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三年生秋(6)

梟谷グループ合同合宿二日目。
昨日に引き続き食堂のお手伝いに来ている私は、朝食の準備ため、本日は朝の五時に起床することとなった。急いで支度し、六時には学校へ到着したのだけれど、普段より一時間以上早い起床時間に思わず欠伸を零してしまう。着いてすぐ大きな欠伸を零した私に、「大丈夫かい?」と笑って声を掛けてくれたパートさん達。慌てて口を閉じてこくこくと頷き返すと、パートさん達と一緒に早速作業へ入ることにした。
慣れた手つきのパートさん達に混じり、何とか終えた朝食の時間。体育館へ向かう選手達を見送ったのち、お皿や鍋、フライパン等の片付けへ入る。物凄い量の食器を洗い終えた時には既に九時を回っていて、ふう、と小さい息を着くと、名前ちゃん、とパートさんの一人に声を掛けられる。


「お昼の準備まで少し時間が空くし、休憩取っていいからね」

『ほんとですか??じゃあ、あの……練習を見て来てもいいですか……?』

「本当にあの子たちのバレーが好きなのねえ」


「行っておいで」と笑顔で答えてくれたパートさん。はい!と大きく頷いたのち、エプロンを脱いで体育館へ。昨日と同じく体育館横の入口から中を覗き込むと、「あれ、名前?」と脇にいたかおりに気づかれる。傍には木葉や猿杙達の姿もあって、どうやら梟谷の皆は空き時間らしい。


『お疲れ様、』

「名前もお疲れ。休憩中?」

『うん。お昼の準備まで時間があるから見学に来たの』

「ほんと好きだよねえ」


パートさんと同じような反応をするかおり。「さっきパートさんにも言われたよ」と笑ってみせると、「そりゃ言いたくもなるわ」と少し呆れ気味に返される。
「今空き時間?」「うん、次が烏野と」「その次は?」「生川かな」「生川の試合まで見れたらいいなあ」
かおりと話しながら視線を前へ向ける。正面のコートでは音駒と烏野が試合中で、東峰くんのスパイクを夜久くんがレシーブしたところだ。わ、ナイスレシーブ。あまりに見事なレシーブに小さな拍手を送っていると、「あ、そうだ名前、」とかおりが思い出したように口を動かし始めた。


「今日の夜少し残れない?」

『夜?多分大丈夫だと思うけど……どうして?』

「うちのコーチが大量に花火買ってきたみたいでさ」

『花火?』

「そう、花火。ほら、夏に売れ残った花火が値引きされて売られてるでしょ?それを買ってきてくれたみたいで、合宿メンバーの思い出作りに今晩みんなでやるから、名前も一緒にやろうよ」

『でも……私は部外者だし……』

「何言ってんの。合宿の手伝いしてくれる子が部外者なわけないでしょ」


「監督だって“誘いなさい”って言ってたよ」と笑ったかおり。そういうことならお邪魔させて貰おうかな。「遅くなるってお母さんに連絡しとくね」と頷いて応えると、うん、とかおりと頷き返してくれる。そのままかおりと他愛のない会話を続けていると、首にタオルを掛けた木葉と猿杙が揃ってこちらへ。


『二人ともお疲れさま、』

「おー」

「苗字、休憩中?」

『うん。お昼の準備まで少し時間があるから、』

「今朝早かったんじゃない?俺らが起きた時にはもう来てたし」

「休憩中なんだから、ちゃんと休めよな」


呆れた声を零した木葉に、いいの、と小さく首を振る。「ここに来るのが一番元気になれるんだから」と笑って付け足すと、なぜか少し唇を尖らせた木葉は、「……あっそ」と素っ気ない口調で答えを返す。
そこでふと、体育館の中に見当たない顔ぶれに気づく。何だかいつもより静かだと思ったけれど、そうか。木兎と赤葦くんがいないのか。「木兎と赤葦くんは?」と首を傾げて尋ねると、「監督に呼ばれてるとこ」と教官室の方に目を向けたかおり。なるほど、監督さんと一緒に教官室に入っているのか。かおりの視線を追うように教官室に視線を移そうとしたとき、



「こんにちは、」



不意に後ろから聞こえた、可愛らしい声。
少し控えめなその声に、くるりと後ろを振り返ると、


『……叶絵ちゃん?』


振り向いた先には、叶絵ちゃんがいた。
慣れない場所のせいか、不安そうに眉を下げている叶絵ちゃん。どうしてここに、と一瞬、本当に一瞬頭を過ぎった疑問。けれど直ぐ、彼女がここにいる理由に気づいて、瞳がそうっと和らいでいく。
叶絵ちゃんがここにいる理由なんて一つしかない。綻んだ気持ちのまま叶絵ちゃんの元へと向かう。叶絵ちゃん、と改めて声を掛けると、所在なさげに俯いていた顔がゆっくりと持ち上げられた。


「……名前さん、」

『こんにちは、叶絵ちゃん』

「こ、こんにちは。……あ、あの、私……」

『……赤葦くんに、会いに来たんだよね?』

「は、はい。……京治くんのバレーが見たくて、それで、その……また、来てしまって……」

『そっか。赤葦くん、きっと喜ぶよ。叶絵ちゃんが見に来てくれたって知ったら、すごく喜ぶと思う』

「……名前さん……」


緊張して強ばっていた肩から力が抜ける。ありがとうございます、とはにかんで笑った叶絵ちゃん。可愛らしい笑顔に釣られて笑ってみせると、「なあなあ!あの子誰よ!?」と木葉達に話しかける声が。


「お前らの知り合い!?名前は!?!?」

「仁科さんだよ」

「赤葦の中学の時の同級生だってよ」

「は、はじめまして、」


ぺこ、と頭を下げた叶絵ちゃんに、木葉達と話していた森然の彼が目を輝かせる。「小鹿野大樹です〜」とにこやかな笑顔と共に向けられた挨拶に、「仁科です」と丁寧なお辞儀で応えた叶絵ちゃん。可愛らしい反応に表情を弛めた小野鹿くんは、かおりや木葉、猿杙から冷たい視線を送られている。
同性の私から見ても叶絵ちゃんはとても可愛らしい。礼儀正しいし、気遣い屋さんだし、ソワソワする小鹿野くんの気持ちもなんとなく分かってしまう。
「何年生?」「赤葦と同い年ってことは二年?」「どこの学校行ってるの?」「下の名前は???」
質問を重ねる度距離を詰める小鹿野くん。勢いに驚いた叶絵ちゃんが、戸惑った様子で足を引こうとした瞬間、



「叶絵、」



柔らかく優しい声が叶絵ちゃんを呼んだ。
あ、と小さな声を漏らした叶絵ちゃん。彼女の目線の先には、体育館の入口に立つ赤葦くんの姿が。後ろには不思議そうに目を丸くする木兎の姿もあって、どうやら二人は監督さんとの話を終えて戻ってきたらしい。
「京治くん、」と嬉しそうに自分を呼ぶ声に、赤葦くんの瞳が細まる。少し足早に此方へ来た赤葦くんは、小野鹿くんから庇うように叶絵ちゃんの前へ。


「すみません小野鹿さん。あまり叶絵を困らせないで下さい」

「え、い、いや、別に困らせるつもりは……!た、ただ俺は、仁科さんとお近づきになりたくてだな!」

「……それなら、尚のことやめて下さい」

「え??」



「叶絵は、俺の彼女なので」













「「「「「は?」」」」」


赤葦くんの発言にみんなの目が点になる。呆けた顔で固まるかおり達の隣では、「マジで??」「マジで赤葦、叶絵ちゃんと付き合ってんの?」「マジで???」と木兎が忙しく瞳を動かしている。どうやらみんなは、赤葦くんと叶絵ちゃんのことを知らなかったらしい。
あまりに堂々とした“彼女”発言に、赤くなった顔を俯かせた叶絵ちゃん。赤葦くんやるなあ、と内心拍手を送っていると、ハッとしたかおりが「どういうことよ赤葦!!」と赤葦くんへ詰め寄った。


「い、いつ!?いつから叶絵ちゃんと!?」

「いつでもいいじゃないですか」

「いいから教えなさいよ!先輩命令!!」

「………」


分かりやすく顔を顰めた赤葦くん。引く気配のない先輩の様子に、「……夏祭りからですよ」と仕方なさそうに口にする。答えを聞いた途端、こちらを振り返ったかおり。木葉や猿杙からも同じような視線を送られ、言葉にせずとも伝わってくる視線の意味に苦笑いを浮かべてしまう。
そこへ、「お前ら何やってんだ?」「試合始めるよ?」と小見くんと雪絵がやって来る。何か言いたげに私と赤葦くんを交互に見遣ったかおりと木葉。けれど、言いたいことが多いのか、それとも情報を上手く処理出来ていないのか。揃って頭を抱えた二人に、雪絵と小見くんが顔を見合せた。


「お前らマジ何やってんの?試合始まるぞ?」

「なにって……!っああ!くそ!!一先ず試合だ試合!!」

「もっと色々聞きたいのに!!!」

「??なに??ほんとに何があったの??」

「後で説明する!!!」


もう!と苛立った声を上げてコートへ向かったかおりと木葉。眉を下げて笑う猿杙が唖然とする木兎を連れて二人を追いかけて行く。続いて小野鹿くん、赤葦くんも体育館の中へ戻ると、最後に首を捻り続ける雪絵と小見くんもコートの方へ。
騒がしい声が遠ざかり、二人だけになった私と叶絵ちゃん。折角来ているのだ。叶絵ちゃんに赤葦くんのバレーを見せないと。「私達も行こうか」と声を掛け、入口前に戻ろうとすると、「あ、あのっ!」と少し慌てた声に呼び止められ、動かそうとした足が止まる。


『?叶絵ちゃん?どうした??』

「……あの……私、名前さんにお伝えしたいことがあって……」

『?私に??』

「は、はい、名前さんに、」


叶絵ちゃんが私に伝えたいこと。一体なんだろう、と小首を傾げて叶絵ちゃん見つめていると、ふんわりと。とても、とても柔らかく微笑んだ叶絵ちゃんは、そのまま小さな唇をそっと動かした。


「ありがとうございました」

『っ、え??』


心当たりのない感謝の言葉に、ぱちりと目を瞬かせる。何のお礼だろう、と鈍い反応を見せた私に、叶絵ちゃんは更に言葉を続ける。


「京治くんから聞いたんです。夏祭りの日のこと、」


穏やかな声で綴られた言葉に、あ、と小さな声を漏らす。
夏祭りの日。そうか、叶絵ちゃんが言っているのは、あの時のことか。慌てて首を振り、「お礼を言われるようなことはしてないよっ!」と否定の声を返すと、いいえ、と同じように首を振った叶絵ちゃんは、何かを思い出すように瞳を伏せた。


「私も、京治くんも、私達はずっと、曖昧な関係に甘えていたんです。“友達”という関係を壊すのが嫌で、曖昧な関係に甘えて、変わることを怖がってました。……でも、そんな私たちに名前さんは変わる切っ掛けをくれた。名前さんが京治くんの背中を押してくれなかったら、きっと私たちは、ただの“友達”のままでした」

『そ、そんなことないよ!あの日、叶絵ちゃんのことを追いかけたのは赤葦くん自身だよ。それに、二人が想いを伝え合えたのだって、叶絵ちゃんと赤葦くんがちゃんと気持ちを言葉に出来たからでしょ?……だ、だから、私は何もしてないって言うか……要らないお節介を焼いただけっていうか……』

「そんなことありません!名前さんの優しさは、お節介なんかじゃないです……!」

『……叶絵ちゃん……』

「…………本当は、本当は私、少し、引け目を感じてたんです。マネージャーでもないのに、いつでも京治くんのバレーを見れる名前さんが羨ましくて、不安だった。……でも、京治くんから名前さんが背中を押してくれたって聞いて、名前さんに引け目を感じる自分が、馬鹿らしく思えたんです。そんな風に応援してくれる人に、京治くんの背中を押してくれる人に、私は何を思ってたんだろうって」


叶絵ちゃんからの告白に、少しどきっ、としてしまった。あの日、夏祭りの日に赤葦くんの背中を押したのは、本心から彼に後悔して欲しくないと思ったから。二人が上手くいったと聞いた時も、心から良かったと思えた。でもそれは、今の私の話であって、叶絵ちゃんと出会った頃の私は赤葦くんを特別に想ってた。赤葦くんが好きだった。
伝えるべきだろうか。“私も赤葦くんが好きだった”と。黙っているのは、気持ちを打ち明けてくれた叶絵ちゃんを騙すことになるかもしれないし。それに、隠し事なんてない方が私も清々できる。でも。


「だから……だから名前さん、本当に、本当にありがとうございました……!」


深く丁寧に頭を下げた叶絵ちゃん。伝えられる感謝の想いに濁りは一つもない。
今ここで、赤葦くんへの“過去”の気持ちを伝えることは、叶絵ちゃんの想いに水を差すことになる。幸せそうに笑う彼女を不安にさせてしまうかもしれない。言ってすっきりしてしまいたい気持ちもある。でもそれは、私の自己満足のためだ。だから、


『……大丈夫だよ』

「っ、え……?」

『私が初めて会った時から……赤葦くんには、叶絵ちゃんしか見えてないよ』


「おめでとう、叶絵ちゃん」と繋げたお祝いの台詞に、擽ったそうに笑ってくれた叶絵ちゃん。この笑顔に水を差すくらいなら、少しくらい嘘をつくのも良いかもしれない。
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