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三年生冬(2)

2013年1月5日。
新年の空気が漂うなか開催された全日本バレーボール高等学校選手権。通称“春高”。四十七都道府県の代表が一堂に会するこの大会が、木葉たち三年生にとって最後の大会となる。

緊張した面持ちで迎えた第一試合。

メインアリーナとは違い、観客席からコートまでの距離がとても近いサブアリーナ。迫力満点のスパイクを放った相手選手に対し、何だかあまりノらない様子の木兎。「木兎の調子悪くない?」と隣で観戦するトモちゃんが零した直後、梟谷ベンチがタイムアウトを取り、試合は一旦中断する。
監督さんを囲うようにベンチへ集まる皆。何やら騒がしい梟谷サイドにトモちゃんと二人で顔を見合せていると、あっという間にタイムが明け、試合再開へ。
再開後は木葉や猿杙、鷲尾くんと言った木兎以外に集まり始めたトス。「木兎の打数少ないね」「やっぱり調子悪かったのかな?」と試合を見守りつつ会話を続けていると、徐々に追いついて来た点差に拍手の音を大きくする。同点に追い付いた所で、今度は相手チームが取ったタイムアウト。ベンチに戻った瞬間、何やら木兎と話し始めた赤葦くんは、不意にコート脇に観覧部分を指し示した。


『(あ、日向くんと山口くんだ、)』


赤葦くんの指先を辿った先には、水色のTシャツを掲げる日向くんとその隣で頭を下げる山口くんの姿が。
二人の姿を捉えた瞬間、二度目のタイムアウトが明ける。コートに戻る木兎の背中に感じた頼もしさ。試合再開後、いの一番に決まったのは、木兎の強烈なスパイクだった。
その後は、見事に好調を維持した木兎の活躍もあり、セットカウント2対0で梟谷の勝利に。初戦突破を祝して溢れんばかりの拍手を送っていると、こっちに気づいた木葉と視線がかち合う。おめでとうの意味を込めて笑顔で手を振ると、ふっ、と唇を緩めた木葉は親指でトントンッと胸の中心を小突いてみせた。
あ、まただ。今の、確か予選の時もしていたような。
一体どういう意味があるのだろう、と小首を傾げて木葉を見つめていると、「次のチーム来てるよ」とトモちゃんに促され、慌てて席を離れることに。試合の感想を述べながらサブアリーナからメインアリーナへ移動する。帰る前に他のチームの結果を見るべく会場入口に掲示されたトーナメント表を覗いてみると、梟谷グループの合宿に参加していた音駒と烏野の二回戦進出を確認する。順当に行けば、音駒と烏野は三回戦で激突することになりそうだ。目当てのチームの勝敗を確認し、体育館を出ようとした時、


「あ、木葉と猿杙、」

『っ、え??』


不意に落とされたトモちゃんの声に思わず足を止める。見ると、エントランス脇に立つ木葉と猿杙がいて、二人の前には見覚えのない女の子の姿が。
「あの子誰だろ?」「さあ……?」とトモちゃんと首を傾げていると、二人に向けて何かを差し出した女の子。可愛らしい便箋に包まれたそれはどこからどう見ても手紙で。手紙を受け取った木葉を見た瞬間、モヤりと胸に雲が掛かる。

なんだか今、すごく、嫌な気持ちになったような。

よく分からない靄に覆われた胸に右手を添える。「木葉の奴やるなあ、」と感心の声を漏らしたトモちゃん。普段なら同意の一つもするのだけれど、何故か今はそんな気分になれず、頭を下げて去っていく女の子をどこか羨むような気持ちで見つめることに。
女の子が去ったことで、くるりと踵を返した木葉。しまった、と思った時には既に木葉と目が合っていて、げっ、と顔を顰めた木葉にニヤニヤ顔のトモちゃんが歩み寄って行く。


「ちょっと木葉、あんたも意外と隅に置けないわね〜」

「ばか、ちげえよ」

「違くないでしょ。手紙なんて貰ってたくせに」


「ねえ名前、」と話を振ってきたトモちゃんに、一瞬詰まらせた答え。なんだか木葉と目を合わせるのが怖くて、「可愛い子だったね」と言いながら視線を床へ落とす。


「だから違うっつの。さっきの手紙は俺じゃなくて木兎にだよ」

「は?木兎??」

「去年のインハイで一目惚れしたんだってさ」

「自分で渡すのは恥ずかしいからって手紙の受け渡し役頼まれただけだわ」


ため息混じりの言葉を聞いた途端、胸の靄が晴れて行く。
そっか。木葉じゃなくて、木兎への手紙だったのか。無意識に零そうとした安堵の息を口の中で押し込む。
あれ、私今、どうして安心したんだろう。
靄の晴れた筈の胸に感じた違和感と可能性。小さく音を立て始めた心臓は、一体何に音を立てているのか。戸惑いから動けずにいると、苗字?と木葉に呼ばれた名前。はっ、として少し俯き気味だった視線を慌てて持ち上げると、不思議そうな顔した木葉と目が合って、頬っぺたに熱が集まり始めた。


「お前……何固まってんの?」

「もしかして、人酔いでもした?」

『う、ううん。大丈夫。こ、木葉も猿杙も、試合お疲れ様、』

「見事ストレート勝ちだったね」


「途中木兎がノってない時もあったけど、」と付け加えたトモちゃんに、「いつものことだよ」と笑って答えた猿杙。もう三年目ともなれば、他の人なら手に余るような末っ子エースの扱いもお手の物だ。
「明日も応援に来るね」と笑顔で伝えれば、おー、と間延びした返事で応えた木葉。釣られて顔を綻ばせた時、ふと何かを思い出したらしいトモちゃんが徐に口を動かし始めた。


「あのさ木葉、あれ、なんなの?」

「は?あれ??」

「試合が終わった後、胸んとこを親指で小突いてたじゃん」


「確か予選の時もしてたよね?」とこっちを見たトモちゃんに、うん、と同意の意味を込めて頷く。予選の時も、今日も、胸の真ん中を指で小突いていた木葉。繰り返し行うということは、きっと何か意味があるのだろう。「あれってなんなの?」と再度尋ねたトモちゃんに一瞬口を噤んだ木葉。けれど直ぐ、「ゲン担ぎみてえなもんだよ」と答えた木葉に、ゲン担ぎ?とトモちゃんと二人で首を傾げる。


「……願掛けのが、あってるかもしんねえけど、」

『でも、春高予選前まではしてなかったよね?』

「あー……。……それまでは掛けるもんがなかったからな」

「?なにそれ??どういうこと??」


意味が分からないとばかりに首を捻ったトモちゃん。少し面倒臭そうに顔を顰めた木葉は、「別にどうでもいいだろ」といなすような答えを返す。これ以上は詮索して欲しくないのかもしれない。察したトモちゃんが、「ちょっと物販見てこようかな」と直ぐ様話題を切替えると、「俺も見て来ようかな」と猿杙も手を挙げる。売り場の方へ歩いて行く二人を見送っていると、「苗字はいいのか?」と木葉が隣へ。


『あ、うん。私は待ってようかな。……木葉は?見てこなくて大丈夫?』

「俺は別に。特に見てえもんもねえしな」

『そっか』


会話の終わりと同時に足先を動かした木葉。「脇に寄っとこうぜ」という木葉に従って、邪魔にならないよう壁際へと移動する。
「音駒と烏野も勝ってたね」「みたいだな」「明日は守川って学校とだよね?」「おー」
穏やかな会話をしつつトモちゃん達が戻って来るのを待っていると、ふと誰かの足元に見つけた小さなマスコット。フェルト地のそれは手作りのお守りだろう。落し物かな、とフロアに落ちたお守りを拾いに行けば、「どうした?」と首を捻った木葉に拾ったお守りを掲げてみせた。


『これ、落ちてて、』

「これ?……ああ、マスコットか、」

『落し物って受付の人に渡せば大丈夫かな?』

「……まあ、普通はそれでいいと思うけど……」

『?けど?』


少し言い淀んだ答え方をした木葉に、ぱちりと目を瞬かせる。「他に持っていく場所とかあるの?」と小首を傾げれば、短い間ののち、右手に乗せていた誰かのお守りは木葉の手に奪われていた。


「……学校名載ってるし、俺が届けとくわ」

『え、』


言いながら、お守りをジャージのポケットに押し込んだ木葉。確かに、学校名の記載はある。まだ会場に残っているチームであれば、届けることは出来なくもないけれど。


『係の人に渡してもちゃんと届くんじゃ……?』

「かもな。けど、勝ち残ってるチームなら明日も試合あんだろ。大事にしてるもんかもしれねえし……届けられるなら、届けてやりてえじゃん」

『じゃ、じゃあ、拾ったのは私だし、届けるのも私が、』

「いいよ。俺らもう少し残ってるだろうし、見学ついでに持ち主も探しとくわ」


そう言ってポケットから手を抜いた木葉に一瞬眉を下げる。見つけたのは私なのに、本当に任せていいのかな。「本当にいいの?」と再度尋ねた私に、「いいよ」と同じ答えで返した木葉は、手持ち無沙汰になった右手を胸の真ん中に押し当ててみせた。


「それに、同じ穴の狢かもしれねえしな」

『同じ穴の狢……?』

「手作りのお守りに願掛けしてるのは、俺だけじゃねえかもって話」


手作りのお守りに願掛け。あれ。それってまさか。


“お守りだよな、これ、”

“願掛けのが、あってるかもしんねえけど、”


まさか、木葉が願掛けしてるものって。


「明日も見に来んだろ」

『っ、え、あ、う、うんっ。来る、来るよ、』

「じゃあ、明日も気合い入れねえとな」


「ダセエとこ見せる訳にはいかねえし」と冗談混じりに笑った木葉。その笑顔が、すごく、すごく眩しくて、胸がきゅーっと締め付けられる。甘くて、熱くて、柔らかい想いが込み上げて来た時、グッズを見に行っていたトモちゃんと猿杙が戻って来て、溢れそうになった何かをそのまま胸の内に押し戻したのだった。
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