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三年生冬(1)

そこらかしこに飾られたクリスマスオーナメント。浮き足立った町の空気に、緊張がちょっぴり解れた気がする。冬の冷たい空気に晒される指先でボアブルゾンの袖口を掴むと、待ち合わせ場所に向かう歩みをちょっとだけ早めることにした。

本日は十二月二十四日。クリスマス・イブ。

メッセージアプリで決めた待ち合わせ時刻は午後三時。十分前には着けるよう余裕を持って家を出たけれど、流石はクリスマス・イブ。人混みも相まって、到着は三時丁度になりそうだ。
アプリのトーク画面を開き、待ち合わせ相手へ到着がギリギリになりそうなことを伝える。すると、直ぐ様付いた既読サイン。“ゆっくり来ていいから”という気遣いに溢れた返事にスタンプを返し、スマホをポケットに押し戻した。


『(みんなは今頃練習試合の真っ最中かな)』


歩くスピードはそのままに思い浮かべた友人たちの顔。
実は今日の練習試合、初めは見に行く予定だった。デートの約束をした当初、黒尾くんとのデートはクリスマス当日、つまり、二十五日の予定だったため、二十四日のイブは梟谷バレー部の練習試合を見学するつもりでいた。しかし、凡そ一週間前。音駒バレー部の練習スケジュールが急遽変更となり、黒尾くんの休日は二十五日から二十四日へ。
「マジでごめん名前ちゃん」と急な予定変更を謝っていた黒尾くん。スケジュール変更は彼のせいじゃないのに、責めるのはお門違いである。「気にしないで」と答えたのち、デートの予定を二十四日に変える提案をすれば、二つ返事で了承してくれた黒尾くんは、「ほんとにごめんね」と二度目の謝罪を口にしていた。練習試合を見れなくなったのは残念だけれど、黒尾くんとのデートを厭う気持ちは少しもない。「全然大丈夫だよ」と電話越しに笑顔を零せば、ほっ、と息を吐いた黒尾くんの“ありがとう”を最後にその日の電話は終了した。

今日の結果は後でかおりに聞こうかな、なんて考えているうちに漸く辿り着いた目的地。待ち合わせ場所兼今日のデート場所でもあるそこは、クリスマスマーケットが開催されている都内の緑地公園だ。目印にしているツリーを探そうと動かした視線。きょろきょろきょろきょろ。沢山の人が集う公園の入口で忙しなく瞳を動かしていると、名前ちゃん、と少し遠くから掛けられた声。見ると、人混みのなかでも埋もれることなく手を挙げる黒尾くんの姿が。
慌てて駆け寄ろうとしたものの、人波に阻まれて中々近付くことが出来ない。人混みを縫って何とか距離を縮めていると、どんっ、と背中に感じた強めの衝撃。誰かにぶつかってしまったのだろうか。前のめりになった身体に転ぶことを覚悟した時、


「っと、」

『っ、』


「大丈夫?名前ちゃん、」


倒れ掛けた身体を支えてくれた大きな大きな手。はた、と瞬かせた目に映ったのは、覗き込むみたいに首を傾げる黒尾くんの姿だった。


『っ、あっ…………ありがとう、黒尾くん、』

「どういたしまして」


傾いた身体を慌てて元に戻す。目の前に立つ黒尾くんに上擦った声のお礼を伝えると、穏やかに微笑んだ黒尾くんは両肩を掴む手をゆっくりと下ろした。


「すごい人だね」

『そ、そうだね、』

「提案しといてなんだけど、イブにクリスマスマーケットはちっと無謀だったかな」


「チョイスミスだったね」と眉を下げた黒尾くん。「そんなことないよ」と首を振ってみせれば、切れ長の目がぱちりと瞬いた。


『確かに人は多いけど………でも、その方が“クリスマス”って感じがして賑やかで楽しいし、』


「私は好きだよ」と笑って付け加えると、小さく見開いていた瞳が柔らかく細まっていく。「それならよかった」と笑い応える黒尾くんの声があまりに優しくて、気恥ずかしさについ目を逸らしてしまう。甘さの含まれた瞳や声を前にして、無意識に地面へ落とした目線。
ダメじゃん、私。こうして目を逸らしてしまうから、黒尾くんの気持ちに、未だに答えを出せていないのだ。照れくささも、動揺も、ちゃんと全部受け止めなきゃ。受け止めて、答えを出さなくちゃ。
買ったばかりのブーティのつま先が目に入った瞬間、気恥ずかしさを振り払うように思い切り持ち上げた目線。再び重なった視線に目を丸くした黒尾くんは、見開いたまま瞳でぱちぱちと瞬きを繰り返した。


『な、中、行こっか、』

「え。あ、うん。……じゃあ、行こっか」

『うん、』


驚きつつも頷き返してくれた黒尾くんと一緒に早速公園の中へ。園内はリースやイルミネーションで彩られた可愛らしい屋台が立ち並んでいる。ソーセージやクラムチャウダー、ホットワインなどの飲食物はもちろん、スノードームやリース、サンタのオブジェといった雑貨類も販売されている。ここまで本格的なマーケットは、初めて来たかもしれない。
目移りしながら進む私に、隣から聞こえた小さな笑い声。はっとして屋台を見回していた視線を右隣へ移すと、とても楽しげに笑う黒尾くんと目を合わせることに。


「ごめん。きょろきょろしてんのが可愛くて、つい、」

『っ、』


流れるように口にされた“可愛い”という単語。何回聞いても耳に馴染まない四文字の言葉に、 また目線を落としてしまいそうになる。下を向かない!下を向かない!と必死で自分に言い聞かせたものの、代わりとばかりに熱くなっていく頬っぺた。赤くなった顔を誤魔化すように、「な、何か飲まない??」と屋台の一つを指し示すと、ふっ、と口元を緩めた黒尾くんは、うん、と穏やかに頷いた。


「名前ちゃん何する?」

『ほ、ホットチョコレートにしようかな、』

「おっけー。じゃあ俺はノンアルのホットワインで」


注文と同時に済まさた二人分のお会計。今日こそはっ、と構えていた財布はあえなく出番を失ってしまう。「く、黒尾くん、お金、」と自分の分の代金を渡そうとすれば、「今日は彼氏面させてくんねえの?」と目を細めて笑った黒尾くん。うっ、と言葉を詰まらせ、泳ぎそうになる瞳で何とか黒尾くんを見上げていると、不思議そうに目を瞬かせた黒尾くんが口を開こうとしたそのタイミングで、「お待たせしましたー」と店員さんの声が。
慌てて飲み物を受け取り、屋台の前から移動する。どこか座れる所がないかな、と周りを見回してみると、ベンチから立ち上がるカップルさん達を発見する。「黒尾くん、あそこ、」と見つけたベンチを指し示すと、「ナイスタイミングじゃん」と笑った黒尾くんと二人、カップルさん達と入れ替わるようにベンチに腰掛けた。
カップ越しに伝わる熱が、冷えた指先を温めてくれる。いただきます、と呟いて一口飲んだホットチョコレート。マイルドで優しい甘さに、ほう、と息を零した直後、「美味い?」と尋ねて来た黒尾くんに大きく頷いてみせた。


『すごく美味しい。黒尾くんは?ワインどう??』

「美味いけど、ノンアルっつーのが格好つかねえよな」

『高校生だし仕方ないよ。でも、黒尾くんはお酒強そうだよね』

「飲んで見た事ねえから分かんねえけど……父親はわりと強めかな。毎晩晩酌してっし」

『うちもお父さんは毎晩お酒飲んでるよ』

「お母さんは?飲まねえの??」

『飲めると思うけど……好んでは飲まないって感じかな……??』

「じゃあ、名前ちゃんも飲める体質かもしれないね」


「酒への耐性は遺伝するっぽいし、」と続けたのち、またワインを一口飲んだ黒尾くん。絵になるな、と思いつつ自分もカップに口をつけた時、「あのさ、名前ちゃん、」と掛けられた声に傾けていたカップを慌てて元の位置へ。「な、なに??」と首を捻りながら黒尾くんを見ると、短い沈黙ののち、少し乾いた唇がゆっくりと動き出した。


「……なにかあった?」

『え??………な、なにかって………?』

「今日はいつもより目が合うなーって。………だから、なにか言いたいことでもあるのかなって、」


少し緊張した声で紡がれた台詞に思わず目を丸くする。特に“何かがある”なんてことは何もない。何もないけれど、目を逸らさないよう意識していたのは本当だ。まさかソレに気づかれていたなんて。「そ、そういう訳じゃないんだけど、」と歯切れ悪く返した答えに、「ほんと?」と首を傾げた黒尾くん。こくこく首を縦に振ってみせれば、ちょっとだけ強ばっていた黒尾くんの表情が和らいだ気がした。


「じゃあ、単なる俺の勘違いか。変なこと聞いてごめんな、名前ちゃん」

『う、ううん。というか、勘違いでもないっていうか……』

「え???」

『……目をね、逸らさないよう意識してたの、』


呟くような声で落とした言葉に小さく見開かれた黒尾くんの瞳。
春高予選最終日。音駒との試合を終えた木葉と話した時、決めたことがある。言いたいことがあると。言わなきゃならないことがあると。そう言った木葉に私は、待っていると約束した。聞くことを怖いと思う一方で、聞きたいと思う気持ちも確かなものだから。だから、木葉が私に伝えたいと思う“何か”から逃げることはしないと心に決めた。
そして同時に、黒尾くんの気持ちに対してもちゃんと答えを出したいと強く思った。惜しみのない好意を伝えてくれる黒尾くんに、ちゃんと答えを出すために、彼がくれる言葉や視線からも目を逸らさないようにしたいと思った。


『恥ずかしかったり緊張したりすると、どうしても目を逸らしがちで……でも、それじゃあダメだと思って。黒尾くんの気持ちと向き合うなら、気持ちだけじゃなくて……言葉や視線とも正面から向き合えたらなって。だから、その……いつもより目が合うように感じたのは、そのせいかもしれない』


「私こそ勘違いさせてごめんね、」と眉尻を下げて口にした謝罪。良かれと思ってしたことだけれど、不安にさせてしまったなら逆効果だったかな。
重ねていた視線を今度こそ下へ向ける。居た堪れなさを隠すように飲んだホットチョコレート。程よい甘さにちょっとだけ頬を緩めた時、ふーっ、と隣で零された深く長い吐息。そろりと隣を伺えば、項垂れ俯く黒尾くんの姿が。


『っ、あ、あの……く、黒尾くん??どうし、「名前ちゃんさ、」


「無自覚なのは分かってっけど……………マジで、これ以上俺を惚れさせて…………ホント、どうすんの?」


『………………へ、』


地面に向かって吐かれた台詞に、間抜けな声が口から零れた。


「……俺はさ、名前ちゃんを困らせてる自覚が実はちゃんとあるっつーか……。……今日の約束だって、迷ってる所に漬け込んで取り付けた“卑怯”な約束だってことはちゃんと分かってた。……だから、まさかそんな風に思って、名前ちゃんが来てくれてたなんて思いもしなかった」


俯いていた顔がゆっくりと持ち上がる。カップを持つ指先に力を込めた黒尾くんは、愛おしさを滲ませた瞳に真っ直ぐ私を映し出した。



「好きだよ、名前ちゃん」

『っ、』

「……今のは、独り言じゃねえから。名前ちゃんに向けた、ちゃんとした告白だから、」

『…………こ、…………こく、はく………………?』

「そう、告白。……だから……春高が終わったら、返事、貰ってもいい?名前ちゃんが出した答えなら、どんな答えだろうと受け入れるからさ、」


「もちろん、ノーよりイエスのが嬉しいけどね」と笑った黒尾くんに、半端に開いていた唇をきゅっと引き結ぶ。



もう、迷うのはやめよう。



答えを出したい。そう思うだけじゃ駄目だ。こんなにも、真摯に、真っ直ぐに、想いを伝えてくれる彼に、ちゃんと返事をしなくちゃ。彼から届く声に、視線に、言葉に。私は、向き合うと決めたのだから。
揺らぎのない瞳と真正面から向き合う。視線を重ねた状態で結んだ唇を解解すと、冬の冷たい空気の中に熱のこもった音を紡いだ。


『……うん、分かった。春高が終わったら、返事、するね。黒尾くんの気持ちに、ちゃんと答えを出すから』


目の前を行き交う人々の足音が何だか凄く遠く感じる。
言葉と一緒に吐いた息が白く染まって消えた瞬間、そうっと目尻を下げた黒尾くんは、「約束な」といつもより少し緊張した声で返してくれた。






            * * *






「今日はありがとね、名前ちゃん」


穏やかに微笑む黒尾くんに、こちらこそ、と緩く首を振る。
マーケットを会場を回り終えた私たちは、夕食を取るべくちょっとオシャレなカフェへと向かうことに。他愛のない話をしながら食事を済ますと、最後に二人で向かったのはイルミネーションで彩られた並木道だった。
子供連れの家族や仲睦まじいカップルに混じってイルミネーションを楽しんでいると、あっという間に時間が過ぎてきづけば門限ギリギリに。「家まで送るよ」と気遣ってくれた黒尾くんだったけれど、いくらなんでもそれは、と申し訳なさに返したの言葉。短い押し問答ののち、結局最寄り駅までは送って貰うこととなり、電車を降りた黒尾くんは改札口まで付き添ってくれた。
右手を軽く挙げて見送ってくれる黒尾くんに小さく手を振ってみせる。動く気配のない所を見るに、きっと黒尾くんは、私が動くまで踵を返す気はないのだろう。黒尾くんの優しさに眉を下げつつ帰路を歩き始めると、曲がり角の直前、振り向いた先にはやっぱり黒尾くんの姿が。両手をポケットに入れて佇む彼にもう一度手を振ると、今度こそ角を曲がって、歩き慣れた道をちょっぴり億劫な速度で歩き進んでいた時、



「おせえ、」

『っ、えっ、』



聞こえた声に思わず止まった足。進行方向を映していた瞳が咄嗟に右を向く。動かした視線の先には、壁に背を預けて立つ木葉がいて、思いも寄らない相手との遭遇に目を点にしてしまう。


『…………こ………このは…………?な、なんでここに、』

「……雀田と白福に聞いて来た。苗字捕まえたいなら、此処で待ち伏せしとけってさ」

『待ち伏せって……』


驚く私を他所に少し緩慢に動き出した木葉。人一人分の距離を開けて目の前に立った木葉を見開いた目で見つめる。すると、ん、と木葉から差し出された“何か”。突然のことに戸惑いながらも視線を斜め下へ。


「これ、渡しに来た」

『………これ………?』

「見りゃ分かんだろ。クリスマスプレゼントだよ」


『……………………えっ!?』


差し出されている何か、もとい、クリスマスプレゼントと木葉の顔を交互に見つめる。
クリスマスプレゼントって。クリスマスプレゼントって、言ったよね???困惑した顔で狼狽える私に、少し乾燥した唇を、つん、と突き出した木葉。「早く受け取れよ、」と顔の目の前に突き付けられた何処かのショッパーに、硬直していた顔を慌てて横に振ることに。


『も、貰えないよっ……!』

「…………なんで?」

『なんでって……う、受け取る理由がないし……。……そ、それに、私は何も用意してないのに、一方的に貰うのは……』

「アホか。俺が勝手に用意してんのに、一方的も何もあるかよ。それに、受け取る理由ならあるだろ」

『っ、え??』


「…………レモンの蜂蜜漬け、作って来てくれたろ、」


酷く柔らかな声音で綴られた言葉に、振っていた首の動きを止めてしまう。「あ、あれは、誕生日プレゼントでしょ??」と眉を下げれば、「誕プレはマフラーくれただろ」と当然のように答えた木葉。マフラーもレモンの蜂蜜漬けも。どっちも誕生日プレゼントのつもりで渡したのだけれど。
プレゼントを差し出す手を引く気配のない木葉に、うっ、と一瞬尻込みする。けれど、やっぱり気が引けてしまい、微かに揺れるショッパーから距離を取るように右足を半歩後ろへ。


『ど、どっちも誕生日プレゼントだから、お返しはいらないってば、』

「それじゃ俺の気が済まねえんだよ。いらねえなら捨ててもいいから、とりあえず受け取れよ」

『すっ、捨てられるわけないじゃんっ。木葉がくれたものを捨てるなんて出来ないよ!』

「じゃあ持ってりゃいいだろ!いいから受け取れっつの!!」

『受け取ったら私も何かまた持って行くから、木葉だって受け取ってよ……!?』

「ふざけんな!お返しのお返しなんて聞いたことねえわ!」


わーわー。ぎゃーぎゃー。イブの夜とは思えない騒がしい声が、夜の空気を揺らしている。
「いい加減受け取れっつのっ!」と半ば押し付けるように手渡されたプレゼント。慌てて押し返そうとしたその時、触れた指先から伝わった冷たい温度に、ぎょっ、と目を丸くする。


『っ、こ、木葉っ…………!』

「うおっ。な、なんだよ急に、」

『なんだよって……!どうしてこんなに手が冷たいのっ……!?』


引き止めた右手を両手で包み込む。
冷たい。すごく、すごく冷たい。いくら冬だからって、ただ外に居るだけじゃこんなに冷たくならない。もしかして、ううん、もしかしてなんかじゃない。木葉はずっと、ずっと待っててくれたんだ。いつ通るかも分からない私を、ずっと此処で待っててくれたんだ。
「いつから待ってたの……?」と右手を掴んだまま尋ねた問いに、罰が悪そうに目を逸らした木葉。「いつからでもいいだろ、」と横顔で答える木葉に、堪らない“何か”が胸の内を満たして行く。

ばか。木葉のばか。

学校が始まれば嫌でも会えるのに、どうしてわざわざ届けに来たの。それもこんな寒空の中、いつ来るかも分かんない私をずっと待ってたなんて。春高本戦だって近いのに、風邪ひいたらどうするの。せめて連絡くらいしててくれれば良かったのに。待ってるって知ってたら、もっと早く会えてたのに。
言いたいことは沢山ある。沢山あるのに、震える唇じゃ何も音にすることが出来ない。申し訳なさと歯がゆさに冷えた右手を包む両手に力を込めた時、


「うそだよ」

『っ、え…………?』

「それ渡すために来たっつーのは、うそ」


冷たくなった手を見つめていた瞳が自然と持ち上がる。何処か決まり悪そうな顔でこっちを向いた木葉。「嘘ってどういう、」とぽかんとした間抜け面で零した問いに、への字に曲がっていた唇がゆっくりと動き出した。


「……うそっつーか……渡しに来たのはマジなんだけど……。
……でも、プレゼント用意してたのは、




 苗字に、会いに来る理由が欲しかったんだよ」




ぎこちなく、けれどとても、とても真っ直ぐ響いた木葉の声。真冬の冷たい空気に乗って届いた筈のその言葉に、冷えた頬が一気に熱を帯びた気がした。


「理由がなきゃ会いに来れないなんて、クソダセエけど……でも、どうしても今日、苗字に会いたかったんだ」

『がっ……学校じゃ、ダメだったの……?冬休みが開ければ、どうせ学校で会えるのに、』

「だって、癪だろ」

『しゃ、しゃく??』

「イブの日に、黒尾だけお前に会えるなんて滅茶苦茶癪じゃねえか」

『っ』


今度こそ、今度こそほんとに言葉を失う。癪って、なにそれ。木葉、それ、どういうつもりで言ってるの。
顔が、熱い。破裂しそうな勢いで音を立てる心臓から、沸騰した血液が全身を駆け巡って行く。指も、耳も、唇や瞳にさえ熱が篭って行くのを感じていると、「だから、」と続けられた声に、揺れる瞳で木葉を映した。


「お前がそんな顔する必要ねえから。俺が勝手に来て、勝手に待ってただけで、苗字が気に病むことなんて一つもねえから」


「こんなんで風邪引く程ヤワじゃねえしな」と白い息を吐きながら笑った木葉。鼻先を赤くして笑うその姿に、心臓がぎゅーっと締め付けられる。
どうしよう。なんか、泣いちゃいそう。
込み上げて来る涙を必死に堪えていると、情けない顔をする私に気づいたのだろうか。困った顔で眉尻を下げた木葉は、「驚かせて悪かった」と包む右手を解き放そうとする。触れていた手が離れそうになった時、途端に感じた名残惜しさ。待ってと言わんばかりに大きな右手を再び包み込むと、見開かれた木葉の目を真正面から見つめ返した。


『…………ま、待たせて、ごめん』

「っ、だからそれは、『でも、』っ、」

『……会えて、嬉しかった、』

「っ、」


『来てくれてありがとう、木葉』


嬉しいのに、苦しい。擽ったいけど、心地いい。
そんな、自分でもよく分からない想いのなか見せた、精一杯の笑顔。きっと、そんなに上手く笑うことは出来ていなかったと思う。だけど、木葉は、


「おう、」


とても、とても嬉しそうに、笑い返してくれた。
星空が広がる冬の夜空の下。赤くなった耳先や頬っぺたに木葉は気づいているだろうか。触れ合った手から感じる温かな熱に目を細めた時、ほう、と零した白い吐息が冬の空気に溶け込むようにゆっくりと消えていった。
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