……じゃあ、治くんと侑くんって呼ばせてもらうね』


満足そうに二人が揃って首を縦に動かす。こうして改めて見るとやはりよく似ている。髪色が違わなければ、簡単には見分けられなさそうだ。
「ほな、カード探し始めるか」「せやな」と各々散り始めた二人を見送り、今度こそ月島くんと山口くんの元へ向かう。席と席の間を覗き込んでいた二人に声をかけると、「どうかしましたか?」と山口くんが首を傾げてきた。


『探しているカードは2番、3番、6番、8番、9番、10番の六枚だよ、っていうのを伝えようと思って』

「あ、そっか。何のカードを探すか確認してませんでしたね」

『まあ一通り見つけちゃえば分かることかもしれないけどね』

「今までの部屋でもカードは結構すんなり見つかったんですよね??」

『そう………だね。カード探しはスムーズだったような気が………』


「見つけたあああああ!!!!!!」


突然張り上げられた声に山口くんと二人でビクッと肩を揺らす。何事かと声の方を見れば、右手でカードを掲げ上げた木兎くんの姿が。どうやらカードを見つけたらしい。
「見つけてますね」「見つけてるね」と山口くんと顔を見合わせていると、「木兎さんが見つけられるなら、分かりやすい場所にあるってことでしょ」と月島くんがサラりと毒を吐く。長身博識毒舌イケメンって凄いキャラだな、と妙な感心をしていると、「こっちもあったでー!」と今度は侑くんの声が聞こえてくる。やはりカードを探すことに関してはあまり問題にならなさそうだ。
そのまま月島くんと山口くんと一緒にカードを探していると、椅子の裏に貼り付けられていたカードを山口くんが一枚見つける。更に黒尾と孤爪くん、灰羽くん達三人が一枚見つけ、あっという間に残り二枚だ。


「とりあえず席は一通り見終えたな」

『残ってるのは祭壇周辺かな』


全員で祭壇の近くに戻る。祭壇の上に置かれているのは、最初に見た通り聖杯と皿、それにワインとパンくらいだ。試しに皿を持ち上げてみる。下にも裏にも何もない。隣で侑くんがパンの入った籠を持ち上げてみたけれど、やはり何も見つからない。


「……なんか普通に腹減ってきたわ……。このパン食うてもええかな?」

『いや、流石にやめた方がいいんじゃない??』

「つーか食えんの??これ??」


侑くんが下ろした籠に治くんが手を伸ばす。積まれたパンの中から一つを手に取った治くんは、物欲しそうにパンを見つめている。いくら何でもここで見つけた物を食べるのは良くないんじゃないだろうか。治くんに続いて木兎くんもパンを手に取った瞬間、「……あ、」と何かに気づいたらしい孤爪くんが籠の中に手を伸ばした。


「……見つけた」

「ん?お、ホントじゃん!」

「まさかパンの中に隠れてるとはな」


苦く笑った黒尾が孤爪くんからカードを受け取る。これで残りは一枚だ。見つけた本人たちはと言うと、相変わらず物欲しそうにパンを見つめたままだ。呆れたようにため息を零した黒尾が止めようとすると、「……やめた方がいいと思うよ」と意外にも孤爪くんから制止の声が。


「“黄泉竈食(よもつへぐい)”って知ってる?」

「「よもつへぐい?」」

「黄泉の国の食べ物を食べた人間が、現世(うつしよ)に戻れなくなること。……ここが“黄泉の国”とは言わないけど……でも、得体の知らない場所で何かを口にしたら、そこから出られなくなる場合もあると思うよ」

「「…………」」


二人が無言でパンを籠へと戻す。孤爪くんの忠告は効果抜群だったようだ。
「さて、残りは一枚だな」と改めて教会内を見回した黒尾。広い空間ではあるものの、何かを隠すとなると場所も限られて来る。残りの一枚は一体どこにあるんだ、と眉を下げていると、「あ、おい、」と何かに気づいた木葉くんが十字架を指し示す。振り返って十字架を見上げると、淡い光を浴びて輝かくクロスの中心に、一枚のカードが貼り付いていた。