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二年生秋(5)

『雪絵、かおり、トモちゃん。これ食べる?』

「あ、クッキーじゃん」

「食べる食べる〜!!ありがとー!!」

「ちょっと雪絵、私の分も残しといてよ」


タッパーの中に詰めてきたのは、バター味とココア味の二種類のクッキー。昨日帰ってから作ってみたのだけれど、まだまだ上手くいかない。
「少し固いよね…」と眉間に皺を寄せると、「そう?美味しいよー」と雪絵がパクパクと食べてくれる。褒めてもらえるのは嬉しい筈なのに、納得できないのは赤葦くんに渡すことを目標にしているせいかもしれない。


「そう言えば、クッキーだけじゃなくて今日もお弁当手作り?」

『あ、うん。一応』

「えっらいなー」

「頑張ってるね、名前。メイクもしてるし、髪もアレンジしたりしてるしさ」

『たまに寝坊して出来ない日もあるけどね。それに、三人と違って暇な帰宅部だから。このくらいの女子力磨く努力はしなくちゃ』

「“一生懸命な人”が素敵だからね〜」

「化粧も髪も、お弁当もお菓子も、全部赤葦のためって健気〜〜」

『か、からかわないで!』


ニヤニヤしながら肘で小突いてくるかおりと雪絵に唇を尖らせる。「秋なのに春だねえ」と同じくニヤついているトモちゃんに「だからからかわないでってば!」と声を上げると、「何騒いでんの??」と食堂から戻ってきた木兎がひょいと顔を覗かせる。


「あ、クッキーじゃん!!美味そー!ちょーだい!!」

『え、あ、うん。いいけど』

「さんきゅー!木葉ー!!赤葦ー!!苗字がクッキーくれるってー!!」

『え、』


ちょっと待って。今木兎誰の名前呼んだ??
木兎の視線の先を追いかけると、待っていたのは、木葉と赤葦くんの二人。なんで赤葦くんがいるの!?とギョッと目を丸くさせると、そんな私を察したらしい木葉が「飯食ってそのままバレーノート取りに来たんだよ」と教えてくれる。


「顧問から俺が預かってて、赤葦今日部活早めに切り上げるっつーから」

「すみません、ありがとうございます」

「いや、謝ることねえけど……で?クッキーがなんだって?」

『え!?あ、い、いや!その………!』


まさかこんなに早く赤葦くんに食べてもらう機会が来るなんて……!どうせならもっと練習してからつれてきてよ木兎!!!答えに詰まる私を他所に、「いただきまーす!」と木兎がクッキーを一つ摘み上げる。パクッと一口で食べ終えた木兎が、「これ苗字が作ったの?うめーな!」と声を上げると、どれどれと言うように木葉もやって来て、その後に続くように赤葦くんもこちらへ。
ど、どうしよう。赤葦くんも食べるの??このクッキー少し固い気がするのに、いいのかな??赤葦くんに食べてもらっていいのかな??タッパーの中に入ったクッキーをじっと見つめていると、「遠慮なくいただきまーす」と今度は木葉が一つクッキーを手に取る。「赤葦も貰えば??」と木兎が促すと、「いや、俺は……」と赤葦くんが緩く首を振る。え、もしかして、赤葦くんって甘いもの苦手??


「赤葦、甘いもの苦手だったっけ?」

「そういう訳では……。けど、折角先輩達に作ってきた物を俺が貰うのも悪いなと」

『そ、そんなことない!』

「っ、え?」

『す、少し失敗しちゃったけど……それでもいいなら、その……ど、どうぞ、』


言っちゃったよ。つい。もっと上手く作れるようになってから食べてもらいたかったのに。キョトンと少し呆気に取られたように固まっていた赤葦くんだったけれど、次の瞬間、ふっと小さな微笑みを零し、「では、お言葉に甘えて、」と長い指先を少し歪なクッキーへと伸ばす。誰かに食べてもらうのってこんなに緊張するものなのか。いや違う。相手が赤葦くんだからだ。
サクッと半分クッキーを齧った赤葦くん。「だ、大丈夫??不味くない??」と恐る恐る問いかけると、モグモグとクッキーを食べ終えた赤葦くんが「美味しいですよ」とゆるりと笑いかけてくれる。


「失敗したって言ってましたけど……」

『ちょ、ちょっと焼き過ぎて固くなっちゃったなって…』

「そうですか?全然気にならないし、普通に美味いです」

『っ……そ、それなら良かった……』


胸がキュンと音を立てる。ときめくってこういう時に使うのかもしれない。かおり達が何やら意味ありげな視線を送ってくるけれど、それさえも気にならないくらい赤葦くんに褒められたことが嬉しくて仕方ない。
こんな偶然があるなんて。作ってきてよかった。ありがとう木兎、木葉。
「では、俺はそろそろ教室に戻るんで、」と小さなお辞儀を残して教室を出ていった赤葦くん。「やったね名前、」と笑いかけてくれたトモちゃんに頷き返すと、「あ、雪っぺ!次の授業の課題見して!!!」と思い出した!とばかりに木兎が声を張り上げる。その声を皮切りに「あ、私も課題見直そ」「じゃあ席戻るか〜」と皆それぞれ自分の席へ。
空になったお弁当箱を片付け、余ったクッキーをどうしようかと迷っていると、「女子ってすげえな」と隣の席に戻ってきた木葉がポツリと声を漏らした。


『?何が?』

「……早起きして、弁当や菓子作ったり、メイクしたり、髪型変えたり。好きな奴の為にそんな風に頑張れるってすげえなって思ってさ」

『?そんなの、木葉達だって同じでしょ??』

「は??」


頬杖をついて前を向いていた木葉の顔がこちらを向く。何言ってんだとばかりに目を剥く木葉にタッパーの蓋を閉めながら、更に声を続ける。


『私は“好きな人”の為に頑張ってるけど、木葉は毎日“好きなこと”の為に頑張ってるじゃん。毎日毎日、朝から晩まで練習して。漸く頑張れることを見つけた私からすれば、一年の時からずっと頑張ってる木葉たちの方がよっぽど凄いって』


目を見開いたまま木葉の動きが止まる。そんなに意外な事を言っただろうか。「残ったクッキーいる?」とタッパーを木葉に掲げてみせると、「え……あー……」と少し迷うように言葉を濁した木葉が、少し間を空けた後、小さく小さく頷いた。


「……さんきゅー、苗字」

『いえいえ、余っちゃったやつだし』

「……それだけじゃねえよ」

『?』


余ったクッキーを受け取った木葉の手が、やけに優しい手つきでタッパーをカバンの中へとしまう。「木兎たちと食べて消費してね」と付け加えると「……いや、俺が食うよ」と言う答えが返ってくる。木葉ってそんなに甘い物好きだったのか。
次の授業の準備の前に歯磨きに行こうと席を立つ。木葉もそうだけど、赤葦くんも甘い物嫌いじゃないって分かったことだし、また何か練習して作ってこよう。それで、今度は偶然じゃなくて、ちゃんと赤葦くんに作ってきたものを面と向かって渡そう。美味しいと言ってくれた赤葦くんの事を思い出し、また胸の奥がキュンッと音を鳴らす。
ニヤけた口元を隠すように手で覆って教室を出る私を、木葉が見ていたなんて欠片も思わなかった。
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