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三年生秋(15)

「もうすぐ文化祭だね」


暦が変わった十月初旬。ランチタイムの途中に零されたトモちゃんの声に、「ほんとだね〜」と応えた雪絵。もぐもぐとお弁当を頬張る雪絵の前には、購買で買ったパンも並んでおり、相変わらずの食欲に感心しつつ自分も箸を進めていく。
「トモ達のクラスは何すんの?」「うちはクレープ屋。そっちは?」「甘味処だよ」「どっちも美味しそ〜」
むふふと嬉しそうに笑う雪絵に、溜息を零すかおり。「商品食べるのは止めなさいよ」と注意するかおりの声に、雪絵は、はーい、と間延びした返事をしてみせる。
梟谷の文化祭では、クラスや部活毎に催し物が行われる。クラス毎の出し物は、舞台系か出店系のどちらかが通常であり、うちのクラスは甘味処を開くことが決定している。意気込む文化祭委員の様子を思い浮かべながら、空っぽになった弁当箱を片付けていると、「女バスは何出すの?」と言う雪絵の声に、ああ、とトモちゃんが口を動かした。


「例年通り、フリースロー勝負だよ。ボーダー決めて、それより多く入れた人が勝ち。景品どうぞってやつ」

「うわ、ほぼ一緒」

「うちもバスケのリング使って、レシーブでボールを何本ゴールに入れられるかだもんねー」

「部活の出し物なんて大概そんな感じでしょ。練習練習で準備する暇なんてない訳だし」

「確かに」


そういうものなのか。三人の会話を聞きながら、ぼんやり思い出した去年の記憶。かおりも雪絵もトモちゃんも、クラスと部活、両方の出し物に参加していた為、自由時間が少ないとボヤいていた気がする。他のクラスの出し物について話す三人を横目に、弁当箱を鞄の中に仕舞おうとする。すると、カバン横に掛けたショッパーが自然と目に入り、内心小さなため息を零す。

今日は十月第一週の金曜。

つまり、木葉の誕生日である九月三十日からは既に数日が経過してしまっている。そのため、悩んだ末に選んだプレゼントは、月曜からずっと手元に待機させたままだ。隣の席なのだから、気軽に、はい、と渡してしまえばいいのだけれど、皆の前で渡すのは気が引けてしまい、結果今日までずるずると引き伸ばすこととなった。流石に来週まで持ち越す気にはなれず、今日こそは!と意気込んでいるものの、タイミングを見計らっているせいか未だ渡せるチャンスは来ていない。もうこうなったら、人目がどうとか気にしている場合じゃない。木葉が食堂から帰って来たら、迷わず渡して、


「木葉頼む!!どうかお助けを……!!!」

「わあったから大人しく待ってろ!!」


『っ!』


廊下から聞こえた馴染み深い声に、ショッパーを見ていた瞳が動く。動かした視線の先では、両手を合わせて何かを懇願する木兎と顰めっ面で歩み寄って来る木葉の姿が。ため息を零しながら机を漁り始めた木葉に、「なに?どうしたの??」とかおりが声を掛けると、酷くげんなりした様子で手を止めた木葉は、教室入口で待つ木兎を見遣る。


「英語のノート見せろってうるせえんだよ……」

「ああ、それで」


乾いた笑みを浮かべたかおりと、諦めたように笑う雪絵。木兎らしいなあ、と苦笑いを零していると、同じことを考えたらしいトモちゃんが、「木兎らしいね」と眉を下げた。


「ノート貸すなら、早く返せって百回以上言っといた方がいいよ?」

「百回言っても返って来ないこともあるけどね」

「言われなくても分かってるっつの」


「男バレの三年は漏れなく全員経験済みだわ」と辟易した顔で答えた木葉に、そうなのか、と思わず木兎に目を向ければ、いつの間に貰ったのだろうか。クラスの女子に与えられたお菓子をもぐもぐと頬張っていた。


「貸して紛失でもされたら笑えねえし、書き写すの見届けて持って帰って来るわ」

「それがいいわ」

「賢い選択」


うんうん頷くかおりと雪絵を横に目当てのノート見つけ出した木葉。「行ってくるわ」とノート片手に出て行こうとする木葉に、え、と思わず目を丸くする。
どうしよう。プレゼント、昼休み中に渡そうと思ってたけど、もしかしてこれ、渡せるチャンスないんじゃ。
慌てて席を立ち、「こ、木葉っ!」と呼び止める声を投げる。けれど、「?なんだよ?」と怪訝な顔で振り返った木葉に、う、と言葉を詰まらせてしまう。


『いや、その……えっーと……』

「???」

『………ご………ごめん、何言うか……忘れた………』

「は???」


「なんだよそれ?」と怪訝そうに首を傾げた木葉は、止めた足を再び動かして木兎の元へ。教室を出ていく二人の背中に眉を下げていると、名前?とトモちゃんに呼ばれ、大人しく席へ戻ることに。プレゼント、来週まで持ち越しかなあ。ちらりと盗み見た机横のショッパーに、唇の隙間から零れた小さな小さな溜息。

その後、昼休み終了間際に教室へ戻って来た木葉。

プレゼントを渡す隙もなく午後の授業が始まってしまい、あっという間に放課後へ。練習へ向かう木葉を引き止める気にはなれず、ばいばい、とかおりと木葉を見送って特に意味もなく教室に残っていると、気づけば室内は私一人だけに。
タイミングの悪い自分に肩を落としつつ、通学カバンとショッパーを手に漸く席を立つ。週末を挟むし、プレゼントも一度持ち帰った方がいいだろう。やけに重たく感じるショッパーに、また溜息を零しそうになった時、がらり、と教室後方から聞こえた扉のスライド音。振り返ると、そこには、


『っ、えっ、こ、木葉……!?』


振り向いた先で立っていたのは、練習着姿の木葉だった。なんで今ここに木葉が。練習はどうしたのだろう。肩で息をしながら教室へ入って来た木葉。「れ、練習は??」と少し上擦った声で投げた問に、「まだ始まってねえよ」と意外な答えが返される。


『始まってないって……?』

「さっきの授業中に、体育館の照明が故障したんだとよ。今業者呼んで点検してっから、それが終わるまで待機中なんだよ」

『あ、それで……』


なるほどと頷きながら、更に頭を過ぎった疑問。練習が始まっていないのは分かったけれど、どうして木葉は教室に来たのだろう。もしかして、忘れ物か何かだろうか。
「木葉、何か忘れ物?」と小首を傾げて尋ねれば、「違えよ」と答えた木葉はそのまま自分の席へ。座り慣れた椅子に腰掛けた木葉を立ったまま見つめていると、で?と何かを促す声に、ぱちり、と目を瞬かせた。


「…………昼休み、何言おうとしてたんだよ」

『………………えっ』

「えっ、じゃねえよ。なんか言おうとしてただろうが」


「まだ思い出してねえののかよ?」と言う仏頂面の問い掛けに目を丸くする。まさか木葉、これを聞くために戻って来たのだろうか。無駄足になる可能性だって合ったのに、それでも戻って来てくれたのだろつか。答えることも忘れて呆けた顔で固まっていると、待ち兼ねた木葉が、少し尖らせた唇を更に動かし始めた。


「……覚えてねえならもう行くぞ。また思い出した時に話してくれれば、」

『っ、覚えてる!覚えてるから、少しだけ待って……!」


立ち上がろうとする木葉に慌てて掛けた制止の声。
折角木葉が作ってくれたチャンスだ。ここで渡さず、いつ渡すと言うのか。両手を塞ぐ荷物のうち、左手に掛けていた通学カバンを机に下ろす。ショッパーだけを持った状態で隣の席に向き合うと、椅子に座ったまま不思議そうに目を瞬かせる木葉と目を合わせた。


『あの、これ……』

「?なんだよ?」

『……ぷ、プレゼント、です。…………た、誕生日の、』

「は………?」


上擦った声で紡いだ台詞に木葉の口から間の抜けた声が漏れる。零れそうなくらい目を見開く木葉は、誕生日プレゼントを渡されるなんて少しも思っていなかったのだろう。両手で持ったショッパーを真っ直ぐ木葉へ差し出すと、ショッパーと私の顔を交互に見比べた木葉は、困惑気味に眉を下げた。


「おまっ、プレゼントって…………レモンのはちみつ漬けでいいって言っただろうが!」

『レモンのはちみつ漬けももちろん作るよ……!……作るけど……でも、あんなに素敵な“合格祝い”を貰ったのに、レモンはちみつ漬けだけじゃ、なんか、違うかなって、』


気恥ずかしさから重ねた筈の視線が徐々に下へ下がる。
悩んで、迷って、弱音も吐いて。情けない所ばかり見せる私を、それでも“凄い”と褒めてくれた木葉。大学に受かったことを報告した時、自分のことのように喜んでくれた木葉は、“合格祝い”だと言って暖かそうな手袋までプレゼントしたくれた。
それがとても、とても嬉しかった。プレゼントを貰ったことは勿論だけど、でもそれ以上に、祝ってくれる木葉の気持ちが嬉しかった。本当は、何かするべきは私の方なのに。それなのに、私はいつも貰ってばかりで。だからこそ私も、木葉に何かあげたいと思った。木葉のことを想った何かを、渡したいと思った。


『……手袋、凄く嬉しかった。だから、私も木葉に何か渡そうと思って。レモンはちみつ漬けじゃなくて……私が選んだものを、木葉に贈りたいって思ったの。自己満足かもしれないけど……でも、ちゃんと木葉のことを考えて選んだものだから……!……だから、その……受け取って貰えると、嬉しいんですけど……』


下げた視線を僅かに持ち上げる。伺うように盗み見た木葉はガシガシと頭を掻いたかと思うと、徐に席を立って差し出したプレゼントを受け取ってくれた。


「……さんきゅ、」

『っ、こ、こちらこそだよ……!』


「受け取ってくれてありがとう、木葉」とへにゃりと気の抜けた笑顔を見せると、きゅっと唇を引き結んだ木葉は、「なんでお前が礼いうんだよ」と拗ねた顔で応えてみせた。
無事木葉の手に渡ったプレゼントに、ほっ、と胸を撫で下ろしていると、紙袋の中を覗いた木葉が何かに気づいたように、なあ、と口を開き始めた。


「これって………」

『っ、あ、ま、待って!中身は、帰ってから、「お守り、」っ!』

「お守りだよな、これ、」


ショッパーの中から取り出された小さなお守り。手作り感丸出しのそれは、一応私が作ったものだったりする。
木葉にあげるプレゼントを考えていた時、真っ先に思い浮かんだのはバレーに関する物だった。シューズやサポーター、タオルなど、部活で使えるものはないかと考えてはみたものの、バレーボールど素人の私じゃ物の良し悪しが分かる筈もなくあえなく断念。最終的にはマフラーを渡すことにしたのだけれど、木葉のバレーを応援する気持ちを少しでも形にしたくて、結果出来上がったのが、お世辞にも上手とは言えない手作りのお守りだった。
よく見るお守りの形をフェルト生地を縫い合わせて作り、表面には“勝”の文字を、裏面には木葉の背番号“7”番を縫い付けたお手製の“お守り”。神社やお寺で売ってる物とは違い、ご利益なんてある筈もない不格好なそれを木葉に渡すか否か。迷いに迷った結果、折角作ったのだしと、ショッパーの中にこっそりと忍ばせる形で渡すことに。家に帰ってから見つけて貰えればと思っていたのに、まさかここで目に付いてしまうだなんて。せめて私と別れてから気づいてくれたら良かったのに。
マフラーのおまけで大した物でもないからと、剥き出しで添えていた自分を恨んでいると、「なあ、」と掛けられた声に、うっ、と肩を跳ねさせる。


「これ、苗字の手作り?」

『う、い、いや、あの……て、手作りは手作りなんだけど、ほんと、自己満足で作ったものだし、ご利益とかは一切ないし、要らなければ返して貰えれば……!』

「……ねえの?」

『…………え?』


「ご利益、ねえの?」


手のひらに乗せたお守りを見つめたまま投げられた問に、ぱちりと目を瞬かせる。ご利益は、ない。何の変哲もない、お手製のお守りに、ご利益なんてある筈ないけど、でも、


『ご利益は、ない、けど……』

「……けど?」

『………ね、念だけは、こもってると、思う。みんなが……木葉達が勝てますようにっていう念は、精一杯、込めたから、』


決して歯切れが良いとは言えない返事。けれど、そんな途切れ途切れの答えに、そうっ、と目元を和らげた木葉は、手のひらに乗せた不格好なお守りを愛おしそうに、大事そうに、優しく優しく握り包んだ。



「……じゃあ、めちゃくちゃご利益あんな、これ」



『……え……?』



破顔した木葉の声に、心臓が大きく音を立てた。



「俺らのことずっと見てて、応援してくれてる苗字の念がこもってんだろ?そんなん、要らねえなんて言うわけねえじゃん。つか、その辺の神社で売ってるお守りより、よっぽどご利益あるっつの」



嬉しさを噛み締めるように細められた瞳に、心臓の音が大きくなっていく。お世辞にも上手とは言えない不格好なお守り。それをこんなに、こんなに喜んでくれるなんて。
ちっぽけなお守りを握り包む手に力がこもる。「ありがとな、苗字」と白い歯を見せる木葉。その笑顔に、言い表しがたい感情がじわじわと胸に広がって行く。温かくて、優しくて、なのに少し、落ち着かない。そんな、気持ち。言葉を紡ぐことを躊躇する私に、苗字?と首を傾げた木葉。はっ、として慌てて木葉と向き直れば、眉を下げた木葉に「大丈夫か?」と顔を覗き込まれた。


『う、うん、大丈夫。なんでもないから、』

「?そうか?」

『……あっ。こ、木葉、時間大丈夫??』

「は?時間って…………っ!やべ!そろそろ戻んねえと……!」


時計を確認した瞬間、飛び上がるように椅子から立ち上がった木葉。プレゼントを持って扉に向かった木葉だったけれど、不意に足を止めてくるりと身体を反転させた。


「苗字!」

『っ、え、あ、な、なに??』

「最終予選!絶対見に来いよ!!俺らが春高行き決めるとこ見逃したら許さねえからな!」

『っ、この、』


このは、と呼び切る前に教室を出て行った背中。一人だけになった教室から出る気になれず、再び椅子に座り込んでしまう。ざわざわと落ち着かない胸に手のひらを添えると、緊張を解すように、そっ、と息を漏らした。
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