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三年生秋(20)

秋気を吹き飛ばす凄まじい熱気で溢れる館内。歓声と拍手に包まれる空気には、もう随分と慣れたものだ。

十一月半ば。ついに迎えた春高予選最終日。

今日の結果で、都内数百校のうち、たった三校の代表校が決定する。最終日まで勝ち残っているのは全部で四校。梟谷学園、音駒高校、井闥山学園、そして戸美学園。
最終予選はトーナメント形式で行われるため、今日の初戦を勝ったチームは春高本戦への出場が確定する。たとえ負けたとしても、東京都は三位のチームまで本戦へ進むことが出来る。そのため、初戦を負けたチームも、三位決定戦で勝つことが出来れば本戦出場切符を手に入れることが出来るらしい。とはいえ、この場に残っているチームの中で、三位になることを考えている人なんてきっといない。みんな目指すところは同じ。優勝のみ。
吸い込んだ息を細く長い呼吸に変える。「凄い熱気だね」と呟き零したトモちゃんに、うん、と返した小さな頷き。目当ての試合が始まるのを今か今かと待っていると、わっ!と一気に上がった歓声。両校の控え選手や保護者の応援が響くなか、白と赤、見慣れたジャージを纏った選手たちがコートの中へと参上する。


「ふっくろうだに!!ふっくろうだに!!」

「いーけーいーけー!ねーこーまー!!!」


選手たちの登場に、ボルテージを一気に上げた応援席。コートでは、脱いだジャージを投げ放った木兎と、木兎のジャージをすかさず拾う赤葦くんの姿があって、いつも通りの光景に緊張が僅かに和らいだ。


「これに勝てば、最後の全国出場決定か」

『うん、』

「まさに大一番って感じだね」


そう言って、どこか愉しげにコートを見下ろしたトモちゃん。トモちゃんの高校バスケは、先日行われたウィンターカップ予選で幕を閉じた。トモちゃんの勇姿を応援席から観戦していた私だったけれど、結果は準決勝敗退。悔しさの残る結果だったにも関わらず、試合終了から応援席に挨拶するまでの間、トモちゃんは一度も涙を見せなかった。けれどその翌日、学校で会った彼女の目は微かな腫れを残していて、「腫れってなかなか引かないもんだね」と笑ったトモちゃんを、かおりと雪絵と三人で力強く抱き締めた。
競技は違えど、選手としてコートに立っていたトモちゃんは、緊張感よりワクワクの方が強いのかもしれない。血が騒ぐというヤツだろうか。
トモちゃんを盗み見ていた視線を前へと戻す。すると、握手を交わす両校の選手達が目に映って、白と赤のユニフォームが交錯するその光景に、なんとも言えない複雑な気持ちが込み上げて来る。握手を終え、ベンチに戻ろうとする選手たちのなか、気のせいか一瞬。本当に一瞬。黒尾くんの視線がこっちを見上げたような気がした。


「……向こうの主将、名前のこと見てなかった?」

『…………………み、見てた………かも、』

「良いとこ見せようと必死なんだろうね」


「クリスマスだってデートに連れてかれるんでしょ?」というトモちゃんに、う、と思わず肩を縮める。連れてかれるって。その言い方はどうなのだろう。
春高予選前。会いたいと連絡して来た黒尾くん。突然の連絡に驚きはしたものの、文化祭以来音沙汰のなかった彼の様子が気になって、会う約束を取り付けた。夕暮れの公園に現れた黒尾くんはとても元気そうで。そんな彼から提案されたのが、飴を使った“運試し”だった。

レモンといちご。
黒尾くんの手に入っているのはどちらの飴か。

二択のうち一つを当てるという単純な“運試し”。提案に乗ってレモン味の飴を選んだ私と、いちご味の飴を選んだ黒尾くん。緊張した面持ちで解かれた指の隙間から見えたのは、真っ赤ないちごの絵が描かれた可愛らしいパッケージだった。
いちごの飴が見えた瞬間、黒尾くんは大袈裟くらい喜んでくれていて、これで良かったのかもしれないと思う反面で、ちょっとだけ感じた罪悪感。あんなに喜んだくれる黒尾くんを見たからこそ、やっぱり自分で決めた返事を伝えるべきだったかな、と今更な後悔を感じてしまっている。
手摺りを掴む手に力を込めたとき、名前、と声を掛けて来たトモちゃん。あっちあっちとコートを指差すトモちゃんに、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら視線をそちらへ。動かした視線の先にはこっちを見上げる木葉の姿があって、トントン、と胸の中心を指し示した木葉にトモちゃんと二人で首を傾げてしまう。今の、なんだろう。おまじないか何かだろうか。「なにあれ?」「さあ……?」と二人で首を捻りながらコートを見つめていると、ピーッ!と鳴ったホイッスル音。同時にコートへ入った選手たちがそれぞれのポジションについて行く。
春高予選最終日。第二試合。梟谷学園と音駒高校の試合が、


今、幕を開けた。


第一セット中盤。スイッチブロックによってシャットアウトを食らった木兎のスパイク。そこから暫くは、気持ちよくスパイクを決められなかった木兎だったけれど、相手のミスもあり一セット目は梟谷が先取する。
迎えた第二セット。後がない音駒の固い守備に苦戦するみんな。綺麗に決まらないスパイクに苛立つ木兎やファーストタッチで狙われる赤葦くん。なかなか流れが掴めないなか、福永くんが打ったボールが、再び赤葦くんの元へ。セッターである赤葦くんがファーストタッチを上げると、セッター以外がトスをあげることになる。攻撃が単調になることを狙っての返球は流石としか言いようがない。トスを上げるべくボール下へ走った猿杙。木兎や尾長くんがトスを呼ぶなか、一番大きく響いたのは、


「ヘイへェーイ!!ライトへェーイ!!」


木葉の声だった。
レシーブで上げられたボールが木葉に向かって弧を描くと、直ちに反応した音駒ブロック。黒尾くんと福永くん、立ちはだかる二人の手を前に木葉が打ち放ったボールは、軽やかな音を立て再び梟谷コートへ。


「うまっ!」

「リバウンドだっ、」


周囲の声を受け、初めて知った“リバウンド”という単語。
ブロックで弾いたボールはたちまちチャンスボールに変わり、小見くんが拾ったボールは赤葦くんと猿杙の手で相手コートに打ち込まれる。
しかし、ここで決まらないのが守備の音駒である。ブロックの間を抜けたボールを見事に拾った夜久くん。ネットでバウンドした取りにくいボールを、何とか黒尾くんが繋ぎ上げる。ラストを担った孤爪くんが狙ったのは、攻撃の起点となるセッターの赤葦くんで。「木葉さん!」という赤葦くんの声に、すかさず木葉がセットアップへ。
セッター以外の配球による単調な攻撃。そこを突いてくる孤爪くんの返金は流石としか言いようがない。言いようがないけれど、


「サル!!!」


木葉の手から放たれたボールは、二段トスと呼ぶにはあまりに美し過ぎる軌道で、猿杙の元へと届けられた。
木葉からのトスを相手コートに打ち込んだ猿杙。ガッツポーズを見せていた猿杙は、駆け寄って来る木葉に気づいてハイタッチを交わしている。「やるじゃん木葉、」と感心したように呟くトモちゃんを隣りに、パチパチと送る称賛の拍手。ここから流れに乗ることが出来れば、このセットも取ることが出来るかもしれない。
けれど、相手は“あの”音駒”だ。堅い守備に阻まれて中々流れに乗り切れない皆。遂には、再び木兎がシャットアウトを食らってしまい、二点ビハインドの劣勢に。


「……なんか……木兎のやつ、ストレートばっか打ってない?」

『うん……。いつもはもっとクロス主体な気がするんだけど……』


スパイクを打つ動作を繰り返しながら、何やら赤葦くんと会話をしている木兎。どちらかと言うとクロス方向に打たれる印象が強い木兎の攻撃が、今日はなんだストレートが多い。
「クロスの打ち方忘れでもしたんじゃない?」と笑いながら言うトモちゃんに、「そんなまさか、」と笑って応える。素人には分からない理由があるのだろうと梟谷コートを見つめていると、突然取られたタイムアウト。梟谷が取ったそれにぱちりと目を丸くする。
流れを変える為だろうか。それにしては、監督さんが随分と焦って動いていたように見えたけれど。内心首を捻りながらも、トモちゃんと二人で試合再開を待っていると、ピーッ!と響いた笛の音に選手たちは再びコート内へ。
音駒にリードを許したまま迎えた、二セット目の31得点目のサーブレシーブ。孤爪くんのサーブを木葉が拾うと、いつもよりネット際に上がったボールにツーアタックの体勢を取った赤葦くん。すかさず反応した灰羽くんがブロックに飛んだ瞬間、


『っ、あっ………!』

「あの体勢からトス……!?」


スパイクモーションの途中で放たれたレフトへのジャンプトス。ブロッカーを置き去りにしたボールは、美しい半円を描いて木兎の元へ。阻む壁を失った木兎の視界。意気揚々と踏み切った木兎は高い打点からスパイクを放つ。
着地した直後、清々しい表情で天井を仰いだ木兎。その後は、いつもの調子を取り戻した木兎を軸に攻撃を繰り返していく梟谷。一進一退の攻防が続くなか、最後の一点を勝ち取ったのは、



「梟谷の勝ちだあああああああ!!!」



わっ!と一気に上がった歓声。体育館中に鳴り響く拍手が、コート内に立つ選手たちを包み込む。勝った。皆が、梟谷が勝った。勝って最後の、春高への切符を手に入れた。
「やったね名前!!」と肩を組んで来たトモちゃんに、うんっ!と大きく頷き返す。握手を終え、ベンチに戻ったかと思えば、直ぐさま応援席の方に駆けて来た皆。「ありがとうございました!!」という木兎の声に他の選手達もお礼の声を続けると、惜しみのない拍手が客席から皆に届けられて行く。沢山の観客に混ざりながら、自分も木兎達に拍手を送っていると、「名前、トモ、」と聞こえた呼び掛けに、くるりと後ろを振り返る。


『あ、かおり、』

「二人とも応援ありがとね」


「おかげで全国行き決まったよ」と破顔するかおりに、「私たちは何も、」「アイツらが頑張ったおかげじゃん」と首を振って返す。すると、フロアから退場する皆に気づいて肩越しにフロアを振り向いた時、立ち去る7番のユニフォームを見つけて、あ、と小さな声を上げる。


『あ、あのさかおり、次の試合って何時から??』

「次?次は確か、女子の決勝と三位決定戦の後だから……予定では16時だったはずだよ?」

「じゃあ、昼食取って暫く休息って感じ?」

「そうそう」


頷くかおりを前に、ベンチに置いていた荷物を一瞬確認する。

レモンの蜂蜜漬け、いつ渡そう。

木葉との約束で、誕生日プレゼントとして渡すつもりだったレモンの蜂蜜漬け。けれど、誕生日には別のプレゼントを渡せたため、レモンの蜂蜜漬けは試合の日に持って来ることにしたのだ。
渡すタイミングがあるとすれば今な気がするのだけれど、決勝に向けて休もうとしている木葉に、それだけの為に会いに行くのは迷惑になるのでは。直接渡したい気持ちはもちろんある。“お疲れ様”。“春高出場おめでとう”。そう言って、労いの言葉を伝えることが出来たら私も嬉しい。でも、それはあくまで私の都合なので、今回はかおりから渡して貰うことにしよう。
ベンチに置いていた保冷バッグを手に取ると、「かおり、これ、」とバッグごとかおりに差し出すことに。なにこれ?と首を捻りながらも保冷バッグを受け取ったかおりは、手にしたバッグを物珍しそうに見つめた。


『それ、木葉に渡して貰えないかな?』

「木葉に??」

『うん。レモンの蜂蜜漬けが入ってるから、それを木葉に、「「まった」」っ、え??』

「いや、いやいやいやいや、」

「待って待って。待ちなさい名前、」

『????』


揃って首を振り始めたかと思えば、ため息混じりの声を零したかおりとトモちゃん。どうかしたのだろうか、とぱちぱち瞬きを繰り返す目で二人を見つめ返すと、片手で額を押さえた二人は深ーい深ーいため息を落とした。


「呼んでくるから、あんたが直接渡しなさい」

『え。で、でも………決勝に向けて休んでる所でしょ?わざわざ呼んでくれなくても、』

「いいからそうして。じゃなきゃ私が睨まれるから」


睨まれるって、どうして木葉がかおりを睨む必要があるのだろう。ハテナマークを浮かべる私に、「言う通りするべきだよ、名前」とまるで言い聞かせるような声音で言うトモちゃん。二人がそこまで言うのなら、と首を縦に振り動かすと、保冷バッグ返したかおりは直ぐさま踵を返してみせる。


「昼食べたら名前のとこ行くように言うから、電話、出れるようにしててね」


そう言って、飛び出す勢いで行ってしまったかおり。本当にいいのかな、と心配する私を他所に、「うちらも一先ずお昼食べようか」というトモちゃんの提案に従って、二人でお昼を済ませることに。
来る途中に買ったコンビニのおにぎりを体育館外のベンチで食べ進める。試合の感想や雑談を交えた食事を終えた時、スマホに掛かって来た一本の電話。S画面に映し出されていたのは、もちろん木葉の名前だった。


『も、もしもし、』

〈……どこいんの?〉

『トモちゃんと二人で体育館の外にあるベンチにいるけど………?』

〈どっちよ?出て右?左??〉

『ひ、左の方、』

〈今行くから、ぜってえ動くなよ〉


言い終わりと同時に途切れた電話。ビジートーンだけが聞こえるスマホを耳から離すと、「今の木葉?なんだって?」と確認して来たトモちゃん。「今から此処に来るみたい」と言われたことをそのまま伝えれば、ふーん、と少し意味深に目を細めたトモちゃんは、何故かベンチから立ち上がり始めた。


「ごめん名前。ちょっとコンビニ行ってきていい?」

『え?コンビニ??』

「うん。そろそろ飲み物なくなりそうだから、コンビニでもう一本買ってくるわ」

『飲み物なら自販機で買った方が早いんじゃ、』


ないの。そう言い切る前に飛び出して行ってしまったトモちゃん。「多分すぐ戻るからー!」と手を振って駆けて行く彼女に目を丸くする。何もそんなに急いで行かなくても。
一人取り残されたベンチで何となく地面に落とした視線。両手を膝の上で遊ばせながら、落ち着かない気持ちで地面を見つめていると、バタバタと聞こえて来た足音。持ち上げた視線の先には、こっちに向かって走って来る木葉の姿が。


『っ、こ、木葉、あの、』

「……志摩は?」

『え。………と、トモちゃんは、飲み物買いにコンビニに行ってる、けど、』

「飲み物って、わざわざコンビニなんて行かなくても自販機が、」


そこまで言って、はた、と目を丸くした木葉。一転した表情は、不満とむず痒さを入り混ぜた仏頂面へ。


「………余計な気い使いやがって………」

『??え??』

「別に。……で?俺に用ってなんだよ?」


ベンチに腰掛けながら投げられた問に、う、と思わず肩が跳ねる。数秒目線を右往左往させたのち、恐る恐る手に取った保冷バッグ。「こ、これ、」と僅かに持ち上げたそれに、海松色(みるいろ)の瞳が大きく見開いた。


「……これって……」

『れ、レモンの蜂蜜漬け、です。作るって約束だったでしょ?』


「試合、お疲れ様」とはにかんだ笑顔と共に保冷バッグを差し出すと、見開いていた目を柔らかく細めた木葉。さんきゅ、と嬉しそうにバッグを受け取った木葉は、早速バッグを開け、タッパーに入ったレモンの蜂蜜漬けを取り出した。
って、え。


『こ、ここで食べるの?今??』

「あ?…………んだよ、食っちゃ悪いのかよ、」

『わ、悪くはないけど………結構沢山作って来ちゃったから、戻って皆と分けた方がいいんじゃ、』

「………………俺に作って来てくれたんじゃねえの?」

『そ……それは……そう、だけど……』


「じゃあ、誰にも分けてやんねえ」


「全部俺んな」と歯を見せて笑う木葉の姿に、一瞬止まった心臓の音。かと思えば。次の瞬間には、どっ、どっ、どっ、と大きな音を立て始めた心臓に唇を引き結んでしまう。
私、なんで、こんなに緊張してるんだろ。緊張して、気恥しくて、なのにすごく、すごく心が弾んでいるんだろう。
居心地は良いのに落ち着かない。自分でも分からない矛盾した気持ちのまま木葉の横顔を盗み見る。すると、タッパーの中から摘み取られた一枚のレモン。ぱくっ、と一口でレモンを頬張った木葉は、うま、と小さく呟き零した。


『ほ、ほんと?』

「嘘ついてどうすんだよ。マジで美味いっての」

『……よかったあ』


ほっ、と零した安堵の息。同時に顔を綻ばせれば、照れ臭そうに目を逸らした木葉は、またレモンを一口。やっぱり渡すのが正解だったな、とこの場に居ない友人たちに内心でお礼を伝えていると、なあ、と掛けられた木葉の声に、なに?と首を傾ける。


「…………クリスマス、黒尾とデートするんだってな」

『!?えっ、な、なん、なんで知って、』

「逆になんで知らねえと思ったんだよ」


「雀田と白福に話したろ」と続けられた台詞に、発信源となった二人の顔を思い浮かべる。確かに二人には話したし、口止めだってしてないけれど、いくら何でも筒抜け過ぎでは。気まずさに縮めた肩。肯定の意味を込めて縦に動かした視線が、そのまま下を向いてしまう。
赤葦くんへの気持ちにケジメをつけ、黒尾くんの気持ちに向き合うことを決めた今、木葉が心配するようなことは何も無い。何も無いのだけれど、でも、木葉は言った。

“……ただ、見たくねえんだよ。アイツに貰ったもんで喜ぶお前を、俺が………見たくねえ、だけだ”

そう言って、黒尾くんと競うようにゴールに向き合ってレシーブを続けた木葉。あの日の木葉を思い出すと、胸がぎゅっと苦しくなって、指先に熱が集まって来る。
注がれる視線から感じる不機嫌さ。心配しなくていいよ、と言ったところで、多分木葉の機嫌は治らない。木葉が黒尾くんに突っかかる理由には、優しさや心配以外の何かがあって、その理由を私は、知りたいようで知るのが怖いとも思っている。知ってしまえば、何かが変わってしまいそうで。それをとても、とても怖いと思っている。
返す言葉に迷って何も言えずにいると、食べる手を止めた木葉が徐に空を見上げる。注がれる視線が和らいだことで、チラリと木葉を盗み見ると、青空を睨むように見つめる木葉はそのまま唇を動かした。


「…………今から、すげえダサいこと言うぞ」

『っ、え?だ、ダサいこと???』


「……お前が黒尾とデートすんの、マジで面白くねえ」


空に向かって吐き出された、木葉曰く“ダサい”台詞。小さく息を飲む私を横に、木葉は更に言葉を続けていく。


「そもそも、運に任せるってなんだよ。断られんのが怖くて、神頼みしただけじゃねえか!」

『いや、あの、それは……』

「…………けど、一番ムカつくのは、こうして文句垂れることしかできねえ自分だな、」


顰めっ面が一転し、自嘲するような笑みへと変わる。変わらず空を見上げたままの木葉を丸く見開いた目で見つめていると、何かを羨むように瞳を細めた木葉は笑みの消えた唇を少し緩慢に動かした。


「……想ってるだけじゃ、ダメなんだよな。どんな気持ちも、言葉や行動に変えなきゃ意味がない。そういう意味じゃ、苗字に臆さず気持ちを伝えられて、行動に移せる黒尾はスゲエ奴だと思う」


そう言い紡ぐ木葉の声がいつもより弱々しく聞こえるのは、多分気のせいじゃない。木葉、と思わず名前を呼ぼうとした瞬間、ゆっくりと落とされた一つの瞬き。瞼を持ち上げるのと同時にこっちを向いた木葉は、揺らぎのない一路な瞳に私を映した。


「自分が、足踏みばっかの情けない奴だっつーのは痛いほど分かってる。……だから、今ここで約束しとく。春高が終わって、梟谷でのバレーが完結したら、苗字に言いたいことがある。言わなきゃならないことがある」


声が。視線が。想いが。木葉から伝わる全部に、心が大きく揺さぶられる。
木葉が黒尾くんに突っかかる理由には、優しさや心配以外の何かがあって、その理由を私は、知りたいようで知るのが怖いとも思っている。知ってしまえば、何かが変わってしまいそうで。それをとても、とても怖いと思っている。思っているけど、でも、


『………じゃあ、約束ね』

「っ、」

『春高が終わって、梟谷でのバレーが完結したら、その時は……ちゃんと、聞かせてね。木葉が言いたいと思うこと、言わなきゃと思うことを全部、全部ちゃんと、聞かせてね』



知りたいと思う気持ちだって、確かなものだから。



自然と浮かんだ柔らかい笑顔を木葉に届ける。伝えた言葉に小さく目を剥いた木葉、おう、と穏やかに笑って頷くと、蜂蜜色に染まったレモンにまた手を伸ばしたのだった。
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