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三年生秋(3)

とんっ、と相手コートに落ちた青と黄色のバレーボール。強かに決まった赤葦くんのツーアタックに、山本くんが恨めしそうに赤葦を見つめている。

梟谷グループ合同合宿への参加が決まったのは、つい先日のこと。

人手が足りなくなったことを嘆いていたかおりと雪絵に、手伝いを申し出た私。驚いた顔をする二人とトモちゃんに、推薦入試に受かったことを伝えると、三人は自分のことように喜んでくれた。
その流れで足りなくなったという合宿の手伝いをさせて貰う事も決まると、「他の奴らにはウチらが伝えとくから!」「うんうん」といい笑顔をみせたかおりと雪絵。やけに楽しそうな二人に首を捻りつつも、二人が言っててくれるならと特に自分では木葉達に何も言うことなく迎えた合宿当日。
食堂のお手伝いとして参加させて貰う事になっていた私は、午前九時から食堂に入ってパートの皆さんにご教授願うことに。慣れない手つきで何とか昼食の準備を手伝っていると、あっという間に時間が過ぎて合宿メンバーのお昼の時間へ。
最初に入ってきたのは神奈川の生川高校の皆さんで、次が森然。その少し後に漸く現れた馴染みのある顔ぶれ。目が会った瞬間驚いて様子を見せた木葉達に、あれ?と首を捻りながらも、パートさん達に一言断って一度梟谷の皆の元へ向かう。私がここに居ることに驚く皆に、推薦入試に受かったため、合宿を手伝わせて貰うことになったのだと伝えると、真っ先に声を上げて喜んでくれた木兎。そんな木兎に、ありがとう、と伝えつつ、声を抑えるよう宥めていると、不意に歩み寄ってきた木葉に掴まれた両肩。興奮気味に顔を寄せてきた木葉は、私の大学合格を、私以上に喜んでくれた。そのとき木葉が見せてくれた笑顔は、思い出すだけでちょっと照れてしまいそうなもので。優しく柔らかく笑った木葉に、何だか胸が擽ったくなった。

赤葦くんのトスを打った木兎が、ヘイヘイヘーイ!とお馴染みの声を上げる。夕飯まで少し時間が空くので、「自由に過ごしていいよ」と休憩時間をくれたパートさん達。待ってました!とばかりに体育館へ向かうと、入口脇から皆の試合を見学させてもらうことに。合宿への参加が決まった時、何より楽しみにしていたのはこの時間だったりする。
エンドラインの後ろに構えた木葉がサーブを打つ。それを綺麗に夜久くんがレシーブすると、孤爪くんがトスをあげて黒尾くんがスパイクを決める。今度は音駒の得点となり、黒尾くん達がハイタッチを交わす。
三年間、こうして一緒に合宿を続けきたのだろう。春高の東京都代表になれるのは、数ある高校の中の三校だけ。でもきっと、梟谷と音駒の皆ならなれるはずだ。東京代表として春高に出場出来るはずだ。ネット越しに会話している木兎と黒尾くんを目尻を下げて見守っていると、「あれ?苗字さん?」と背後から掛けられた声。振り向くと後ろには烏野の男の子の姿が。どこかで会ってことがあっただろうか。ぱちりと目を瞬かせた私に男の子は慌てて言葉を続けた。


「あ、俺、菅原。烏野三年の菅原孝支って言うんだ。前に日向達から苗字さんのこと聞いてて、」

『あ、それで……』


納得。とばかりに頷いてみせると、「急に声掛けたから驚かせちゃったよね」と菅原くんが眉を下げる。そんなことないよ!と言うようにぶんぶん首を振って返すと、朗らかに笑った菅原くんは隣に並んで体育館の中を覗き込んだ。


「食堂の手伝いに来てくれてるんだよね?」

『あ、う、うん。今休憩中で見学しようと思って、』

「ホントに梟谷のバレーが好きなんだね」

『え??』

「さっき食堂でも言ってたよね?“梟谷のバレーが大好き”って」


聞こえていたのか。気恥しさに熱くなった頬を隠すように俯く。「今更だけど結構恥ずかしいこと言ってたよね」と頬を掻くと、「そんなことないよ」と穏やかな声を掛けられ、俯いていた顔を恐る恐る持ち上げた。


「あんな風に言ってくれる人がいるのって、凄く嬉しいことだと思うよ」

『そ……そう……かな……?』

「そうそう」


「少なくとも俺は羨ましいって思ったし」と笑ってくれる菅原くん。人好きのされそうな笑顔になんだかホッとしてしまう。「そんな風に言ってもらえると嬉しいな」と照れながら笑って応えて私に、「それは良かった」と菅原くんはとても和やかに笑い返してくれた。
「試合もよく見に行ってるの?」「あ、う、うん。二年の時からちょくちょく、」「てことは二年生で木兎達と仲良くなったとか?」「うん。二年の時に木兎とか木葉とか、あとマネージャーのかおりと雪絵とも同じクラスで」「なるほど。それから男バレとの縁が出来たんだな」
当たりよく話してくれる菅原くんに、いつの間にか緊張というものがなくなってしまう。初対面であることを忘れてしまいそうなくらい、菅原くんはとても話しやすい。緊張も忘れ、穏やかに菅原くんと話していると、ピーッ!と響いた笛の音。どうやら木葉がサービスエースを取ったところらしい。小見くんとハイタッチをする木葉にくすりと笑う。バレーをしている木葉が一番生き生きしているな、と目尻を下げて木葉達を見つめていると、「本当に好きなんだね」と菅原くんが感心したように呟き零した。


『……みんなの、梟谷のバレーを見てるとね、力が貰えるの。もっと頑張ろう。もっと頑張りたい。皆に胸を張れる自分でいたいって。……切っ掛けは少し不純なものだったけど……でも、皆がどんなにバレーを頑張ってるのか。どんなにバレーが好きなのか。それが分かって良かったって思う。何も知らないままじゃなくて、こんなに何かに打ち込んでる人が傍にいるんだって知れてよかったと思ってる』


緩んだ唇が薄らと弧を描く。
切っ掛けは、赤葦くんを好きになったことだった。決して純粋な理由とは言えないものかもしれない。でも、赤葦くんを好きにならなければ、きっと私はここにいなかった。みんながどんなにバレー打ち込んでいるか。どんなにバレーを大事にしているか。どんなにバレーが大好きなのか。不純な切っ掛けがなければ、何一つ知らないままだっただろう。
だからこそ思う。やっぱり私は、赤葦くんを好きになって良かったって。無理矢理忘れるんじゃなくて、最後までこの気持ちを大事にして良かったって。
和らいだ瞳にコートを映す。去年から何度も目にしている光景はいつ見ても私に力をくれる。受験は終わったけれど、でも、まだまだ頑張らなくちゃいけないことは沢山ある。大学に入学してからも勉強を頑張ろう、と少し先の未来に意気込んでいると、くすりと隣から聞こえてきた小さな笑い声に視線をそちらへ。


『あ、ご、ごめんなさいっ……!なんか長々と語っちゃって……!!』

「え??い、いやいや。それは別に謝ることじゃ……むしろ、なんかいいなって思ってさ」

『え??』

「梟谷のヤツらのバレーがさ、苗字さんが頑張ろうって思える原動力になってるわけじゃん。俺たちのバレーも、そんな風に誰かの力になってたらいいなって」

『……きっと、なってるんじゃないかな』

「そうかな?」

『きっとそうだよ。烏野のみんなのバレーも、誰かに何かをあげてると思う』

「……そっか。そうだと、嬉しいな」


ふわりと笑った菅原くんと目を合わせる。照れ臭さを誤魔化すように笑顔を返したとき、ピリッと両目に走った痛み。「いたっ……!」と思わず声を上げて両目を押さえると、「苗字さん??」と菅原くんが顔を覗き込んてきた。


「どうかしたの??」

『う、うんっ……多分、目に砂か何かが入って……』

「え、砂??どっち??右?左?」

『……りょうほう……?かな……?』


目を覆っていた手を放し、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。けれど、目尻から零れるのは涙ばかりで、痛みが取れる気配はない。「い、」「いた、」「いたた、」と瞬きの度に涙を流す私に、慌てて背中に手を添えてきた菅原くん。「洗って流した方がいいよ」と言う彼に、うん、と頷くと、右手を掴んだ菅原くんが外水道の方へ向かおうとする。


「とりあえず水道に行こ。目え開けてたら痛いだろうし、水道まで俺が手を引いて、



「苗字?」



菅原くんの声と重なった誰かの声。聞き馴染みのあるその声は木葉のものだ。閉じていた目を開け、涙の膜が張った瞳に木葉を映す。揺れる視界で木葉を捉えると、このは、と微かに震えた声で木葉を呼ぶ。それと同時に目尻から溢れた涙粒。ぽろりと零れ落ちたそれに、木葉の目が大きく見開かれた次の瞬間、


「なに泣かせてんだよ……!!!!!」

「っ、え!?!?」


シューズのまま外へ出た木葉。一気に距離を詰めてきた木葉は、何故か菅原くんの胸倉を掴んでしまう。驚きに手首を掴んでいた手を放した菅原くん。「え、いや、あの……」と両手をあげて首を振る彼に、木葉の目が更に吊り上がる。
ちょっと待って。これ、絶対木葉勘違いしてるよね。慌てて木葉を止めようとすると、ピリッと傷んだ両目からまた涙がぽろり。気づいた木葉は一度私に目を向けたものの、直ぐにまた菅原くんを睨みつけて、Tシャツを掴む手に力を込めた。


「何した」

「っえ、」

「苗字に何したって聞いてんだよ!!!」

『ちょ、ちょっと待って木葉っ……!菅原くんは何も、』

「バカ!!何庇ってんだ!!!」

『ちがっ……!庇ってるとかじゃなくて、これは、っ、いっ……!!』


言葉の続きを遮った痛みに、再び目を閉じてしまう。ぎゅっと瞑った瞼の隙間から涙が落ちる。早く弁明したいのに、痛みと涙に邪魔されてしまう。すると、騒ぎを聞き付けたのだろうか。「お前ら何してんだ?」と夜久くんの声が。見ると、体育館の入口には夜久くん、海くん、そして黒尾くんの姿があって、どうやら音駒と梟谷の試合は既に終わっているらしい。
木葉を止めて貰おうと三人に声を掛けようとしたとき、またピリリと痛んだ両目。反射的に目を閉じると、目尻から落ちた涙が頬を滑って地面へ。涙を目にした三人の目が大きく見開く。私を見、木葉を見、最後に木葉に胸倉を掴まれた菅原くんを見た黒尾くん。冷ややか目つきで菅原くんを捉えた黒尾くんは、シューズを履いたままの足で外へ一歩踏み出した。


「なんで名前ちゃん泣いてんの?木葉がキレてるっつーことは……名前ちゃん泣かせたの、スガくん?」


冷静で、けれど確かな怒りを含んだ黒尾くんの声に、菅原くんの肩が大きく揺れる。険悪な二人を交互に見遣り、困ったように眉を下げた菅原くん。「あ、あの、俺はその、」と弁解の言葉を述べようとする彼に、黒尾くんが更に一歩踏み出したとき、


『ま、まって!!二人とも落ち着いて!!』

「っ……名前ちゃん、」

「お前な、人がいいにも程があるぞ!!」

『だ、だからっ!違うんだってば!!』

「何も違くねえだろうが!!コイツになんかされたからそんなに泣いて、」

『違うの!!!これは、










 目に砂が入っただけなの!!!!!』










「「…………は???」」


ぴたりと固まった木葉と黒尾くん。菅原くんの胸倉を掴む手から力が抜けた瞬間、またピリッと感じた痛み。「いたたたっ」と再び目を押えると、気づいた菅原くんが慌てて水道まで連れていってくれたのだった。
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