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三年生冬(4)

“止まらないっ!木兎光太郎が止まらない―!!!”


歓声の中に響く実況者の叫び。マイク越しに伝わる興奮が応援席の熱気を更に高めている。

春後三日目。準々決勝。

相手は全国三本指のエースを擁する大分の狢坂高校。一セット目。全国屈指のエースを相手に、徐々に開き始めた点差。一時は六点ビハインドとなった試合展開に固唾を飲みそうになった瞬間、劣勢の空気を切り裂くように決まった木兎のスパイク。狢坂に傾き掛けた流れを切った強烈な一撃に会場中が湧き上がった。
これが木兎光太郎。全国五本の指に入るスパイカーで、梟谷男子バレー部の絶対的エース。
スパイクやサーブで点を取ったかと思えば、今度はレシーブでチームを盛り上げる木兎。加速していくエースに引っ張られてか、みんなの動きが格段に良くなって行く。ブロッカーの間を抜けたボールを小見くんが見事に拾い上げる。少しネット寄りに上がったレシーブ。すかさず落下点に走り込んだ赤葦くんが片手でトスをあげる。しかし。


「ああっ……!」

「惜しい!ホールディングかあ……!」


惜しくも反則を取られたトスに、観客の口から零れたため息。「惜しかったね」と眉を下げたトモちゃんに、うん、と小さな頷きを返す。気の所為だろうか。赤葦くん、いつもより少し固いような。
木兎と話す赤葦くんの背中を見つめていると、ピーッ!と響いたホイッスル。選手交代を告げる笛の音に赤葦くんはコートの外へ。


「あれ、赤葦くん交代??」

「調子悪かったのかな?」

『どうだろ……。少し固いようには見えたけど……?』


トモちゃんと吉田くんに眉尻を下げて答えてみせる。ツーアタックやホールディングのミスは見られたけれど、それ以外では特に目立った不調は感じられなかった。それでも交代したということは、コートやベンチにしか感じられない“何か”があったということだろう。
ベンチに座る赤葦くんを気にしつつ、瞳を再びコートへ移す。鷲尾くんが放ったサーブを相手レシーバーが拾い上げる。僅かに乱れたボールをセッターがエースへセットすると、木葉、猿杙、尾長くんの三枚ブロックに向かって真正面から打ち込まれた強烈なスパイク。ワンタッチによって威力がいなされたボールを小見くんがレシーブする。赤葦くんの代わりに入った一年生セッターが猿杙にトスを上げるも、ブロックに阻まれたボールは再び自軍のコートへ。一年生セッターのフォローでなんとか繋がれたボール。ファーストタッチがセッター。こういう時、頼りになるのは。


「木葉!」

「ライッ!!」


迷いなく落下点に滑り込んだ木葉。軽やかに床を蹴った両足がコートから離れる。「寄越せええええ!!」とボールを呼ぶエースの声に自然と意識が其方へ向く。また木兎に上がるのだろうか。そう思ったその時。



「ヤだね」



不敵に笑う木葉の手から放たれたトス。柔らかな弧を描いたボールはどんぴしゃで猿杙の手のひらへ。相手コートに決まった猿杙の攻撃。あーい!とハイタッチを交わす木葉と猿杙に自然と顔が綻んで行く。
木兎だけじゃない。梟谷に、このチームいるのは、木兎だけじゃない。木兎が、木葉が、赤葦くんが、みんながいる。みんながいるから“チーム”なのだ。
木兎の活躍で猛追するも、惜しくも落とした一セット目。でも、この雰囲気ならきっと二セット目は取り返せるはず。コートチェンジ後、コートに戻った選手たち。その中には、赤葦くんの姿もある。
「赤葦くん戻ってきたね」「うん、」とトモちゃんと話しながらも視線はコートに注ぎ続けていると、猿杙のサーブから始まった第二セット。相手の攻撃を木葉が上げるも、ボールは再びネット際に。一セット目。ワンハンドトスをミスした赤葦くん。さっきと似た状況に握った両手に力を込めた時、


『っ、あっ、』

「うま、リビウンド……!」


相手ブロックを利用して作られたチャンスボール。おお、と観客席から小さな歓声が上がる。戻ってきたボールを再び木葉がレシーブする。今度こそ完璧にセッターの真上へ上げられたボール。美しい姿勢から放たれたトスに相手ブロックが遅れを取る。
ドンッ!!と観客席まで届いた打球音。両手でガッツポーズを作った木兎が満面の笑顔で赤葦くんを振り返った。


「最高のトスだぜ!!」

「ありがとうございます」


交わされた会話の内容までは分からない。けれど、ハイタッチを交わす二人の姿に、強ばった両手から自然と力が抜けて行く。きっともう、大丈夫。いつもの赤葦くんだ。
その後も木兎の好調は続き、木兎のサービスエースで梟谷のマッチポイントに。応援団だけでなく見知らぬ観客さえも引き込む木兎のプレーに、「すげえな、」と吉田くんが目を丸くしている。確かに、今日の木兎は本当に凄い。いつも凄いけど、でも、今日はどこか違う気がする。今日の木兎は、いつもより一層“エース”だ。
木兎コールが響くなか、再び放たれた木兎のサーブ。繋がれたボールを相手エースが叩き込もうとした。の、だけれど。


“ここで梟谷が桐生を止めたーっ!!”


鷲尾くんのブロックで奪ったラストポイント。ナイスキー!!と声を上げながら、トモちゃんと二人で手を取り合う。これでセットカウントは一対一。次のセットを取ったチームが、明日に進む切符を得ることになる。
迎えた第三セット。一進一退の攻防に観客席にも熱が入る。頑張れ、頑張れ、と精一杯のエールを込めて声を張り上げると、第三セット終盤、今度は木兎がリバウンドを決める。


「もっかいっ!良いトス寄越せよ赤葦ィ!」


エースの声に応えるべく、ふわりと上がった美しいトス。空中で止まっているかのような木兎の姿に、決まると、なぜかそう確信した次の瞬間。


『っ、ふぇ、』

「「『フェイント……!!』」」


強烈なスパイクを打つかと思いきや、前へ落とされたボール。虚をついた攻撃に相手レシーバー達も出遅れ、ボールは見事に相手コートへ落下する。
ぽかんとした間抜け面で固まったのち、ぷっ、と唇から溢れた小さな笑顔。ふふ、と今度は声を出して笑うと、トモちゃんや吉田くんの口からも大きな笑い声が聞こえて来る。

本当にもう。木兎は、どこまで行っても木兎なのだ。

仲間たち囲まれる木兎の楽しそうなこと。「木兎の奴楽しんでなあ」「ほんとそれ。羨ましいやつ」と微笑ましさと少しの羨望を含んだ吉田くんとトモちゃんの声。隣から聞こえた会話に、確かに、と内心で小さく頷いた直後、乱れたボールを打ってきた相手エース。思いもよらぬ攻撃に、ぎょっ、と目を丸くする。しかし。


「ッシャアアアア!!!」


ボールが抜けた先に待っていたのは、梟谷の小さな守護神だった。小見くんが上げたボールを赤葦くんがトスに変える。ふんわりと柔らかに届いたトス。美しい半円を描いたボールを、猿杙の右手が強力なスパイクへ。


“レフトから強力なストレート猿杙大和ー!!”

“いやー、梟谷小見くんよく上げたなあ!”


解説者達も絶賛する猿杙と小見くんの活躍。堪らずタイムアウトを取った狢坂高校。しかし、タイムアウト明け、再び相手の意表をついた木兎のサーブ。前に落とされたボールに狢坂も何とか反応するも、上がったボールはネットを越え、待ち構えていたように鷲尾くんのダイレクトが。


「やべえよっ、木兎やばすぎだろっ!」

「あそこで前に落とすとか!」


興奮する吉田くんとトモちゃんを隣に、ナイスキー!と張り上げた声。現在の得点は、22対19。梟谷がリードしている。
大きな声援を背に三度目サーブを放った木兎。今度は強打で打ち込まれたボールを狢坂の7番が綺麗に上げる。誰にトスを上げるのか、と構えた矢先、とんっ、と梟谷のコートに落ちたボール。え、という一瞬の間ののち、相手のセッターのツーアタックが決まったことに気づく。22対20。これで相手も二十点台だ。
縮んだ点差に肌がひりつく。唇を引き結んだまま熱気に満ちたコートを見つめていると、笛の音の直後、相手エースから放たれた凄まじいサーブ。勢いよく向かって来たボールを木兎がレシーブする。スパイカー全員が攻撃態勢に入るなか、赤葦くんが選んだのは、エースのバックアタックだった。
いつもよりタイミング早く入った木兎に、見事に合わられた赤葦くんのトス。振り下ろされた右手から放たれた強烈な一撃。決まったかと思いきや、滑り込むように現れた狢坂のエースが見事にボールを拾い上げる。ネットを大きく越え、梟谷コートの後方へ落ちたボール。線審の少年がフラッグを頭上に掲げたことで、主審の右手が梟谷を指し示した。



「「「「「「しゃあああああ!!!」」」」」」



コートにいるみんなの雄叫びが観客席まで届いて来る。これで、23対20。あと二点で、梟谷の勝ちだ。
目前に迫る勝利に身体が前のめりになる。次の一点は狢坂が決めたものの、その次の一点を猿杙が決めたことで、24対21、梟谷のマッチポイントだ。しかし、相手も全国屈指のスパイカーを擁するチーム。ネット際で競り合ったボールが梟谷のコートへ落ち、スコアは24対22。食らいついてくる狢坂高校に、汗に濡れた両手を胸の前で合わせ握る。
相手サーバーは、9番のセッター。ステップを踏んだ足が床を蹴ったかと思うと、高い位置から放たれたサーブが突き刺すように梟谷のコートへ向かって行く。瞬間、ゆらりと大きく軌道を変えたボール。落ちる、と背中を冷たい汗が伝ったとき、



頼もしい背中が、ボールの下へ現れた。



『っ、このはっ……!!』



思わず叫んだ名前は、きっと本人には聞こえていない。でも、7番のユニフォームが映った瞬間思った。木葉なら絶対、絶対上げるって。
目前に迫ったボールをオーバーで捉えた木葉。頭上に上がったボールを赤葦くんがトスに変える。尾長くんの速攻で決まったラストポイント。直後、試合終了を告げるホイッスルが広い館内へと響き渡る。「っしゃあ!!!」「準決勝進出じゃん!!!」と両手を挙げた吉田くんとトモちゃん。喜ぶ二人を隣りに、ほう、と小さく息を吐き出す。勝った。梟谷が、みんなが勝った。準決勝への切符を、みんなが勝ち取ったのだ。スタンドへ挨拶に来た選手たちに溢れんばかりの笑顔と拍手を送る。
すると、顔を上げた選手が次々退場するなか、なぜか一人その場に残った木葉。ぱちりと瞬かせた瞳で木葉を見つめていると、とんとんっ、と親指で胸の中心を小突いいた木葉に、あ、と小さな声を漏らす。


『(ご利益ないって、言ったのに、)』


嬉しさと照れ臭さに思わず零れた笑顔。視線の先では、満足そうに笑った木葉が今度こそその場を離れて行く。私達もそろそろ移動しなくては。観客席を離れようとした瞬間、ふと気づいた隣から注がれる視線。「トモちゃん?」と小首を傾げてトモちゃんと目を合わせると、これでもかと目を丸くしたトモちゃんがぽつりと呟くように唇を動かした。


「………名前、あんた………」

『?なに??』

「……あ、あー……う、ううん!ごめん、なんでもない!移動しよっか!」


そう言って、慌てて吉田くんの背中を押し始めたトモちゃん。なんだか様子のおかしいトモちゃんに首を捻りながらもその場を後にする。
明日は準決勝。そして、その次は決勝だ。
優勝旗を手にする木兎たちの姿に思い描くと、人波に溢れた館内を足取り軽く進み始めた。
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