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災い転じて、


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9話


かちり。かちり。カードが嵌って行く。
扉に並ぶダイヤのカードは既に1から9まで並んでいる。


「………次が最後か……」


緊張した面持ちの夜久の呟きに、ダラダラと冷や汗を流した日向くんが前へ。震えた指先に握られたカードがゆっくりと扉へ向かっていく。


「い、行きますよ……!」


確認するように私達を振り返った日向くんに、全員の頷きが返される。ごくっと喉を鳴らした日向くんが最後の枠に恐る恐るカードを差し入れた瞬間、かちりと聞こえてきた音。次いで響いたのはがたがたと揺れ始めた扉の音だった。
ひえ!?と悲鳴をあげた日向くんが後ろへ飛び退く。揺れの止んだ扉には奇妙な凹みが現れ、そこから姿を現したダイヤのドアノブ。ここまではクラブの部屋と全く同じだ。
一体何が起きるのかと身構えたまま扉を見つめていると、「うお!?」と張り上げられ声に視線が声の方へと動く。


『な、なに?どうしたの??』

「っ、足が……!」

『足?足が一体……』


どうしたの。そう問おうとした。けれど。
ゆっくり、ゆっくりと下へ降りて行く目線。不安と緊張で揺れる視界に映ったのは、



黄金の水溜まりだった。



『っ!な、なにそれ!?!?』

「わっ…かんねっ……!けどっ、っ、足、抜けねえ…!」

「つーかこれ……!段々沈んでってねえか!?!?」

『沈んでって………!』


私以外の全員の足元に現れた黄金の水は、徐々に皆の足を吸い込んでいる。もしこのまま沈み続けてしまえば、皆は黄金の水に飲み込まれてしまう。
「“金に溺れる”ってこういうことかよ!!」と叫びながらも、なんとか身を捩って水から出ようとする夜久。しかし、出れるどころか既に膝下まで沈んでしまっていて、このままではあっという間に黄金の水に飲み込まれてしまう。
どうにか、どうにかしなくちゃ。私が、何とかしないと。
咄嗟に近くにいた日向くんの腕を掴む。グッ、と力を入れて引っ張ってみるけれど、一番小柄な日向くんでさえ引き上げられる気配はない。段々と飲み込まれて行く小さな身体。恐怖のせいか日向くんの口から嗚咽が漏れ始めたその時、



【命が欲しくば、金を出せ】



『………え………?』


背後から聞こえてきた声に動きが止まる。
男のものか女のものかも分からない、老若男女全ての声が重なったような声。「今の声は……?」と菅原くんの視線が扉の方へと向く。菅原くんに倣うようにゆっくりと身体を振り向かせると、再び“声”が空気を揺らした。


【命が欲しくば、金を出せ】


「っ、う、嘘だろ……?」

「が、が、が、骸骨が、骸骨が………!!」


「「「喋ったああああああああああ!!」」」


ぎゃああああ!!と叫ぶ一年生三人を前に、ゆらりと不気味に立ち上がった骸骨がカラカラと骨を鳴らす。夢を見ているかのような状況に目を回していると、まるで私たちを追い詰めるように骸骨が言葉を続けて行く。


【命が欲しくば、金を出せ】


『っ、か、金って……』


骸骨の言葉に顔を顰める。
金。命が欲しければ金を出せって、それってつまり、皆の命を救いたければ、お金を払えってこと?
動かした視線の先に、身体の半分を黄金の水に囚われた皆を捉える。救えるのなら救いたい。このまま皆が溺れ死ぬことなんて、そんなのこれっぽっちも望んじゃいない。けれど、今の私は、お金なんて一円も持ち合わせてない。
理不尽な条件に拳を震わせていると、「金なんてあるわけねえだろ!!!」と叫んだ岩泉くん。そんな彼の叫びに、ゆっくりと動き出した骸骨の手。何をする気かと目を細めていると、白く長い指先が真っ直ぐ私に向けられた。


【金ならそこにあるだろう】


『え………』


血肉の通わない無機質な指。その先が示しているのは、間違いなく私だ。どういう意味かと問おうとした瞬間、骸骨の指がほんの少し下へズレる。そこを見ろと言うようにブレザーのポケットを指し示して来る骸骨に、恐る恐るポケットに手を入れると、中から出てきた物にその場にいた全員が目を見開く。


『こ、れは………』

「金貨……!?なんで苗字が……!?」


ポケットの中から出てきたのは、見覚えのない一枚の金貨だった。なんでこれが私のポケットに。震える手で金貨を握りしめる。この金貨、両面にダイヤのマークが描かれている。と言うことは、これが扉の文字にある“貨幣”と言うことなのだろうか。
目の前の骸骨に視線を戻す。ゆらゆらと不安定に揺れる身体はまるでこの状況を楽しんでいるようだ。


『っ、この金貨で皆の事を助けられるのね…!?』

【金を払えば命を売ろう】

『ならっ……!』

【だが、一枚の金貨で買えるのは一つの命のみ】

『え………?』


【選べ。貴様が買うのはどの命だ】


骸骨の声が洞穴内を木霊する。
選べ。選べって、何を?命?誰の命を選べっていうの?
はっ、と浅い息を吐いて視線を動かす。不安と恐怖で揺れる瞳に映るのは、黄金の中に飲み込まれていく九人の姿。

選べと言うのか。この中から。
誰か一人を選ばなければならないのと言うのか。

心臓の音が大きくなる。金貨を握る手に汗が滲む。唇の震えが治まらず、上手く息が吸い込めない。


「っ、苗字!俺はいい!!他の奴を助けろ!!!」

『っ、や、……く…………』


俯きそうになった顔が夜久の声に引き上げられる。
夜久の身体は既に沈み切っていて、見えているのは強ばった顔だけだ。「俺もいい!!他を選べ!」「俺もだ!!」と夜久に続くように皆が声を上げていく。けれど、他を選べと言われたところで、一体誰を選ぶのが“正解”だと言うのか。
一年生三人のうちの誰か?日向くん?五色くん?金田一くん?それともやっぱり、一番付き合いの長い夜久?
みんなの顔が頭の中でぐるぐると回る。ダメ。ダメだ。たとえ誰かを選んでも、選ばれた人が喜ぶわけがない。でも。じゃあ。今の私に出来るのは、沈んでいく皆をただただ見ている事だけだと言うのか。
夜久の薄茶色の瞳が、覚悟を決めたように瞼に覆われる。その直後、ぽちゃん、と無情な程簡単に消えてしまった夜久の姿。

ぽちゃん。ぽちゃん。

続くように一人、また一人と皆が姿を消していく。
はやく、はやく決めなければ。誰か一人でも決めなくちゃ、全員を失うことになってしまう。はやく、はやく、はやく決めて、誰かを、この金貨で、助けて、


“……これだけの金貨があったとしても、金では手に入らんもんだってある。それを知らん奴は、確かに“愚か者”かもしれんな”


『あ………』


頭を過った北くんの言葉に、唇から零れた小さな声。

そっか。そうだ。北くんが言っていたじゃないか。どれだけお金があっとしても、そんなものじゃ手に入れられないものがある。そう彼が教えてくれたじゃないか。
震えた手に乗せた金貨を見つめる。この金貨にどれほどの価値があるのか私には分からない。でも、たとえどれだけの価値があろうと、こんな金貨一枚に、


皆の命と同じ“価値”があって堪るか。


震えた足を叱咤して骸骨に向き合う。決まったのか?とでも言いたげに手を差し出してきた骸骨。からからと嗤い声のように骨を鳴らす骸骨に、金貨を握った右手をゆっくりと差し出した。


【さあ選べ。貴様が買うのはどの命だ】


繰り返された問。そんなの決まってる。
ここにいる皆の、夜久達の命は、お金なんかで手に入れられるものじゃない。なら、この場で買うべき命はたった一つ。



『あんたの命よ!!!!!!!』



そう叫んだ直後、差し出されていた骨の手がガラガラと崩れ落ちていく。次いで、顔、身体とバラバラになって行く骸骨の姿に目を見張っていると、今度は物凄い地響きがして、地面がぐらぐらと大きく揺れる。あまりの揺れに立っていることが出来ずその場に尻餅を付くと、次の瞬間、洞穴の中に溢れていた金貨がサラサラと砂になって崩れ始めた。
ざあああああっ!と崩れた砂金の山が床を覆い尽くす。大きく舞った砂埃にゴホゴホと咳き込んでいると、背後から鍵の解錠音が。


「うお!?開いた!?!?」

「ゲホッ!ゲホッ!!っ、んだよこれ…。スゲェ砂埃……」


開いた入り口から聞こえた木兎くんと木葉くんの声。「あれ?苗字ちゃん?」と座り込んだまま動かない私に木兎くんが声を掛けてくる。
ちょっと待って。なにこれ。扉が開いたってことは、正しい答えを選んだってことじゃないの?だとしたら、なんで、どうして、

夜久たちは、戻ってこないの。

目尻から零れた涙が頬を滑る。間違えたのか、私は。私が間違った選択をしたから、そのせいで、夜久達は。
その場から動けず呆然とする私に、「苗字、」と歩み寄って来た黒尾。気遣うように伸びてきた手が肩に触れたその時、



「ブッハッッッ!!くそっ!!ひでえ目に合った…!!」





『……………え…………』


黄金の砂塵が舞い上がるのと同時に張り上げられた声。俯いていた顔が上がる。濡れた瞳に映ったのは、間違いなく、夜久の姿だ。
続くようにバサッ!と音を立てて砂金の中から次々と皆が顔を出していく。「目が!目がいてええええ!!」「ちょ、めちゃくちゃ砂が口に入ったんだけど!?」「誰か出るの手伝ってくれー!」と次々と聞こえてくる皆の声に、震える唇から、はっ、と浅い息を漏らす。

生きてる。皆、ちゃんと生きてる。

「黒尾!手え引いてくれ!」と呼ぶ夜久に、「おー!」と返事をした黒尾。夜久の元に歩いて行く黒尾を見送っていると、漸く砂の中から開放された夜久がジャージの砂を払いながらこちらに向かってきた。


「苗字、サンキューな。どうやらまたお前のおかげで、

『っ、夜久!!!』


夜久の言葉を遮るように動いた身体。地面を蹴った勢いをそのままに、夜久の背中に腕を回す。うお!?!?と驚いた声をあげ、数歩後ろへふらついた夜久。その場にいた皆がぎょっと目を見開く。一瞬何が起こっているのか分からないように固まった夜久だったけれど、自分の状況に気づいた途端、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていった。


「ちょっ、ばっ…!苗字、おまっ、なにして、」

『良かったっ……』

「は……」


『夜久がっ……っ……皆が生きてて、本当に良かったっ……!』


赤いジャージを握る手に力がこもる。
怖かった。本当に本当に怖かった。私が、私の選択が間違っていたせいで、皆を助けられなかったんじゃないかって。“殺して”しまったんじゃないかって。怖くて怖くて堪らなかった。

でも、生きてる。
夜久も、皆も、ちゃんと、生きてる。

赤いジャージに溢れた涙が染み込んでいく。存在を確かめるように夜久の背中に伸ばす腕に力を入れると、答えるように夜久の手が頭を撫でてくれる。子供のように声を上げて泣き続ける私に皆は何も言わず、そのまま私が泣き止むまで静かに待っていてくれた。